<行き止まりの風景-5>
<行き止まりの風景-5>
声の主は、カウンター越しに立つ初老の男だった。
彼は、酒と煙草で焼けた声色でジグを出迎えた。
その出で立ちは、白のピンタックウイングのシャツ、
V襟の黒いカマーベストとストレッチパンツ、
黒の蝶ネクタイとソムリエエプロンでキメている。
ここは街カフェだと思っていたが、
男はバーテンダーのような格好をしていた。
伽藍の店内は、外側から見たよりも遥かに広かった。
ジグが居る場所は建物の中というより、
そこから何処かへ転移された先といったほうがつじつまが合いそうだ。
広い店内には、木製の6人掛けテーブルが8組しか置かれていない。
それに対し、カウンター前のスペースがダンスホールのように広かった。
テーブルの客はパラパラいる程度。
昼どきにも関わらず、混雑しているようには到底見られなかった。
ジグは椅子から立ち上がり、怖々カウンターに近づいた。
「こんちは、ジグと言います。
お腹が空いているので食事がしたいのですが、
表の看板に書いてあるランチを頂けたらと・・」
ジグは、単刀直入に切り出した。
無一文であることは敢えて言わず、男の反応を窺う。
「改めて申し上げましょう。ようこそ、伽藍GUILDへ」
男は、無表情にジグを見据えながらそう言った。
《バレてるんか、ひょっとして。
あのおっちゃん、ボクの無一文を見破ってるのかな》
ジグは男から発せられる只ならぬ殺気を感じ、
自らの無防備な状況に、改めて不安を抱いた。
《特にバレている感じではありません。
あの方の態度は、誰に対してもあのような感じなのでしょう》
ハルは、淡々と出来る範囲でアドバイスを送る。
「え~、あの~、かなり図々しいお願いではありますが、
文無しでも食事はできるでしょうか」
決死のカミングアウトに、
男はしばらく沈黙したままジグを睨みつけた。
「もしマネーが無ければ、他のものでも代償できますが」
男は、おもむろにカクテルグラスを白い布で拭きながら答えた。
「他のもの、例えば代金分の皿洗いではどうでしょう。
ボクは、調理場の仕事が得意ですから」
ジグは、正直そのような仕事をした経験が無かったが、
ここはハッタリででも押し切るしか無い。
「ふむ、そのような提案は、今までお受けしたことがないですな。
貴方は、少なくともこのGUILDに入店なさった。
ということは、貴方には某かの能力が備わっているということです。
では、まずその能力を私に披露なさってください。
それにより、ここで食事が可能であるか私が決めましょう」
圧倒的な存在感で、カウンターの男は食事の条件をジグに提示した。
《ソラ、どうするこの展開。能力ったって、今のボクには何もできないよ。
ソラの得意な<プランB>とか、
何かいいアイデアは無いのかい?》
ジグは男の提案にかなり追い込まれていたが、
一見余裕があるように、ゆっくりと頷きながら掌を正面にして両手を出し、
ちょっと待てのポーズを取った。
《ジグ様の仰る<プランB>というのもなかなかの戦術ではありますが、
この際先ほど目撃した街の<断崖>について、
街を蹂躙した犯人を討伐するためここに来て居ること。
そしてもし、ここで食事が可能なのであれば、
世界を救えるほどの強大な力が復活する旨を申告すべきです》
《腹ぺこのボクには、そんな素晴らしいアイデアは浮かばない。
ありがとう、せっかくだからそのままコピペで・・・》
《ジグ様、例え面倒でも御法度はいけません!》
珍しく、ソラが怒った、話しを戻そう。
「申し訳ないが、今ここで力を披露することはできない。
鶏が先か卵が先か、そんなことわざがあるように、
エンジンのパワーを証明するには、先に燃料が必要なのです。
ボクのパワーは今ガス欠状態で、エンジンに点火することさえできない」
ボクはカウンター越しの男に、
できるだけ誠実にそのことを訴えかけた。
だが男の表情はピクリとも動かず、非情な決定が返ってきた。
「仰ることは理解できます。
しかし、私どもには貴方の仰るところの<鶏>しか認められない。
GUILDの規則を曲げることは断じてできないのです」
ジグは、だだっ広いカウンターの前で一人立ち竦んだ。
《ジグ様、このままではパワーがライフの最低レンジを下回ります。
何処かで充電しなくてはなりません》
そんなことは分かってるよソラ。
でも、これじゃあどうしようもないじゃないか。
8の字の砂時計から砂が落ちるようにジグの体力は徐々に減り続け、
残り時間が僅かであることを告げていた。