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(最終話) 僕たちの奇跡

 それから。

 僕は人気ひとけのない夜の駐車場に来ていた。

 そう。駐車場になる前は僕の家があった場所に。


 僕はひとりではない。

 僕の袖口をギュッと握って放さないウシオもいたからだ。

 彼女はようやく泣き止んだものの、何も説明しない僕にくっついたまま黙ってここまでついてきたのだ。



「なあウシオ」


「なあにシゲ兄ちゃん」


「おまえはいなくなった僕たちのことをずっと探していてくれた」


「うん」


「だから今からここで起きることを、おまえには見る権利があると思う」


「今からここで起きること?」


 僕がスキルを発動すると地面が白く光って魔法陣が現れた。

 僕の隣でウシオが息を飲むのが分かった。



「英霊召喚」


 これは英霊を、つまり異世界で死んだ英雄の魂を呼び寄せて生き返らせる大魔法。

 僕がこれまでたくさんの人の命を奪いレベルアップを重ねたことで、ついに本日漸く使えるようになった大魔法である。


 見渡すと僕らの世界に重なるようにして様々な世界があった。

 そこにはたくさんの英霊たちがいた。

 山を割る程の大魔術師もいた。

 ドラゴンを斬り殺す程の剣士もいた。

 どの英霊たちも立派なスキルを持ち、立派な偉業を持っていた。


 そんな夜空の星のような英霊たちの中に、僕は求める魂を見つけた。

 それはスキルをひとつとして持たない英霊だった。

 それは魂に【魔王殺し】の偉業が刻まれた四足の英霊だった。


 僕は彼を求めてその魂を力を込めて引っ張った。

 魔法陣の水面みなもにその魂が浮かび、僕はそれを受肉させるべく有りったけの魔力を注いでいく。


「嘘……、これって……、まさか……」


 僕が何をしているのかウシオにも漸く分かったようだった。

 やがて僕の魔力が彼の肉体を構成していき……。

 そして遂に!

 そこに彼が、焦げ茶色でモコモコの室内犬が現れたのだ。


「カラアゲ君、カラアゲ君だ!」


 ウシオがこれに抱きついて。


『わ……ふ』


 目を覚ましたカラアゲ君にその涙をペロリと舐められた。


「カラアゲ君だ、カラアゲ君だ、うわーーん」


「やあ。おかえり、カラアゲ君」


 カラアゲ君は生き返ったときの僕のようにキョトンと戸惑いながらも、尻尾をピコピコ、ピコピコと振り続けていた。


『わふ、わふ』


「あれ? カラアゲ君、なんか怒ってるかも」


「うん。タテガミが無くなってるって……。カラアゲ君、そこかよ!」


「タテガミ? なにそれ?」


「説明する。長くなるけど、全部説明するよ」


『わふ、わふ』


 こうして僕は半年ぶりに僕の家族と再会したのだった。



 次の日。

 僕とウシオとカラアゲ君で町中の張り紙を剥がして回った。

 菓子折りを持ってあちこちに「お陰さまで」と頭を下げて回った。

「見つかってよかったね」と言われた。

 僕と似顔絵とを見比べて「これじゃあ見つからないよな」とも言われた。

 あのクレームの家の人は十年前の僕を覚えていたようで「こんな人だったかな……」と首を捻っていた。


 その後ウシオの家に連れて行かれて、彼女の親戚や友人たちが僕のことを見に集まった。

 皆、ウシオが十年間探し続けた男に興味津々の様子だった。

 それで「へえこれが」だの「この人かあ」だの「なるほどねえ」だの妙に感心された。

「もう黙っていなくならないであげてね」とも言われた。

 僕と似顔絵とを見比べて「これじゃあ見つからないよな」と言われるのはもはやお約束。

 何人かが「初恋の人が見つかってよかったね」とこっそり囁いてはウシオを赤くさせた。

 スーパー聴力のスキルで僕も赤くなった。

 ウシオは一度も否定しなかった。



 結局。僕はこの町を去ることを諦めた。

 カラアゲ君がウシオにベッタリだったからだ。

 この町を出たとしてもそのときカラアゲ君が一緒に来てくれなかったら僕は泣いてしまう。

 親権を取られる父親の気持ちが今なら分かる。

 

 というわけでまずは住居。僕が借りたのはもちろんペットOKの物件。

 次に仕事。お金には困っていなかったものの無職のままではやはり世間体が悪い。

 そこで僕はこの町に探偵事務所を開設した。

 料金は格安。

 僕には便利なスキルがあるので探し犬なら一日で、探し人なら三日で見つけてみせる。

 それが口コミで評判になった。

 実績を積み信用を重ねて、今ではかなり遠くからでも顧客が来てくれるようになった。


 ちなみにウチはヤクザ絡みの荒っぽいトラブルの相談も大歓迎。

 最初のうちは多少揉めたりもした。

 でもたとえ刃物で刺されても、たとえ銃で撃たれても、粘り強く話し合えばなんとかなるものだ。

 大切なのは誠意と話し合い。

 そう。

 僕はもう暴力など振るわない。

 僕はもう人殺しなど二度としない。

 絶対に。

 それだけは絶対に。


 それが珍しいのか、裏社会で僕は「変わり者の探偵」として少しだけ有名になっている。



 そんな日々の中。

 英霊の列に新たに加わった者がいた。

 あれからもう何年経つのだろうか。

 彼女は今日この日に解放されるまで、ずっと地獄の中にいたのだ。

 僕はあの誇り高い彼女を思い出して少しだけ心が痛んだが、それだけだ。

 こんなに生き長らえるなんてさすが鍛え方が違うな、そんな風にも思った。

 そしてその魂に刻まれた偉業。


【英雄六体を含むゴブリンを三六体出産】


 それを見て僕は運命の皮肉さと残酷さを感じた。

 ゴブリン族の英雄ならばきっと長じて魔王になる。

 彼女はその望みどおりに帝王たちの母となったのだ。

 百年後、二百年後。やがてゴブリンどもは繁栄の時代を迎えるだろう。

 あの世界で人族はもはや絶滅を避けることができないだろう。

 あの世界で人はゴブリンであり続けることを自ら選択してしまった。

 人がゴブリンに負けてしまったのだ。


 だから僕は思う。

 この世界の僕らはゴブリンなどに絶対に負けてはならないのだと。

 僕らの世界にも悪党が多いけれど、そいつら悪党が悪党で有り続けるのが馬鹿らしくなるような社会。

 人として助け合って高め合って生かし合うような社会。

 そんな社会を僕らは絶対に作らなきゃいけないんだ。



『わふ』


 カラアゲ君が散歩に行くぞと外出用の前掛けをくわえてやってきた。

 これはウシオが焦げ茶色のモップを縫って作った前掛けで、見方によってはタテガミに見えなくもない。

 カラアゲ君のお気に入りの前掛けである。


 外出すると僕の巨体は目立つようで、やたらとジロジロ見られてしまう。

 街に出れば若い女性からネットリした視線を向けられたりもする。

 モデルか芸能人みたいな美女に声を掛けられたこともある。

 それが居心地悪くて仕方がない。

 チビでポッチャリで薄毛だった頃には感じたことのなかった居心地の悪さである。

 だいたい皆、見るなら僕でなくカラアゲ君を見るべきなのだ。

 僕なんかより「魔王殺し」のカラアゲ君の方が何倍も何倍も凄いのだから。


『わふ』


 小さな魔王殺しは今日もモップのタテガミを風になびかせて、尻尾をピコピコと散歩している。



 そんなこんなで。

 僕とカラアゲ君。

 毎日忙しいけど楽しく暮らしていた。

 そして自然な流れで、家族がもうひとり増えることになった。


「ほらね、気長に十年待った甲斐があったでしょ?」


「ぐぬぬ……」


 悔しいことに、ウェディングドレスの彼女はそのドヤ顔さえもが可愛かった。愛おしかった。


『わふ』


 こうしてウシオが僕たちの家族に加わった。



 考えてみればこれこそが奇跡だ。

 僕とウシオとカラアゲ君。

 異世界とかスキルとか何度も生き返ったとかではなく、血も繋がっていない僕たちがこうして家族として繋がったことが奇跡そのものだと思う。



 そして更に日々は流れて。


「わが家ではやっぱウシオが一番の英雄だよなぁ」


『わふ』


 病院の待合い室で、僕とカラアゲ君はそんな結論で一致した。

 だって彼女は今、大きな偉業を達成しようとしている。

 核戦争を未然に防ぐよりも、魔王を殺すよりも、遥かに遥かに大きな偉業を達成しようとしているのだから。

 それは僕たちにとっての更なる奇跡……。


「こんなこと、僕にもカラアゲ君にも絶対にできないものなぁ」


『わふ』



 窓の外。雨上がりの夏の空は眩しくて、どこまでもどこまでも青かった。







 今日、僕とウシオは父と母になる。












(終)

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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