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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第38話 「再会、そして」

【前回のアンクロ】


 メアリム邸に到着したロベルトたち。カズマは無惨に焼け落ちた屋敷の姿に心を痛める。


 そして、一行はカズマが昨夜死闘を演じた、地下道の向こうに広がる雑木林へ再び入るのだった……

 風に揺れる梢のざわめき。遠くに聞こえる鳥の声。


 雑木林は静かだった。


 俺は木漏れ日に目を細め、辺りを見渡してため息をついた。確かに昨夜、烏丸率いる黒いローブの連中と切り結んで3人ほど斬った。


 あの感覚ははっきりと覚えている。


 しかし、ここには死体どころか血痕すら残っていない……昨夜の事が夢か幻だとでも言うように。


 「本当にここで襲われたのか? カズマ。夢でも見てたんじゃないか」


 「もし夢だったら、そっちの方が嬉しいよ」


 ルーファスの冗談めかした問いに、俺は苦笑いを浮かべた。でも、ここまで痕跡がないと俺も自信がなくなってくる。


 「残念ながら夢ではなかったようだな。これを見ろ」


 藪のなかを調べていたラファエルが俺達の所に来てルーファスに細い棒状の物を手渡した。


 「矢……?」


 怪訝な表情で手にした矢を眺めるルーファス。確かに鏃、シャフトから矢羽まで黒く塗られた矢だ。


 最初、メアリム爺に刺さった矢と同じもの……恐らく俺が避けたものの一本だろう。


 「ああ……賊が回収し損ねたようだな。見ろ、黒塗りで鏃に返し(・・)がついている。かなり精巧な造りだ。しかも鏃はシャフトから抜けやすくなっているようだ。刺さったあと鏃が体に残り、より抜けにくい。なかなか興味深いな」


 そう物騒なことを話ながら、ラファエルの表情は何だか楽しそうだ。


 確かに黒塗りの矢は、鏃が銛のように鋭い矢印の形をしている。これが刺さったら……考えただけでも恐ろしい。我ながらよく避けたな。


 「でも、矢一本で何がわかる? 確かに変わった矢ではあるけど」


 「確かにな。しかし、これほど特殊な鏃を使う連中なぞ、そうはいない。勿論、純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスもこんなものは使わない。過去の資料を当たれば何か判るかもしれん」


 ラファエルはルーファスから矢を受け取ると、シャフトから鏃を外してまじまじと眺める。まるで宝物を見つけた子供みたいだ。


 ……そういえば、メアリムの爺さんも矢を一目見て『相当な手練れ』だと言っていた。現れたときの様子や素早い引き際など、かなり統制の取れた集団なんだろう。


 問題はあの手の連中の情報が騎士団の資料に残っているか、だが。


 「やはり痕跡を何も残していないな……かなりの手練れらしい」


 別の場所を捜索していたロベルトが憮然とした表情で戻ってきた。あれだけ派手に暴れて矢を一本残しただけ、か。


 いつ、放った矢や仲間の死体を回収したのだろうか。撤退したタイミングってのが自然だが、そうでなければ魔法でも使ったか?


 不気味だ。


 「もっと大人数で捜索すれば何か出そうだけど……応援は来ないんですか?」


 「人手が欲しいのは山々なんだがな……いま、他の作戦に駆り出されていて、中央本庁(ツェントルム)には騎士も兵士も最低限しかいない。ここの本格的な捜索は屋敷の方が撤収してからになるが、俺の隊にも動員が掛かるかもしれん」


 俺の問いにロベルトが困ったような顔をして肩を竦めた。


 今朝のブロンナー卿の言葉や、屋敷にいた兵士の少なさから人手が足りないのだろうとは思ったが、そう言うことか。


 しかし、ここまで大規模に兵を動かす作戦って何だろうな。戦でも始めるのか?


 「銀狼が3件目の事件を起こした辺りから、帝都近郊、中央本庁(ツェントルム)の管轄下の街道や町で強盗や放火が相次いでいる」


 俺の問いに、ラファエルが声を落として答えた。そう言えばブロンナー卿が昨夜そんなことを言っていたな。


 「確か、犯人が狼人(ハウド)だっていう?」


 「うむ。その連中が神出鬼没でな。白昼堂々強盗や付け火をし、駐留の騎士が駆け付ける前に姿を消す。狼人は鼻が利くから事前に察知するのだろうが……まるで猫と鼠のおいかけっこだ。埒が明かん」


 ロベルトはそう言って顔を顰めた。猫と鼠のっていうのは、俺達の言葉で言うところの『(イタチ)ごっこ』みたいな例えだったか。


 「帝都の銀狼に直轄領を荒らす神出鬼没の盗賊。この状況に長官殿もついに頭に来てな。先日、全騎士団に盗賊狩りを命じたのさ。たかだか百十数人の盗賊相手に騎士団の殆どの部隊、一万近い兵力を動員するというから、贅沢な話だ」


 そう言って苦笑するラファエル。今まで被害にあった地域から行動範囲を絞り込み、その外から取り囲んで追い込む作戦……らしい。


 大胆と言うか、大雑把というか。


 「騎士団の殆どの部隊をって、護衛隊は?」


 「青服の坊っちゃん達が帝都を出て汗をかく訳無いだろ?」


 俺の疑問に、今度はルーファスが肩を竦めて苦笑した……じゃあ、今帝都には護衛隊しかいないってことか。


 「『高貴で優秀たる護衛隊の任務は、帝都の防衛と治安の維持である。故に、如何なる時も帝都を離れるわけにはいかない』だそうだ……今回の山狩りを進言したのが青服の御大将って噂もある。迷惑な話だよ」


 ロベルトが芝居がかった口調で言い、愚痴を吐き捨てた。


 ハンス=フォン=ウラハが作戦を進言?


 ゲルルフもまだ健在だし、今回の襲撃事件を起こした賊の正体も不明だ。この時期に、まるで騎士団を帝都から引き離すような……まさか、ね。


 俺の考え過ぎだろう。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「すいません、こんな所に付き合わせてしまって」


 「いえ……でも、いいんですか? 俺が一緒で」


 戸惑う俺に、クリフトさんは柔らかな笑みを浮かべて『ええ』と頷く。


 昼下がり。


 帝都の北にある丘陵の上に俺達はいた。


 あのあと、竜巻号(トロンベ)を連れたクリフトさんと合流した俺は、屋敷の捜索を切り上げたロベルト隊と共に一旦中央本庁(ツェントルム)に戻った。


 今後の事をクリフトさんに相談したとき、少し行きたい場所があるから付き合って欲しいと頼まれたのだ。


 運河を渡る爽やかな風が頬を撫でる。夏の日差しを受けて輝く川面と、常緑の緑。その向こうに広がる帝都の街並みを一望できるこの丘は、とても心地好い場所だ。


 だからこそ、俺が何故誘われたのか分からない。


 「でも、ここは……」


 俺は困惑しながら、運河を見下ろすように据えられた石を見詰めた。


 赤子ほどの、何処にでもあるような石に文字が刻まれている。


 『エルザ=フェーベルに愛を込めて』


 これは墓標だ。エルザ……クリフトさんの妻の。


 「毎年妻の誕生日に花を贈っていたんですが、今年は色々あって来られなかったんです……今日を逃すとしばらく会いに行けませんから」


 クリフトさんはそう言うと、妻の名が刻まれた墓標に跪き、白い百合の花を供える。


 「……ここから妻と私が暮らしていた森がよく見えるんですよ。そして、彼女が最期に見付かった場所も」


 しばらくして、ポツリとクリフトさんが言った。


 眼下に広がる森がクリフトさんーーギーゼルベルト=ベッカーとエルザが駆け落ち同然に家を出て暮らしていたという場所か。


 でも、最期って……


 「妻が……さる上流貴族の息子に殺されたことは、以前お話ししましたね」


 「……はい」


 静かに話しだしたクリフトさんに、俺は戸惑いながら頷いた。


 「……あの日は寒い冬でした。体調を崩したステラの薬を貰うため、私がメアリム様のお屋敷に出掛けた隙を狙って、貴族の息子が差し向けた私兵団が妻を拉致したのです。私は足跡や臭いを頼りに必死に探し……3日たってやっと彼女を見付けたとき、彼女は冷たい運河の底に沈んでいました。私は……彼女を救えませんでした」


 淡々と語るクリフトさん。俺からはその表情は見えない。俺はかける言葉が見つからず、相槌も打てずただ黙って彼の話を聞く。


 「暗い話をして申し訳ございません……折角付き合っていただいたのに」


 そう言って振り向き微笑むクリフトさんの目は、迷いなく真っ直ぐだった。


 「いえ……でも何故、俺にそんなことを?」


 「それは……」


 「自分の悲惨な身の上を話して同情して欲しかったんでしょ?」


 不意に聞こえた少女の声に振り向いた俺は、思わず驚きの声をあげた。


 「ステラ……!」


 いつから居たのか、そこには白百合の花束を手にしたステラが立っていた。


 「何故ここに?」


 「娘が母親に会うのに理由がいる?」


 少女は頬を紅潮させて憮然と答えると、形のよい眉を顰めて真っ直ぐクリフトさんを睨み付ける。


 「あんたは自分だけが不幸みたいな言い方してるけど、殺されたママや、あんたの罪と業を背負わされて産まれ育った私の方がよっぽど不幸よ!」


 「……ステラ」


 捲し立てるようにクリフトさんを責めるステラ。クリフトさんは悲しげな表情で娘の言葉を受け止めていた。


 俺は見ていられなくて、咄嗟に二人の間に割って入る。


 「ちょ……お前、父親に何て事を言うんだよ!」


 「なによ……貴方には関係ないでしょ?! 何も知らない人間の癖に割り込まないで!」


 俺の言葉に、ステラは苛立ちを露にして俺を睨んだ。俺は彼女の瞳を真っ直ぐ見据えて諭すように言う。


 「確かに俺は二人の間の事を知らない。でも、いくら反抗期を拗らせても、言っちゃいけないことがあるんじゃないか?」


 「……何それ。意味分からない」


 少女は戸惑いの表情を浮かべて俺から目を逸らした……父親に酷いことを言ってしまったという自覚はあるらしい。


 「ステラ、私は……」


 「黙って! ママを殺したあんたが、何でここに居るの?! あんたなんて……あんたなんて、あのままゲルルフの代わりに首を括られて死ねばよかったのよ!」


 クリフトさんの言葉を振り払うようにステラは叫んだ。


 長い銀の髪を震わせ、白百合の花束を折れそうな程抱き締めた少女は、悲しげな表情で自分を見詰める父親にハッとして気まずそうに目を逸らす。


 「ステラ! 何も知らないのは君の方だろ!? クリフトさんは……」


 「カズマ様、よいのです。ステラは間違っていない」


 ステラに訴えようとする俺を、クリフトさんが静かに制した。間違っていないって……なんで?


 俺がクリフトさんに問おうとしたとき、不意に彼は表情を厳しくして周囲に視線を走らせる。


 「……お気をつけ下さい、カズマ様。囲まれました」


 「え?」


 囲まれたって、何に? クリフトさんに言われ、俺も慌てて周囲を見渡す。麓から丘に続く森と森を抜ける一本の細い道……夏の深い緑の奥で複数の影が蠢いている。


 薄闇に揺れる輝膜(タペータム)の光……狼人(ハウド)か。


 「なんだ? あいつら」


 「戦士(ウールヴヘジン)……まさか、あれを甦らせるとは」


 唸るクリフトさん。そうしている間に、森の中から、そして深い草むらからまるで涌いて出るようにその戦士たちが姿を現す。


 その数、ざっと見て20人程。


 彼等は抜き身の剣や短槍、戦斧を手にし、牙を剥いて俺たちを……いや、クリフトさんを鋭く睨み付けていた。


 居留地の狼人じゃない。ということは、まさか……?


 「あんたたち、なんでここに居るのよ。そんな物騒な物持ち出して……昼間は勝手に動くなってゲルルフに言われたでしょ?」


 ステラが取り囲む狼人達を鋭く睨み付ける。だが、彼等は彼女の言葉に全く反応しない。それぞれの得物を構え、今にも飛び出しそうだ。


 って、こいつら、やはりゲルルフの手下か。俺は小さく舌打ちをすると、サーベルに手を掛けた。


 「な、何よ。私を無視するなんていい度胸じゃない。揃いも揃って腹空かせた野良犬みたいな面して……ゲルルフを呼んで叱ってもらわないと」


 口調は強がっているが、流石のステラもこれだけの男達の殺気を前に声が怯えている。


 「……その必要はない。俺が彼等に命じたのだからな」


 低く、野太い声が狼人達の後ろから響いた。森の小道、その奥の薄闇からゆっくりと姿を現したのは、灰色の毛並みを持った大柄な狼人。


 革鎧を纏ってもわかる筋肉質の肉体と、肌が粟立つ程の圧迫感(プレッシャー)……一瞬別人かと思ったが、あの面構えは間違いない。


 「……遅い。大賢者の番犬に成り下がって鼻が詰まったか? ギーゼルベルト」


 「ゲルルフ、貴様……!」


 「言い訳はしません。確かに迂闊でした。風下から囲まれたとはいえ、ここまで接近を許すとは」


 唸る俺。クリフトさんは自嘲気味に苦笑いを浮かべた。


 「ギーゼルベルト、それにカズマ……二人揃っているとは好都合よ。貴様らは俺にとっての妨げとなる。よってここで消えてもらう」


 ゲルルフは低くそう告げると腰の長剣に手を掛けた。それに呼応するかのように、背後に控える狼人達の殺気が膨らむ。


 「なにそれ……ゲルルフ。そんな話は聞いてない」


 「お前には関係ない。父親の道連れになりたくなければ去れ」


 不審げな表情で問うステラに、銀狼ーーゲルルフ=バルツァーは、しかし彼女の方を一瞥もせず答えた。


 「……ゲルルフ」


 ゲルルフはクリフトさんを射殺すように睨み、クリフトさんはゲルルフを静かに見据える。


 二人に挟まれ、俺は緊張感に押し潰されそうで息を飲んだ。


 ヤバいな……どうなるんだ? これ。


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