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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第37話 「燃えた思い出」

【前回のアンクロ】


中央本庁で一夜を明かしたカズマ。翌朝、メアリム邸火災の調査報告に同席する。久し振りに顔を会わせたロベルト、ラファエル、ルーファス、そしてクリフト。


ブロンナー卿指示のもと、カズマはメアリム邸に戻ることになる。

 ーー獅子月(レーヴェ)の28日、朝10刻。


 カズマ達がロベルト隊と共に中央本庁(ツェントルム)を出立した、ほぼ同時刻。


 帝都の近郊、かつて聖マリナ教の修道院であった廃墟。その礼拝堂に二つの影があった。


 一人は大柄な体躯の狼人(ハウド)。もう一人は痩身で鬣のような黒髪の男。


 「あんたから頼まれた品物(ブツ)は三日後に届く。『駒』の頭数も揃った。あとはあんた次第だ。ゲルルフ=バルツァー」


 壁に凭れ、掌で2つの胡桃を転がしながらそう告げる男。狼人ーーゲルルフは男を睨み付け、牙を剥いて唸った。


 「……『駒』ではない。彼らは志を同じくする闘士だ」


 「志ねぇ……まあ、あんたらの成功を狼神様(ヴァナルガンド)にでも祈っておくよ」


 ゲルルフの言葉に、男は皮肉げな笑みを浮かべると、胡桃をズボンのポケットに突っ込んでゲルルフに背を向けた。


 ゲルルフは苦々しげにその背中を睨み……ふと顔を顰めて声を掛ける。


 「カラスマと言ったか。そう言えば、妙な噂を聞いた」


 男ーー烏丸 龍二はふと足を止めた。


 「珍しいな。あんたが噂話とは」


 肩越しに振り向き、口許を歪めて笑う烏丸。その表情にゲルルフは不愉快そうに顔を歪める。


 「……昨夜、大賢者メアリムの屋敷に賊が押し入り、屋敷に火を付けた。屋敷は燃え尽き、大賢者は行方知れずだと」


 「へぇ……そいつぁ物騒だねぇ」


 軽く頭を振って、興味無さげに相槌を打つ烏丸。ゲルルフは顔を顰め、声を落とした。


 「よく言う。あれは貴様ら『使徒(アインヘリヤル)』の仕業ではないのか」


 「なぜそう思う?」


 「体を洗っても、染み付いた煙の臭いはなかなか落ちぬ」


 「けっ! だとしても、あんたには関係ねぇ……違うか?」


 ゲルルフの言葉に烏丸は剣呑な表情で答えた。二人は睨み合い、礼拝堂に張り詰めた空気が流れる。


 が、烏丸はその空気を振り払うように、鼻で笑って肩を竦めた。


 「そんな顔すんなよ……あんたと俺らは同志(・・)だろ?」


 烏丸は手をひらひらと振って礼拝堂を去っていく。ゲルルフは舌打ちをすると、憮然としてその姿を見送った。


 礼拝堂に掲げられた磔刑の聖女は、半ば崩れ蔦に覆われて嘆きの声を上げているように見える。


 ゲルルフは破れた屋根から射し込む光に照らされたその像を見上げ、口を開いた。


 「ステラ、いつまで隠れているつもりだ」


 すると、聖女像の影から一人の少女が姿を現す。


 腰まで伸びた銀髪(シルバーブロンド)、遠目からでもよくわかる洋紅色(カーマイン)の瞳。髪から覗く三角の犬耳とゆらゆらと揺れる太くてしなやかな尻尾……ステラだ。


 彼女はゲルルフの傍らに寄ると、不安げな表情で彼を見上げた。


 「ゲルルフ……さっきの人間(ヒト)は誰?」


 「……人間? 何の事だ」


 ステラの問いに、ゲルルフは彼女から目を逸らす。そんな彼をステラは苛立ちを込めて睨み付けた。


 「ふざけないで。ゲルルフ、帝都に帰って貴方は変わったわ。一体何をしようとしているの? 貴方の望みは……」


 「俺の望みは狼人(ハウド)の誇りを取り戻すことだ。今も昔も変わらん」


 詰るステラを遮るように、ゲルルフは強い口調で答えた。ステラは口をつぐみ、小さく溜め息をつく。


 「あのヒトからは嫌な臭いがする……クルスってヒトと同じ血の臭い。あの人たちはゲルルフの為にならないわ」


 「……俺の為にならない、か。その言い方、やはり父娘だな」


 「……!!」


 ゲルルフの言葉に、ステラはハッとしたように目を見開いた。そして『知らないわよ』と小さく吐き捨てると、バツが悪そうに俯く。


 ゲルルフはそんなステラの様子に、僅かに笑みを浮かべると彼女に背を向けて突き放した口調で告げた。


 「……あの男の事は忘れろ。聞いた話もな。お前には関係のない話だ」


 ゲルルフはそのまま礼拝堂を去り、一人残されたステラは悲しげな表情で磔刑の聖女を見上げる。


 「……関係ないわけ無いでしょ。馬鹿」


 少女の呟きは礼拝堂の静寂に溶けて消えた。


 ……


 ……


 ……


 ……


 俺達がメアリム邸に着いたとき、そこはちょっとした騒ぎになっていた。


 噂を聞き付けた市民が野次馬となって屋敷を幾重にも囲んでいる。皆、不安げな表情で昨夜何があったか、火事の原因はなにか等話し合っているようだ。


 野次馬が現場に入らないよう警備していた兵士が、ロベルトに気付いて大声を上げる。


 「お前達! 道を開けよ!」


 警備の兵士が野次馬に割り込んで道を開けていく。しかし、野次馬の数に対して兵士が少ないのか、野次馬の誘導に苦労しているようだ。


 そう言えば、ブロンナー卿も火災現場の兵士が足りず困っているような事を言っていたな。


 兵士に押し退けられた野次馬達は俺達に奇異の視線を向けた。いや、視線が向けられているのは俺じゃなくて、後ろを行くクリフトさんだ。


 「おい、狼人(ハウド)だ。狼人が馬に乗ってやがるぜ」


 「まさかアイツが付け火の犯人かしら?」


 「大賢者様は召し使いに狼人(いぬ)を飼ってらしたというから、その飼い犬じゃないか」


 「主人が行方知れずだと言うに、あの様に威張り腐りおって……」


 ひそひそと話す声が嫌でも耳に入る。くそっ……なにも知らないで好き勝手言いやがって。俺が舌打ちをすると、クリフトさんが馬を寄せてきた。


 「カズマ様、行きましょう。皆様もう先に行かれましたよ」


 「クリフトさん……わかりました。すいません」


 俺は周りの野次馬を睨み付けると、兵士が開けてくれた道に馬を進めた。





 「……ありゃ、何やってんだ?」


 屋敷の敷地に入り、馬を降りたルーファスが眉を顰めて呟いた。


 庭の一角、延焼を免れた馬小屋の回りで兵士達が右往左往していて、馬小屋から馬の嘶きと激しい物音が聞こえてくる。


 兵士が一人、馬小屋からロベルト達の元に慌てて駆け寄り、敬礼する。


 「ジャン、あれは?」


 ロベルトは馬上で兵士に返礼すると、馬小屋に目線を向けて問うた。


 「はっ! 現場の調査が終了しましたので、屋敷の馬を中央本庁(ツェントルム)に保護しようとしたのですが、数人がかりで引いても動かず……大賢者様の御馬を傷付けるわけにはいきませぬ故、どうすればよいか思案していた所であります」


 ジャンと呼ばれた兵士が困惑した表情で答える。成る程、あの嘶きは竜巻号(トロンベ)が暴れてるのか。


 「ワイツゼッカー様、竜巻号(トロンベ)は旦那様と家中の者の指示しか聞かぬよう教育されています。騎士団の方では脚一本動かせぬでしょう」


 俺達の少し後ろを付いてきたクリフトさんがロベルトの隣に馬を寄せてそう言った。


 「え? そうなんですか? でも、俺が世話を引き継いだ時は暴れませんでしたよ?」


 会った初日こそ背中に鼻水を擦り付けられたが、言うことを聞かずに暴れたり触れ合いを拒絶されたりといったことは無かった。


 だからよく調教された、いつも俺が背中を見せる隙を窺っている事以外は大人しい性格のいい馬だと思っていたのだが。


 「あれはとても賢い馬ですから。カズマ様がイスターリ家の者だと察したのでしょう」


 「分かるものなんですか」


 「動物の勘や感覚は人間より鋭いんですよ」


 俺の疑問に、クリフトさんはにっこり笑って答えた。


 「では、クリフト殿、竜巻号(トロンベ)を頼めますか」


 「かしこまりました。お任せください」


 クリフトさんは、胸に手を当ててロベルトに一礼すると、ジャンに馬を預けて馬小屋に向かう。


 「さて、俺達は地下通路に向かうか。案内してくれ、カズマ」


 俺は頷くと、ロベルト達の先頭にたってまだ焦げ臭いの残る屋敷跡に馬を進めた。





 屋敷の雰囲気は一変していた。


 屋根は燃え落ち、ガラスは割れて、見慣れた牧歌的な雰囲気は見る影もない。3ヶ月と少しとはいえ、住み慣れた、思い入れのある場所が無惨に焼け落ちた光景を見るのは辛い。


 玄関に張られた黄色い規制線のロープを越えようとして、俺は息を飲んだ。


 「これは……」


 壁の、焼け残った漆喰に、血のような赤い文字で何か書かれている。


 ーー『すべては白き清純なる血脈のために。神を汚す者に死の裁きを』


 「純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスの連中が『粛清』と称して獣人や亜人に融和的な人間を襲撃した後に書き残すものだ。彼らにとっては聖女マリナへの祈りの言葉に等しいらしいが……これは悪趣味極まりない」


 ラファエルが苦々しげに吐き捨てた。昨夜ベアトリクスさんが切り捨てたやつらも同じ言葉を言っていた。あれが祈りの言葉? どう見ても呪詛の言葉だろう。


 にしても、せっかく残った漆喰に真っ赤な塗料で落書きとは、商店街のシャッターに不良が描いた落書き並みに悪趣味だ。


 「こうやって目立つ証拠を残して純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスの仕業に見せ掛けたんだろうが……連中は壁に殴り書きなんて雑なことはしない」


 「そうなのか?」


 「ああ。この言葉の後に、粛清対象の犯した罪を書き連ね、祈りの言葉で締める」


 そうやって、自分達の行為が正義に基づくものだと主張するのだ、とラファエルは続けた。


 「つまり、ただの自己弁護さ」


 成る程、テロリストの犯行声明的なやつか。何でもいいが……烏丸のやつ、今度会ったらブッ飛ばしてやる。


 俺はそう決意して、非常線を潜り抜けた。


 煤と灰に汚れた廊下を、瓦礫を踏みしめる軍靴の音が響く。


 応接間の、焼けて半ば崩れた安楽椅子。食堂と台所は爆発の衝撃で砕けたテーブルや食器の残骸で足の踏み場もない。


 ……全部燃えちまったんだな。


 俺がこの国で刻んできたものが一瞬で失われたようで、悲しくなった。一体なんでこんなことになったのか。襲ってきた連中は何者なのか。


 ふと。


 焼け焦げた廊下を見渡した俺の脳裏に、いつかの夢が過った。


 煙と炎に包まれた廊下。火の粉を撒き散らしながら焼け崩れるエントランス。切り裂かれ、血塗れで倒れるクリフトさん……そして、黒い外套の男に斬られるメアリム老人。


 あの時襲ってきたのは来栖と烏丸だった。


 そして昨夜。屋敷は烏丸らに襲われ、火が付けられて焼け落ちた。クリフトさんやメアリム老は無事だったたが、これは偶然か。


 ……まあ、今は昨夜の襲撃者の手懸かりを掴まなければ。この先の地下道を抜けた場所に何らかの手がかりが残されていればいいが……



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