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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第36話 「捜査会議」

【前回のアンクロ】


 女騎士オリヴィアに瞬殺され、騎士団に投降したカズマだが、フェレスの手引きで目的であったブロンナー卿との面会を果たす。


 メアリム爺とは旧知で、しかも悪友だったと語るブロンナー卿から、カズマは帝国各地の居留地から狼人が消えているという話を聞く。

 「狼人が消えている? ……まさか純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスが?」


 帝都で奴等の活動が活発になっているっていうし、俺達も純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスを名乗る連中に襲われたばかりだ。


 まさか帝国中の居留地で狼人の迫害が起こっているのか?


 だが、ブロンナー卿は俺の考えを否定するように頭を振った。


 「いや。拉致等ではない。彼らは居留地を脱走したのだ」


 「脱走……」


 「獣人は許可なく居留地から出ることを禁じられておる。まあ、それでも年に数件は無許可の脱走を試みる者がいるそうやが……しかし、此度の失踪はそんな規模ではないのだろう? ブロンナー」


 フェレスが額に皺を寄せてブロンナー卿に問う。


 「うむ。居留地によっては住人の3割が脱走した所もあるという。しかも、外部の何者かが手引きした痕跡もある。これは由々しき事態だ」


 3割……確かに多い。しかも、一ヶ所だけでなく帝国のあちこちの居留地で同じような事態が起こっているという。


 「でも、何でそんな」


 「ゲルルフーー銀狼の影響やな」


 フェレスの言葉に、ブロンナー卿は苦々しい表情で頷いた。


 「うむ。恐らくな……そして、狼人の脱走と時を同じくして、中央本庁(ツェントルム)管内の宿場や村で狼人による付け火や強盗が相次いでおる」


 「……ただの火事にしては、騎士団一部隊を派遣したり、戦支度のような警戒をしたりと大袈裟なことやと思っとったが、そういうことか」


 納得いったように頷くフェレス。いや、爆発炎上はただの火事じゃないだろ? 狼人の件がなくても警戒体制にはなると思うぞ?


 ブロンナー卿はフェレスの言葉に何も言わず、魚みたいなギョロ目で俺を見据えた。


 「兎に角、そういう状況だ。銀狼や居留地の狼人の件は騎士団の領分だが、貴様の師と銀狼とは浅からぬ縁がある。メアリムの戦いに関わるかもしれぬから伝えたのだ……くれぐれも他言はするなよ?」


 そうか、この人は爺さんと付き合いが長い。だから爺さんと銀狼ーーギーゼルベルトことクリフトさんとの事や、15年前あの事件との関わりも知っているのか。


 「わかっています……ありがとうございます。ブロンナー卿」


 俺がそう言って頭を下げると、ブロンナー卿は優しく微笑んで頷いた。


 「ほう……メアリムの弟子にしては良くできておる。なかなか見所のある奴だ。あの偏屈爺の弟子にしておくには惜しい」


 ……偏屈爺か。間違いじゃないな。


 そうだ。中央本庁(ツェントルム)にいる筈のクリフトさんにも、爺さんの無事を伝えなければ。


 「ブロンナー卿、クリフトさん……メアリム様の執事をしている狼人は今何処に?」


 「あの狼人なら今は本庁の独房にいる。罪人ではないが、あそこが一番安全なのでな。我々としては状況が安定するまで保護下に置きたいのだが、本人が釈放を望んでいる。まあ、一両日中には釈放されるだろうな」


 「……そうですか」


 独房に留置されていれば、この時間の面会は無理か。できればクリフトさんには安全な場所に居て貰いたいが、ゲルルフやステラの事でじっとしていられないのも分かる。


 ならば尚更、爺さんの事や狼人の事を伝えなければ。


 「カズマと言ったな。取り敢えず今日は休め。執事の狼人とは明日会えるように取り計らってやる」


 考え込む俺に、ブロンナー卿はニッコリと笑って言った。


 ……そうだな。何も今日中にやらなきゃならない事ではない。正直、ブロンナー卿にすべてを話してから、気が抜けたのか体が辛い。


 「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」





 それから、ブロンナー卿が呼んだ兵士の案内で本館の一室ーー多分来客用の居室ーーに入って……そこからの記憶が無い。きっとベッドに倒れ込んでそのまま寝てしまったのだろう。


 「全く、寝ながらブツブツ寝言を言うわ、唸り声をあげるわ……昨日は一睡もできんかったわ」


 「はいはい。そりゃ悪かったね」


 わざとらしく欠伸をするフェレスの文句を軽く流すと、俺はベッドから立ち上がり思いきり伸びをする。


 疲れが残っているのか、全身に倦怠感がある。しかし、ゲルルフと戦った翌朝と違って筋肉痛は無い。


 単に体が慣れたのか、ヴォーダンの言う『力』の影響か……


 その時、部屋のドアが軽くノックされた。


 「入るぞ」


 そう言って俺の返事を待たずに部屋に入ってきたのは、琥珀色の癖っ毛と青い瞳の若者。


 「ルーファス……!」


 「おう、久し振りだなカズマ。生きていやがったか。悪運の強いヤツめ」


 「悪運の強さはお互い様だろ?」


 ルーファスが俺の肩を拳で軽く小突き、俺も挨拶代わりに小突き返す。


 彼との付き合いは長くない。それなのに、彼の顔にはもう何年も友人として共に過ごしたような、そんな安心感があった。


 「聞いたぞ? カズマ、昨日は『稲妻のオリヴィアオリヴィア・デ・ブリッツ』の部隊相手に派手に暴れたそうじゃないか」


 「……派手になんて暴れてねぇよ。ったく、誰だよそんなこと言ってるのは」


 おどけて笑うルーファスに、俺は憮然と言い返す。っていうか、昨日の夜の騒ぎがもう噂になってるのか。


 「ラウエンシュタイン卿率いる精鋭8人をまとめて吹き飛ばして『派手に暴れてない』とはよく言うぜ。ま、それだけ印象が強かったって事さ。なんせ魔法を使うヤツなんて滅多にいないからな」


 「そうか……そうだったな」


 メアリム爺やベアトリクスさん、それに来栖と俺の周りに魔法を使う人々が居るせいで忘れていたが、この世界では魔法を操る人間は希少なのだ。そのうえ、人間を何人も吹き飛ばす程の風を生み出せるレベルの術者となると……


 そりゃ、インパクトあるから一晩で話題になるだろうな。


 「そんな事より、コルネリウス卿が呼んでるぜ。ロベルト隊長の報告に同席しろってさ」


 確か、ロベルトの部隊はメアリム邸の爆発事故ーーそう。あれは事故だーーの消火と現場検証にあたってたんだったな。


 あの襲撃者について何かわかったのだろうか。


 「わかった。案内してくれ」


 「ま、そう慌てるな。せめて寝癖くらい直せよ。それくらいの余裕はあるぜ?」


 「寝癖?」


 ニヤリと笑って自分の頭を指差すルーファス。言われて窓ガラスに映った俺の髪は、まるで子供が描く太陽みたいな輪郭になっていた。





 「ルーファス=フェーベルです。カズマ=アジムを連れてきました」


 「入れ」


 扉の向こうから重々しい返事があり、ルーファスは『はっ!』と短く返事をすると頑丈そうな扉を開いて部屋の中に入る。


 「失礼します」


 ルーファスの後から部屋に入った俺は、思わず息を飲んだ。


 白壁の部屋は縦長の楕円の形をしており、大きめの窓から差し込む朝の光が明るく照らしている。青い絨毯が敷かれた部屋の奥には彫刻が施された重厚感のある事務机が据えられていた。


 装飾品の類いは特になく、部屋を飾るのは皇帝ジムクントと皇女エリザベートが描かれた肖像画と、事務机の後ろに掲げられた黒地に金糸で縁取られた布に盾と8本の脚を持つ白馬が描かれた紋章旗(バナー)のみ。


 通称『楕円の部屋(エリプセ・ツィマー)』。中央本庁(ツェントルム)副長官執務室。そして、そこには先客がいた。ロベルトとラファエル、そしてクリフトさんだ。


 クリフトさんは俺と目が合うとニッコリ微笑んで頭を軽く下げた。元気そうでよかった。


 「昨日はよく眠れたか」


 「はい。おかげさまで」


 執務室の奥、事務机に腕を組んで座るこの部屋の主……コルネリウス伯ブロンナー卿に問われ、俺は胸に手をあてて頭を下げる。


 「そうか。結構」


 ブロンナー卿はそう言って鷹揚に頷くと、部屋に集まった面々を見渡し、口を開いた。


 「揃ったな。ワイツゼッカー卿。報告を」


 「はっ……」


 書類を手にしたロベルトは、ブロンナー卿に屋敷の火災の状況、爆発の原因について調査の報告を始めた。


 一通り報告した所で、彼は一旦言葉を切る。そして俺やクリフトさんを一瞥すると、若干声を落として続けた。


 「……屋敷の扉は人の力で破られた痕跡があり、柱や壁には刀傷のような傷が残されていました。これは、火災が発生する前、屋敷が何者かの襲撃を受けたというカズマの証言を裏付けるものです。また、純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスを示す紋章入りペンダントなどが残されていた事から、賊は純白の民であると推測されます。ただ……」


 「ただ?」


 言葉を濁すロベルトに、ブロンナー卿は眉を顰めて問うた。


 「現場には物証の他に大量の血痕などが残されていましたが、死体はなく、襲撃者個人を特定することはできないため、断定はできません」


 ロベルトの答えに、ブロンナー卿はゆっくり頷くと、ロベルトの隣に控えるラファエルに顔を向けた。


 「……卿はどう見る? ラファエル」


 「恐れながら……状況から見て賊は純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスではないと思われます……彼らを示す証拠が多すぎる。恐らく、純白の民の仕業に見せるため、わざと残されたものかと」


 ラファエルの意見に軽く頷いたブロンナー卿は、今度は俺に顔を向けた。二人の話を聞いた上で、実際に賊と相対した俺の意見を聞きたい……そう言うことらしい。


 「私と師を抜け道の出口で待ち伏せしていたのは、純白の民ではありませんでした。しかし、彼らは屋敷を襲ったのと同じ一味だと思います」


 屋敷が爆発した時、烏丸は『襲撃班は馬鹿か?!』と苛立ちを露にした。つまり、烏丸たち黒い外套の連中と屋敷を襲った白装束の連中は同じ組織ということだ。


 そして……ラファエルの話では、彼らは純白の民ライン・ヴァイス・フォルクスではない。


 ……じゃあ、何者だ?


 「それは大賢者殿も同じ意見か」


 「はい」


 ブロンナー卿の念押しに、俺ははっきりと頷いて答えた。


 「ワイツゼッカー卿、カズマが襲われたという抜け道の出口付近を捜索せよ。何か手懸かりが有るやもしれぬ……カズマは道案内を」


 受け取った報告書にサインをしながら、ブロンナー卿はロベルトに指示を出す。そして、羽ペンをインク壺に突っ込んでクリフトさんに問い掛けた。


 「ギーゼ、お主はどうする?」


 「カズマ様と共に一度お屋敷に戻ります。その後は、私なりに銀狼を追いたいと存じます。騎士団の妨げにはなりません。お許し願えますか?」


 口調は穏やかだが、クリフトさんの表情は真剣だ。やはりゲルルフを追うつもりなんだな。


 ブロンナー卿は僅かの間クリフトさんに厳しい目線を向けたが、直ぐに大きな溜め息をついて肩を竦めた。


 「お主は儂の部下ではない。それに、どうせ駄目だと言っても聞かぬのだろう? しかし、無理はするな。お主に何かあったら、あやつからお主の事を頼まれた儂が殺される」


 「ありがとうございます。自分の分は弁えているつもりです」


 「……だとよいのだがな」


 クリフトさんの言葉に、ブロンナー卿は苦笑いを浮かべ……表情を引き締めると執務室の面々を見渡した。


 「メアリム邸の火災の件は儂から長官に報告し、応援を回すよう交渉する。卿らには苦労を掛けるが、今は現場に専念せよ。以上だ」


 「「はっ!」」


 ロベルト、ラファエル、ルーファスの3人が姿勢を正して敬礼する。


 応援を回すよう交渉する……現場は人が足りてないのかな?

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