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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第2幕 カズマと銀色の狼人【前編】
28/56

第27話 「大賢者、考察する」

【前回のアンクロ】


メアリム老人によって語られる、銀狼とクリフトとの関わり。


それは、かつて帝都の夜を荒らした盗賊団『銀狼団』の物語であった。

そう言えば、この部屋に入るのは初めてだな。


俺はクリフトさんの個室のドアノブに手を掛けてふと思った。


別に鍵が掛かっているわけではない。ただ単に今まで入る用事がなかっただけだ。


でも、いざ入るとなると緊張するな……


部屋の主は居ないと分かっているのに。


「さて」


俺はわざと声に出して気持ちを切り替えると、ドアノブを回して部屋の中に入った。


余計な飾りのない、シンプルな部屋だ。クリフトさんらしい。


……確か、机の引き出しの上から三段目、だったな。


机はすぐに見つかった。品のいいランプが置かれ、よく片付けられた机。


ーーん?


壁に絵が掛けてある。シンプルな額に入れられたその絵は、黒一色の太い線で描かれていた。


髭を蓄えたローブ姿の人物と、犬の顔をした人物に挟まれて、三角耳の少女が笑顔を浮かべている。


それぞれの人物の上には、文字のような物が書かれていた。


お爺ちゃん(オーパ)……パパ……わたし(イッヒ)……か」


子供が一生懸命描いた絵だろう。真ん中の女の子はステラかな? いつ頃の絵だろうか。


俺はふと、食後のお茶を飲みながら爺さんに聞いた話を思い出した。


……


……


……


……


「ひとつ……お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんじゃ」


紅茶のカップをソーサーに置いて、メアリム爺が怪訝そうな顔をした。


「メアリム様は何故クリフトさんを執事に雇われたのですか? 『銀狼』は人間に反旗を翻す者の象徴。今日のような事が有り得ることを分かっていて……どうして」


「いや、ワシもあれをネタにされるとは思っとらんかった。『銀狼』ーーギーゼルベルトは死んだことになっとるからな」


苦笑いを浮かべるメアリム爺。そうか。流石の 大賢者もクリフトさんが死んだギーゼルベルトだということがバレるとは思ってなかったか。


公の記録では別人だもんな。


じゃあ、なんでクリフトさんが銀狼だった事実を護衛隊が知ってたんだろうか?


……偶然、にしては出来すぎだよな。


「まあ……ワシなりのけじめ(・・・)じゃな」


「けじめ? ……クリフトさんに対して、ですか」


「奴の……クリフトが居場所を無くしたのは、ワシのせいでもあるからの」


俺が問うと、メアリム老人は紅茶を一口飲んで溜め息をつき、遠い目をして話始めた。





ーー銀狼団を解散して半月ほど経った頃。ギーゼルベルトが一人、メアリム老人の屋敷を訪ねて来た。


『自分の信念を信じられなくなった』


そう告白するギーゼルベルト。メアリム老人は『ならば、ワシの元で道を探してみよ』と彼を受け入れたという。


そして、ギーゼルベルトはメアリム老人から『クリフト=フェーベル』という名を与えられ、下男として働きながら勉学に励む日々を送る事となった。


そんなある日。


メアリム邸に父親の遣いとして娘のエルザが訪ねて来る。そこでクリフトとエルザは運命的な再会を果たすのである。


エルザはその後、度々メアリム邸を訪れるようになった。名目上は商人の娘として必要な教養をメアリム老人から教わるためだったが、老人は彼女に勉強を教えることは殆ど無かったという。


そんな日々が一年ほど続いたある日、エルザが荷物を抱えてメアリム邸に飛び込んできた。


エルザ曰く、ある大貴族の息子に見初められ、結婚を申し込まれたという。相手は上級貴族の三男。彼女の父親も喜んで承諾したが、エルザ本人は素行に悪評の絶えないその男を嫌い、家を出てきてしまったのだ。


『あんな男の妻になるくらいならギーゼとーークリフトと一緒に居たい』


そう訴えるエルザに、メアリム老人とクリフトは困惑した。そしてその事が、クリフトとエルザの運命を狂わせる事になる。





「その貴族の息子って、もしかしてハーラルト公の?」


「なんじゃ。知っておったか」


俺が口を挟むと、メアリム爺は意外そうな顔をした。


……そうか。そんな繋がりがあったんだな。


「はい。前にクリフトさんから……」


「そうか。なら、皆まで語らずとも分かるな……父親の追っ手を逃れて屋敷を出た二人に、しばらくして母親によく似た可愛い女の子が産まれた……その娘の名前、(ステラ)はワシがつけたのじゃ」


『よい名じゃろう』と自慢気に笑うメアリム爺。俺は『そうですね』と相槌を打ってそれを聞き流す。


「……まあ、あとはクリフトから聞いた通りじゃ」


メアリム爺は表情を暗くして紅茶を啜った。


爺さんは二人のその後を敢えて語らなかった。でも、大体想像はできる。


ハーラルト公の息子は、自分を袖にした女性が狼人と駆け落ちし、子供まで作った事を許さなかった。彼女を探し出して……殺した。


そして、クリフトさんがあの日話してくれた、15年前の惨劇に繋がっていくのだ。


酷い、そして嫌な話だ。


「身寄りをなくしたステラはワシが引き取り、クリフトは刑に服した。5年後恩赦で釈放されたが、帰ってきたあやつに居場所はなかった。クリフトが居場所をなくした原因の一端はワシにある。じゃから、ワシが奴を雇った。ま、そういうわけじゃ」


……


……


……


……


幼いステラが、父親と養()と自分を描いた絵。


クリフトさんは一日の終わりにこの絵を見つめて何を思っていたのだろう?


……いかん。目頭が熱くなってきた。感傷に浸るにはまだ早すぎる。


俺は頭を振って感傷を振り払うと、クリフトさんの机に向き直った。


三段目の引き出しを開けてみる。そのなかには、綺麗に並べられた筆記用具や眼鏡と一緒に、使い古された紙束が革紐に綴じられて納められていた。


これがクリフトさんの言う『爺さんに渡す薬』だろうか……?


軽くめくって見るが、数字や単語の羅列ばかり……素直に爺さんに届けるか。


ふと顔を上げたとき、ステラの絵が目に入る。


メアリム爺さんとステラとクリフトさんが笑顔で手を繋いでいる絵……いつか、二人がこうやって笑いあえる日が来るといいな。


……


……


……


……


「ほほぅ……流石はクリフトじゃ。あの短期間でここまで調べるとは、やはり持つべきは有能な執事じゃな」


書斎の机で紙束をめくりながら、メアリム爺は目を細めて頷いた。何だか楽しそうだ。


「で、結局何なんです? それ」


老人のはしゃぐ姿なんていう誰も得しないものを見せられて疲れた俺は、少し投げ遣り気味に問うた。


「うむ。簡単に言うとな、ゲルルフが起こした事件で誰が得をしたか、という資料じゃ」


「……得を、ですか。でも、その事とクリフトさんを助けることって関係あります?」


爺さんの言っている意味がいまいち良く分からず聞き返すと、メアリム爺は顎髭を指で弄りながら顔をあげた。


「クリフトを助けるだけでは解決にならぬ。大事なのはそのあとじゃ。カズマよ、クリフトが濡れ衣を着せられた事件の、そもそもの始まりは何じゃ?」


「それは……ゲルルフが銀狼を名乗って帝都の商人を襲った事件でしょう?」


そう。元はと言えばゲルルフが強盗殺人を繰り返したから。


その事件の噂が狼人から職を奪い、狼人が反乱を起こすというデマの元になり、純白の民の暗躍と、先の居留地襲撃に繋がった。


そしてクリフトさんが捕まる原因となった殺人もゲルルフが居留地襲撃の報復としてやったことだ。


考えてみれば綺麗に繋がっている。不自然なくらいに。


「そうじゃ。つまり、ゲルルフの事件を読み解けば、この筋書きを描いたやつの姿が見えてくる……ワシはそう考えておる」


「そう言えば、前にもそんなことを仰ってましたね」


確か、『今の『純白の民』に広範囲に噂を流す力はない。過去に支援していた貴族が力を貸している可能性がある』って話だったか。


最初は狼人を追い詰めるための策略かと思ったけど、矛先が爺さんに向いてきたし……でも、ゲルルフの事件までシナリオの一部って、それはいくら何でも陰謀論が過ぎるんじゃないか?


俺が渋面を作ると、メアリム老人はクリフトさんのメモを机に広げて指差した。


「ゲルルフが襲った商人をよく見てみよ」


「えっと、1件は穀物、2件目は両替商、3件目は生糸。4件目は貿易商……か。見事にバラバラですね。共通点と言えば獣人を雇っている位ですか」


だからこそ、『獣人を雇う店は銀狼の標的になる』という噂が真実味を帯びたわけだが……


「そうじゃな。しかし、クリフトの資料でなかなか面白い事が分かるのじゃ。例えは1件目……この商人は小麦等の穀物を扱い、かなり手広く商売しておった」


メアリム老人はそう言いながらメモを指で叩いた。


そこには被害者の商人の名前と、取り扱っている商品、代表的な取引先が書いてある。


……どこでそんな情報を手に入れたんだ? あの人は。


「穀物を商う商家では帝都で五本の指に入るほどの大店(おおだな)じゃ。その商人が死んで店が潰れた後、フッガー商会が死んだ商人の取引をすべて引き継いでおる」


確かにメモには取引先がフッガー商会に乗り換えた事が書いてあった。殺された商人が持ってたシェアを、フッガー商会が隙を見てごっそり手に入れたって事か。


火事場泥棒みたいだが、ビジネスの世界って結構非情っていうし、珍しい話じゃないだろう。


「フッガーは主に香辛料や生糸に麻織物、小麦等の交易で財を為した豪商じゃ。3件目の生糸の商いも、ほとんどフッガー商会が引き継いだ。4件目に死んだアジッチは北の島国『エディンベア王国』との独自航路を拓いて交易をほぼ独占した貿易商じゃが、フッガーはそれを船ごと手に入れたようじゃな」


確かに、フッガー商会は事件のおかげでかなり利益を上げているようだ。でも、今までの話を聞く限り、フッガーという商人がかなりやり手だという事しか分からないんじゃないか?


「でも、2件目はフッガー氏と関係ないみたいですが」


「そうでもない。2件目の商人は宰相のグロスハイム侯と繋がりの深い商人じゃ。彼は宰相派の貴族に献金や融資を行い、資金面から宰相派を支援していた商人の一人。他の3件の商人も大なり小なり宰相派の貴族と資金面で繋がりがあったようじゃな。そして宰相派はフッガーの後ろ楯になっておるウラハ公を中心とした公爵派と政治的に対立関係にある……ここがミソじゃ」


「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり話が大きくなったんですが」


俺は慌ててメアリム老人の話を止めた。


何でいきなり宰相やら公爵が出てくるんだ。それに宰相派とかいきなり聞かされても分からないぞ?


「つまり、4人が死んだことで利を得たのは、ウラハ公とその派閥、公爵の庇護下にあるフッガー家じゃ、という話よ」


「でも、それって結果論でしょう? だって4人を殺したのはゲルルフですよ? 人間を憎んでいる彼が、人間の貴族の利益になるような事をしますかね」


俺の言葉に、メアリム老人は『そこじゃ』と難しい顔で唸った。


「そこが繋がれば、もっとはっきり相手とその狙いが見えるんじゃがな」


「狙いって……今回の事はメアリム様の権威失墜が目的じゃないんですか?」


「それだけの為にここまで大事は起こすまいよ。もっと何かある筈じゃ。ワシを封じ、騎士団の動きを鈍らせ、狼人を追い詰めて何をしようというのか……」


いつものように顎髭を撫でながら、独り言のように言うメアリム老人。その表情は何処か楽しげに見えた。


いや、目が全く笑っていない。顔に笑みを浮かべながら、底冷えするような凄みを老人から感じる。


「……メアリム様、その連中の企みを暴いて一体何をなさるおつもりですか?」


「ワシを嵌めようとしたのじゃ。企み丸ごと叩き潰してやらねば気が済まぬ……その為に先ずクリフトを上手く救わねばの」


そう。一番の問題はそこだ。クリフトさんは既に護衛隊の手に落ちている。このままでは銀狼として連中にいいように利用されて、最悪消されてしまうかもしれない。


しかし、拘留場所を襲撃して奪還するわけにはいかない。そんなことをすれば名実ともに犯罪者だ。


「どうなさるおつもりですか? メアリム様」


「なに、よい考えがある。ちと綱渡りじゃがな」


いや、綱渡りの時点であまりいい考えじゃないんじゃないか?


大丈夫かよ……



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