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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第2幕 カズマと銀色の狼人【前編】
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第25話 「急転」

【前回のアンクロ】


獣人居留地襲撃から数日の間は何事もなく過ぎた。しかし、唐突にメアリム邸を訪問したロベルトらによって、居留地襲撃の犯人が銀狼によって殺害されたとの情報がもたらされる。


そして護衛隊のファーレンが屋敷を包囲してメアリム老人に面会を求めてきた。メアリム老人が銀狼を匿っているというのだ。


果たして……

「では、率直に申し上げる。大賢者メアリム様、あなたが屋敷に銀狼を匿っているとの情報があります。大人しく引き渡していただきたい」


胸を反らし、腕を後ろに組んでメアリム老人を見下ろすようにそう告げるファーレン。


メアリム老人は困惑した表情を作って肩を竦める。


「言っておる意味がよく分からん。当家には銀狼などを名乗る不届き者は居らぬ」


俺も意味がわからない。


銀狼ーーゲルルフは、帝都の何処かに潜伏しているのは確かだが、少なくともこの屋敷には居ない。


このファーレンという人は、何を根拠にそんなことを言っているのか。


「……隠し立てしても御身の為になりませんぞ?」


顔を顰め、声を低くするファーレン。それだけで部屋の温度が何度か下がったような気がする。


……やっぱりこの人、職場の上司には欲しくないタイプだな。若い連中は一回怒れたら次の日から出勤しなくなりそうだ。


「ワシは何も隠してなどしておらぬよ。ブルヒアルト卿」


しかし、メアリム老人にファーレンの威圧は通じないようだ。いつものように顎髭を撫でながら苦笑している。


ファーレンは溜め息をつくと冷たい目でメアリム老人を睨み付けた。


「……貴方が執事として雇っている狼人ーークリフト=フェーベルが『銀狼』と名乗る殺人鬼の正体であるーー先のバルバ獣人居留地襲撃の報復として3人の男が殺害された事件で、我々が捕らえた銀狼の手下がそのように白状したのですよ」


ーーは?


今何て言った?


「ちょっと待て! クリフトさんが銀狼?! ふざけんな! 何言ってんだ! そんなことがあるか!」


銀狼を名乗っているのはゲルルフだ。何でクリフトさんが銀狼になるんだ?


ファーレンに俺は声をあげて彼に詰め寄った。すかさず護衛隊の兵士が剣に手を掛けて俺の前に立ち塞がる。


「カズマ、控えよ」


「でも!」


食い下がる俺を睨むメアリム老人の表情は鋭い ……『余計なことはするな』って事か。


くそっ!


俺は心の中で舌打ちすると、ファーレンを睨み付けて引き下がった。


「クリフトは当家の執事じゃ。賊の首魁だという確かな証拠を見せてもらわねば、引き渡すわけにはいかぬな」


「貴方に証拠を示す義務は我々にありません。勘違いしておられるようだが貴方がこの命令を拒否する事は許されませんよ? 大賢者メアリム」


「なんじゃと?」


眉を顰めるメアリム老人。ファーレンは軍服の内ポケットから書類を取り出し、突き付けるように老人に示した。


「これは中央本庁(ツェントルム)長官の正式な命令です。速やかに『銀狼』クリフト=フェーベルを引き渡してください」


「……まさか! 貴様、いつの間に」


呻くように言って、ロベルトがファーレンの前に立つ。


「長官命令は副長官の許可が必要な筈だ。この件で副長官が許可を出したという話は聞いていない」


「護衛隊にはそれができるのだよ……ワイツゼッカー卿、我々を出し抜いて手柄を独り占めするつもりだったようだが、現実はそう甘くないのだ」


「手柄、だと?」


憐れむような視線を向けるファーレンに、ロベルトは不快感を顕にして吐き捨てた。


「我々はそんなものが欲しくてここにいるのではない。卿らこそ、手柄欲しさに事実をねじ曲げているのではないですか? ブルヒアルト卿、貴方は何も疑問に思わないのですか」


護衛隊を追うように応接間に入ったラファエルがファーレンに鋭く問う。だが、ファーレンはラファエルを振り向きもせず鼻で笑った。


「私は自分に与えられた仕事をしているだけだ。幹部連中(うえ)の思惑など知らん……それに、中央本庁(ツェントルム)長官の命令は陛下の命令でもある。卿も騎士ならばその意味が分かるだろう?」


「くっ……!」


長官の命令書を突き付けられたラファエルは、悔しそうに唇を噛んだ。


ラファエルやロベルトが何も言えないほど、長官の命令というのは強いものなのか。


二人の騎士が沈黙したところで、ファーレンはメアリム老人に向き直った。


「そういうことです。大賢者様……私も手荒な真似はしたくない。大人しく従っていただきたい」


「ふむ……従わねば外の兵士を屋敷に突入させるか?」


「……それだけで済めば良いですな」


ファーレンはそう言って意味ありげな笑みを浮かべた。


陛下の代理である中央本庁(ツェントルム)長官の命令は陛下の命令と同じ。であれば、それに従わないのは陛下に従わないのも同じ。


貴方は世を乱す犯罪者を匿っているのだから、陛下に対する反逆と言われても仕方ないですよ?


ーー彼はそう言っているのだ。


くそ……絶対的な手札(ガード)を突き付けられて、手も足も出ないってか……完全に積みなのか?


「失礼いたします」


その時、応接間の扉が軽くノックされ、クリフトさんが姿を現した。


いつもの燕尾服に、いつもの落ち着いた表情。


メアリム老人はクリフトさんを一瞥すると、澄まし顔のファーレンを見据えたままゆっくり口を開いた。


「クリフトか……話は聞いたな?」


「……はい。承知しております。私の事で旦那様のお心をこれ以上煩わす訳には参りません。それに、これはかつての私の蒔いた種。摘み取らずに逃げるわけにはいきません」


表情を変えず、静かな口調でそう語るクリフトさん。メアリム老人は眉間に皺を寄せて目を閉じたままその言葉を聞いていたが、やがて深く息をついて目を開けた。


「そうか……では仕方ない。今までよく働いてくれたな」


「勿体無きお言葉でございます」


クリフトさんはメアリム老人に深く頭を下げると、ファーレンに向き直る。


「私を捕らえるなら好きにするがよいでしょう……ですが、私はあなた方が言うような罪は犯していない」


「それはお前が決める事ではない……連れていけ」


真っ直ぐにファーレンを見据えるクリフトさん。ファーレンは冷たく言い放つと、メアリム老人に会釈をして踵を返した。


護衛隊の兵士がクリフトさんの腕を後ろに回し、縄で縛る。


って、ちょっと待て。まさかこのままクリフトさんを銀狼にして護衛隊(やつら)に差し出すつもりなのか?


俺はクリフトさんの前に立ち塞がると、メアリム爺に叫んだ。


「ちょっ……待ってくださいよ! メアリム様、何屈してるんですか?! クリフトさんは銀狼じゃないんですよ? なのになんで捕まるんです? こんなのおかしいですよ!」


「カズマ様……」


クリフトさんは、俺に寂しげな微笑みを向けて頭を振る。


「申し訳ございません。私が『銀狼』を名乗っていたのは事実なのです。その私の存在が旦那様の妨げになるならば、これも仕方ないこと」


「なっ……」


クリフトさんの思いもしない告白に、俺は絶句して立ち竦んだ。


クリフトさんが……銀狼だった(・・・)


でも、それは……


「カズマ様、私の部屋の、机の上から三段目の引き出しに旦那様がいつも飲んでおられる薬が入っています……申し訳ございませんが、食後に旦那様に飲ませてください」


「え? 薬?」


突然何を言うんだ? 爺さんが薬を毎日飲んでる所なんて……


俺が戸惑っているうちに、後ろ手に縛られたクリフトさんは兵士に両脇を抱えられて応接間を出ていく。


入り口の扉の前でラファエルとルーファスが悔しげな表情でそれを見送った。


クリフトさんの姿が扉の向こうに消え、複数の馬蹄の音が遠ざかるのを聞きながら、俺は床に座り込んだ。


なんだよ。何も、できないのかよ……!


何でこんなことになるんだよ!


「……やれやれ、思ったより準備が良いのぅ。いや、最初から仕込んでおったか。ブロンナーも後手に回ったな」


メアリム老人は深い溜め息をつくと、ソファーに身を沈めた。


「申し訳ございません……まさか副長官を無視して長官命令を引き出すとは」


「長官のヘルムート伯はウラハ公の口利きで長官になった男じゃ。護衛隊には頭が上がらんわ」


悔しさを滲ませ、老人に頭を下げるロベルト。だが、メアリム老人はゆっくりと頭を振ると、顎髭を撫でる。


その様子を横目で見て……俺は腹の底から怒りがこみ上げてきた。


何でこんなに落ち着いていられるんだ? 悔しくないのか? 怒りを感じないのか?


大賢者なんて呼ばれてても、所詮自分が大事で執事のーークリフトさんの事なんて切り捨てていい物にしか考えてないのか?


「爺さん! あんたなに他人事みたいなこと言ってるんだよ!? クリフトさんがゲルルフに仕立て上げられたんだぜ? 自分に不利益だからって、今まで尽くしてきた執事を見捨てるのかよ! あんたは! そんな奴だったのか?」


俺の頭の中で何かが弾け、気が付いたら老人の胸ぐらを掴んで叫んでいた。


「カズマ! やめろっ!」


ロベルトが慌てた様子で俺を引き剥がそうとする。が、メアリム老人はそれを制して俺を睨み据えた。


「……落ち着かんか、馬鹿者。何か勘違いしておるようじゃが、ワシはクリフトを見捨てた覚えはない」


「でもっ……!」


「話を最後まで聞け」


静かだが低く、有無を言わさぬ声。俺は心臓を鷲掴みされたような感覚を覚え、思わず老人から離れた。


「これはクリフトを雇うとき、奴から条件として言われたことじゃ……奴の過去がワシを貶める材料にされたときは、遠慮せず切り捨てること、とな」


「なっ……」


クリフトさんの過去……公爵の息子を決闘で殺してしまったことか?


いや、さっき、クリフトさんは『自分が銀狼であったことは事実』みたいなことを言っていた。クリフトさんにはまだ俺の知らない過去があるのか。


……でも、だからといって切り捨てていい事にはならないだろう。


メアリム老人は乱れた襟元を整えながら息をつき、その場にいるロベルト、ラファエル、ルーファス、そして俺を見渡して口許を笑みの形に歪める。


「勿論このままで終わるわけにはいかぬ。相手の意図は大体見えた。ならば、それをひっくり返すだけじゃ……倍返しでな」


そう宣言する老人は、今まで胸にたぎっていた怒りが一気に冷めるくらい険悪な顔付きをしていた。


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