第24話 「そして舞台の幕は上がる」
【前回のアンクロ】
居留地から戻ったカズマは、その夜クリフトがメアリムに襲撃事件の報告をするのを聞く。
襲撃者を煽動していた『純白の民』はかつて上級貴族の支援を受けた組織だった。帝都に流れる不穏な噂を純白の民単独で流すのは難しいと語るメアリム。
数日後、書庫で偶然居合わせたカズマとクリフト。カズマは15年前の虐殺事件をクリフトに問う。語られる事件の真相。それはクリフトにとってあまりに辛い出来事だった。
「やあ、久し振り。この世界には慣れたかい? カズマ」
うっすらと目を開けた俺は、目の前で薄ら笑いを浮かべる少年に眉を顰めた。
濡羽色の髪、透けるような白い肌。少女のように整った顔立ちに蒼と紅の異色眼。
ーーヴォーダン。
暗闇の中、アンティーク調の椅子にゆったりと足を組んで座るその姿は、ムカつくほど絵になっている。
「何の用だ?」
「つれないなぁ……まあ、いいや。それにしても随分楽しそうな事に首を突っ込んだものだね、君も」
ヴォーダンは肩を竦めて楽しそうに嗤った。
……随分楽しそうな? 何の事だ?
「くくく……15年前の悲劇が生んだ復讐鬼とその悲劇の原因となった義兄の因果。なかなか感動的じゃないか?」
そう言って大袈裟な仕種をするヴォーダン。
野郎、何が『感動的』だ。馬鹿にしてるのか?
「そう怒るなよ。君だって最初は好奇心で首を突っ込んだんだろ? 同じだよ。君も僕も」
少年はにぃ、と意地の悪い笑顔をする。顔が綺麗な分、その笑顔は邪悪さすら感じる。
しかし……いつもの如く、俺の心の声は奴に筒抜けらしい。相変わらずいけ好かない奴だ。
それで? わざわざそんな事を言いに来たのか。
「まさか。君に力を貸してあげようと思ってね……泣いて喜んでいいよ」
力を……だと? そんな話に乗っていい結果になったって話を聞いたことがない。お断りだ。
「頑固だね。でも、あの狼人と戦った時や皇女様を助けた時だって君は『力』を使ったじゃないか。君は魔法を学んだ事はないし、剣術の指南も受けていない。でも、ここから先危険な場面に何度も遭遇するだろう……今みたいな不安定な『力』で生き抜いていけるかい?」
ぐ……確かに銀狼とやり合ったとき体が自然と動いたし、何故か相手の動きが見えたが。あれはあの時の契約のお陰だったのか。
一瞬でも俺の異世界人としての力だと思った事が恥ずかしい。ちくしょう。
心の中で歯軋りする俺に、ヴォーダンは溜め息をついて苦笑した。
「まあ、君に問い掛けても無意味なんだけどね。『世界の意思』の代理人である僕の決定に、君の意思は関係ない。拒否も許されない。だから、君は大人しく僕の好意を受け取るんだ」
世界の意思? なんだそれは。
それに拒否は許さないって、ふざけた事言ってんじゃねえ! クソガキっ!
「さあ、舞台の幕が上がるよ。カズマ」
寒気のする笑い声のエコーが闇に響く。ヴォーダンが冷たい微笑みを浮かべ、白く細い指を鳴らした。
俺の意識が唐突に遠退いていく。畜生、言いたいことだけ言って切り離しやがった。
「今度はどんな喜劇を僕に見せてくれるのかな? まあ、精々足掻いて見せてよ……くくくっ」
……最悪だ。
目が覚めたとき、喉がカラカラに乾き、胸の奥がむかついて、背中にはびっしょりと汗をかいていた。
まるで飲み過ぎた日の翌朝の目覚めのような不快感に、俺は唸りながら天井を睨んだ。
クソ……何が『幕が上がる』だ。どこで眺めているか知らないが、観客を気取っているつもりか。
俺は大きく息を吐くと、思いきって体を起こした。
うだうだしていても仕事は待ってくれない。気持ち切り替えなきゃな。
メアリム邸に珍しい来客が訪れたのは朝食を済ませた後だった。
「大賢者メアリム様はご在宅か?」
トロンベの背中を藁で拭いていた俺が聞き慣れた低い声に振り向くと、黒い詰め襟の軍服を身に付けた大柄な男は何とも言えない奇妙な顔をした。
「……カズマではないか。お前、何をしているのだ」
「ほう? 大賢者の弟子は下男の真似事もするのか?」
「へえ、結構様になってるじゃないか」
大男の後ろから顔を出した金髪の美丈夫が面白そうに目を細め、彼の隣に立つ琥珀色の髪の青年がニヤニヤ笑っている。
似たようなことをシャルロットに言われたが、そんなにおかしいかな。
「ロベルト……それにラファエルにルーファスも。何って、これも修行の一環ですよ。それより、三人揃って朝早く何事です?」
三騎士揃い踏みでこの屋敷に来るのは珍しい。
ロベルトは『おお、そうだったな』と頷くと、表情を引き締めた。
「中央本庁ブロンナー副長官より、大賢者殿に至急の託けを預かっている。お目通り願いたい」
「メアリム様ならこの時間は書斎に籠っていると思いますけど……」
そう答えながら、俺は嫌な予感を覚えた。
中央本庁の副長官からメアリム爺に至急の使者? それを騎士がわざわざ?
何だろう。絶対穏やかな話じゃないな。
「ほう……居留地を襲った『純白の民』の男たちが見つかったか」
屋敷の応接間。
メアリム老人はロベルトから受け取った手紙に素早く目を通すと、静かな口調で言った。
「……はい。二日前の夜のことです」
老人の言葉に、ロベルトが緊張ぎみに頷く。表情は真面目だが、来客側のソファーに巨軀を押し込めるように座っているのでなんだが滑稽だ。
因みにラファエルとルーファスは応接間の外で待機している。
しかし二日前の夜か。
クリフトさんから15年前の事件のことを聞いた夜だな。
「帝都の西門広場の木に、犬の死体と並んで首を括られ、吊るされていたそうです。目立った外傷が無いことから、首を絞めて殺されたあと吊るされたと考えられます」
「括られてって、誰がそんな!」
メアリム老人の後ろで話を聞いていた俺は、思わず大きな声を上げた。
彼らは銀狼に恨みを持つ人間を煽って、無実の狼人を襲わせ、その上騎士団がやって来ると我先に逃げ出した、最低な奴等だ。
でも、括り殺して晒し者にするなんて、いくらなんでもやりすぎだろう。
と、急に静かになった場の雰囲気に俺はハッとした。
二人が俺を見ている。俺がいきなり声をあげたから吃驚させてしまったらしい。
「……すいません」
「よい。じゃが、いきなり大声は出すな。吃驚するわ」
項垂れる俺に、メアリム老人が苦笑いを浮かべ、ロベルトに向き直った。
「それにしても、犬と一緒に吊るすのは罪人に対する最大限の侮辱じゃ。連中を殺してなお辱しめるほど憎んでおるとなれば……」
「ええ。一人の胸に『銀狼』の名前で書かれた斬奸状がナイフで突き立てられていました……先のバルバ居留地襲撃の報復である、と」
銀狼……ゲルルフの仕業なのか。確かに今までの奴の手口に似ている。奴ならそれくらいするかも知れない。
でも何だろう。妙な違和感を感じる。
「ふむ。成る程な……ブロンナーの手紙から察するに、死体を発見したのは護衛隊か」
「はい……西門周辺を巡回中に発見したと」
メアリム老人の問いに、ロベルトが苦虫を噛み潰したような顔で答える。
護衛隊って、あのハンスが隊長をしている貴族主体の部隊じゃなかったか? 一応仕事はしてるのか。
「貴族の子弟の寄せ集めが、夜に人気のない西門を巡回のぅ。珍しく仕事熱心じゃな。で、何か動きがあったか」
皮肉げに苦笑するメアリム老人。ロベルトは『ええ』と小さく頷いて続けた。
「昨日、護衛隊がバルバ居留地を捜索し、銀狼の一味と思われる数人の狼人を捕縛ました……その後の取り調べで、銀狼の居場所を突き止めたと」
ロベルトの言葉に、炊き出しの後始末をしているときに見た光景が脳裏をよぎった。
ヨルク老に、『襲撃者に制裁するべきだ』と意見していた若者たち。捕らえられたというのは、まさか彼らじゃないだろうな。
捕縛するなら何か証拠が出たんだろうか? それに、銀狼ーーゲルルフの居場所を突き止めたって言ったが、そんなに簡単に口を割るものだろうか。
何だろう。さっきから違和感ばかり感じる。
「……それでブロンナーめ、慌ててそなたらをワシの屋敷に寄越したか」
メアリム爺が顎髭を撫でながら問うた。ロベルトは固い表情でメアリム老人の顔を見据える。
「はい。大賢者様の為にも、銀狼は我々騎士団が捕らえねばなりません。ご協力をいただきたい」
ん? なんか話が飛躍したぞ?
何で護衛隊がゲルルフの居場所を突き止めたって話から、騎士団が事件を解決するために爺さんの協力が必要って話になるんだ?
それに爺さんの為って。
なんか途中の話がすっぽり抜けている。多分、副長官の手紙にそれが書いてあるんだろうけど……
その時、応接間のドアが慌ただしくノックされ、ベアトリクスさんが緊張した表情で入ってきた。
「何事だ」
「旦那様、護衛隊が。お屋敷は既に包囲されております」
「……え?」
ベアトリクスさんの言葉に、俺は思わず声をあげた。
今度は護衛隊が屋敷に来て、しかも包囲されてる? どうして?
「ほう、やる気じゃの。指揮官は」
「ブルヒアルト子爵家の家紋が見えました。ファーレン卿の隊かと」
何故か楽しげに笑うメアリム老人に、ベアトリクスさんが答える。その名を聞いたロベルトが舌打ちして椅子の手摺に拳を打ち付けた。
「ファーレン=フォン=ブルヒアルト……ちっ! ウラハめ、よりによってまともなのを寄越してきたか」
何が起こってるんだよ。
ロベルトやメアリム老人は事態を理解しているのに、俺だけ何も知らずにただ戸惑っている…… それが余計に不安だ。
分かるのは、そのファーレンって人が護衛隊でも『できる』人で、部下に屋敷を包囲させて爺さんに会いに来てるって事くらいだ。
おいおい、それってかなり異常事態じゃないか!
「如何なさいますか?」
「追い払う理由はない……通せ。ワイツゼッカー卿、そう簡単には行きそうもないの」
メアリム老人はそう言って溜め息をついた。
一体、何がどうなるんだろうか……?
「護衛隊第三小隊、ファーレン=フォン=ブルヒアルトであります。大賢者メアリム様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
応接間に現れた青い詰め襟の騎士は、冷たい笑みを浮かべ、優雅に貴族の礼をした。
灰色がかった髪をオールバックに撫で付けた、彫りの深い顔の男だ。年齢は30代後半位か。ハンスのような派手さは無いが、まるで氷の刃のような冷たい鋭さを感じる。
バイト先の上司だったら始終緊張して疲れそうだ。
ファーレンはメアリム老人の側に立つロベルトを一瞥し、微かに眉を顰めた。ロベルトもファーレンを睨み付けるように見返し、二人の間に一瞬緊張が走る。
「挨拶はよい。で、大袈裟ななりをしてワシに何用じゃ」
メアリム老人は顎でファーレンの後ろに控える兵士を指差した。彼が連れた兵士は、帯剣の上マスケットを手にしている。
ファーレン自身も帯剣の上短銃をベルトに差していた。
まるで戦争にでも行くようだ。
ファーレンは表情を引き締めると、胸を反らして告げた。
「では、率直に申し上げる。大賢者メアリム様、あなたが屋敷に銀狼を匿っているとの情報があります。大人しく引き渡していただきたい」
……なに?
爺さんが屋敷に銀狼を匿っている? 何を言ってるんだ、この白髪は。




