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第五話

 作戦時は常に緊張状態にあるので、どうしても静かになってしまう。

 俺も隊長も慣れたもので、素早く転移魔法陣を完成させる。言葉を発しなくても決まった作業であれば問題ない。


 一通り設置し終わっても時間はたっぷりあった。

 注意深く魔石の数や触媒の位置をチェックする。


 この作業は二人がかりだ。

 最後に、魔力を抽出した液体、いわゆるエーテル水を振りかければ終わりだが、もしミスしていれば爆音と閃光を生み出して一気にピンチだ。

 あの蒼銀の男が目くらましにわざと使った方法である。


 問題ないことを確認すると、トランクケースにからエーテル水が入っている小瓶を取り出した。


 高濃度に圧縮されたエーテル水を急に沢山流すと、魔石が許容できる量を超えてしまって失敗する。

 焦らずに魔力を加えていくのがポイントだ。


 そんなふうに偉そうに言ってみたところで、ちょっとずつ垂らすのは苦手なので、そこは隊長にやってもらう。


 時計を確認して、作戦時刻になったのを見計らう。

 隊長の手元から、銀色に光るエーテル水が銀糸となって魔法陣に入り込む。


 垂れた場所の一番近い魔石にどんどん集まっていく。

 魔力は流動する物で、俺たち人間にも、馬や羊にも、魔力は絶えず入ったり出たりしているらしい。


 そんな馬鹿なとは思うが、こうして魔法陣の上で、魔石の上を行き来する銀色の光を見ると納得せざるを得ない。

 魔力が触媒を通るたびに、その光のラインが濃くなったり、色がちょっとずつ変わっていったりしている。


 やがてどんどん行き来が速くなって、瓶の中身を全部注ぎ終わるころには魔法陣の外円にも魔力が回り始めるようになった。


 色も初めて比べて随分変わった。空色っぽい感じだ。

 外円をはじめとした主要なラインが発光し、魔法陣の上をはしる光の塊は燐光が立ち上っている。


 薄暗い森を背に佇む隊長は、魔法陣の光も相まって幻想的な空気を纏っているように見えた。



 「ふぅ、済んだか」



 隊長はエーテル水が入っていた瓶の蓋を閉めながらそういった。俺と違って、隊長は真剣に魔法陣の様子を見ていたようだ。


 空の瓶を隊長が魔法陣に投げ入れた。

 シュポン、と間抜けた音を立てて瓶は消える。


 ちゃんと魔法陣は作動しているようだ。


 魔法陣は安定してしまえば、自身が発生する力場によって、ちょっとの衝撃では崩れなくなる。

 魔石や触媒も、布に縫い付けられたように動かなくなる。独楽が回る原理と似ているらしいが、これも詳しいことは忘れてしまった。


 番号が刻まれた空瓶の転移を以って、魔法陣作成が完了したことを本部に伝える。暫くすればここに軽魔装歩兵が一個小隊跳んでくるはずだ。



 宵闇のなか、果たしてそれはやってきた。


 全員、機動力重視のラメラー型という軽魔装を装備していた。

 主兵装は連撃銃とよばれる、魔法を高速でばらまく機械だ。それで牽制しながら目的を果たすのがこいつらのやり方だ。

 真正面から取り掛かる俺たち重魔装歩兵部隊とは、すこしノリが違う。


 あまり仲は良くなかったが、せっかくここまで奴らのために動いてやったんだ。隊長の手前でもあるし、お行儀よく敬礼をして受け入れる。


 小隊長に砦の方角を教え、これで俺たちの仕事の9割は終わったといってもいい。


 あとは小隊が戻ってくるまであたりを警戒し、一緒に撤退すればよい。



 とはいえ、敵陣ど真ん中。

 気は抜けない。


 暫くして爆発音が聞こえてきた。

 砦攻撃が始まったようだ。敵も警鐘をならし、その中に射撃音や爆発音が入り混じる。装甲をあまり持っていない、防御力の薄い魔装歩兵に対しては炸裂弾が有効であり、敵の現場指揮官は的確に対抗策を打ちだしているのだろう。


 戦場の空気はここまで伝わってきている。心拍数があがるのがわかる。血が疼く、とでもいうのだろうか。


 それは隊長も同じのようで、持ってきた三節棍を一本の棒にしたりばらしたりと、落ち着きがない様子が離れた位置からも伺えた。



 しかし帰るまでが遠征とは良く言ったものだ。撤退時刻まであと20分、といったところで、森の気配に違和感を感じる。

 すぐそばに何者かの気配があった。


 すばやく身を伏せ、斧を取り出す。


 今魔法陣を壊されれば、一個小隊丸ごとと俺たち二人は確実に死ぬことになる。加えて、これらが攪乱であると早々にばれ、他の砦を攻撃している主力部隊は死んでしまうだろう。



 隊長は木の陰に身を隠したようだ。



 「やっぱここか、おい周囲の警戒」

 「はっ」



 聞こえてきた声に愕然とすることになる。



 この渋いのに軽いむかつく喋り方をするのは、絶対あの男だ。


 なにがどうなったか、この男はこの森に手下を引き連れて偵察にきたのだ。


 気配は4つ。

 あの蒼銀の鎧をまとった男と手下が3人だろう。



 「君ら、わかりやすすぎんだよね」



 伏せただけで特に隠れたわけではない俺の目の前に、やつが現れた。


 俺がへこました胸甲は綺麗に治っている。


 ナイフも抜きながら、そろりと立ち上がった。



 「特尉、敵影ありません」

 「ねーわけねーだろうが。コイツ一人で守るわきゃねーんだよ。もっとよくさがせゃ」

 「はっ」



 報告した声に、男はぞんざいにそう答えた。部下に対しては高圧的になるらしい。

 特尉がいかほどに偉いものかわからないが、こいつはやはり実力に見合った地位にいるのだろう。



 「ん、おや?お前、昨日のやつじゃねーか」



 武装を見てそう言ったのか、背丈を見てそう言ったのか分からないが、蒼銀の男はそういった。

 昨日はフリューテッド型で、今はブリガンダイン型を着ているが、こいつは俺が昨日やりあったやつだ、と気が付いたらしい。



 「奇遇だな。相変わらずだんまりか?」



 油断なく構えを取ると、男も昨日と同じ鉈剣を取り出した。



 「こいつは俺がやる、お前らは残りを探せ」



 返事はない。

 隊長が何かしているのだろうか。



 「ちっ」



 男は舌打ちをすると、やはり昨日と同じように先に切りかかってきた。

 昨日とシチュエーションは同じだ。だが、今回俺は無理に勝つ必要がない。


 隊長がすぐ後ろで3人の兵士を相手取ってくれているだろうし、砦を攻めている小隊が戻ってくれば、人数差で勝ちだ。


 気持ちに余裕ができてきているし、鉈剣の謎も解いている。

 魔法陣の破棄には専用の装置が必要で、一発被弾した程度じゃ壊れないし、俺は冷静に相手を見ればいいだけだ。

 降ってわいた幸運に、俺は心が躍った。


 切りかかってきたのを、無理に受け止める必要はない。

 それに、今回着用しているのはブリガンダインだ。


 魔力との親和性はフリューテッド型より高い。戦闘中でも浮遊魔法はずっと扱いやすかった。


 相手が切りかかってくれば避けて、隙を見て斧を振るった。

 男も斧を受け止める様子は見られない。


 カンテラと魔法陣の灯りの中、必死の攻防が続いた。


 ブリガンダイン型は斧による斬撃の威力は下がってしまうが、フリューテッド型よりもナイフを素早く操ることができる。


 ついに俺は胸甲を斬りつけることに成功した。当然魔装に傷をつけるだけに終わったが、溝がつぶれた。



 「くそ、やりにくいな」



 男は左手の鉈剣をベルトにしまうと、片手をフリーにした。

 右手では、相変わらず脅威的な破壊力を持つ鉈剣を握っている。



 左半身を大きく後ろに引き、一本立てるように鉈剣を構えてきた。



 おそらく隠した左手で魔法を構築してくるつもりだ。

 俺もいつでもナイフを手放せるように、手甲についている溝にナイフのチェーンを引っ掛ける。


 これで条件は五分だ。


 相手がどのような基礎魔法を持っているかわからないが、こちらから突っ込むしかなさそうだ。


 考えようによっては相手の防御力は格段に落ちたという事であり、今のままでは斧が直撃すれば防ぐ手立てはないだろう。



 俺は浮遊魔法を二枚展開して、二段ステップを前提に踏み込む。


 こちらのナイフを受け止めて、俺が硬直したところに男の左手から雷槍が飛んでくる。

 左にかわし、斧で切りかかる。


 相手は当然のように足さばきで回避するが、こちらはもう一枚浮遊魔法があるのだ。


 すぐさま開放し、勢いよく相手の背後にでて斧を叩き込もうと重心を落とした。


 しかし、相手は読めているといわんばかりに回し蹴りを放ってくる。



 敵の鉄靴を斧で受け止める。


 目の前で派手に火花が散った。


 受け止めた反動で一回下がるが、もう一度踏み込む。


 再び雷槍が来るが、ナイフで切り払う。


 男の舌打ちが聞こえた気がした。


 浮遊魔法を開放、今度は上に跳ぶ。


 一般的に、生身の格闘では上に跳ぶのは逃げ場がないとして嫌われる。

 しかし魔装をつけた状態では話は変わる。


 重さをかけた斧の一撃が、相手の鉈にのしかかる。


 男もパワーアシストを全開にして、受け止めてきた。

 こちらは比較的軽い部類に入る魔装を身に着けており、相手との出力比は圧倒的に下回る。


 男が力を込めて鉈剣を振り払うと、こちらは踏ん張りがきかない分、飛ばされてしまう。


 が、それでいい。


 力ずくで振り払う、というのは、身体のバランスが、大きく外に流れるという事だ。

 左手のナイフを手放し、こちらも魔法を構築する。


 軍隊で徹底的に教え込まれる、岩の魔法だ。


 手のひらを上に向け、魔法陣を構築する。

 そして五本指に物を支えるようにぐっと力を籠め、手のひらに魔力を集める。


 魔力を貯めてその状態をキープしたまま、手のひらを相手の方に親指を支柱にするようなイメージでくるりと回転させた。


 あとは魔力の塊を前に押し出すように、手のなかの空間をぐっと押し出せば、岩の礫が猛スピードで射出される。


 手首をぐるっと回転させるのと、手のひらで押し出すのをほぼ同時に行うのがコツだ。


 ブリガンダインが魔力との親和性が高いこともあって、構築の速さも火力も生身でやるときとは大違いだ。必要動作はものの2秒たらずだ。

 相手の不意を完全についた一撃であろう。掌大の礫が、先ほど傷をつけた場所に襲い掛かった。



 「あぶねーなぁ……」



 しかし予想に反して男は立っていた。

 着弾地点をみれば、丸みを帯びた胸甲は、完全に穴が開いている。


 しかし、奥にもう一枚同じような装甲板があり、岩の礫はそこで消滅したようだ。



 どうやら形状以外にも構造に秘密があったようです隊長……。



 相手は魔法が完全に通じないのがわかったのか、やはりといった感じで鉈剣を握りなおした。

 しかし、こちらの突破口は見えてる。


 さっき穴を開けた場所に更に一撃――!!



 そのとき、甲高い笛の音が鳴り響いた。



 「なんだぁ?」



 蒼銀の鎧の男は音が聞こえてきた砦の方を気にする。

 どうやら、撤退時刻の要だ。



 「特尉!撤退です!奴等がかえっ――ぐっ」

 「ちっ……。この決着は今度とさせてもらおうかね」



 敵兵士は隊長によって止めを刺されたのだろうか。

 蒼銀の男は戸惑いなく二本の鉈剣をベルトに吊るすと、浮遊魔法を全速力にして逃げ出した。


 しっかりと木の影を利用しながら、背後から射撃を受けることを避けている。



 追撃しようか迷うが、自分の本分はこの転移魔法陣を守ることだ。

 すこし魔法陣の周辺でうろうろしていると隊長が帰ってきた。


 隊長はヘルムをかぶっておらず、素顔が露出していた。ヘルムは脇に抱えている。三節棍はベルト左側に取り付けられていた。

 隠密行動をとるときには、視界や聴覚を確保するために着用しないことが多いのだ。



 「どうやら勝ったみたいだな」



 隊長が戦闘の跡をみてそう言った。

 改めて見ると、踏み込んだ跡やら、あの男が放った雷撃やらで、空き地はズタズタだ。


 変わらずに輝く魔法陣のみが異様に見えた。


 隊長の言葉には色々意味が含まれているように感じた。

 ども、と隊長に礼を言おうと向き直ると、髪の毛に葉っぱが引っかかっているのを見つけた。


 まだ小隊一行は戻ってきていない。

 礼を言いながら、一歩近づき、手を伸ばした。サッと取ってやる。


 藍色の髪に光が当たって、とても綺麗だった。



 その後は黙りこくってしまった隊長と、小隊の帰りを待った。

 隊長は小隊長に敬礼をするまで、固まったままだった。



 かくして陽動作戦は成功、俺たちは二日で2つの砦を手に入れるという快挙を成し遂げたのだった。陽動に参加した小隊の中では、負傷者が2名、死んだ奴はいなかった。


 俺たちはなんとか記章とかいうのをもらったが、俺はこの二日間を無事に生き延びれたことが重要だった。


 隊長をからかうわけにはいかない仲間たちは俺を散々ひやかし、ハネムーンはどうだったか、愛の逃避行とはどのようなものか、といってきた。

 それを隊長に聞かれてしまい、パトロールも兼ねた地獄の砦間マラソンをやらされる羽目になった。なぜか俺も一緒に。

 基本的にマラソンは重魔装を身に着けて行う。もちろん、浮遊魔法やアシストの類は一切使用禁止だ。



 暫く休めば、次の砦攻略が始まるだろう。


 俺たちが参加しているこのオストブラオアーベルク要塞攻略戦が、失敗しないことを祈る。


語彙解説等をあと二話投稿いたします。

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