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第三話

 おそらく、小瓶のエーテル水が魔力を供給し、魔石や触媒によって循環増幅したものの、そのバランスが悪く崩壊したのだろう。

 魔法陣が正しく起動せず、音や光の奔流となって魔力が暴れる、というのはよくある事故だ。物理的な破壊力は何も生み出さず、防護魔法で防げてしまう程度だ。



 つまり、隊長も俺も無事だった。魔法陣はあの衝撃から立ち直った隊長が復活させた。俺も作戦終了から三時間後に医務室で目を覚ました。

 蒼銀の男は逃げたようだ。観測班が目撃している。


 作戦の第一段階としては上々で、隊長は勲章を一つもらったらしい。



 結果としては良かったものの、俺個人としてはあの男に完敗だ。

 魔装に傷をつけられ、攻撃はすべて躱され、必殺の思いで繰り出した蹴りは何事もなかったかのように受け止められた。

 挙句の果てに殺されそうになり、最後は情けなく気を失ってフィニッシュだ。



 重魔装歩兵は軍のエリートだ。その中でも俺はエースだと思っていた。

 そりゃ隊長とサシでやったら負けるだろう。でも戦場であれば、わからない。実力は技量だけではないのだ。


 そんな重魔装歩兵としてのプライドを打ち砕かれた気分だった。もちろん生き残っただけ幸運だと思うしそれだけで良いと思わなければいけない。


 でも無様だった。それだけだ。



 起きて早々、いつ来るかわからない出撃命令に備えて、プレートアーマーの整備を行わなければならない。

 オーバーホールでもしない限りは自分で整備するのだ。もちろん整備員はいるが、あくまで補助だ。


 戦闘時にどこにダメージを受けたのかという事は本人にしか分からない。それに他人の手に全部任せる気にもなれない。

 他人の手に自分の命を任せるようなものだ。


 戦闘終了後、もし身体が無事で動けるなら、俺たちがまずすべきことは休息じゃなくて整備だ。



 まずは壊れた箇所を検分する。

 右肩の関節部と手甲につけられた一文字の傷、それに鉄靴のグリップが摩耗している。斧も一本紛失している。

 あと関節部の部品やシャフトが複数消耗していた。


 リストアップしたものを整備室に提出し、手甲の装甲板と靴底の板を一枚ずつ受け取る。


 手甲を取り外しながらも、思い浮かぶのは蒼銀の鎧が繰り出す斬撃だ。

 もちろん、あの新型については後で専用の報告書を上げなければならないだろう。


 兵器庫ではいたるところで整備員と兵士が怒鳴り合っている。

 そんな喧噪のなか黙々と作業をすすめる。


 肩の機構は、修理に補助が必要だろう。

 鎧は着用していない状態ではバラバラに分解されて鎧立てに引っかかっている。


 左の手甲部分は胸部から外されていたが、右はくっついたままだ。


 パーツの取り換えは比較的簡素だ。傷ついたところや摩耗した部分を部分的に取り外し、代わりに新品の部品を取り付ける。

 動作や魔力の動きを滑らかにするために、油をさせば終了だ。


 整備員が来るまでに時間がありそうなので、エーテルパックも取り換える。

 ミスリル銀に銅の粉末(のようなものらしいが詳しいことを話されても分からなかった)を吸着させたものが、魔力を沢山貯めるらしい。


 その合金を成形したものがエーテルパックで、それにアーマープレートの原動力となる魔力が入っているのだ。

 背中に取り付けるもので、背筋はいきんのように二本ついている。


 同期の友人曰く、女の胸には夢が詰まっていて、エーテルパックには魔力が詰まっている。どっちも二つあって俺たちの原動力だ、とドヤ顔をしてきた。別のやつが、じゃあ金玉はどうなんだ、と即座に言った。


 もちろんその場はしらけたが、確かにと俺も今ではひそかに思っている。

 ただ一つ言えることは、その場に女性である隊長がいなかったおかげで、俺たちの寿命が延びた点だ。隊長は下ネタに対して厳しい。



 二本一組である薄紫色のエネルギーパックを持って、補給所の要補填のラックに引っ掛けにいった。

 そして補填済のところから一組とった。


 自分のアーマープレートまで戻ると隊長がいた。

 手伝ってやる、とのことらしい。


 整備員は当たり外れがある。

 その点隊長なら安心だ。


 エーテルパックを置いて、急いで肩パーツを取りに行く。



 「いち、にの、さんっ」



 隊長とショルダーアーマーをつかんで、ひしゃげた肩を引きちぎった。

 金具が壊れているので、ある程度工具で調整したら、力を加えるしかないのだ。


 今はなんとなく、軽口をたたく気分になれなかった。


 他人の整備を手伝うということは、つまりそれだけ自分のアーマープレートの被害が少ない、という事だ。自分が気を失っていた時間のこともある。隊長はとっくに整備を終わらせていたのだろう。


 不必要にふさぎこむのを感じながらも止めることができなかった。黙々と作業を進め、隊長の補助もあって修理は早く終わった。

 報告書は明日の午前でいいだろう。今日はもう宿舎に帰ろう。



 「おい、この後付き合え」



 ども、と挨拶をして、戻ろうとしたら隊長がそう言ってきた。

 少し取り繕えばよかっただろうか。いや、それさえも億劫だった。


 それに上司の命令を断るわけにはいかない。返礼をして了解する。



 その後、酒保に連れていかれた。

 酒保とは基地ある売店のようなものだ。商人がやってきて経営しているらしい。


 酒保にはタバコや酒などの嗜好品の他に、ちょっとした日用品やつまみなどが置かれている。

 軍から支給されるチケットで交換できるほか、小銭を持っていれば買うことができる。


 先ほどまで敵の砦だったというのに、その日の夜には商人が店を開いているのだ。軍に専属の取り引きを繋ぐのだから、相当やり手なのだろう。


 もちろん、その手はずを整えたのは兵站管理を行う本部なので、それだけこの攻略部隊が大事に思われていて、上司に恵まれている、という証拠でもある。

 まぁどっちも俺たちに死ねと命令するくそったれなのだが。


 この酒保は、テントに商人が雑貨店を開いていて、目の前には木箱や樽が無造作に置かれている。

 酒場も併設されているのだ。


 コップは持ち込みだ。もし持っていなければ売店で買うこととなる。



 「席取っとけ」



 隊長はそう言ってテントに歩いて行った。

 テントの入り口にはカンテラが吊るされているが、気分的に人通りが多い場所に陣取る気にはなれない。


 酒保の周りでは、先鋒を務めた兵たちが浮かれ騒いでいる。切り込み部隊は占領した後は仕事が少ないのだ。

 とはいえ重魔装歩兵部隊は疲労が激しいために、あまりいないようだった。


 外れの樽にコップを置いて占拠する。木箱を適当に見繕って椅子にした。

 ぼんやりと肘をついて砦の塀の向こうの山影を眺める。月明りに照らされ、夜といえど尾根の輪郭は見ることができる。

 オストブラオアーベルクの名前通り、紺色っぽい影だ。


 隊長は尉官特権でか、少し高級な酒を一瓶もらってきた。

 ちらりとこちらの顔を見てきた。まずい、しっかりとしなければ。


 勤務が終わって酒場に入れば同等、とはいえ、目上の人間だ。一応尊敬もしている。


 隊長もコップを置き、瓶の酒を両方のコップに豪快に注いだ。

 乾杯の時にはコップがへこむほどぶつけるのが、俺たち重魔装部隊のやり方である。


 衝撃をうまく逃さなければ酒はこぼれてしまう。新人は酒をこぼしてあまり酔えず、ベテランの世話を焼くはめになる。

 一杯目の旨い酒をたっぷり飲むようになれれば一人前の証拠だ。もちろん、俺も隊長も一滴たりともこぼしたりしない。



 ナッツの香りがほのかに漂う、上等な酒だ。

 舌の上で転がしても、鼻に香りを通しても、のどを焼くようにゆっくり流しても、いい気分だ。


 特に隊長の奢り酒ともなれば猶更。


 隊長も目を閉じて酒を味わうことに集中しているように見える。


 そのまま、二人とも酒を飲み続けた。

 途中、ふらりと隊長がいなくなって、柑橘の皮をもらってきた。


 それを噛んで飲むと、また違った味わいになる。


 黙って飲む。

 人に相談事をするとき、何か言ってほしいのが男で、話を聞いてほしいのが女だ。

 男は自分のことを話さないし、女は説教臭くなるのを嫌う。


 愚痴りたいときもあるが、今はそんなんじゃない。


 結果、この樽の周りだけは静かだった。


 騒いでる連中も、重魔装歩兵部隊に絡むような真似はしない。

 こっそり隊長を眺めつつ、酒をゆっくりと楽しむ。まぁ、あの蒼銀の男は次会った時にぶちのめせばいいか、と根拠のない結論をだした。


 結論がでれば気が楽になる。ふう、と息を一つはいた。

 人間気持ち一つだ。



 「もう、いいのか」



 隊長は一言そういってきた。戦闘中でなければ物腰も少しはやわらかだ。そんな隊長に丁寧に礼をいう。

 たしかにあのまま寝ていたら、明日の朝は寝不足だっただろう。



 「いつもそれくらい殊勝なら、すこしはかわいげもあるのだがな。あと左肩くらいは自分でケアしとけ」



 隊長はそう言って、コップに余った酒をクイッと煽ると席を立った。ジャケットのポケットに手を突っ込んで、一人で宿舎に帰っていく。


 樽の上には酒瓶が残っている。ありがたく頂戴することにした。 

 ていうか、扉にぶちかました時に肩を痛めたの、ばれてたのか。ぶっちゃけ自分でも忘れてた。




 翌朝はすっきりと起きることができた。

 巡回する兵や作業する者にあうが、まだ基地内は寝静まってる。


 武器庫に向かえば、予想通り仲間によって嫌がらせがされていた。

 プレートアーマーのいたるところに、勇者だとか、隊長キラーだとか書いてある。胸甲の一番目立つところにはハートマークが書かれてて、その中には隊長の名前と俺の名前が書いてあった。


 揶揄からかえるときには全力で群がる連中だ。きっと、昨日、隊長と飲んでるのを見つけた奴が、他のやつをたたき起こしてここに駆け付けたに違いない。

 疲れた体に鞭打って落書きする様を思い浮かべると、あんまり怒る気にもなれなかった。



 攻撃の翌日は基本的に軍全体の地盤固めに使われる。哨戒のルートを組んだり、設備を確認したりと文官は雑務に追われる。昨日は俺たちが戦い、今日は奴らが戦争中だ。


 かわって今日の予定はない。襲撃がなければ一日暇だ。


 とりあえず、目の前の落書きを消すところから始めよう。

 当然、機能を失わせるほどのいたずらは兵器長から大目玉を食らう。奴等もわかっているので、落書きは溶剤をしみこませた布で拭えば取れるほどだ。


 ハートマークももったいなく思いながら消した。



 昼前には報告書を仕上げた。その後、昼食までわずかな時間しかないが、訓練場に行って、斧を振り回す。

 あの強敵に勝つには斧、ナイフ、斧という得意の三連撃の次が必要だろうと思った。しかし、身体に染みついた武技だ。そんな簡単に思いつくわけがないし、実行できるわけがない。一通りのパターンを振り終えて、運動は終了だ。

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