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なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~  作者: 小峰史乃
第一部 第四章 破壊の権化

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第一部 二次元美少女を実体印刷!! 第四章 4


       * 4 *



「……来週から学校再開だってさ」

「えーーっ」

 届いたメールの内容を告げると、みんなから可愛いと言われてる顔を歪ませ、千夜は頬を膨らませていた。

 学校から届いたメールは、休校期間中の宿題各種が添付され、来週から近くの廃校になった中学を仮校舎にして授業を再開する旨が書かれていた。

 ヤマタノオロチとの戦いの翌日、俺の家のリビングには千夜とソフィアも集まっていた。

 昨晩は、吹き飛ばされたエルが戻ってきた頃にはヤマタノオロチは感知できない距離まで離れてしまい、意識を取り戻したソフィアはどうにかレディモードになることができ、人が集まってくる前に学校から抜け出すことができた。

 エルの傷はそれほどでもなく、自分に治癒術を掛けてひと晩眠ったら、概ね回復することができた。

 ソフィアの方は、自己修復機能があるからそのままでも破損部分は治っていくが、今日の段階ではまだ戦闘を行える状況ではないらしい。修理のための物質を補給するために俺がつくった料理をエル以上に食べ、いまは千夜と何かを話し合っているようだった。

 飲み切ってしまったお茶を急須から自分の湯飲みに注いで、ひとり掛のソファに座って俯き、ずっと考え事をしているエルの湯飲みを見てみると、最初に注いだときから減っていなかった。

 重苦しい雰囲気に堪えきれず、俺は携帯端末を操作してモニタの電源を入れる。映し出されたのは朝のワイドショーだった。

 一瞬モニタに目を向けるが、すぐに俯いたり話し合いに戻る三人。ため息を吐き、俺は番組の内容を見ることにした。

 ちょうど話題は俺の高校に関することだった。

 夜のニュースでも、工事でもしているような音がしていたとか、激しい炎が見えたといった証言が出ていたが、調査の結果としてガス爆発の可能性が高いという話が出ていた。

 ――そんなわけないだろ。

 充満したガスが一気に点火でもしない限り、校舎がほぼ全壊するようなガス爆発なんてあり得ない。その上校庭にはエルとソフィアがヤマタノオロチと戦っていたときの、火炎や電撃の痕跡、足跡などが残されているはずだ。

 調査した奴らがよほど無能でもない限り、ガス爆発なんて結論には至らないはずだった。

「よしっ!」

 奇妙な違和感を憶えて顎をさすっているときに、かけ声とともに立ち上がった千夜が目の前までやってきた。

「和輝に頼みたいことがあるの」

「何だよ、改まって」

 男子からは絶賛されている、ほどよい大きさの胸を強調するように前屈みになって顔を近づけてきた千夜は言う。

「ソフィアに上書きリアライズがしたいの。そのための絵を描いてほしいんだ」

 息が届くほどの距離にある千夜の瞳に、揺らぎはない。いままでソフィアと話して、決めたことなんだろう。

「リスクがあるのはわかってるよな」

「もちろん。ってかたぶん、あたしももうロボットものの小説は書けないかも。和輝が言ってたからあたしも試してみたけど、何にも思いつかなかった。でもいいんだ」

 身体を起こした千夜は、ソフィアと視線を交わす。

「あたしにはいまソフィアがいる。あたしが一番ほしかったものとは違ってたけど、でもソフィアで良かったっていまなら思う。彼女とは友達だから。ロボットと友達になれるって、凄く楽しい。だから、少ないにしても続きを楽しみにしてくれてた人には悪いと思うけど、いまはソフィアがいてくれれば充分」

 千夜はソフィアと笑顔を交わし合い、また俺に向き直る。

「もしかしたら、あたしのロボット好きはもう全部ソフィアって形でリアライズされちゃってるかも知れないけど、でも必要なの。ソフィアが言うには、ヤマタノオロチと戦って勝てる確率は、エルと一緒で、全力で動ける広い場所でも、二割を切るんだって。いまのソフィアじゃ力不足だって。……赤坂さんを助けるためにも、ソフィアのパワーアップが必要なの」

「うぅーん」

 リアライズプリンタを使うときのリスクはどれくらいのものかははっきりしないけど、正直なところ使いたくはない。

 あのとき話した赤坂さんは、感情を失っているようにも感じた。

 千夜があんな風になるかも知れないと思うと、リスクは避けたかった。

 同時に千夜の話もわかる。赤坂さんをヤマタノオロチから救い出すには圧倒的に戦力が不足している。

 それにソフィアにはまだ戦力増強の余地があった。

 ソフィアの原型となったアルドレッド・ソアラは様々な手持ち武器やオプション装備があり、アニメ後半では新型機体となるアルドレッド・ソアラ・アルティメットが登場している。

 現在のソフィアはロボット本体のみを設定していたために、ヒートフィストなどの内蔵武器、ヒートエッジなどの標準装備以外の武器がない。

 これをもしアルティメット相当にして、追加武装も喚び出せるようにできれば、相当の戦力アップになるはずだった。

「ソフィアをアルティメットにしたいってことだよな?」

「うん。そう。試せることは試したいの」

「リスクが高すぎる。上手く行けば確かにパワーアップできるだろうけど、ソフィアにもどんな影響があるのかわからない。まだたいしたことないと言っても、記憶や、性格に影響が出るかも知れない」

「それも、わかってる。でももし次、ヤマタノオロチが出てきたら、あたしはソフィアに戦ってって言う。赤坂さんを助けたいってのもある。学校みたいに何かが壊されたりするかもってのも。でもそれよりも、あたしはソフィアに負けてほしくない。そのためには力が必要なの。……ソフィアとも話し合った上で、そうしようって決めたの」

 揺るぎない千夜の瞳には、俺がこれまでに見たこともないくらいの決意が込められていた。

 ソフィアの方を見てみると、微笑む彼女もまた、千夜と同じ目をしていた。

「――わかった。ちょっと描いてくる。夜まではかかるぞ。それとコーヒーと……、後で昼飯の準備は頼むよ」

「んっ。ソフィアと一緒に頑張る」

 にっこり笑う千夜とソフィアに笑顔を返して、お茶を飲み干した俺はソファから立ち上がる。

「和輝」

「どうしたんだ? エル」

 リビングを出て二階へ上がろうと階段に足をかけたとき、俺を追ってきたエルに声をかけられた。

 近づいてきたエルは少し俯いて目を逸らし、唇を噛む。ひとつ頷いた後、顔を上げて碧い瞳で俺の瞳を見つめながら、言った。

「わたしにも上書きリアライズを頼みたい」

 ――ずっと考えてたのは、それか。

 帰って寝るまでは意気消沈していて、朝起きてからはずっと何かに悩んでいるようだったエル。

 力不足を感じているようだというのはわかっていたが、パワーアップの方法をずっと考えていたらしい。

「あのヤマタノオロチはいつかわたしが倒さなければならなかった敵だ。しかしいまのわたしでは勝つことはできないし、我が勇者も見つかる当てがない状況ではハイ・ヴァルキリーになることもできない。それならばソフィアのように上書きリアライズをしてもらって、力を強くしてもらうしかない」

「ダメだ」

 すがるような色を浮かべる瞳のエルの提案を、俺は即答で却下する。

「しかし和輝。赤坂このみという少女を助けたいのだろう? そのためには力が――」

「それでもダメだ」

「何故だ!」

 怒り――、いや、苛立ちだろうか。碧い瞳の中で何かが揺らめいたように見えた。

 それでも俺はエルの態度に動じない。むしろできる限りの力を込めて、彼女の瞳を見つめ返す。

「ソフィアはあんな性格をして、あんな姿をしてても、ロボット、機械だ。最初の上書きリアライズでも大きな影響はなかったみたいだし、アルティメットへの上書きは造り直すにも近いことになりそうだけど、配慮した設定をする。それでもリスクはあるが、千夜とソフィアはそうした部分も含めてふたりで決めたんだ」

「わたしは和輝、貴方の生み出した物語の登場人物だ! 機械ではなくても、新たな設定を付け加えることはできるはずではないのか? ならば和輝もわたしの上書きに同意を――」

「だからダメだ、って。エルは機械じゃない。神の眷属で、戦の精霊で、戦乙女で、人とは本来少し違うけど、その身体はほとんど人なんだ。身体を造り直したりしたら、どうなるかわからない。リスクがソフィアの比じゃないくらい高い。場合によってはいまのエルは消えて、まったく別人になってしまうかも知れない」

 驚いたように目を見開き、唇を引き結んだエルは、深く俯く。

 下ろした両手を握りしめ、力みすぎて震わせている彼女は、俺の知ってるエルディアーナだ。

 でも、もういまの彼女は俺が描いていたマンガの登場人物とは違ってきてしまっている。

 俺が頭の中で描いていた戦乙女の女の子は、いま目の前にいる、道に迷って絹糸のような輝きを放つ金の髪を細かに震わせている女の子に上書きされてしまっている。

 ――リアライズするって、こういうことなのかも知れないな。

 想像力を、想いを実体化するだけじゃない。リアライズで想いを込めた想像物が目の前に現れると、それまであった想いまでが目の前にいる女の子に向けられてしまう。

 もしもう一度放浪の戦乙女を描こうと思ったら、俺は目の前にいるエルディアーナと、マンガの登場人物であるエルディアーナを別々に考えて、想えるようにならなくちゃいけない。

 なんとなく俺は、そんなことを考えていた。

 いつまでも顔を上げないエルの髪に手を乗せ、俺は言う。

「戦乙女エルディアーナの力は、マンガを描き始める前に第三部までに必要な設定を全部その身体に詰め込んであるんだ。だから眠っているだけで、エルはもうすべての力が備わってる」

 顔を上げ、悲しそうな、つらそうな表情を見せるエル。

 つややかな金糸のような手触りの髪を撫でながら、俺は彼女の潤んで揺れる瞳を見ていた。

「しかしわたしの力はわたしだけでは解放できない。この世界にはいない神々に許しを得るか、魂の伴侶たる勇者を得なければならない」

「うん。それはわかってる。でも、上書きリアライズすれば、いつでも力を解放できるようになる代わりに、勇者を求める気持ちも失われてしまうかも知れない。それでもいいの? エルは」

 そのことにやっと気づいたのか、驚きに目を見開いた後、悩むように金色の睫毛を伏せる。

「それは……、嫌だ。そんなわたしは、もう戦乙女ではない。戦乙女でなくなったわたしは、もうわたしではない」

「うん。俺もそう思う。だからエルに上書きリアライズはしたくないんだ」

「……わかった」

 諦めと悲しみの色を瞳に浮かべてため息を吐くエルに、俺は言う。

「ちょっと思い出したことがあるんだ。エルの力を解放することはできないし、パワーアップになるかどうかわからないけど」

「なんなのだ?」

 不思議そうに首を傾げるエルを連れ、俺は足をかけていた階段から下りて廊下の奥へと歩いていく。突き当たりの扉の向こう、使わないもの、滅多に使わないものを仕舞ってある倉庫の中を漁る。

「確かここに……、あった」

 倉庫の見えない場所に隠してあったエアクッションで厳重にくるんだ物体をエルに渡す。

「これは、いったいなんだ?」

 訝しむように眉根にシワを寄せるエルは、クッションを開梱して中身を取り出し、ぽかんと口を開けた。

「これは……、剣帝フラウス! 何故この世界に?!」

「最初は上手く行かなくて試してて、エルをリアライズする直前に、フラウスでやってみたら成功したんだ。形だけの金属の塊かと思ったけど、想像を実体化させるのがリアライズプリンタの機能なら、フラウスも設定通りの力があるはずだ」

 立てた剣帝フラウスは、柄の先端がエルの胸ほどの高さにある。銀のような輝きを放つ鞘や柄には、豪奢な装飾が施され、俺が持つとゴミ溜めに置かれた宝石のようだが、エルが持つとフラウスはさらに輝きを増し、鎧のない普段着スタイルのエルもまた、フラウス以上に輝いているようだった。

「しかし、大きな」

「あぁー、それはゴメン。たぶん設定上フラウスはサイズ自在の剣だから、モニタに映し出したサイズそのままになっちゃったんだ。ハイ・ヴァルキリーであれば力を引き出してサイズも変えられるだろうけど、ね……」

「いまのわたしでは、フラウスのそうした力を使わせてはくれないようだ」

 俺のことはもう見ていなくて、フラウスに注目しているエルは、鞘をつかみ、柄に手を掛ける。

 鈴のような音が、耳に響いた。

 俺では抜けなかった、神族か、それに連なる者にしか抜くことができない、神の剣にしてすべての武具を統べる剣の帝、剣帝フラウス。

 その刀身が、エルの手によって姿を見せていた。

 俺の手を広げたよりもさらに幅のある刀身には、世界樹の装飾がなされ、果実をあしらった紅い宝石がはめ込んであるのが見えた。

 抜き放つことはなく、途中で刀身を鞘に納めたエルは、少し興奮したように頬を桜色に染め、笑みを浮かべて俺を見る。

「確かにこれは剣帝フラウスだ。ゾディアーグと戦う折、神々より預けられたフラウスそのものだ。しかしやはりいまのわたしでは、フラウスはわたしの望みに応えてはくれないようだ。だがこの世界に神々はいなくとも、ヤマタノオロチは神々の敵だとフラウスは認識している。巨人族を、魔神を、神々すらも斬り裂き、討ち滅ぼす刀身を貸してくれると言っている。わたしには少し大きく、重いが、あのヤマタノオロチの太い首を断つにはそれもちょうどいい」

 フラウスを胸に抱き、嬉しそうに頬を緩めてエルは目をつむる。

「ありがとう、和輝。わたしはもうこの世界でひとりではない。フラウスがいてくれる。それに和輝や、千夜やソフィアたち仲間もいる。わたしは、存分に戦うことができる。ありがとう、和輝」

 まぶたを開き、これまでで一番優しさの籠もった瞳を見せてくれるエル。

 俺が頭に思い描けず、でも描きたいと思っていた戦乙女エルディアーナが目の前に現れたような気がして、俺もまた頬が緩んでいくのを感じていた。

「……やはり、赤坂このみを助けたいのか? 和輝。正直なところ、フラウスの力を借りてもヤマタノオロチとの戦いは厳しいものになると思う。赤坂このみを助けるために戦うのは、簡単ではない」

 睨むように細められた碧い瞳に、俺は少し考える。

「うん。やっぱり俺は助けたい」

「ふふっ。千夜からも聞いていたが、貴方は頑固なのだな、和輝。しかしわかった。わたしはわたしにできる限りのことをしよう。いまのわたしは貴方の剣となろう。貴方の意に添い、全力で戦うことを誓う」

「頼む」

「あぁ」

 俺の言葉に満足そうに笑みを浮かべるエル。

 剣帝フラウスを胸に抱き、柔らかい色を碧い瞳に浮かべる彼女は、本当に一枚の絵のようで、その姿が俺の目に焼き付いていた。



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