第一部 二次元美少女を実体印刷!! 第五章 1
第五章 魂の決意
* 1 *
夕食後のデザートとしてつくったイチゴの焼きケーキの最後のひと切れを食べたエルは、その余韻を楽しむように目をつむって幸せそうな表情を浮かべていた。
ダイニングテーブルに就いているのは、俺を含めて五人。
ヤマタノオロチ出現から今日で三日。
出現の翌日、千夜の意見を取り入れてアルティメットの絵が完成する頃にはソフィアの自己修復も完了し、無事二度目の上書きリアライズも成功していた。
剣帝フラウスを受け取ったエルは、人目につかない早朝や夜に、フラウスを使って素振りなどの鍛錬を行っていた。
学校の再開までの間は割と暇で、宿題を一緒にやろうと言う千夜がソフィアを連れてきて、何でかお袋も家にいる時間が長くて、もちろんエルもいて、若干ピリピリとした空気はあるものの、いまのように朝昼晩と五人で食事することが多かった。
紅茶を飲み終え、新しい紅茶を淹れようとティーポットに手を伸ばしたとき、斜め向かいに座るソフィアの頭に丸い耳がポップアップした。
「……タヌキの耳?」
「――&%$」
「うぅん。クマの耳だって。――それより、来たよ」
クマの耳はあんなんじゃない、と思ってる間に、ソフィアはエプロンの前についている大きなポケットからタブレット端末を取り出し、テーブルの上に置く。電源を入れ、千夜と視線を交わしたソフィアは、たぶん無線で接続したんだろう、触ってもいないのにアプリを立ち上げて表示させた。地図。
「この辺に出現して、こっちの方に向かってるって」
地図に現れた光点のある場所は、東京湾の真ん中。向かっているのは陸地の方だった。
学校を破壊した他に、ヤマタノオロチが何を壊そうとしているのかはわからない。けど、俺たちがやるべきこと、やりたいことはひとつだ。
「行くの?」
椅子から立ち上がった俺たちに、ここ数日はずっとそうだったが、珍しく夕食時にお酒を飲んでいないお袋は、座ったまま睨むような厳しい表情を見せる。
「うん。行ってくる」
「危ないことしようとしてるの、わかってる?」
「わかってる……、つもり。俺だけじゃなく、エルやソフィアや千夜が手伝ってくれるから、やろうと思える」
「親としては、大切な友達まで巻き込んで、戦争よりも酷いことになりそうな戦いになんて行ってほしくないって思ってるんだけど? 他人でしょ、助けたい女の子は」
「顔見知りってくらいの関係だけど、赤坂さんを助けたい。もしかしたら、俺が彼女のようになっていたかも知れないから。それに、俺が頼んだことだから、俺は戦えないけど、エルやソフィアが戦う様子を現場で見ているべきだと思う。たぶんだけど、ヤマタノオロチは自衛隊や米軍でも簡単には倒せない。俺たちが……、リアライズプリンタのことを知る俺たちの仕事なんだと思う」
ひとつ息を吐き、口元を緩ませたお袋は笑む。
「本当、そういうとこは蔵雄に似てるのよね、あんた。言い出したら聞きゃしない。みんなもこんなのにつき合わされて大変ねぇ」
「いつものことだし」
「――$#&」
「わたしが戦うと決めたことなので」
三者三様の答えに、お袋は唇の端をつり上げて笑った。
「行ってらっしゃい、和輝、エルちゃん、千夜ちゃん、ソフィアちゃん。でも、必ず帰ってきなさい。怪我をせずに、ってのは難しいかも知れないけど、必ず生きて帰りなさい」
「わかった。行ってきます」
お袋の言葉に応え、俺はソファに置いてあった装備に手を伸ばす。普段着の上にさらにセーターを被り、厚手のコートを羽織る。千夜も同じように、かなりの重装備をしていた。寒さ対策をしろというお袋の勘による勧めだった。
鎧を喚び寄せ纏ったエルと、いつものヴィクトリアンスタイルのメイド服のソフィアとともに玄関を出て、家の裏に回り千夜の家の庭に出る。
「お願い、ソフィア」
千夜の言葉に応じ、星が瞬く空の下で、庭の真ん中まで進んだソフィアがレディモードからアルドレッドモードへと変身する。
アルティメットモデルとなったソフィアは、以前よりもアーマーがごつくなり、スラスターも増加しながらも、スリムな印象となっていた。
原作に登場したアルドレッド・ソアラ・アルティメットに、リアライズされたソフィアのイメージを重ね合わせてデザインした、俺の傑作ロボだ。
『――%&$』
「乗ってって」
片膝を着き、右手を伸ばしてきたソフィア。
たぶん、ソフィアがほんの微かにヒートフィストを使っているんだろう、暖かさを感じる手の平に三人で乗り、俺は言う。
「行こう、ヤマタノオロチの元へ」
静かにスラスターから光を噴射したソフィアは、空へと舞い上がった。
*
「口数はけっこう多いけど、本当和輝は蔵雄似の性格ねぇ」
和輝たちが出ていってしまい、静かになったリビングで輝美はため息を漏らしていた。
残っていた紅茶を飲み干し、置かれていた皿やカップをまとめ、キッチンへと持っていく。洗っておくかどうか少し悩んで、もう一度ため息を漏らした輝美は水に浸けておくだけにする。
「あっちはあっちで、あの子たちに任せるしかないわね。こっちはこっちでやることあるし、あんまり時間ないか」
キッチンから出た輝美はロングコートを羽織り、玄関へと向かった。ポケットから取り出した携帯端末で手早くメールを書き、送信する。
靴を履いて振り返ると、家の中は何だか妙なほど静かだった。
旦那の蔵雄が帰ってくることがほとんどないから、主に和輝とふたりで過ごすことが多かった家。
千夜子は頻繁に来ていたが、いまほど入り浸ることはなかった。
けれどもう、以前とは家の雰囲気は違ってしまっている。和輝がいて、千夜子がいて、エルとソフィアも加わって、輝美が帰るとみんなで騒がしくしている。そんな家が、当たり前のように感じつつあった。
また全員で帰ってくることを祈りながら、中から外へと目を向けた輝美は、家を出た。
*
少し風が強くてきつかったけど、寒さは感じずにたどり着いた東京湾上空。
つかんで身体を支えにしているソフィアの指の間から下にある海を見てみると、夜で黒く見える海面よりもさらに暗い色をし、水をかき分けて進むヤマタノオロチの姿があった。
「……おっきくなってる?」
安全を見てまだかなり距離があるはずなのに、ヤマタノオロチはすぐ近くにいるように見える。どこで何をしていたのかわからないけど、ヤマタノオロチは高校で戦ったときよりもふた回りは巨大化し、たぶん海底を歩いていると思うのに、胴体の一部と八本の首が海上に出ていた。
『――*+&』
「体積が予測で三倍程度に増加してるって」
「……あいつ、もしかして大きさを自在に変えられるのか? まぁいい、あそこに下ろしてくれ」
俺が指さした先にあるのは、たぶん大型客船が乗りつけると思われる、陸地から突き出た船着き場。いまのままの進路をヤマタノオロチが取るなら、かすめて通る位置にある。
アルドレッドモードのボディでも余裕があるほどの船着き場に静かに着陸し、手を下ろしたソフィアは俺たちを解放した。
ヤマタノオロチはまだここからは小さく見える。けれどその速度は速く、あと数分とかからずにここを通過するだろう。
「奴には何か狙うものがあるのだろうか?」
「どうだろう……。あそこはマンションだし、あっちの建物は病院かなぁ」
エルに言われて上陸予想方向を見てみると、海沿いに大きな建物がいくつか見えた。
突き出た高い建物は超高層マンション。割と低くて横に広がっているのは、たぶん病院だろう。どこを目標としているのかはわからないが、学校を破壊したときのように、ヤマタノオロチは何か明確な意志を持って目的を達しようとしているのだろうか。それは赤坂さんの願いに合致しているものなのだろうか。
「んー。それよりも、けっこう静かだよね。誰もあれのこと、気づいてないのかな?」
「……そう言えば」
ヤマタノオロチをソフィアが感知してからもう二〇分近くが経過してる。あれほど大きなものが海に出現しているのに、街は遠くでパトカーのサイレンが聞こえてくる他は、静まり返っている。就寝時間を過ぎてるからだろうけど、病院と思しき建物にも灯りはほとんどなく、それは超高層マンションでも同じだ。
自衛隊が出動してもおかしくない事態だと思うのに、辺りは波の音がするばかりで、平穏な空気が満ちていた。
「理由はわからないが、その方がいいだろう。さっさと決着をつけよう」
「そうだな」
『――%&$!』
俺の声に応えたエルとソフィア。
エルは剣帝フラウスを喚び出し、鞘から引き抜いて両手に構えた。
立ち上がったソフィアは、上書きリアライズで追加した半身を覆えるほどの大きな盾を左腕に、ヒートエッジよりも強力で、長さのある日本刀のような形状のビームソードを喚び出し、刃先に緑色の光を宿らせた。
「頼む」
俺はそう言って、ふたりに頭を下げた。
「任せろ」
『――$%!』
力強く応え、エルは軽やかに舞い上がり、ソフィアはヒレのように伸びた腰のと、翼のように広げた背中のスラスターから光を噴射し、空へと飛んだ。
*
ソフィアと並んで滞空し、エルはまだ遠いヤマタノオロチを空から見下ろした。
「行くぞ、ソフィア!」
『――%$!』
声とともにエルは加速を開始し、桜色の軌跡を引いてヤマタノオロチへと迫る。
以前使っていた――、和輝の描いたマンガの中で使っていたときよりも巨大な剣帝フラウスは、エルの腕力を以てしても重い。しかしその長さと重さは、厚く硬質なオロチの鱗に対して有効なはずだと彼女は考えていた。
左右に分かれるようにして飛ぶソフィアの位置を確認しながら、エルは右からヤマタノオロチへと急接近する。
気づいたらしいオロチは首の三本をエルの方に向け、やはり赤坂このみを口の中に納めているらしい首だけは動かず、残りの四本の首をソフィアの方へと向けた。
オロチの首の一本が喉を膨らませた瞬間、エルは光となってその首とすれ違った。
確かな手応え。
上空へと待避して振り返ると、すれ違い様にフラウスで斬りつけた首は、ゆっくりとズレ、血を吹き出すことなく海面へと落下して水しぶきを上げた。
巨人族でも神々でも斬れるとされる剣帝フラウス。一刀のもとにオロチの首を切断した斬れ味に、エルは満足し、剣に笑みをかける。
見ると緑色の光を纏った盾で雷撃を受け止めたソフィアもまた、ビームソードによって首の一本を斬り落としていた。
「行ける!」
決して余裕がある状況ではない。その上、切り落とした火炎と雷撃、他に大水、強風、毒霧の五本の首については吐き出す息がわかっているが、残り三本はまだわかっていなかった。
和輝と千夜子の話を聞いた限りでは、ソフィアには光を撃ち出す射撃武器もあるはずだが、それを使って全力で攻撃するためには赤坂このみを助けなければならなかった。
――しかし、このまま首を斬り落としていけば問題ない!
ソフィアに目配せをし、二度目の攻撃を行おうとしたとき、これまで動かなかった首が動いた。
赤坂このみを咥えていると思われる首は、星のように煌めく粒子を含んだ輝く息を、切断された首の傷口へと吹きかける。
途端に傷口の表面がもぞりと動いたかと思うと、斬り落としたはずの首が生え、頭が元通りの姿を取り戻した。
「再生……、するだと?」
ゾディアーグのときがそうであるように、和輝からはヤマタノオロチもまた姿だけで、その能力は彼が設定したものとは異なるだろうと言う話は聞いていた。
様々な息吹を吐き出すこと自体、和輝の設定したヤマタノオロチにはない能力であったが、破壊の権化とも言えるオロチが再生の力を持つことは、エルの想定外だった。
エルとソフィアに向かって二本ずつ、揃えた首が向けられる。
エルへは火炎と大風を組み合わせた長距離、広範囲に渡る極炎を、ソフィアには稲光る大水の柱が吹き付けられた。
「くっ!」
距離を取ってどうにか回避したエルはソフィアと上空で並び、彼女たちのことを無視して陸地へと向かい始めたヤマタノオロチのことを見下ろす。
「一筋縄ではいきそうにもないな」
『――#$%!』
「あぁ。しかし、やるしかあるまい。我々の目的は赤坂このみを助け、その後にヤマタノオロチを退治すること。それがわたしをこの世界に生み出した和輝の、そしてソフィアの主、千夜の願いだ。行くぞ!」
『――%&!』
ソフィアと頷きあい、エルは二度目の攻撃を仕掛けるために急降下を開始した。




