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なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~  作者: 小峰史乃
第一部 第二章 三人目のリアライザー

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第一部 二次元美少女を実体印刷!! 第二章 7


       * 7 *



「お風呂ありがとう」

 部屋に入ってそう言うと、部屋の真ん中に置かれたテーブルで茶器などの準備をしているソフィアと、クッションに座っている千夜子から笑みをかけられた。

 少し胸の辺りに苦しさを感じる千夜子から借りた緑色のパジャマのボタンをひとつ外して、ゴムでポニーテールにまとめた髪に滴が溜まっていないか確認しながら、エルは用意してもらっていたクッションに腰掛ける。

 和輝の部屋は物が多くていまひとつ広さがわからなかったが、彼の部屋よりも明らかに広く、ベッドや机などはひと回り大きく、薄ピンク色に統一された部屋は、千夜子らしい可愛らしい印象があった。

 ただし、棚や机の上には厳つい格好のロボットの人形が、少ないながら並んでいるのが見えていたが。

「和輝の家のものに比べて大きいな、千夜の家のお風呂は」

「まぁ、和輝んとこも、家の広さから考えるとかなり広いんだけど、うちは何かその辺こだわったらしいよ? ここに家を建て直すときに。つっても、うちの両親滅多に帰ってこないんだけどね」

「和輝の父上も国外にいて帰らないそうだが、同じようなものなのか?」

「あー。うちは違うよ。パパもママも仕事好きで、家に寄りつかないだけ」

「……寂しいな」

「そんなことないよー。家のことは千尋お姉ちゃん、従姉なんだけど――、がやってくれるし、すぐそこに和輝が住んでるし、いまはソフィアもいてくれるしね」

 そう言って笑っている千夜子だったが、どこか無理をしているように感じられて、エルはそれ以上聞くのを辞めた。

「まっ、そんなことはともかく、せっかく女の子が三人も集まったんだから、パジャマパーティってことで、ソフィアに美味しいもの用意してもらったよ」

 千夜子が示したテーブルの上には、透き通るような白色に鮮やかな模様が描かれたポットや、紅茶が注がれた揃いの柄のカップ、それから表面に白いクリームが塗られ、三角に切られた物体だった。

 切られた断面はパンのようで、柔らかいらしく小さなフォークでひと口サイズにして口に運んでいる千夜子の真似をして、エルもひと口食べてみる。

「……これは!」

 口の中で溶けるクリームの強めの甘みと、仄かに紅茶の香りと渋みを含んだ優しい甘みが舌の上で絡み合い、得も言われぬ味が広がった。

 さらにひと口運び、ヴァルハラでも食べたことのない、神々ですら食べたことがあるのかと思ってしまうような美味しさをじっくりと味わう。

「これは紅茶のシフォンケーキ。ケーキって食べ物だよ。お菓子だね」

「ケーキ、か。こんな美味しいものがこの世界にはあるのだな……」

「食べたことなかったんだ?」

「こんなに甘くて美味しいものは、……わたしの生きていた世界にはなかったからな。和輝の家の食事も美味しかったが、こうしたものは出てきたことがなかった」

「あー。あいつ、けっこうしっかりファンタジーの世界つくってるから、砂糖とかあんまりなさそうだしねぇ、あの世界。和輝もケーキつくるの上手いんだけど、本人があんまり食べないから滅多につくってくれないんだよねぇ」

「――*%&$」

「うっ……。この前頼んだら、『面倒臭い』って言ってつくってくれなかったんだよね。あー。今度ソフィアにつくり方教えて、ってことでつくってもらおうかなぁ」

「和輝は確かに、面倒なことは嫌う傾向があるようだな」

「そうでもないんだけどね。んーと、……エルが来てから、食事はいつも適当じゃなくて豪華版だし」

「――#$%」

「うぅ……。あ、あたしは不器用だしっ。ソフィアがつくってくれるようになればそれで問題ないしっ! まぁあんまり遅い時間に食べると、お腹の肉になりそうだけどね……。って言うか、エルって太ったりするの? けっこう食事量多いみたいだけど」

「それは……、どうなのだろう。いままで考えたことがなかったな」

 弾んでいく会話に、暗く沈んでいた気持ちが明るくなっていくのを感じて、ケーキを食べながらもソフィアに茶化され、表情がくるくると変わる千夜子に思わず笑みが漏れてくるのをエルは感じていた。

「どうしてエル、和輝の顔を見たくないなんて言ったの?」

 シフォンケーキを食べ終え、お代わりの紅茶をソフィアに注いでもらっているとき、そう千夜子が問うてきた。

「迷惑を掛けて済まない」

「うぅん。いいんだけどさ。あたしから誘ったんだし」

 家に帰り着き、和輝に「顔を見たくない」と言ったとき、千夜子が「じゃあうちにおいでよ」と言ってくれ、半ば強引に連れてこられていた。

 和輝が一昨日の夜からつくっていた美味しいシチューもほとんど奪うように持ってくることになってしまったし、エルは千夜子とソフィアにたくさんの迷惑をかけてしまっていると感じていた。

「まぁ、和輝とひとつの家にほとんどの時間、エルとふたりっきりってのもどうかと思ってたんだけどさ。と言っても、あいつのことだからあんまり心配することもないかな?」

「そうだろうか?」

「うん。あいつ、アニメとかマンガとかフィギュアの女の子しか興味ないみたいだし、筋金入りのオタクだしねぇ。これまでも何もなかったし……」

「――%$&」

「うぅ……。言わないでよ、ソフィア」

 楽しそうなやりとりをしている千夜子とソフィアを見ながら、エルは考えていた。

 最初にこの世界で目覚めたとき、エルの身体を触っていたことを考えると、和輝が女の子に興味がないという千夜子の言葉には疑問を憶えていたが、確かにその後は積極的に何かをしてくることはなかった。

 和輝が考えていることは、エルにはわからなかった。

「わたしは、和輝が考えていることがわからない……」

 ぽつりと、エルは自分の想いを口にする。

「どういうこと?」

「今日、わたしをゾディアーグと戦わせず、先日学校で和輝から金を奪おうとしていた男たちの命を救うよう彼は言った。奴らは盗賊のような男たち。何故宿敵である奴と戦わせず、彼らを癒せと言ったのか、わたしにはわからない」

「そのことかぁ」

 それを聞いた千夜子は、何かがわかっているかのように笑む。

「何が、おかしい?」

「あー、ゴメン。おかしいとかじゃなくて、あたしは不思議に思わなかったし、和輝はそういう奴だよなぁ、とね」

「そういう奴? わたしにはわからないが……。和輝とはどんなん人間なのだ?」

「んー、そうだねぇ」

 身体を寄せるように立てていた脚を崩してクッションに座った千夜子は、微笑みを浮かべているソフィアに何故か目配せをしてから話し始める。

「和輝はいまはあんな感じで、お父さんの蔵雄さんも滅多に帰ってこないくらいだし、輝美さんも仕事が忙しすぎて家を空けてることが多いけど、中学の頃まではそんなんじゃなくて、主に輝美さんがだけど、けっこうわいわいやってた家だったんだ。逆にあたしの家なんかは、両親はいまと変わらず昔から出突っ張りだったし、お手伝いさんとか、いまは千尋さんに家事とかお願いしてる感じだったんだよね。それであたしは敷地が繋がってるからってのもあって、和輝の家によく出入りしてたんだけど、あいつは両親の愛情を受けてたと思うよ」

 少し遠い目をして、千夜子は微笑む。

「性格は蔵雄さん似かな。口数少なくて、人と話すの苦手で、内向的なところとか。でも蔵雄さんはものすごいアウトドア派で、幼稚園の頃にアニメとかにはまって引きこもりがちになった和輝とは違うんだけどね。運動とか勉強もけっこうできるんだけど、面倒臭がりで真面目にやらないし、好きなことやってりゃ幸せだから、本当は蔵雄さん似の顔も髪で隠れるくらい外面に気を遣ってないし、猫背だし、学校ではオタクなのみんな知ってるから、外見のこともあってみんなからは避けられてるかなぁ」

「その、蔵雄殿に比べて、和輝には良いところがないように聞こえるな」

「あはははっ。そうかも。……でも料理とかは輝美さんと蔵雄さんの仕込みで上手いし、この前はあんなだったけど綺麗好きで、家の掃除とか欠かさないしね。それに、あいつは好きなことを好きってだけじゃ終わらせなくて、絵を描くようになって、それで努力して、中学に入る頃にはネットなんかでもちょっと有名になってて、賞取ってプロの漫画家やってたこともあるんだよね」

「プロ、と言うのは、その技術や成果で生活をしたり、報酬を得たりしている者のことだったか?」

「そそそっ。まぁ辞めちゃったんだけどね、一年くらいで」

「辞めた? プロというのはその世界で報酬を得られるくらい認められた者のことだろう。何故辞める必要がある」

「うぅーん。もう一年以上前のことで、和輝なりに幼かったから、ってのはあるかなぁ。それだけじゃなくて、あいつの場合仕方なかったからかな? ヘラヘラしてて気弱に見えるけど、凄く頑固だし、好きなものは譲れないってのがあったりするみたいだしね。えぇっと、どこに置いてあったっけ」

 振り返った千夜子に先んじて立ち上がっていたソフィアが、棚に収められていた本を持ってくる。

「ありがと、ソフィア。ちょっとこれ、読んでみてくれる?」

 そう言って千夜子から手渡されたのは、和輝の部屋にもたくさんあったマンガの本。今日のイベントで売っていた大きなサイズではなく、本屋に寄った際に並べられていたものと同じサイズのものだった。

「これは……、ヒルデ姉様の物語?」

「ちょっと違うんだけど、まぁそんな感じ。とりあえず読んでみて」

 物語は、作品の冒頭で勇者と戦乙女が出会い、よりよい勇者に、よりよい戦乙女になるべく一緒に旅をするというもの。

 勇者は若く、思慮不足で、それによって危機に陥ることもあるが、人を想う気持ちが強く、平和を望み、戦乙女の助けもあって苦難を乗り越えていく。しかし随所に、少し眉を顰めるような性的表現が盛り込まれていた。

 絵のタッチは荒々しさが見られ、和輝の描いているものに比べて上手いとは言えなかったが、彼のものにどこか似ていた。とくに後半になると、エルの最初の頃の絵と違いがわからないほどになっていた。

 まだまだ物語が続きそうな終わりをしている本を読み終え、エルは顔を上げた。

「これは、和輝が描いたものなのか?」

「そっ。和輝が出した最初の、それからたぶんプロとしては最後の本。受賞した話の続編を、中学二年から三年に掛けて雑誌連載して描いてたんだけど、その話はそこで終わっちゃった。プロ辞めるって言って、一応本にはなったけど、その後は雑誌では描かなくなっちゃったからね」

「どうして和輝は描くのを辞めてしまったのだ?」

「それは……、えぇっと、そのマンガの中のブリュンヒルデって、どんな感じだった?」

 言われてエルは膝の上に載せた本の表紙を眺める。

 勇者である男とともに、少しわざとらしいポーズを決めているその表紙の戦乙女ブリュンヒルデの格好は、肌色が多く、見ているだけで恥ずかしさを感じるものだった。

 そして話の中でも、そうした部分は多く見られた。

「戦乙女ブリュンヒルデは、勇者を得、秘められた力を発揮したハイ・ヴァルキリーを越え、主神よりヴァルハラを任されてクイーン・ヴァルキリーとなった我ら戦乙女の長姉に当たる方。その性格は清廉にして誠実、穏やかにして厳格な方であった……、と和輝の物語のなかでは設定されていたが、しかしこの本の中のヒルデ姉様は、わたしの記憶にあるものとは別人に思える」

「うん。言い方はおかしいけど、別人なんだよ。そのマンガの中のブリュンヒルデと、エルが知ってるブリュンヒルデとは」

「どういうことだ?」

 伸ばされた千夜子の手に本を渡すと、彼女はぱらぱらとめくりながら言う。

「和輝がプロを辞めたのはブリュンヒルデが主な理由。元々明るくて活動的な性格で、ヒルデは人気のあるキャラだったんだよね。いまほど絵が上手くはなかったけど、作品自体も人気あったし。でももっと長く続けて、もっと人気を出すために、それでもけっこう言われてエッチな感じにしてたけど、もっとエッチなのを前面に出して、そういうキャラクターを追加するように担当の編集の人……、仕事の依頼主から言われたんだ」

 本をソフィアに渡して仕舞ってもらい、テーブルに身体を乗り出すようにして千夜子は腕を組む。

「でも和輝は元々戦乙女を清純な乙女に設定しててね、担当編集と喧嘩になって、連載継続したいならあっちの条件を飲むこと、ってなって、じゃあ辞めるって言って廃業しちゃったの。和輝は、自分が好きなものを、好きなままの姿であることを望んだの」

「……そんなことがあったのか」

「うん。それで一応追加のキャラクターについて考えてて、そのひとりが戦乙女の末妹、エルディアーナだったの。連載終了と同時に放浪の戦乙女の話を描き始めて、ブリュンヒルデも一番最初の設定に戻して、今日みたいなイベントで売るようになったんだよね」

「なるほど……。しかしそのことが、今日の戦いのことと、どう関わると言うのだ?」

「うーんとね――」

 紅茶をひと口飲んでから、千夜子は続ける。

「和輝は根暗で引きこもりな上、頑固で意固地で、好きなことは曲げない奴なわけ。それに……、エルにも、たぶんブリュンヒルデにも引き継がれてると思うんだけど、あいつの話って、人を救う話とか、助ける話が多いじゃない? そういうとこあんまり見せないけど、あいつって平穏で、平和なのが好きなんだよね。だから最初の怪物が出たときも迷うことなく飛び出して行ったし、今日もソフィアにゾディアーグは任せられたから、死にそうな人を助けることを優先した。ソフィアじゃ怪我を癒すなんてことできなかったから、エルに頼むしかなかったし」

「そう、なのか?」

「うん。あいつはそーゆー奴。頭使ってできるだけ矢面に立たないようにはするし、後々面倒なことが起きないようにもするけど、理不尽なことがあると放っておけないし、ダメなら自分が表に立っても止めようとしちゃう。それが他人事であっても、見つけちゃったらね。そういうとこ、たぶん蔵雄さんと輝美さんの背中を見て育ったからじゃないかなぁ、と思う」

「そうなのだろうか……」

 千夜子の話を聞いていて、和輝のことがさらによくわからなくなったような気がしていた。

 冷めてしまった紅茶を飲み干し、新たにソフィアに注いでもらった紅茶のカップを眺めながら、エルは考える。

 和輝は必要なことや問うたこと以外はあまり多くのことを語ることはなく、前髪で隠れた目でどこを見ているのかもよくわからず、正体がいまひとつつかめていなかった。

 しかし千夜子の言ったことから考えると、確かに和輝にそうした平穏や平和を望む行動があったことも確かだった。

 ――それでも、やはりわからないことが多い。

 カップを口元に寄せ、暖かい紅茶を飲む。少し強めの渋みに、エルは顔を顰めていた。

「エルのその性格も、やっぱり和輝のそういう望みから生まれたものなんじゃないかな」

「そうなのか?」

「たぶんね。マンガの中で、エルは信念があって、強い望みに焦がれていて、涙を流すことはあっても倒れることがあってもまた立ち上がる。それに助けたいもの、撃ち砕きたい敵と戦う強さもある。エルは和輝にとって、自分の中にある理想を実現した、キャラクターのひとりだと思うよ」

「キャラクターのひとり、か……。わたしにはよくわからないな。和輝が本当にそんなことを考えているのかどうかなど。千夜はよくわかるな」

「まぁー、あいつとはつき合い長いしねぇ」

「――%&$」

「そ、そりゃまぁ、家が隣だから一緒にいる時間は長いけど、そうじゃなくって!」

 ソフィアに言われた言葉に顔を真っ赤にして反論している千夜子に、エルは笑みを零す。

「和輝のことがもう少しわかってきたら、エルにもわかるかも知れないけどね」

「――*+%」

「うっ……、あ、うっ……。そう、なるかも知れないけど、それは和輝次第だし……」

「ふふふっ」

 唇を尖らせて顔を赤くしている千夜子の様子に、エルは思わず笑い声を漏らしていた。

「そうだな。もう少し和輝のことを知ってみるのも、よいかも知れないな」

 呟くようにいって、エルは笑っていた。



          *



 けたたましい携帯端末の音に手に取って見てみると、千夜からのメールの着信だった。

 開いてみると、朝にはエルが帰るという内容と、パジャマ姿の三人が並んでピースをしている添付写真があった。

「何してるんだか」

 千夜の家でずいぶん楽しそうにしているエルにため息を漏らして、俺は新しく淹れたコーヒーを保温マグカップですする。

「さて……」

 気がかりだったことのひとつが解消され、俺は灯りを暗めにしてる自分の部屋で、三枚のモニタに向かい合う。

 今日即売会が終わったばかりだったが、来月にはまた大きな即売会がある。ひと月に一冊近いペースで出している放浪の戦乙女の次の話をさっさと描き上げなければならなかった。

 エルディアーナの話をつくり始めた頃にまとめたプロットと、その後にちょこちょこと書いていた物語の構成メモを表示し、次の話の場面を考えるためにメモソフトを立ち上げる。

 今日の新刊であった放浪の戦乙女第二部七巻は、第二部のボスとなる八つ首のドラゴン、名無しのため便宜上ヤマタノオロチと読んでる怪物が登場したところで終わっていた。予定では八話で第二部が完結するはずだったが、クライマックスバトルは一話に収まりきらず、九巻まで引っ張ることになりそうだった。

 後はもうバトルとエンディングだけだから、描くことは概ね決まっている。バトルの絵は簡単とは言えなかったし、ヤマタノオロチみたいな巨大な敵は描きにくかったが、話についてはもう悩むところはない状況だった。

「……あれ?」

 キーボードに指を置き、メモを取ろうと思うのに、指が動かなかった。

 硬直してるとか緊張してるとかではなくて、頭の中に何も思い浮かんでこない。

 ――どういうことだ?

 七話を描いているときは、この次どんな話にして、どんな場面を出して、どんな戦いをさせるかをずっと考えていた。それのメモをたくさん取っていた。

 悩むことも迷うこともない状況なのに、俺の頭には次描くべきエルディアーナの姿が何も浮かばない。

 自分用に持ち帰ってきた七巻を取り出して読み直してみるが、やっぱり浮かんでこない。放浪の戦乙女は俺が好きで、俺のために描いているようなマンガで、いつもいつもそのことを考えていたくらいだったのに、いまはもうひと欠片も頭の中に浮かんでこなかった。

 その代わりに、頭の中に浮かんでくるのは、いま現実にいるエルディアーナの姿ばかり。

「もしかして、これが?」

 椅子の背もたれに背中を預けて、俺は顎をさする。

 これまで当たり前のようになってきた想像が、できなくなっていた。

 当たり前で、手癖のようにエルのことを描いてきたと言うのに、現実のエルのことしか浮かんでこなくて、絵であったときの、マンガの中であったときの彼女の描き方がわからなくなっていた。

「リアライズプリンタのリスク、か……」

 ついさっきお袋と話していたリスクのこと。

 もしかしたらこれがそうなのかも知れないと思う。

 俺はエルをリアライズプリンタで実体化することによって、頭の中のエルを、想像上の戦乙女を、彼女への想いを、自分の中から失ってしまったのかも知れない。

「だとしたら、三人目は何を失っているんだ?」

 自分に起こっている変化に衝撃を受けながらも、俺は怪物を生み出した三人目のリアライザーのことを思う。

 おそらく、破壊の衝動や恐怖心、怒りなどを怪物の形で実体化させている三人目のリアライザー。

「このままリアライズプリンタを使い続けたら、そいつはどうなるんだ?」

 わからなかった。けれど、恐ろしいことになるような気がしていた。

 エルやソフィアで対処できる怪物そのものよりも、リアライズプリンタを使い続けることによるリスクの方が、俺には怖いもののように思えていた。



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