HAPPY HOLIDAY -tail- (3)
ああもう、最悪だ――いや、いつかこうなる事は重々承知していたはずだったのだが、これほどあっさり実行されるともう呆れて声も出ない。
出なかった声の代わりに、もうすっかり馴染みとなった深いため息をついてから、その姿を見つけるべく歩き出した。
「あ、ちょっと、買わないんですか?!」
追いかけてきた売り子の声は、背中で聞き流した。
普段から愛想がいいとは言えないというのに、さらに自分の眉間に皺が寄ったのが分かる――分かったからと言って不機嫌を隠す気は全くないが。
それがよかったのか悪かったのか、先ほどより人ごみを歩きやすい。どうやら道行く人が自分の事を避けているようだ。
幸か不幸か。
もうひとつ大きなため気をつく。
「……ったく、どこ行きやがった、あのくそガキ……!」
くそガキはそれなりの護身術は身に付けているが、今日は確か丸腰のはずだ。
王都の城下街は、正門からプルガトリオ・ゲートに向かって一文字に貫くメインストリートとその中央にある広場から横に長く伸びるもう一本の大通り、そして広場を中心に放射状に通りが四方へ伸びるという特殊な形をしている。そのため、慣れた者でないと、すぐに方向感覚を失い迷ってしまうのだ。
広場を中心としたメインストリートでは市が開かれ、店も多く賑わっているが、所詮は人が集まる場所。負の澱む場所もできる。
下手に迷いこめば……
「くそっ」
あいつなら好奇心で簡単に裏道に入ってしまうだろう。しかも無駄に身が軽いためにこの人ごみで追いつくのは困難だ。
中身はともかくあの容姿だ、表に顔の出せない商売をしている連中に目を付けられること請け合いだ。
どうする?
いや、考えていても仕方がない。
探すしかないだろう――ねえさんに、殺される前に。
メインストリートと主な大通りは大方捜索した。あいつが目を付けそうな店や露店もすべて覗いた。
だが、あいつの姿はない。
つまり、やはりあのくそガキは裏通りに迷いこんでしまった、と結論せざるを得なかった。
しかしこの街の裏通りは迷路のように複雑に入り組んでいる。自分が入り込めば共倒れになる可能性も大きかった。
時刻も昼を過ぎている。あいつのことだ、腹を空かしてはいないだろうか?
「……俺はあいつの父親か」
ぽつり、と自嘲気味に呟く。
そう言えばあいつは自分を父親に従っていたな。そしてねえさんを母親に――ガキの考えそうなことだ。
まだ腕の中にあいつがいた感触が残っている気がする。『怖かった』といって泣いたあいつの涙が、悲鳴が、嗚咽がこびりついて離れない。
――何もしてやれなかった
後悔の念がどっと押し寄せてくる。
それと同時に、ふつふつと熱い感情がわき上がってきた。
「今度は、後悔しない」
何もできなかった、と言って悔みたくない。
そう思ってまた視線を上げた時、どこからか大きな破裂音がした。
いったい何事だ?!
周囲が騒然となる。どうやらその爆音が聞こえたのは、ここからそう遠く離れていない。
人ごみがざわりと動き、その音の中心地から逃げるような流れを作る。
巻き込まれそうになったところをなんとか路地裏に逃れて様子を窺うと、少し離れた場所で黒煙が上がっていた。
「東からきた商人の売り物が突然大きな音を立てて破裂したらしいぞ!」
「何人も怪我人がでてるそうだ!」
雑踏の叫びから、大体の流れを把握する。
ここのところ、東方で開発されたという破裂する粉『火薬』がグリモワール国にも流入し始めている。東方では主に武器として使われているのだが、ゼデキヤ王はそれを好ましいものとせず今のところは全面的に禁止している。
最も、まだ一般民衆の間で認知度が低いそれは、裏の世界で武器として使用するために密に輸入されている。東方との交易はグリモワールでも大きな部分を占めるため、あまりきつく取り締まれないのが現状だ。グリモワールで、いや、全世界中でこの『火薬』を使用した武器が広く量販されていくことはもう避けられないのかもしれない。
いや、そんな事はどうでもいい。
禁止された薬物が破裂したという事は、裏を支配するそれなりに大きな組織に何か異変があったということだ。
「まさか……」
予言のトートタロット・カードを見たわけでもないというのに、嫌な予感が胸中を駆け抜ける。
その予感が外れていることを信じて、人ごみに逆らって駆けだした。