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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
格差結婚5年目の陰謀
12/76

バタンと、ドアが乱暴な音を立てて開いた。

切れ長の薄茶色の目に、高く通った鼻筋、鋭いラインを描く輪郭に、白に近い金の髪、

そして細くしなやかな指先と同じく、男性にしては若干細めな線を描く体。

巷で美貌の王子と呼ばれるその人は、

音のした方に視線も向けず執務机の向こう側に座ったまま尋ねた。

「誰かな?勝手に、俺の部屋に入ってくる困ったさんは。」

「・・・殿下、わたしがここに参るという事ぐらいご想像になってたでしょう、

今更そういうことは言わないでいただきたいわ。

それよりも、御説明していただいてもよろしいかしら?」

杖の先が床の絨毯にふうわりと押し付けられるようにしてカリナが近付いてくる。

気配だけでそれを感じ取ってジェイドはくすりと笑みを漏らした。

「ん?カリナ、ということは、君ってばそんなに俺が恋しかったのかな?」

・・・途端、バーンと派手に机を平手で叩きつけるような音がした。

ジェイドはこのとき初めてようやく顔を上げてカリナを見た。

いつの間にかジェイドのすぐそばまでやってきていたカリナは

ジェイドと対峙するような形で彼の瞳をきつい形相で睨みつけていた。

先ほど机の上に振り下ろされた人事印の押された紙の上に、カリナの平手が乗っていた。

「ふざけないで。

この辞令を私にわざわざ送ってきたのは、あなたでしょう!?」

カリナは烈火のごとく怒っていた。机を間に挟んでジェイドを睨みつける紺碧の瞳は、

メラメラとまるで炎が奥で燃えるような鋭さを示している。

ジェイドは好感触に思って、睨むカリナの目に全く臆する事無く真っ直ぐに見返した。

「んーー、ま、そうだね。で、それが何か問題でもあったのかな?」

「何が問題でもあったのかな、よ!!勿論、大有りよ!」

カリナは冷静さを保つように務めながらもそれでも

声を荒らげなければ気が沈まないといった風で、地を曝け出して喋り出した。

「一体何がしたいの、殿下。

ギルバートを使って何か企みごとでも押し付けようとしてるのね?

わたしはあなたの政策に反対する気はないわ。だって

あなたは頭が切れるもの。確実にこの国になる事をやる人だと知ってる。

ただ、どう考えたってギルバートがあなたや国益において

十分に意味がある人材とは思えないのよ!

・・・いいえ、ギルバートは優れた武官よ、でも

軍から離れたギルバートが、なんの役に立つの!?」

「自分の夫の事をまるで無能みたいに言っちゃダメだよ、カリナ。」

バーンとさらにカリナの平手が机に打ち付けられた。

「言ってないわ!私が言いたいのは彼があなたの秘書官には向かないといってるだけ。

勝手に意味を履き違えないで!

・・・もしかしてあなた、ギルバートを自分の手中に入れておいて

わたしにあなたが何か強攻策でもけしかけた時に抵抗できないようにするつもり!?」

その考えに至った途端、カリナは目を怒らせて更に声を大きくした。

ジェイドは反してニコニコと笑って返答する。

「いいや、違う。さすがにそこまでする気もないしそもそも

君を操るための担保として彼を私設の秘書官に雇う発想なんてものは毛頭なかったよ。

カリナ、ちょっと被害妄想が過ぎないか?それに、

そんなに怒ってちゃ折角綺麗な顔してるのに台無しだ。」

「人をからかわないでっていつもいってるでしょ?!」

「からかってないよ。」

ニコニコとジェイドはその場の険悪な空気を無視するかのように微笑んでいる。

この王子が常に、つかみ所無く飄々とした変人と言われる所以がこの

どんな凶悪な場面ですら出てくる場違いな笑みだった。

「ただ、彼はおもしろい人物だ。

軍人としてもかなりいい素材だ。けれど他にももっと彼には隠されたものがある。

俺にとって秘書官にするのにそれは好都合だった。それが理由だよ。」

「そんな雲を掴むような話されても分からないわね。

・・・百歩譲って彼があなたつきの秘書になるとするわ。でも、彼は武官よ。

入官して以来ずっと軍以外の畑を見たことがない人なのよ。

そんな人間が文官ばかりの世界に放り込まれてどうなるかあなたには想像つかないの?!」

「カリナ、一つ誤解があるようだけれど彼は執務官じゃない。

正式に試験を通った文官のように彼は直接執務に関わる資格を持ってない。

だから彼は俺の私設の秘書官なんだ。文官まみれになるってわけじゃない。

彼はちょうどいいんだ、俺の手駒として。」

手駒。

その二文字にカリナの今の今まで必死に耐えこんできた堪忍袋の緒が切れたようだった。

カリナは身を乗り出して反対側に入るジェイドの首元を両手で掴んだ。

そして両腕でギリギリと宙に引き上げるようにして顔を近づけた。

お互いの顔は距離にして指3本分ほど。

普通の人間を睨みつけるには十分効果の期待できる距離だった。

「殿下、すぐ、この人事を撤回して。

彼をこんなところに連れ込むような真似はしないで欲しいわ。

・・・あなたがそれでも王権を誇示しようとするなら

わたしは全力であなたに従わない道を選ぶわ。さあ、早く!!」

こんな状況でもジェイドは笑っていた。

そしてこの展開を心底楽しむような目でカリナを見上げた。

「カリナ、女の子が男に喧嘩を売るなんて普通あっちゃいけないよ?」

「あなたにそんなこと言われたかないわね。」

「でも、この手を離してくれるつもり、ないんだね?」

「・・・勿論。」


「なんか、今中から物音しませんでした?」

「・・・そうですねえ、何かを叩きつけたような・・・」

ジェイド王子専用の執務室の横にある、小間使いの間でギルバートとアンリエッタは

カリナが出てくるまでを過ごしていた。

『丁度殿下用の菓子が御座いますから、横暴殿下に食べさせるのもアレなんで

ギルバートさんがお召し上がりになっては如何です?』

とかなり王子に対して不敬なことをいながらアンリエッタは手ずから茶を入れて

それをギルバートがおいしいですねえ、殿下には悪いですが、と

のほほんとした会話を交わしている最中の事だった。

ティーカップをテーブルの上に戻してギルバートは執務室に続くドアを眺めた。

「・・・一体何の会話をしているんでしょう?」

「さすがにわたしが中に入って見に行くにしても、

御両名ともこの国の中枢を担っていらっしゃる方ですから・・・」

と尻すぼみにアンリエッタは言う。

ギルバートも、二人が話す内容は国家機密レベルの話だとしてもおかしくないのは

十分承知していたので出て行きたい衝動があっても踏み出せないのが実情だった。

しかし次の瞬間、更なる異様な音が聞こえてきた。

『きゃっ・・・・!!』

二人は咄嗟に扉に近付く。

「今、悲鳴でしたわね!?ハイライド大臣に何か殿下がなさったのかも・・・!」

アンリエッタは殆ど悲鳴に近い声を上げる。ギルバートは募っていた焦燥が止められなくなった。

「すみません、アンリエッタさん、中に入ります!」

ギルバートはそう短く言い切って小間使いの部屋の扉を開けた。

「姫・・・・っ!!」

そのまま執務室に駆け込む。

100帖はゆうにあるだだっ広い執務室の一番窓際にある机に寄りかかるようにして

二人の影が重なっていた。

ギルバートはそれを目印に猛然と走って二人の傍に駆け寄った。

「姫、どうなさいましたか・・・!!」

ギルバートは机の反対側にいるカリナの細い肩を掴んだ。

「ギ、ギルバート・・・?!」

カリナが振り返って驚いた声を上げる。

ギルバートは自らを見返してきた紺碧の瞳が涙で濡れているのがわかった。

それを見て、ギルバートはすぐさま執務机からカリナを引き剥がした。

そして、この異常事態でさえ悠然と微笑むジェイドを初対面でありながら睨みつけた。

「・・・お初にお目にかかります第二王子殿下。いきなりで申し訳ありませんが・・・

今、悲鳴がしましたが、一体この方になにをなさいました?」

「君が、ギルバートだね。うむ、さすがカリナの騎士だ。迅速な行動お見事だった。」

「・・・殿下、なにをなさいましたかとお尋ね申し上げております。

どうしてもお答えいただけませんか?」

「んー、どうしても答えなくちゃならない?黙秘権行使って、アリかな?」

ニコニコと何が面白いのかジェイドは笑っている。

天使の美貌の王子と呼ばれているゆえの、一番美しく見える表情だが

そこに微塵の誠実さもギルバートには感じられなかった。

あるのはただ、この状況をただ楽しんでいる愉悦。

心のうちが怒りでだんだん真っ黒になっていくのがギルバートには感ぜられた。

―――が。

それも長くは続かなかった。

「・・・で~~~ん~~~か~~~~?あれほどわたしお申し上げましたわよね?

『人をおちょくるな』と・・・」

ウフフフフと笑う魔女のようなこちらもまた凄まじく微笑んでいる。

アンリエッタが小間使いの間からティーポットを乗せたトレイを持ち

タオルを片方の腕に引っ掛けて現れた。

突如笑みの消えたジェイドの身が一瞬にして竦んだのがギルバートにも見て取れた。

「殿下?何を怖がっていらっしゃるのです?

ハイライド大臣に何をなさったのか、ただおっしゃればいいのですよ?」

「い、いったところでアンは絶対何かやるだろ!?」

「うふふふふ、例えば何をです?」

「何をって、それがわかれば・・・って・・・・うぎゃっ!!!」

ササッとジェイドの傍に寄ったアンリエッタはすばやくティーポットの蓋を開け

ジェイドの頭上からぶっかけた。

湯気がぶわっとジェイドの頭から立ち上った。

アンリエッタはすぐさましゃがみこんで

バスタオルのような大き目のタオルをジェイドの下の絨毯の敷かれた床に敷いた。

「絨毯が濡れてしまえばあとが大変ですからね。

でも、殿下自身は御自分でタオルでもなんでも調達なさってお拭きくださいませ。」

そういいながらアンリエッタは立ち上がり、ジェイドに対しはっきりと言い切った。

「殿下、お二人にお謝りなさってください。

早く。」

「・・・す、すまん。」

「すまんじゃなくて、ごめんなさいっ!」

「ご、ごめんなさい・・・・」

ペコリとジェイドは未だ雫が髪から滴っていながらも頭を下げた。

何がなんだか分からないジェイドとカリナはただ呆然と立ち尽くすのみである。

それを見て、今度は薄ら寒い笑みから一転

心からの満面の笑みを浮かべてアンリエッタはソファを勧めながら二人に言った。

「どうぞ、お二人ともそちらにおかけください。

今すぐに紅茶を入れ直してまいりますから。」

そういってアンリエッタは小間使いの間へ再び消えていった・・・


「ジェイド殿下、良い女官をお持ちですね。これだとあなたが王位に就かれた時安心します。」

「・・・カリナ、君、毒舌が過ぎるよ。」

ジェイドは自分でどこからか持って来たタオルで立ったままいそいそと頭を拭いている。

カリナはふふふと笑ってソファに座ったままの姿勢でジェイドを見上げていった。

ギルバートもジェイドと同じく立ったままだったのでちらりとカリナを見る。

しかし、その目は一転して厳しいものに変わっていた。

「それで、殿下、ギルバートの処遇どうするのかしら。

わたしはギルバートを殿下付にはしたくない。断固反対よ。それでも

あなたはこの意見を聞いてくれないのね?」

「ああ。

いくらカリナの要望といってもね。」

ジェイドは今までに無いくらい真剣に言った。そしてギルバートのほうを向き直って真摯に言葉を紡いだ。

「俺は、ギルバート、君の助力がいる。

何も武官である君を直接政務に関わらせるような無茶をするつもりは無い。

ただ、これから来るべき未来のために俺には力を蓄えなければならない。

そのとき、君がそこで大きな役目をカリナと共に果たす事になる。

そのために、俺は君との繋がりが欲しかった。

・・・今はこれだけしかいえないが、こんな我侭な願いを了解してくれるだろうか?」

ギルバートはこの日の朝から続く国のトップ二人に頭を下げられるという展開に正直

めまいを覚えていた。

どうしてこんな目に遭うのだろうかと頭の中でグルグル考えていると

カリナが自分の妻だから、という答えが浮かび上がってきた。

「・・・姫が妻じゃなければ多分こんなことにはならなかった。

でも、姫が妻だからこそ、殿下に見出されてここに来た。

そしてそれがひいては、姫のためとなるならばその御命令、拝命仕ります。」

そういってギルバートは深く礼をした。ジェイドはニコリと

今度こそ心の底から安堵したように微笑んだ。

「そういってくれてありがたい。

ギルバート、君は俺にとって何にも変えがたい存在だ。嬉しいよ。」

そんな男二人の会話を聞いていたはずのカリナがソファからすくっと立ち上がった。

そしてくるりと背を向けた。

「・・・姫?」

「なんなのよ二人して。わたしなんてお構い無しで。」

「お構い無しって、カリナ、ギルバートは君を思って決めてくれたんじゃないか。」

そうジェイドが言うも、カリナはツーンとしたままで取り合わない。

「ギルバート、せっかくわたしがあなたが軍と掛け持ちでこんな殿下のお守りをする

負担を減らしてあげようと思ってきたのに、何でそれを無にしてくれるのよ。」

「いや、でも、王族の方の命令を俺に無碍にする権限なんて・・・」

それに加えて、ギルバートにはここにいる機会が増えればカリナとの接触も格段に増えるという

邪まな希望もあったということは口には出さないでおいた。

オロオロとギルバートは怒るカリナをどう取り繕おうかとしていると、

ふと、カリナの肩がわずかに震えているのに気付いた。

「姫、どうしたんですか・・・?!」

ぎょっとしてカリナを覗き込むと、紺碧の瞳からポツリポツリと涙を零していた。

「・・・ちょっと、見ないでよ・・・!!」

「え・・・」

ごしごしと見た目の愛らしさには似合わず腕をつかって目を擦りながら

グイグイと涙を見せまいと横にいるギルバートを押すカリナと

初めて泣いている姿を見てぎょっと固まっているギルバートの

――そんないきなり二人だけの世界作り出し始めた二人をしらと眺める者がいた。

「・・・二人とも、政略結婚をした仮面夫婦、って割には

ずーいぶん仲がいいねえ。」

ツーンとふてくされた声が脇から聞こえる。

「で、殿下?」

涙で濡れた声でカリナは尋ねる。それでもお構いなくジェイドは続ける。

「なんだか俺がお邪魔な存在みたいだけどここは俺の部屋なんだよね。

そういう押し問答は二人のどっちかの部屋でやってきたらどうなんだい?」

そういって二人を部屋の外へ外へと押し出す。

「それじゃあ二人とも達者で。

あ、ギルバート、君は早速明日の朝礼後すぐにこっちに顔出すように。いいね?」

「え、あ、・・・」

有無も言わせずジェイドはバターンと扉を閉める。そしてだだっぴろい執務室で

一人盛大に溜息を吐いた。

「はぁー・・・二人とも鈍感すぎるんだよ・・・」

「なーにーがー鈍感すぎるんでしょうか、殿下?

わたしが紅茶を淹れ直してきたというのにお二人を帰すだなんて

わたしにたいして殿下もかなり鈍感なのではないでしょうか?」

ニッコリという擬音が似合う満面の笑みを浮かべた紅茶のティーポットと

3つのティーカップが乗るトレイを持ったアンリエッタがジェイドの背後に控えていた。

ただ、その目は全く笑っていない。

ジェイドは恐怖で目が引きつった。

「ア、アン・・・あはははは」

「あはははは、じゃないですよ。

この紅茶、どういたしましょうかねえ・・・もういちど、殿下にぶっ掛けて差し上げましょうか?」

「や、やめてくれーーーーー!!」

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