特別記録文書〈死の暴走/Thanatos Drift〉
HKO異常記録文書
HK-Δ-███
特別事案記録
〈死の暴走/Thanatos Drift〉
オブジェクトクラス: Keter(暫定/再分類不能)
管轄: HKO統合管理局
監査: Σ7監査課
文書区分: 内部閲覧限定(Σ7以上)
作成者: 観測官補佐《MNEMOSYNE》
備考: 本文書には削除済み文書ID《73941》の参照痕跡が存在する。復元不可。
■ 概要
本事案〈死の暴走〉とは、
箱庭世界において「死が完了しない」状態が連鎖的に発生した異常現象です。
死亡判定・人格消失・魂移行といった一連の処理が停止し、
対象者は生でも死でもない状態に固定されます。
本現象は、
封印階層Σ0に保存されていた旧神性アーカイブの部分再接続と同時期に発生しました。
■ 発生条件(推定)
以下の条件が同時成立した場合に発生:
1.死亡判定システムの最終権限が不在
2.旧神性存在《THANATOS》の人格断片が人間人格に同居
3.Σ7による死の代理管理が限界を迎えた状態
■ 観測ログ①
死亡未確定現象
【都市ブロックF-19】
・死亡確認後、心拍・脳波ともに停止
・人格ログのみが残存
・死亡フラグが「未確定」のまま固定
対象は苦痛を訴えない。
叫ばない。
ただ、涙だけが流れ続ける。
【死亡状態:未確定】
■ 観測ログ②
医療施設 内部映像記録
【映像開始】
老朽化した医療施設。
白衣の医師が、最後のカルテを閉じる。
その背後で、
床に落ちた影が立ち上がる。
黒い羽根。
光学センサーは輪郭を捉えきれない。
助手(識別:AG-02)が声を震わせる。
「先生……患者が……死なないんです……」
医師は、しばらく沈黙した後、静かに答える。
「……それは」
白衣に手をかける。
「離れていたからだ」
【重要記録】
白衣脱衣と同時に、医師人格の職業フラグが消失
背後に、
十二の冥界紋章が完全展開。
「──死を、再び」
【識別確定:旧神性存在《THANATOS》暫定覚醒】
【映像終了】
■ 観測ログ③
Σ7緊急会議 音声記録(抜粋)
Σ7-03
「死の処理が再定義されている!?」
Σ7-05
「違う……再定義じゃない」
Σ7-01
「……返還だ」
沈黙。
Σ7-07
「……順番が、戻っただけか」
■ 内部告発ログ(未承認)
【送信元不明/Σ7構成員】
我々は誤解していた。
死はシステムではない。
神が眠っている間、
我々が預かっていただけだ。
時間は巻き戻されていない。
ただ、
順番が正された。
■ Σ7構成員逸脱記録
封印階層Σ0へのアクセスキーを
Σ7-██(識別抹消)が自発的に解放。
動機:
「我々は神ではないと証明するため」
最終発言:
「死をオブジェクトとして閉じ込める世界は、間違っている」
当該構成員は、
死の暴走発生中に唯一“正常に死亡”
■ 補足事項
・人間個体《HADES-LOCAL》は覚醒していない
・冥界管理権は《THANATOS》に帰属
・冥界座標が現実へ滲出開始
・死の暴走は現在も局所的に継続中
■ 関係者備考
・パトラ:
事案を事前察知。
「下から行く」判断の根拠と一致
・ライナス:
全データ削除権限を保有
ただし旧神性は削除対象外
現在、意図的に介入を遅延中
・暁事象:
本事案と同期発生。
時間操作は行わず、「神話順の復元」を実行中
詳細は削除済み文書ID《73941》参照
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研究員の私的メモ(非公式)
正直に言う。
あの医師は、
最後まで「人を救う側」だった。
だからこそ、
彼は医師を辞めた瞬間に
神に戻ったのだと思う。
死が怖いのではない。
死が壊れている世界が、
一番、恐ろしい。
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タナトス覚醒直前・医師時代ログ
【個人記録】
今日は三人看取った。
全員、静かだった。
……死が、遅れている。
誰も迎えに来ない。
私は医師だ。
だが、これは治療ではない。
これは、本来の仕事ではない。
■ 結論
死は、箱庭の機能ではなかった。
それは、
眠っていた神の不在を埋めるための
仮の管理だった。
そして今、
その管理者は、白衣を脱いだ。
【内部文書参照番号:HK0-015/Σ7-Archive】
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