1-8 レイド級
豪華な朝食を終えたタケルは、リュネとニーナを宿に残しギルドへとやってきた。
隣では、肩を落としたビオネスが、何度目かのため息を吐いている。
「そう落ち込むなって。いい運動になるじゃねぇか」
「つってもなぁ。今日はたっぷりと遊ぶ予定だったんだぞ? その金もなくなっちまって、仲間も依頼には付いてきてくれないときたもんだ。落ち込むのも当然だろ」
「あれは笑ったな」
朝食の際に仲間たちへと事情を説明し、チームの財布から幾分か使わせてもらえないかと相談したビオネスだったが、あっけなく断られていた。しかも、宿泊費がビオネスとタケルの個人持ちになると聞いて、朝食のグレードをリュネ達と同じものにアップしてきたのだ。
「あいつらは鬼だ。きっと長いハンター生活の中で人の心を失っちまったんだ」
「いや、どう考えても自業自得だろ。ほれ、いつまでもグダグダ言ってないで、行こうぜ」
タケルはビオネスの肩を掴んで受付へ向かう。
ちょうどミリエラの座る窓口が空いていたため、そこに顔を出した。
「タケルさん、ビオネスさん、おはようございます」
「おう、おはようさん」
「おはよう……」
ミリエラは、二人の顔を見ると待っていましたと言わんばかりの笑顔で出迎える。そしてビオネスの覇気のなさに首を傾げた。
「ビオネスさんどうかしたんですか?」
「ちょっと財布が痛い痛いになっちまってな」
「昨日どれだけ使ったんですか……確かに高級宿ですけど、ビオネスさんならそこまで辛いという程ではないのでは? あ、お金下ろしておきます?」
「色々あったんだ……いろいろな。今は下ろさなくていい。帰りに二百万ペスほど頼むと思うが」
「二百!?」
一体何があったのかと詳しく聞かれ、タケルは二人で全員分の宿代を払うことになったことを話す。するとミリエラも驚いたように瞳を丸くして口を開けていた。
「全員分っていくらするんですか?」
「今朝ざっと聞いたところだと三百八十万ペスぐらいだってよ。酒や裏庭の修繕でもう少しかかるかもとは言ってたな。まあ、一人頭二百万もあれば十分だろ」
「はぁ、それは確かにビオネスさんでもため息を付きたくなりますね」
ミリエラからすれば、一回の支払いで四百万近い金を動かすことなど考えられない世界だ。
それが懐が痛い程度で済むのだから、ベテランハンターたちの稼ぎの良さというものが理解できる。
「俺の貯金がほぼ無くなっちまう。とにかく稼がないとならん。ミリエラ、今朝のハンターたちの動きはどうなっている?」
「えっと――三組のチームに特別報酬を付けて村の確保依頼を出しました。実力的には少し不安のあるチームですが、ゴブリン相手ならば大丈夫かと。他の方たちはみなさん遠出ですね。後は何件かゴブリンの巣の報告がある程度です」
「稼げそうなものはないな」
ウェットビーストで動くことができない以上遠出は無理だ。かといって近場のゴブリンを狩っていても減った分の貯金の足しにもならない。
悩むように眉をしかめるビオネスだったが、その隣からタケルの嬉しそうな声が弾む。
「いやいや、ゴブリンの巣とか最高じゃねぇか。それにしようぜ」
「おいおい、昨日はべリオルの大量発生だったから稼げたが、普通のゴブリンなんて狩っても金にはならんぞ」
「大丈夫だって。ミリエラ、それ頼むわ」
「あ、おい!」
「ありがとうございます!」
断ろうとするビオネスだったが、ゴブリン処理を優先してもらいたいミリエラがにこやかに手続きを進めてしまう。
「こりゃしばらくは倹約生活だな」
「んな必要ねぇって。荒稼ぎしようぜ」
どこからそんな自信が出てくるんだと、ビオネスはすでに何度目かすら分からない、深いため息を吐くのだった。
◇
「ハハハハハ! 狩りだ! べリオル狩りだ!」
そんなローテンションだったはずのビオネスは、数時間後には高笑いを上げながらゴブリンを虐殺していた。
「おっさん、そのテンション怖ぇよ」
その隣では、タケルが淡々とべリオルゴブリンたちの心臓に刀を突き立て処理していく。
十分ほど前に始まったゴブリンの巣での戦闘は、向かってくるゴブリンの上位種たちを二人がひたすらに殺していくという何とも虐殺的な光景になっている。
その原因はやはり、タケルに与えられた神威の試練の影響だ。
「そっち、アーチャー狙ってるぞ」
「分かってる。ハア!」
木の枝に乗って隠れていたゴブリンアーチャーが放った矢を、グランバスターで防御したビオネスが、お返しとばかりに風の塊を飛ばして弾き飛ばす。
馬に蹴られたような衝撃で飛ばされたアーチャーは、別の木の枝にぶつかり腰を折って絶命した。
「たく、あんなに落ち込んでた奴はどこに行ったんだよ」
「そりゃ、こんなことになるなんて知らなきゃ誰だって落ち込むわ。むしろもっと早く言ってくれよ。そうすりゃ強引にでも仲間を引きずってきたんだが。それにギルドに変異種の死体を渡しちまったじゃねぇか。なんか変なところがないか、今頃必死に調べてるんじゃないか?」
「あらら、ご苦労なこって」
ゴブリンの巣に到着するまでのビオネスの落ち込み用は酷いものだった。
繰り返されるため息に重い足取り、これから処刑台にでも連れていかれるのではないかというありさまだったというのに、タケルが神威を漲らせゴブリンたちが一斉に進化を始めると、最初こそ呆然としていたが次第に高笑いを始め、今では自らゴブリンたちの元へと突っ込んでいく始末である。
そんな変貌を遂げたビオネスの後ろから、タケルはのんびりとゴブリンたちに留めを刺し、魔石を回収していっていた。
「とりあえずここの巣はこれで終わりか?」
「だいぶ早く終わっちまったな」
森を切り開いた簡単な集落は、ゴブリンたちの巣の典型的な一例だ。
家などは作られておらず、たき火の回りに切った丸太を置いただけの、まるでキャンプ場のような場所だが、それを作るだけの知能と集団性があるということでもある。
襲い掛かってきたビオネスたちによって、今は凄惨な光景と化したそこで、ビオネスたちは集めた魔石の数を確認しながら、残った死体を火の中へと放り込んでいった。
「ここで五十七個。全部べリオルってわけじゃなかったし、昨日よりはだいぶ少ないな」
「アーチャーやナイトは自然に進化してた連中だろうな。一体だけいたパンプアップはナイトからの進化個体か?」
「だろうな。地元でもたまにいたし」
ざっと計算して二十万ペスというところ。目標の二百万にはまだまだ足りていない。
目標に到達するためには、もっと強い敵か、それとも大きな巣を潰す必要がある。
「まだ午前中だし、もう少し探してみるか。タケルがいればハグレも変異して襲ってくるだろ」
「人を撒き餌みたいに言うなよ。まあ、やることは賛成だが」
一通りの処理を終え、二人は森の中を歩き始める。
時々襲い掛かってくるゴブリンを蹴散らし、そのゴブリンが襲ってきた方向へと歩いていく。その先に巣がある可能性があるからだ。
そして探索から一時間。昼も過ぎたころに二人は大規模な部隊に襲われた。
「ブラックゴブリンの部隊だな。たまに集団で襲ってくるんだよ」
足音を殺し背後へと迫ってきてた黒色のゴブリンを、タケルは振り返ることもせずに刀だけを振るってその首を撥ねる。
そして正面の草むらへと斬り返し、遠切りによって隠れていた二体目を殺した。
少し離れたところでは、ビオネスがグランバスターを振るい、襲い掛かってきた三体を纏めて斬り殺す。
「おそらく斥候部隊が変異したんだろうな。あいつらは分類こそ普通のゴブリンだが、斥候のための技術を学んでいる。それが影響したんだろう」
「へぇ」
「となると、この近くに大規模な巣があるぞ!」
斥候部隊を作るほどの巣となれば、ゴブリンの数は最低でも二百を超えるとされている。
そんな巣が近くにあると分かり、ビオネスの声が弾んでいた。
「んじゃそっち向かうか」
タケルとビオネスは、ブラックゴブリンがやってきた方向へと進路を変え進んでいく。
そして見つけた。
予想通り大規模な巣だ。元は洞窟を拠点にしていたのだろう。崖際にぽっかりと空いた洞窟の口。その周辺に広がる大きな空き地にはゴブリンたちがひしめいている。
ゴブリンたちは何かを感じるように周囲を見回し、やがて叫び声を上げ始めた。
「変異するな。数が多いが、全部変異するのを待つか?」
「流石にそこまでしなくても二百万は稼げそうだしな。二人で相手するのも面倒だし、今のうちに攻めちまおうぜ」
「まあそうだな。なら俺が開幕の合図をしよう」
グランバスターを一体化させ、ビオネスが勢いよくゴブリンの集団目掛けて振り下ろす。
衝撃波が地面に一筋の亀裂を生み出しながら巣へと飛び込み、変異途中だったゴブリンたちの多くをすり潰した。
しかしゴブリンたちが攻撃に反応することはなく、叫び声をあげやがて変異を始める。
「変身途中の攻撃って、物語的には外道だよな」
「言うな。俺もそれはちょっと思ったんだ」
「ま、やるんだけどな! 大刃!」
タケルから放たれた大刃が、さらにゴブリンたちの数を減らしていく。
二人の攻撃により、だいたい半数のゴブリンがただの屍となった。それでも百匹以上のゴブリンが変異したことになる。
変異したゴブリンたちがタケルたちへと襲い掛かってくる。
タケルたちも広場へと飛び出し、それを迎え撃つ。
斬り、蹴り、時に大技で、時に小技で、迫ってくる大量のゴブリンを捌きながら、確実に息の根を止めていく。
瞬く間に足元は血の海となり、ゴブリンの死体が重なり足場が無くなっていく。そんな様子に調子に乗っていたビオネスは焦りを覚えた。
「タケル、ちょっと勢いよく飛び込みすぎたんじゃないか?」
「あん? んなことねぇだろ。所詮はゴブリンだ」
「だがもう足場がないぞ」
足を動かそうとすればゴブリンの死体に当たる。それはさながら、水の中に足を突っ込んでいるのにも似た動きにくさだ。
さらに魔の悪いことに、ズシンと地面に地響きが走る。
「おいおい、あいつは――」
「お、大物じゃねぇか!」
「大物ってレベルじゃねぇぞ! デビルゴブリンっつったらレイド招集するレベルの魔物だろうが!」
二人の前に現れたのは、五メートルを超す巨体のゴブリン。真っ赤な肌はべリオルゴブリンを思わせ、その頭から生えた二本の角は悪魔を連想させる。
デビルゴブリン、ベテランハンターたちのチームが共同で当たるレベルの危険な魔物であった。
「タケル、いったん引くぞ。さすがにあいつはマズい」
「何言ってんだ。美味い得物だよ! 戦いたくなきゃ、雑魚の相手任せるぞ!」
「おい待て!」
ビオネスの静止も聞かず、タケルはデビルゴブリンに向かって走り出す。
ビオネスも追いかけようとしたが、タケルの抜けた穴からゴブリンたちが襲い掛かってくる。それの対処にかかり切りになり動けなくなってしまう。
デビルゴブリンは一人飛び出したタケルを得物と定めると、右腕を突き出した。するとその手の平に光が集まる。
光を見てタケルは即座に横へと飛ぶ。直後、タケルのいた場所を一筋の光が走り、地面の血を一瞬で蒸発させ黒く焼いた。
「甘い甘い!」
タケルはそのまま死体の上を器用に駆け抜けデビルの足元まで入り込む。そして刀を振るいその内ももへと斬りかかる。
刃はデビルの肉を薄っすらと削いだ。
傷の深さは皮一枚ほど。その先にある筋肉を斬ることは出来ていない。
だが、タケルもデビルの筋肉が異様に硬くなっていることは知っている。
だからこそ、すれ違いざまの一撃は、刃の角度を変えた三連撃となっていた。
「ぐっ」
デビルがその意味に気付いたのは、タケルが股下を通り過ぎた後だった。
肉は裂かれていないはずの内ももに感じる痛みに視線を向ければ、ももは皮膚が三角にべろりと捲られていた。
そこから滲みだした血が足を伝って土へと吸い込まれる。
「皮剥がれるのも痛いもんだろ。次はどこを剥いでほしい?」
「グァアアアアア!」
タケルの挑発にデビルは吠えた。タケルを明確な敵と認識し、再び魔法を放つ。
タケルはその光を刀身に当てて屈折させると、隙を窺っていたブラックゴブリンにぶつけ焼き殺す。
「ハハハ、仲間焼いちまってんぞ!」
駆け出しデビルの足元へと迫る。デビルは股を抜かれないように腰を落としタケル目掛けて拳を振るった。
直後、デビルはタケルの姿を見失う。
「どこ見てんだ」
声が聞こえたのは、デビルの右肩。避けた拳に捕まったタケルが、一気にそこまで移動したのだ。
デビルはとっさに声のした方を向いてしまう。
「やっぱ所詮ゴブリンだな」
その先に、切先を構え突きの態勢をとるタケルがいたとしても。
刃は的確にデビルの目を穿ち、貫通して脳を破壊する。
肉が硬くとも目や脳の硬さまでは変えられない。イズモで何度かデビルと戦ううちに気付いた、対デビル用の攻略法だった。
脳を破壊されたデビルがビクリと痙攣し、その巨体を崩れ落ちさせる。
巻き込まれないように飛び降りたタケルは、その生死を確認するまでもなく、防戦一方となっていたビオネスを手伝うために駆け出すのだった。