1-9 昇格
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ま、こんなもんか」
巣の殲滅を終えた二人の姿は対照的なものだった。
ビオネスは全身を返り血によって真っ赤に染め、肩で息をしている。対するタケルは返り血こそ浴びているものの目立った汚れは少なく呼吸も乱していない。
そんなタケルの様子に、ビオネスは畏怖すら感じていた。
前日にも、タケルの倒したべリオルゴブリンの残骸を見て戦慄した。だが、今日の戦闘はそれ以上だった。間近で見ていたこともあるが、自分が全力でやっても尚勝てないと思える相手を平然と倒しているタケルの姿は、若いころに憧れたベテランハンターの様子にも重なって見てたのだ。
「おっさんはそこで休んでな。こっちで魔石の回収はしとくからよ」
「バカ言え。若い連中に雑用任せるとか、ベテランの名が泣くわ」
雑用は新人が――そのような風習はハンターには存在しない。
雑用をしていても強くはなれない。強くなるためには多くの戦いを経験し、自身を鍛えなければならない。
そして新人が育たなければ、ベテランたちは彼らに背中を任せることができない。
故に、ハンターの中では誰でもできる雑用などはベテランが率先して行い、新人はその間に自分が強くなるためのいろいろなことを学ぶというのが基本的な考え方だった。
だからと言って、タケルも息を切らしているおっさんを片目に休むことなどできなかった。
結局二人で分担して魔石を集めていく。
ものの三十分ほどで全ての魔石を集め終えた二人は、ようやくそこで深く息を吐いた。
「全部で百九十七か」
「この魔石が全部上位種とか、袋を持ってる手が震えるぜ」
ペスに換算すれば、全てべリオルゴブリンの魔石だとすると百万ほど。そこにデビルや他の上位種の魔石のことを考えると、二百五十万には届く計算になる。
当初の目標を大幅に超えた計算だ。
しかもまだ日は高く、体力さえあればこれからさらに狩りを行える時間もある。
「どうする? もう少しやるか?」
「いや、ここら辺で止めておこう。俺の体力も心許ないし、なによりこの数はさすがにギルドへの説明がいるだろう」
昨日のべリオルゴブリンの魔石の大量売却は、それだけならばまあ偶然でぎりぎり片付けられたかもしれない。しかし、昨日の今日でさらに二百個近いべリオルの魔石が売却されたとなれば、ギルド側でも何かしら調査をする必要がある。さらに今回はレイド規模であるデビルまで存在している。
本来ならば国軍を要請するレベルの事態なのだが、それを引き起こしている原因がタケルであり、タケルが関係しない場所ではただのゴブリンの大量発生であることにかわりはない。
そのあたりのことをしっかりとギルドに報告しなければ、間違った対処がとられてしまう可能性もある。
「それもそうか。んじゃ帰るかね」
タケルが魔石の詰まった袋を担ぎ、二人は殲滅したゴブリンの巣を後にするのだった。
◇
タケルたちがギルドへと戻ってくる。ギルドの中に人影は少なく、どの窓口も空いていた。
そんな窓口の一つからミリエラが手を振っている。タケルたちは苦笑交じりにミリエラの窓口へと向かった。
「お帰りなさい、ビオネスさん、タケルさん。成果はいかがでしたか? その様子だとかなり良かったようですが」
出かける前とは打って変わってにこやかなビオネスの表情に、ミリエラは二人の成果を期待する。
「ああ。上々だ。ただ少しばかりここじゃ話しにくい事態が起きていてな。別室の用意とギルド長に面会がしたい」
「ギルド長にですか? ビオネスさんの提案であれば大丈夫だとは思いますが、少々お待ちください」
予想外の返答にミリエラは少し困惑しながらも、受付を離れ奥へと向かう。
そしてしばらくすると、手に鍵を持って戻ってくる。
「大丈夫だそうです。部屋も取りましたので、ご案内しますね」
ミリエラは受付に離席中の札を出し、タケルとビオネスを案内して二階へと上がる。
そして並ぶ扉の中の一つに鍵を差し込み扉を開けた。
中はテーブルとソファーのある簡単な応接室だ。ハンターの仕事上、特別な相手から依頼を受けたり、または直接相談する場合などに使われる部屋である。
二人もミリエラに続いて中へと入り、ドサッとソファーに腰を降ろす。
「あ、そういえばビオネスさん。昨日のべリオルゴブリンの検死結果出てますよ。ご覧になりますか?」
「ん、ああ。まあ一応見ておくか」
すでにタケルから変異の事実は聞いてしまっているが、せっかく頼んだことだからと検死結果の用紙を受け取る。
そこに視線を落としていると、ミリエラが補足するように説明を始めた。
「べリオルゴブリンとしてはいたって普通の個体だったそうです。ですがいくつか気になる点としてかなり酷い細胞と筋繊維の疲労が見られたそうです。検死官の見立てですと、放っておいても一日程度で死んでしまったのではないかと思えるレベルだとか。そんなことってあるんですかね?」
「なるほどな。まあ、あんな変異してれば無理があるのも当然か」
「なにかご存知なんですか?」
「まあな。今日の依頼で色々と分かった。まあそれは後でギルド長が来たら説明するわ。ちょっと喉乾いちまったんだが、お茶貰えるか?」
「はーい、今お出ししますね」
ミリエラが備え付けの簡易キッチンでお茶を入れる。そして二人の前にティーカップが並べられたところで、扉がノックされた。
「入るよ」
返事も待たずに扉が開く。
そこにいたのはビオネスよりも少し年を食った感じの男性。やや老人に足を突っ込んでいると言ってもいい風貌だ。
口元に蓄えられた髭が、より老けているように見せているのかもしれない。
「久しぶりだな、ビオネス。儂を呼んどると聞いたが」
そんな男はずかずかと室内に入り、二人の前のソファーに腰を降ろした。
「ああ、ちょっとばかし面倒な案件だ。処理はあんたの裁量に任せた方がいいと思ってな」
「そりゃゴブリンのことか? ビオネスが面倒となると、本格的に領主に頼まんといかんということかな?」
「いや、そっちは何とかなりそうだ。問題はこっちだな。タケル、魔石を」
「おう」
成り行きを見守っていたタケルは、言われるままに魔石の袋をテーブルへと乗せる。
ズシンと重い音が響き、テーブルが揺れた。
そこで初めてギルド長はタケルに視線を向ける。
「お主がタケルか。儂はここのギルドの長ボルドーだ。ミリエラから報告は聞いとるよ。有望な新人が来たとな。今後も活躍を期待しておる」
「ハンターとして荒稼ぎはさせてもらうさ。いつまでここにいるかは分からねぇがな」
もともとこの町に寄ったのは直近の資金を手に入れるためとゴブリンの大量発生の対処のためだ。それが済めばこの町に残る理由もない。リュネ達としても、なるべく早く次の手を打ちたいと考えるだろう。
「ほほほ、言うのう。まあ、ビオネスと一緒に狩りをできるだけの実力があるなら、大言壮語というわけでもなさそうだな。かなりの数を狩ってきたようだしの」
「こいつは今日、午前中と午後少しを掛けて狩ってきたゴブリンの魔石だ。中を確認してみてくれ」
「ふむ、どうやらこれが相談の品のようだな」
ギルド長はビオネスの反応から、自分が呼ばれた理由を即座に理解した。
そして袋の口を開き、中を覗き込む。
その眼が僅かに広がった。
「これは――まさか全てべリオルか?」
「いや、全部じゃない。だが二百近い魔石の数の内大半はべリオルだ」
「一体何があった。昨日、べリオルの死体を持ち込んだのもそれが原因か?」
「まあな」
そしてビオネスは、自分が今日見てきたことの全てを話した。
突然変異するゴブリンたち。それを引き起こしている可能性のあるタケルの力。そしてデビルの出現とその討伐までを包み隠さず全てだ。
それを聞き終えたボルドーの表情は、唖然としていた。
「それは、誠か?」
「全部俺がこの目で見てきた。もし幻を見てたってんなら、その袋に入ってる魔石の理由を俺が聞きたいぐらいだ」
「ふぅむ……試練と魔物の上級変異か。しかもデビルまで出るとなると、確かに厄介だな」
ただのゴブリンの魔石が金塊に化けるのだ。ギルドとしてもこれほど困る存在はいないだろう。
ハンターズギルドも国営企業である以上その資金運用には上限がある。もしタケルがそれを無視してゴブリンをべリオルに変異させながら狩り続ければ、あっという間にここのギルドの金庫は枯渇してしまうことになる。ギルドとしてはどう考えても不味い事態だ。
仮にこの情報が他のハンターたちにも知れ渡ったとしよう。そうすると当然ハンターたちはタケルと共にゴブリン狩りに出かけるはずだ。
周辺のゴブリンの大量発生は一気に集束するだろうが、その先に待っているのはギルドの支払い能力の限界を超えた換金依頼である。
「今このことを知っているのは俺を含めて四人、あんたらもあわせれば六人だな。場合によっては今日村の制圧に行ってる連中も何かに感づくかもしれないが、そこは知らぬ存ぜぬを通せばいいだろう」
「そうだな。となると、お前たちには口止め料を払わなければならないな。何が欲しい?」
「俺は金でいい。懐が寂しいからな。タケルはどうする?」
「ちょいと話の流れが急すぎて付いていけないんだが?」
ボルドーとビオネスの二人であっという間に話が進み、タケルには現状の何が問題なのかいまいち理解が出来ていなかった。
だがそれも仕方がないことだろう。ビオネスたちはこの国の出身であり、ギルドのあり方などを当然のこととして知っている。だが、タケルはイズモから来た。この国のギルドのシステムや、資金繰りのことなど何も知らないのだから。
タケルの言葉でそれを思い出した二人は少しだけ眉をしかめる。
「すまん、端折り過ぎたな」
「とりあえずなんか褒美をくれる代わりに、俺の力のことは黙っておけばいいってことか?」
「まあそうだな」
「なら俺も金でいいぜ。派手に稼ぐ必要がなくなるなら、暴れなくても済むからな」
「そうか。では二人には相応の金額を用意しよう。それとタケル、君のランクを三段階上げておく」
「ランク? そう言えば時々聞いたがそれなんだ?」
ハンターたちの会話の中で時々ギルドランクというものが混じるときがあった。
だがタケルは、ミリエラから詳しく説明された記憶もなく、良く分かっていなかった。
「ミリエラ?」
「あ、すみません。ゴブリン狩りを受けてくれるということで、すっかり舞い上がって忘れていました。今ここで説明してしまっても?」
「うむ、任せる」
「では僭越ながら」
こほんと小さく咳払いをして喉を整えたミリエラが、ランクに関しての説明を始める。
それによれば、ギルドのランクとはギルドの中でのハンターの地位のようなものだという。これが高ければギルドからは難しく報酬の高い依頼をまかせてもらえるし、時には優遇措置を受けることができるという。
タケルの今のランクはFであり最低ランク。ハンターとしては一人前ですらなく、見習いのような立場だ。対してビオネスのようなベテランと呼ばれるものたちはB以上のランクが求められる。
タケルに与えられる三段階アップというのは、一気に見習いから新人、一人前を超えて中堅と判断されるCへのランクアップである。
デビルゴブリンのようなレイド級を一人で狩れる時点で、実力的にはBはおろかAでもおかしくはないのだが、周囲からのやっかみなども考えてCに落ち着くこととなった。
「まあそう言うことならありがたく受け取っとくわ」
「ではギルドカードの更新を行ってきます」
「頼むわ」
ギルドカードを渡すと、ミリエラはそそくさと部屋を後にした。
それを見届け、ボルドーも立ち上がる。
「話はこんなもんかのう? 何かあればまた呼んでくれ」
「待て、あと最後に一つある」
退室しようとするボルドーをビオネスが呼び止めた。
「タケルのことを除いても、ゴブリンの数が多いように感じる。最悪、特殊環境適応魔物が発生する可能性があるぞ」
「そうか。対応を検討しておこう」
そう言い残し、ボルドーは改めて部屋を後にした。
残されたタケルがビオネスに尋ねる。
「特殊環境適応魔物ってなんだ?」
「簡単に行っちまえば、今みたいな異常事態に合わせて発生する特殊な魔物だ。今回みたいなゴブリンの大量発生だと、ゴブリンが大好物なレイド級のモンスターだな。ゴブリンだけを食ってくれるなら楽なんだが、そいつらは大抵周りにも甚大な被害を出す。だから、早めに対応を考えとかないといけないんだ」
「へぇ」
あまり興味なさそうに返事をするタケルだったが、頭の中ではふと思うことがあった。
(そんな厄介な魔物が存在するのなら、試練の対象にならないはずはない)と。
「んじゃ、俺たちも帰るか。おっと、換金を忘れないようにしないとな」
ビオネスが魔石の袋を持って部屋を出て行く。
その後を追いながらタケルは、すぐに町を出て試練としての発生を抑えるべきか、それとも町に残ってその魔物を倒すべきかの二択を天秤にかけるのだった。




