1-10 契約の保証
「ニーナ、あなたタケルのことどう思う?」
ベッドに横たわったまま、リュネはそう問いかけ得た。
問いかけられたニーナは、手に持っていた果物とナイフを皿に置く。
「どう、と言われましても知り合ったばかりですし。ただ実力は凄いと思いますよ? それにリュネ様のたくらみをデコピン一回で許してくれましたし、優しいところもあると思います」
ゴブリンの大量発生に対する対処。それを半ばだまし討ちのように受けさせたのにもかかわらず、タケルは快くとはいかないまでもしっかりとこちらの意を組んで受けてくれた。
ゴブリンの死体を見てダウンした自分を運んでくれたこともあるし、そもそも最初の出会いがなんとなく見ていて気持ちのいい光景ではなかったからという理由だ。ただ実力があるからというだけではできることではない。
自分たちの素性も知らないのに助けてくれた相手に対して、そもそも否定をする理由がない。
強いて言うとすれば、もう少しデコピンを弱くしてほしいぐらいだ。
ニーナからの感情は、概ね良好と言っていいだろう。
だがリュネが聞きたかったことはそうではなかった。
「そんなのは私も分かってるわよ。そうじゃなくて、男としてと言うか、恋人にするならというか、そんな感じのことよ」
「え、もしかしてリュネ様、タケルさんに惚れちゃったんですか!?」
「なんでそうなるのよ!」
ぼふんと投げつけられた枕がニーナの顔を埋める。
柔らかく温かい羽毛の枕からは、リュネの愛用している石鹸の臭いがした。
「え、ではなぜそのようなことを?」
「私たちはタケルの実力を知ったわ。そして今、タケルが私たちに協力してくれるのは、ただの成り行きに近いところがあるでしょ。契約したとは言っても、書面もないし報酬も成功払い。こんなのいつ切り捨てられてもおかしくないのよ」
「まあ、確かにそうですね」
そもそも今の活動費すらタケルが稼いでいる状態である。
リュネ達は簡潔に言って完全なお荷物である。武者修行の旅をしていると言っていたタケルにとって、これほど邪魔なものはないだろう。
「だから私たちは、タケルに捨てられないような努力をしなくちゃいけないの!」
「はぁ……」
言いたいことは理解できるが、それがなぜ最初の質問に繋がるのかをいまいち理解できないニーナは、曖昧に返事を返すことしかできなかった。
「だー! かー! らー! タケルを繋ぎ止めるようなものを私たちが用意しなくちゃいけないってことでしょ!」
「とは言われましても、私たち何も持っていませんよ?」
「あるでしょうが! あんたのその無駄に膨れ上がった脂肪が!」
ベッドから飛び上がる様に起き上がったリュネが、ツカツカとニーナの元へ歩み寄り、その胸目掛けて手を振り下ろす。
平手によって弾かれたニーナの胸がたゆんと大きく揺れた。
「こんな立派な武器持ってて、何も持ってないなんて言わせないわよ!」
「んな!? 私に姦計の真似事をしろって言うんですか!? 私だって男爵家の血筋ですよ!? そんなことできるわけないじゃないですか!」
「別に姦計をしろなんて言ってないわよ。だからタケルのことをどう思うかって聞いたんじゃない。いい感じなら、私も協力してタケルをニーナに惚れさせようと思ったのよ。男爵家なら婿を取るにも大層な爵位入らないし、私に協力して国の危機を救ったとなれば子爵か男爵位ぐらいは与えられるでしょ。私が直接篭絡できれば一番いいのかもしれないけど、タケルの反応的にそれは難しそうだしね!」
自虐するように、リュネはほぼ垂直な自分の胸を撫でる。
「むぅ……言いたいことは分かりましたけど、やっぱり結婚とかはちょっと……それに篭絡して関係を続けようって言うのも、なんだから不誠実な気がします」
ゴブリンの際も、ちゃんと相談しろと言ってくれた。
その舌の根の乾かぬ内から姦計のようなまねごとをするのもニーナには憚られた。
「ちゃんと相談しましょうよ。そうすればタケルさんも色々と案を出してくれると思いますよ?」
「むむむ……良い案だと思ったんだけどなぁ。最初タケルに半分冗談で報酬はニーナだって言ったときもけっこういい反応返ってきたと思ったし」
「半分!?」
リュネは動揺するニーナから枕をひったくると、再び自分のベッドへと戻りダイブするように倒れ込むと、枕に顔を埋めてしまった。
「ちょ、ちょっとそれどういうことですか!? 半分本気だったんですか!?」
「あー、あー、きこえなーい。なにもきこえなーい」
「ちゃんと聞こえてるじゃないですか! 私の質問に答えてくださいよ! リュネ様! リュネ様!」
「すかー」
「嘘寝入り下手すぎませんか!?」
布団へと引きこもるリュネと、そこから引っ張り出そうとするニーナの攻防は、タケルが帰ってくるまで続くのだった。
◇
「ハハハハハ! 一日で二百万稼いでやったぞ!」
バンッと勢いよくドアを開けリュネ達の部屋へと入る。
正確には二百万どころか、口止め料を含めれば四百万以上をタケルは一日で稼いでいた。流石に全部持ってくるのは重すぎるし意味もないので、持って帰ってきたのは宿への支払い分である二百万だけだが。
そんな二百枚の金貨の詰まった袋を掲げるタケルが見たのは、リュネから必死に布団を引き剥がそうとするニーナの姿だった。
「お前ら何してんの?」
「あ、タケルさん、お帰りなさい」
「丁度いいところに帰ってきたわね、タケル。ちょっと聞きたいことがあったのよ」
「あ! リュネ様何事もなかったかのように!」
リュネがもぞもぞと布団から這い出しベッドの縁に腰かける。
ニーナは二人の争いで皺くちゃになった掛け布団を、ため息を吐きながら折りたたむ。
「んだよ、またなんか問題か? ハンター側もちと面倒なことになりそうなんだけど」
「あら、そうなの?」
お互いに話したいことがあり、時間も夕食時ということで、三人は食事をしながら話をすることにした。
ホテルのスタッフに今日の夕食は部屋でとると伝えると、数名のスタッフがやってきて手早くテーブルのセッティングをしてくれる。
最高ランクの部屋に泊っているだけあって、その程度のサービスは造作もないことだった。
綺麗なクロスの敷かれたテーブルに料理が並び、グラスにワインが注がれていく。
「それで、そっちの話って何なんだ?」
「あんまり人がいる場所で話すことじゃないのよ。そっちから先に聞かせてもらえるかしら?」
人払いをして食事の流れを止めるのも野暮だと、リュネはタケルの話を優先した。
タケルもそれに頷き、今日のギルドで話し合ったゴブリンの問題や口止め料、ランクアップやエクストラ・モンスターのことを伝えていく。
リュネ達もランクアップやギルドからの措置のことは予想していたため大きな驚きは無かったが、エクストラ・モンスターの話題が出ると表情を厳しくした。
「特殊環境適応魔物。対処が遅れたツケが回ってきたってことね」
「ゴブリンの大量発生に来るエクストラ・モンスターは、一般的にはレイド級のゲイル・イーターだと言われていますけど」
ゲイル・イーターは嵐と共にやってくると言われている大怪鳥だ。
その翼幅は三十メートルを超え、竜巻を使って得物を空へと持ち上げ丸飲みにすると言われている。
ゲイル・イーターが町まで来てしまえば、大量の人間がなすすべもなく食われることとなるのだ。
対処方は基本的にバリスタや大砲で撃ち落とし、落下したところを兵士たちが数で押し込む形になる。それでも相応の数の死者は発生するため、町の被害は計り知れないものとなる。
「タケルがその場に居合わせることになれば、もう一ランク上の存在が来ると想定したほうがいいってことよね?」
「そうだな。神威の試練がこの機会を逃すとは思いにくい」
「そのワンランク上なんて何が来るか予想ができないわね。」
レイド級の時点で人智を超えた存在であるのだ。そんな存在が進化したとなれば、止められるものはいないようにも思える。
「んで相談なんだが、そのレイド級が発生する前にこの町を出るかどうかだ」
「あー、なんとなく言いたいことは分かったわ」
リュネはタケルの提案の意味をすぐに理解した。
「つまりはワンランク上のレイド級を被害込みで倒してから移動するか、ハンターに任せることで、ゲイル・イーターを進化させずに被害を押さえるかって話でしょ?」
「そうだ。俺の爺さんは超えられない試練はないってよく言うが、それは被害を出さないってわけじゃない。最悪町が滅んでも、俺が魔物を殺すことができればそれは試練を超えたことになっちまう」
それが試練の厄介なところだ。周りへの影響は考えられておらず、あくまでも個人の試練として神威の試練は立ちはだかる。
だから最悪、町が滅び、仲間が全滅し、大陸が海に沈み、どう考えても敗北だという状況ですら、試練の対象者さえ生きていれば神威的には試練の突破ということなのだ。
「なるほど、逃げるという手もありにはありなんですね」
「まあな。んで、話は戻るわけだが、逃げるか立ち向かうか。一応雇い主だからな。ロリっ子の判断を聞いておこうと思ったわけだ。戦えばただじゃすまない可能性もあるからな」
「難しいところね。国としては被害を出さずに納めたいところだけど、両方の選択も被害が出る可能性はある。問題はリスクよねぇ」
パクパクと並べられた料理を食べながら、リュネは悩むように唸る。
「逃げるんなら明日にでも出発するべきよね?」
「まあな。早い方がいいに越したことはない」
そしてちょうどスタッフが全員部屋から掃けたところで答えを出した。
「よし、じゃあ明日この町を出ましょう」
「いいのか?」
リュネの性格的に戦う可能性を想定していたタケルは、きょとんとした顔で問い返してしまう。
「ええ。正直そろそろ私たちの追手の方も気になってるのよ。宿で結構派手に騒いじゃったし、追手が私たちの居場所に気付いていてもおかしくないと思わない?」
「ああ、それもあったか」
「追手が本気で動けば、ここまで一日もかからないでしょうし、そろそろ移動しないとと思ってはいたのよ。せめてゴブリンが一段落付いたところでと思ってたんだけど、仕方ないわね。まあ、もしかしたら追手の部隊がレイド級とぶつかってくれるかもしれないしね。それを期待しましょう」
特務隊とは言え王国の正規兵だ。万が一レイド級の発生が確認されれば手伝わざるを得ない状況になってしまう。
実際問題としてそんなうまくいくとは思っていないが、町を出る理由の気休めにはなる。
「お前らの話ってそのことだったのか?」
「いえ、それ違うわよ。こっちの話題は、タケルを逃さないようにするにはどうすればいいかってこと」
「俺を?」
タケル側の話題が一段落したところで、今度はリュネ達の話題となった。
それの全容を聞いてタケルは首を傾げる。
「ギリギリまではおんぶにだっこでいいんじゃねぇの? 人間関係で困ったらそっちに頼むことになるだろうし」
「けど私たちが不安なのよ。預けられるものが何もないって言うのは」
「つってもなぁ」
タケルとしても、何もない相手から何を貰えばいいかなど思いつくはずもない。
腕を組んで考えてみるが、特に欲しいと思えるものもなかった。
「ニーナの体をとも思ったんだけど、ニーナに拒否されちゃったのよねぇ」
「当たり前ですよ!」
「俺もそんなの貰ってもなぁ」
「そんなのって何ですか! 私のどこが不満なんですか!」
「いや、どっちなんだよ」
ニーナ・メイドゥディウス十七歳。拒否されるとそれはそれで傷つく難しいお年頃である。
「まあこれも後々だな。今パッと思いつくもんでもねぇし、旅をしてる間になにかして欲しいことが思い浮かぶかもしれねぇし」
「それしかないわねぇ。とりあえずニーナの体を予約って感じにしましょう」
「私の扱い雑すぎません!? ここまで二人で一生懸命逃げてきたのに!」
「何言ってるのよ! 王家の姫と男爵の娘、二人の命の対価なのよ! お金にすればどれだけの金額が動くと思ってるの!? 王都の花街の最高級娼婦が束になっても敵わないほどの金額が、今のニーナの体の価値なのよ! もはや国宝よ!?」
「私が――国宝――」
「そこ流されんのかよ。しかし国宝の体とか聞くと、さすがにちょっと興味がわくな」
「ひっ!?」
タケルの言葉にニーナは全力で部屋の隅まで逃げて行った。
流石にそこまでオーバーなリアクションをされるとは思っておらず、タケルも驚いたようにポカンと口を開けてニーナを見る。そして両手を上げて冗談だと告げるのだった。




