2-14 新たな出発
王国の奪還から二ヶ月が経った。
その間、リュネは国政を取り仕切りつつ、イブリスによって理不尽に入れ替えられた王族派の大臣たちの復帰などを行い、国の安定化を行っていた。
毎日が嵐のように忙しく、次々と上がってくる報告に目を通す毎日。イブリスが主導して行っていた政策などは、なにが隠されているか分からないため、すべてチェックのし直しすら強いられていた。
リュネの姿は目に見えて疲労し、化粧で隠してはいても隠し切れない目の下の隈や、やつれたホホなどにニーナが不安そうな表情を浮かべることも少なくなかった。
そんな中、最初に自我を取り戻したのは、予想通り第二王子だ。
王族の中では一番後に洗脳を施されており、重要な仕事も少なかったため、自我を押し込まれてイブリスから命令を受けることや仕事を任されることが少なかったのが要因だろう。
自我を取り戻した第二王子は、自分の不甲斐なさに深く落ち込み、そして父たちの状態を知ってさらに悲しみに暮れていた。
だが、リュネがそんなことは許さなかった。
ただでさえ忙しくてボロボロになっているのに、復活した王子たちまで腑抜けになっていたとなっては、何のために今頑張っているのか分からなくなる。
第二王子の様態を医者から聞いたリュネは、足早に王子の部屋に入ると落ち込む王子の頬を張り飛ばし、さっさと仕事をしろと側近たちに持ち込ませた書類の山を叩きつけてさっさと自分の仕事に戻っていったのである。
その姿に第二王子は唖然とさせられながらも、王子の側近たちからリュネの仕事ぶりを聞かされ、自らも失態を取り戻さんと書類の山へと向かうようになった。
仕事に没頭することは自分の失態を忘れられる時間でもあったのだろう。王子の働きっぷりもリュネに負けず劣らず、おかげでリュネ一人にのしかかっていた負担はだいぶ軽減されることとなった。
さらに二か月をする頃には、第一王子も自我を取り戻し、王も完全ではないものの、なんとなく自意識というものを持ち始めていた。
クルレント王国は半年ほどかけて、ゆっくりとその姿を元に戻していったのである。
ではその間、タケルは何をしていたのか。
一言で言ってしまえば、リュネの護衛を続けていた。
基本的にはリュネとともに行動し、有事に備えるというのがタケルの立場だ。宰相派だった貴族たちからの動きも懸念されたためである。
だが、クルレント王国の最強騎士であるはずの八竜をたった一人で制圧し、あまつさえその実に神を下ろして王都に神々の戦いを見せた張本人である。
いくら自分の権力が侵されるからとはいえ、そんな化け物が守る相手に何かをしようとするものはいなかった。というよりも、実行しようとするものがいなかった。
おかげでタケルは、リュネとは変わってかなり暇な毎日を過ごしていた。
リュネが書類と格闘する隣で瞑想し、ニーナの紅茶を嗜み、たまに訓練で刀を振るう。
正直に言ってしまえば暇だった。
「言いたいことはわかってるから、その無言の圧力がある視線をやめてもらえないかしら?」
「暇だ」
「口にすればいいってもんじゃないわよ! というか、暇なら手伝いなさいよ! 私この半年だけで四キロも減ったのよ!? 王族の私がやつれるとかどういうことよ!」
ダンダンとなんども執務机を叩きながらリュネは抗議の声を上げる。
それに答えたのは、新しい紅茶を入れなおしていたニーナだ。
「でも落ち着いてきましたよね? そろそろすべての仕事が王子様たちに譲られるのでは?」
「まあそうなんだけどね」
二人の王子が復活し、王もあと数か月もすれば執務が行えるようになるだろう。今のリュネに与えられている仕事は、ほとんどが雑用まがいの承認チェックである。
リュネ自身も、そろそろ政務からは手を引くべきだと考えていた。
「とりあえずお父様も大丈夫そうだし、上兄さまが落ち着いた時点で完全に政務から手を引くわ。いつまでもしがみついていると、またなにか言われそうだしね」
女がましてまだまだ子供であるリュネが政務を行うということに内心反発している大臣たちも多かった。だが、ことがことだけに王族しかできない承認などをリュネに任せるしかなかったのがこれまでの現状だ。それも打開された今、リュネがいつまでも政務を行う理由はない。
同時に、臨時大臣として就任していたモズドワルドもその職を辞するタイミングであった。
「一度モズドワルドと相談して、引継ぎのタイミングを決めるわよ。そうしたらバカンスでも行きましょうか」
「いいですねバカンス。泳げる海とか行きたいです。前に行った海では、追いかけられて溺れかけましたから」
逃避行の果てに行き着いた海は、ある意味タケルと巡り会えた運命の海ではあるが、泳げる海ではない。
「そうね。けど、うちの国に泳げる海岸とかあったかしら?」
「あまりいい場所はありませんね。リュネ様がくつろげるとなると、難しいかと」
クルレント王国は大陸の東に位置する大きな国家だ。そのため、国の東には海岸が続いている。しかし、その先の海は荒れていることが多く、海岸沿いはほとんどが崖だ。
砂場の広がる海岸もあるにはあるが、少ない場所に多くの人が集まっているため、王族のバカンスを兼ねるとなると安全面からして難しい。
「となると、海外しかないわね」
「セオレントですか?」
「あそこの海はきれいだしね」
セオレント都市連合共和国。クルレントの南に位置し、大陸の南海岸を持つ都市国家群だ。
その都市の一つに観光を主力産業としたモンティコルという都市国家がある。サンゴ礁の広がる遠浅の海岸が売りであり、マリンスポーツの大会なども多く行われている場所だ。
観光で売っているだけあり、そこには貴族のための専用海岸なども用意されているため、王族のリュネでも安心してバカンスを楽しむことができるわけである。
「あとは次期ですけど、まだ大丈夫でしょうか?」
今はすでに八月のシーズンを過ぎて九月に入ってしまっている。海の水が冷たくなってくると、バカンスも楽しめない。
「あそこなら九月の終わりまでは大丈夫だったはずよ。けどあまり余裕はないわね。よし! ちょっとお兄様に相談してくるわ! タケル! 行くわよ!」
「はいはい」
「行ってらっしゃいませ」
リュネはタケルを引き連れて、第一王子の元へと向かったのだった。
◇
「なるほど、海に行きたいと」
「ええ、そうよ! いい加減私にも休暇は必要だわ!」
「まあそれは否定できないね」
第一王子、スピリス・フィー・クルレントはその風貌から想像できる通りの優し気な声音で答える。
「とりあえず国政はひと段落しているし、お父様の回復も順調だ。まだ足りていない部分もあるけど、確かにリュネにこれ以上国政を任せるのも問題か。護衛はどうするんだい? まだ八竜の後任も決まっていないよね?」
タケルによって蹂躙された八竜のメンバーは、追放されていた三人を呼び戻しただけで、ほかのメンバーは誰も決まっていない。王族の護衛となれば、当然八竜の誰かがつくものなのだが、荒れてしまった王国の防衛としては国外に出すのも厳しい。
だがそこはタケルがいる。
「タケルがいれば十分よ。お兄様は実際にその力を見てないから理解しにくいかもしれないけど」
「話は聞いているよ。リュネの雇った護衛だろ? けどその契約って大丈夫なの?」
「なにが?」
「ニーナからの報告を見たけど、その傭兵との契約って王国を取り戻すまでだよね? もう取り戻しちゃってるけど、契約自体は切れてるんじゃないかな?」
「そうなの!?」
リュネは驚いたように振り返り、壁際に控えていたタケルを見る。
タケルはそれに一つうなずいた。
「まあな」
「ならなんでまだ護衛してくれてるの!? もしかして私の美貌や智亮に惚れちゃった? けどごめんなさい、私は王族だからタケルとは結婚できないの」
「なんで告ってもねぇのに振られたみたいになってんだよ。俺は報酬をもらうまでは離れられないだろうが」
「あ……」
「おい、忘れてたろ」
「そ、そんなこと――ないわよ?」
ツーっとリュネの視線が明後日の方向へとずれていく。
「こっちの目を見て言ってみ?」
「と、とりあえず報酬はもうすぐ準備できると思うわ。基本は金銭になるけど、ほかに希望とかある?」
「特にねぇな。金があれば物は揃えられるだろうし」
「ならお金だけ用意しておくわ。と、いうことよお兄様」
「なにも解決してないね。じゃあタケル、私からの提案だ。もう一度リュネの護衛として雇われてみないか? 今度は緊急なものではないので、正式な契約書も用意しよう。それとももうどこか行く当てを決めてしまったかな?」
「特に何も決めてませんので、護衛依頼でしたら引き受けますよ。これともなんだかんだ腐れ縁になってますからね」
「ありがたい。では後ほど、正式に契約書を作らせよう。それとリュネ、バカンスに行くというのは悪いが中止だ。君には公務としてセオレントに行ってもらいたい」
「公務?」
リュネが首をかしげると、スピリスは書類の山から一枚を引き抜きリュネへと手渡す。
そこに書かれていたのは、クルレント王国との同盟及び、友好関係構築のために王族を派遣してほしいという要望書だった。
「セオレントとはもう同盟してたはずよね?」
「不可侵はね。今回はそれを発展させて軍事同盟として互いの国家防衛に協力をしたいと申し出てきた。多分イブリスがやっていた軍の強化を知って動いたんだろうね。あそこは都市国家だからどうしても連携の面で王国や帝国よりも弱さがある」
「お金と市場が欲しければ真っ先に狙う場所だものね」
その分セオレントは金銭的支援を基盤として複数の国と軍事同盟を締結している。その一つにクルレントを含めたいという要望だ。
「お兄様としてはどうするつもりなの?」
「断る理由はないよね。特に足元を見られているわけでもないし、軽く調べた感じほかの国と同じような内容での同盟を希望してる」
「じゃあ締結する方向で進めればいいのね。それのついでにバカンスもして来いってことでしょ」
「そういうこと。ただの息抜きだとやっかまれる可能性もあるから」
今の今までリュネがどれだけ頑張ってきたかを考えれば、バカンスにするのが当然なのだが、自分が働いている最中に他人が休むだけでも何かといってくる面倒な輩はどこにでもいる。
その者たちを黙らせるための理由付けだ。
「分かったわ。じゃあ会談場所をモンティコルに指定して、適度に楽しませてもらうわね!」
「うん、国は僕たちに任せて、リュネはしっかり休んでおいで」
瞳を輝かせるリュネに、スピリスは笑顔で頷くのだった。
◇
それから三日。あわただしい準備を経て一台の馬車が王城から出立する。
その馬車にはしっかりとクルレント王国の紋章が刻まれており、その馬車に乗る貴人の身分の高さを証明していた。
「リュネ様、海水浴楽しみですね。私新しい水着買おうと思ってるんです」
「もちろん私もそのつもりよ。あそこは流行の最先端でもあるしね」
「それに去年の水着はもう着れませんからね」
「え?」
リュネの視線が自然とニーナの胸元へと向けられた。
ほぼ半年をかけた逃避行に、王都に戻ってからの激務。それを経てなおニーナの胸はたくましく成長をしていたのだ。
対するリュネは――
「ニーナはさらしでも巻いとけばいいんじゃない?」
「リュネ様!?」
「うっさいわね! この乳だけ女! 遺伝なの!? 親の力なの!? 私の親だって金も土地も権力も掃いて捨てるほど持ってるわよ!」
だが悲しきかな、王族の血にはつつましやかな胸の女性が多かった。
外から嫁としてきた者たちには、当然強力な|女力≪めぢから≫を持った者たちもいたが、生まれてくる子たちはそろって王族の血を受け継いでしまっている。
「外の血が淘汰される。この血の強さが恨めしい」
拳を握りしめるリュネとその様子におどおどするニーナ。
その正面で二人を見ていたタケルは、そののんびりとした光景にあくびをするのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この作品はいったん完結とさせていただきます。
またどこかで自分の作品を読んでいただく機会がありましたら、よろしくお願いいたします




