2-13 何のために剣を振る6
感動の再会もつかの間、タケルたちは王城のとある部屋の前へとやってきていた。
「タケル、お願い」
「あいよ、開けるぞ」
リュネの頼まれ、タケルがゆっくりとそのドアを開ける。
そこにはぼんやりとした様子で椅子に座っている一人の男性がいた。
視線は虚ろであり、タケルがドアを開けたことにも気にしていない、いや気づいていない様子だった。
リュネは室内へと足を踏み入れ、その男性の前に立つ。
「お父様」
リュネにそう呼ばれた男、アバラ・フィー・クルレントはその虚ろな視線を僅かに反応させ、リュネの方を見た。そしてその視点が次第に定まってくる。
「お……おお…………ロンネフェルトか」
「お父様、大丈夫ですか?」
「私は……私は……イブリスはどこだ?」
「もう大丈夫です。今はお休みください」
「そうか……つかれた。休ませてもらう」
そう言い残しアバラはゆっくりと目を閉じる。そしてすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
即座に待機していた医師がアバラの様子を確認し、命に別状がないことを告げる。
ただ長い間の洗脳によって自意識がはっきりとせず、酷く憔悴している様子とのことで、しばらくは休養が必要になるとの判断だった。
リュネの指示により、アバラは私室のベッドへと静かに移動させられる。同時に、他の兵士たちによって第一王子、第二王子も保護され、同じようにベッドへと運ばれた。
そして王城の中でも比較的後期にイブリスの洗脳を受け、指示に従っていた者たちを集め、自分たちがどのような状態にあったのかを説明する。
まだ自意識がはっきりしていた者たちは、そのことをすぐに受け入れた。というよりも、洗脳してすぐはまだ自意識と行動の矛盾により違和感を覚えていたそうだ。
それが次第に自意識が弱まり、アバラや王子たちのようになってしまうという結論が聞き取り調査から判明した。
深い洗脳状態にある者は、イブリスの指示を聞くだけの人形であり、自意識は心の底へと完全に封じ込められてしまう。人は使わない機能を退化させてしまうため、洗脳が解けた後も自意識の薄いままになってしまっているという結論となった。
だが、日常生活や他人との会話を続けることで、次第に自意識は回復するだろう。それが王族医師たちの出した結論だ。
「つまりしばらくは私が指揮をとらないといけないわけね」
唯一無事な王族はリュネだけだ。結果的に、今この国全ての人間に指示を出せる立場の人間はリュネだけということになる。
「まあいいわ。しばらくすればお父様たちも元に戻るだろうっていう話だし、それまでは私が代理の王としてこの国に立ちましょう。みんなもそれでいいわね?」
謁見の間へと集められた家臣団に問いかける。洗脳されていた大臣たちに当然反対など出来る筈もない。ただ深く頭を垂れ、リュネの言葉に従うだけである。
そしてその場で暫定的なリュネ政権が誕生した。
当然国政を深く知らないリュネ一人で王の務めを果たすことなどできない。そこで一時的にモズドワルドが宰相位に付き、王の復帰までサポートすることが決定する。そのほかにも復帰に時間がかかりそうな大臣職に変わりを添え、日付が変わるころまでには何とか政権の形を作ることが出来た。
謁見の間から戻ってきたリュネは、自らの私室に入ると深くため息を吐く。そしてそのままソファーへと倒れこむ。
「疲れたわ……どいつもこいつもまもとに発言すらしない。ほとんど私とモズドワルドで決めることになったじゃない」
そんな愚痴に答えたのは、ずっと私室で待機していたニーナである。
「仕方ありませんよ。大臣の皆さんもほとんど洗脳されて、宰相にいい様に使われていたんですから。このタイミングでリュネ様に意見なんて普通に考えれば無理ですよ」
「そこで気概の一つでも見せて欲しいのよ」
出された紅茶を一口。そして口添えのクッキーを二枚重ねて放り込む。
「もう、そんな食べ方ははしたないですよ」
「いいのよ。ここには三人しかいないんだから」
リュネとニーナ、そして当然三人目はタケルだ。
タケルはリュネが戻ってくる前からずっと、壁際の兵士が待機する場所に立ち、一言もしゃべらずにいる。その姿はまるで、熟練の護衛兵だ。
「タケルも食べる? このクッキー美味しいわよ?」
「あ、タケルさんなら寝ちゃってますよ」
「は?」
ニーナの答えに、リュネは驚いた様子で壁際のタケルを見る。
直立不動。微動だにせず、舟をこぐような様子もない。だがよく見れば、前髪に僅かに隠れた瞼はしっかりと閉じていた。
「よくあんな姿勢正しく寝られるわね。というか何時からよ」
「二時間ぐらい前からですね。このクッキーの味見をしてもらって、少しお話してたんですけど、眠くなったから寝るって言ってそのままです」
「はぁ!? この私が必死こいて会議してる最中にぐっすりおねんねしてたわけ!?」
「まぁ、そう言うことですかね。あ、でもタケルさんは今日すっごく頑張ってくれたじゃなですか?」
「私だって一日中頑張ってたわよ! 雇い主が起きてる間ぐらい起きてなさいよ!」
リュネは勢いよく立ち上がると、立ったまま眠り続けるタケルに向かって勢いよく駆け寄る。そして勢いのままに飛び上がり、タケル目掛けて蹴りを放った。
だがその蹴りは、眠っているはずのタケルによって受け止められる。さらに、くるりと体を回され、腕の関節を決められた。
「ちょっ!? 痛い痛い!! 雇い主攻撃してどうするんのよ!」
「りゅ、リュネ様!? 大丈夫ですか!?」
「全然離してくれないんだけど!?」
「えっと、どうすれば……タケルさん、さっきから何度か声かけてるんですけど、全然起きないし」
「ニーナもタケルに攻撃しなさい! そうすればきっと私は逃げられるわ!」
「それ私が捕まりませんか!?」
「捕まる前に対処すればいいのよ。ほら、武器とか使ってもいいだろうし!」
「そ、そうですね。では!」
ニーナはソファーに置いてあったクッションを手に、恐る恐るタケルへと近づく。そしてクッションを振り上げた瞬間、目にも止まらぬ速さで動いたタケルによってリュネともども関節を決められる。
「すみません……捕まっちゃいました……」
「何やってんのよ! 離れたところから投げればよかったじゃない! 二人とも捕まっちゃってどうすんのよ!」
「えっと、起きるの待ちます?」
「にゃー! タケル! 起きなさイタイイタイイタイイタイ!」
タケルを起こすために暴れようとするリュネは、再び関節を締められ悲鳴を上げるのだった。
◇
タケルは夢を見ていた。
それは夢というにはあまりにも生々しく、鮮明としていた。
その夢はとある男の一生だった。
イズモの小さな家に生まれ、近所の道場へと通い、慣例に従って国を出て旅を始める。
慣れない旅の中、仲間たちと協力し合って道を進み、強敵とあって苦戦し、勝つことで力を得る。
男は強敵に勝てることが嬉しかった。だが仲間はそうではなかった。
それは元来の意識の差だったのだろう。
男が強くなることを目的に旅に出たのに対して、仲間たちはただ見分を広めるために旅に出ていた。
次第に仲間たちとの溝は深くなり、そして最後には決別した。
仲間たちはイズモへと戻るため道を進み、男はより強さを求めて大陸を進んだ。
男の剣術は、仲間との連携を前提としたものだった。これまでの旅も、仲間との分担を前提としたものだった。それ故に、男の旅と戦いは大きく変わった。
最小限の物で旅を続け、一人で戦うためにこれまでの戦術は役に立たない。
これまで苦戦すらしなかった相手に苦戦し、乏しく不味い食料をかじる日々。
だがそれでも、男の心の中には満足感があった。
それはなぜか――
強くなっているからだ。
苦戦していた敵を容易に屠れるようになった。仲間を必要とした道場の剣術は、実践の中で個人で戦うための剣術へと変化した。
そしてとある魔物との戦いで「纏わせ」を知った。
事象現実化。その力は男を魅了し、神威の深奥へと目指し更なる修行に励んだ。
何時しか男は大陸に名を轟かすほどとなった。挑む側から挑まれる側となり、それでも上を目指し続けた男にはやがて敵と呼べるものがいなくなった。
男は満足していた。自らの強さが自らの想像を超えたことに。
だが同時に、どこか空虚なものも感じていた。
こんなものなのかと。自分の憧れた姿は、これだったのかと。
そんな悩みを抱えながらも男は旅を続け、そして彼に出会った。
彼は夢を描いていた。大望を抱いていた。
男は彼の夢見る姿に惚れ込んだ。そして同時に自分の使命を理解した。
自分の剣は、誰かの夢のためにあると。
「これは――」
どこか紙芝居を見るようなイメージで、タケルの眼前で繰り広げられる光景。
男の一人称で語られる物語は、間違いなくシンゼンのものだろう。
「そうだ。俺の過去だ」
タケルが振り返ると、シンゼンがいた。戦いの怪我などはなく、五体満足の様子のシンゼンは、両手を左右の袖に入れたままタケルの隣へと立つ。
「これは俺の夢だ。けど、俺の知らないことを見ている。どういうことだ? 俺の妄想か?」
「否。これは間違いなく俺の過去。お前が背負った神の名と共に継がれた、俺の記憶だ。そして俺もな」
「記憶」
「神は試練を与えたものの一生を見届ける。そしてその一生を大切に保管する。だが保管する神が討たれた時、その神の記憶は討ったものへと継がれる」
「俺の神が引き継いで、俺がそれを背負ってるわけか」
胸元、そこに刻まれた名を指で撫でる。
「そうだ。そしてお前は強くなる」
「強く?」
「背負うのだ。記憶も経験も、俺の人生全てをな」
「そう言うことか」
全てを背負う。それは文字通り全てをだ。
シンゼンが経験してきた戦い、想い、そしてその剣技。それが今、タケルの中へと流れ込み、タケルの記憶と経験として受け継がれる。
その結果生まれるのは、二人分の人生を背負った存在だ。
「あんたの流派は?」
「見ていただろう。俺の流派はもはや独立したものだ。名はない。お前の実利流に近いものではあるがな」
「戦いに最適化された剣技だからな。けど実利流とは別物だ。名がいるだろ」
「ではシンゼン流としようか。俺の人生が生み出した流派だ」
「そうか。もらうぜ、シンゼン流」
「それでいい。俺の剣を貴様に託す」
そう言い残し、夢の中のシンゼンは消える。
そして紙芝居も終幕を向かえると同時に、全てが暗転した。
◇
目を開けると、なぜかリュネとニーナがひっついていた。
「お前ら、なにやってんだ?」
「やっと起きたわね、この馬鹿」
「タケルさん、離してください……」
「んあ?」
そしてタケルは、ようやく自分が二人の関節を決めていることに気付く。
パッと手を離すと、二人は慌てたようにタケルから距離を取り、掴まれていた手をようやくかといった様子で撫でていた。
「寝てる間に俺にちょっかい出したのか?」
「リュネ様がちょっと飛び蹴りを」
「あんたが寝てるのが悪いのよ! なんで雇い主をほっぽって寝てるのよ!」
「悪かったな。こっちも色々整理が必要だったんだ」
素直に謝ると、ニーナが不思議そうに首を傾げた。
「タケルさん、少し雰囲気変わりました?」
「あー、かもな」
シンゼンの人生の経験、それは確実にタケルの中に変化を生み出していた。
次話で二章は終了となります。三章はどうするか未定




