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2-12 何のために剣を振る5

 大広間を抜け、王の居住区へと入る。

 造りは、これまでとさほど変化はない。違いがあるとすれば、道が分かりやすくなった程度のことだろう。

 ここは王の私生活の場であり、ここまで敵の侵入があることは想定されていない。大広間が最後の砦として、それより先に進まれた場合はすでに王国の陥落と判断されている。

 つまり今、タケルはたった一人で王国の陥落を行ったと同義の状態になっていた。

 そんなことを知る由もなく、タケルは頭に叩き込んだ地図を頼りに廊下を進む。

 そして一枚の扉を蹴破った。

 中に控えていた兵士たちの視線がタケルへと集中する。だが、誰も動こうとはしない。必死に剣を構えてはいるが、その切っ先は素人かと思うほどに震えていた。

 そんな兵士たちの先に、豪華な服を纏った男。


「あんたが宰相のイブリスか?」

「いかにも。私がイブリス・レックルードである。貴様は何者か」

「スオウタケル。リュネの傭兵だ」

「やはりか……シンゼンはどうなった」

「死んだよ」

「そうか」


 イブリスとタケルの視線が正面からぶつかる。そして少しの沈黙の後、イブリスは深いため息を吐く。


「無駄……なのだろうな。シンゼンにも私の洗脳は通用しなかった。どうやら私の野望はここまでのようだ」


 イブリスが片手で合図を出す。すると周りにいた兵士たちは剣をしまい退室していった。

 残ったのはイブリスとタケルの二人だけ。


「後少し、後少しで全てが整ったというのに」

「なんで王国を支配しようと思ったんだ? もっと楽なやり方はいくらでもあったはずだ」


 シンゼンと出会うまでは興味の欠片もなかった話だ。だがイズモの傭兵、シンゼンがその剣をささげるほどにイブリスの信念は強かったはずだ。

 だからこそ興味が出た。なぜ王国を支配しようとしたのか。

 話を聞く限り、イブリスの洗脳の力はかなり強力だ。その力を使えば、もっと旨味だけを啜ることもできただろう。仕事などしなくても、適当な貴族から破産させるまで貢がせることもできる。いい女を好きなだけ抱くこともできる。わざわざ自分が王に成り代わろうとしなくとも、楽して贅沢をする方法はいくらでもあったはずだ。

 だがイブリスはそれを選ばなかった。王国を支配し、自らが王国の采配を行おうとしていた。

 権力や肩書を望んでいた。そう言われればそれだけのことかもしれないが、それだけではシンゼンが剣をささげることなどなかっただろう。


「ふっ、今から殺す相手のことなどを気にするのか」

「俺はシンゼンとあいつの神の名を背負った」


 そう言ってタケルは襟元を少しめくり、自らの体に刻まれた神の名を見せる。


「背負った以上は知っておく義務がある。シンゼンが何に剣をささげたのかを」

「イズモの矜持というやつか」

「つい今しがた知ったことだけどな」


 神の名を刻まれると共に、心の底から湧いてきた感情。それが、死んだ神から送られてきたのか、それとも自らの神威から送られてきたものかは分からない。だが、その思いにこたえたいと思ったのは紛れもないタケル自身の意思だった。


「私は、ただ私ならば、今の王族よりも上手くやれると思ったのだ」

「上手く?」

「政治、経済、外交、軍事、支援、事業――国がやるべきことは多岐にわたる。そしてそのどれもが疎かにしてはいけないものだ」

「そうだな。だがこの国を見る限り、そこまで悪いようには思えないぞ?」


 リュネからの話しか聞いていないが、いくつかの町を見てきた限り、クーデターを起こさなければならないほどに国が乱れていたようには見えなかった。

 それぞれの貴族は自らの領地のために動き、魔物による被害はあっても復興までの流れはしっかりと出来ている。

 貧民や飢餓が溢れているというわけでもなく、他国との戦争も今は起きていない。

 にもかかわらず、もっと上手くやれると考えるのは傲慢かもしれない。

 だが――


「君は考えたことが無いか? 他人の試合を見ながら、自分ならばもっとうまく動けるのにと。自分ならば、この場ではこんな行動はしないのにと。自分ならば、今の試合はもっと圧勝できたろうにと」

「――否定はしないな」


 道場の稽古でそんな光景は腐るほど見てきた。

 なんで今剣を引いた。踏み込みが半歩甘い。腕の振りが遅い。俺なら――そんな風に考えたことはいくらでもある。


「ただの平民であれば、気にすることすらなかっただろう。だが私にはこの力があった。自信があった! もっとうまく貴族たちを纏められる自信があった! 王都から辺境に至るまで、もっと民を富ませることができる自信があった! 他国との関係性をもっと上手くできる自信があった! もっと精強な軍を作ることができる自信があった! ならば動かない理由がどこにある! 自分の実力を試すために動こうと思うことの何がおかしい! 私に、いや俺にこの自信を押さえる理由がどこにある! だから私は動いたのだ! 王族を支配し、国を支配し、実際にこの国を富ませることで、俺の実力を証明しようと!」

「リュネのやつが言っていた。あんたは強欲だと。あんたが国を取れば、増税で民が苦しみ、貴族は私腹を肥やす。国が荒れるだろうと」

「第一王女か。奴は甘いのだ。いや、今の王が甘いからあの王女が出来たと言うべきなのだろうな。強欲というのは事実だろうな。実際に国を乗っ取ろうとしているのだから。だが増税が悪? 馬鹿を言うな。税の種類がどれだけあると思っている。民の中にも貴族以上の暮らしをしている者はいる。そいつらから税を取って何がおかしい。貴族には貴族の義務がある。それ故の暮らしの保証だ。貴族の義務がないならば、相応の金を収めるのは当然であろう。貴族が私腹を肥やす? 肥えたところでこちらが喰らえばいいだろう。道路整備に貯水事業、農地開拓や治安維持、民への還元方法などいくらでもある。国を栄えさせるには民が裕福なだけではダメなのだ。幸せは人に停滞を望ませる。適度に締め付け、発展を促し、技術と共に人心を先へと進ませる。それを行うことが国の仕事だ。今の王は愚物とは言わんが先は細い」


 まくしたてられるように告げられた内容は、タケルには理解できるものは少なかった。だが、少なくとも、イブリスが国を発展させるために動いていたことは間違いなく理解できた。そしてリュネの考え方が一面的なものでしか見ていなかったことも。

 だがだからと言って、リュネからイブリスへ乗り換えようとは思わない。

 タケルは、リュネの想いを背負って剣を抜いた傭兵だ。であるならば、最後までその想いと共に剣を振るう。


「そうか。あんたの想い、シンゼンの剣が叶えようとした意思は分かった」

「ならば私をさっさと斬れ。イズモの傭兵が、簡単に鞘を変えないことなど分かり切っている。私は負けたのだ。いつまでも恥をさらすつもりはない」

「分かった。その首、もらい受ける」


 振りぬかれた刀が適格にイブリスの首を捉え、痛みすら感じる暇もなく切断する。

 ごろりとデスクに転がったイブリスの首を受け止め、丁寧に袋へと納めた。


「さて、戻るか。あ、いや、その前にニーナたちむかえに行かないとな」


 イブリスの首が収められた袋を持って、タケルは部屋を後にするのだった。


   ◇


 畏怖によって支配されていた王都の気配がゆっくりと消えていく。

 体を震わせながら、土下座するように床へと額を押し付けていたリュネは、恐る恐るといった様子で頭を上げる。


「お、終わったの?」

「おそらくは……」


 ただでさえ気配に敏感な八竜に、神の気配はあまりにも強烈過ぎた。腰を抜かし、今も立ち上がることのできないイザベラは、息も絶え絶えといった様子でリュネに言葉を返す。


「イザベラ、大丈夫? かなりキツそうよ」

「申し訳ありません。あまりの気配に体が動転しております」

「動ける?」

「大丈夫です」


 イザベラは窓枠にもたれかかりながらもなんとか立ち上がる。

 一度立ち上がれば、少しだけ体が楽になるように感じた。だが、いつも通りの動きとはいかないだろう。その証拠に、今もわずかながら膝が震えていた。


「姫様、一度お部屋に戻りましょう。レンディエラ様も何が起こっているのか把握できていないはずです」

「そうね」


 イザベラの提案で、二人はモズドワルドが待機している部屋へと戻る。そこでは、リュネ達と同じように腰を抜かし、その場に座り込む兵士や、今も王城に向かって頭を上げ続けるもの、涙を流すものなど、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 モズドワルドは貴族のプライドか、はたまた年の功か、なんとか取り乱さずにどっしりとソファーに腰を下ろしている。だが、リュネ達が戻ってきているのに気づいても、立ち上がることはできない様子だった。


「リュネ様、ご無事でしたか。先ほど恐ろしいほどの気配に襲われたのですが」

「こっちもよ。というより、王都全体があの気配の支配下に置かれたとみていいでしょうね。あの気配の直後に王城で爆発があったから、タケルが何かやったのだと思いたいけど」

「あれ程のことをですか……」

「戦っていた以上、タケル一人とは限らないけどね。それよりも状況はどうなってるの。うちの兵士たちは大丈夫?」

「戦闘などできる状態ではありません。皆このような状態で、立ち上がることもままなりませんよ」

「まあそうでしょうね」


 窓から外の様子をのぞいてみるが、そこでも室内と同じように兵士たちがその場に座り込んでいた。


「とりあえず戦闘が止まっているのは幸いね。けど情報が足りなすぎるわ。王城に行くしかないかしら」

「流石に危険です」


 リュネの考えに、即座にイザベラが反対する。

 戦闘は一旦停止しているとはいえ、徐々に兵士たちも落ち着きを取り戻し始めている。指揮官が適格な指示を出せば、再び戦闘が再開される可能性も低くはない。


「けど屋敷内にも侵入され始めているわ。むしろ、今のどさくさに紛れて王城へ行っちゃった方が良くないかしら」

「王城は今宰相の息のかかった兵士たちで埋め尽くされています。リュネ様がのこのこと現れれば、捉えられるのは必須。私もまだこの状態です。護衛として役目を果たせない以上、リュネ様を危険な場所に向かわせることはできません」

「仕方ないわね」


 イザベラの心配は最もなことだ。リュネもこれ以上強く出ることはできなかった。

 だが情報が足りていないのも事実である。


「誰か王城に向かわせられないかしら」

「では私の部下を向かわせましょう」

「いえ、待ってください」


 モズドワルドが提案したところで、イザベラが待ったを掛けた。そして注意深く窓の外を確認している。


「どうしたの? もしかしてもう始まっちゃった?」

「いえ、様子がおかしい。先ほどの混乱とは違う形ですね。命令系統が崩れている?」


 先ほどまでは個人が命令に対して動けなくなっている様子だった。だが今は、その命令系統が混乱しているように見える。

 集められた動ける兵士たちが突撃の合図を待っているが、一向にその合図が来ない様子だ。

 そしてさらに少しすると、軍が突然館の包囲を解き、武装の解除を始めた。


「どういうこと?」

「領主様! ロンネフェルト様! 敵副隊長より降伏し武装の解除を行うと宣誓がありました!」

「ん? 降伏して武装を解除せよじゃなくて?」

「ハッ、すでに王国兵は武装を放棄しております」

「というか隊長は?」

「それが青ざめた様子で、突然逃げ出してしまったと」

「逃げた? 詳しい話が聞きたいわね。とりあえず戦闘は停止。副隊長を念のため拘束してここに」

「ハッ!」


 そして兵士に連れられてきた王国兵の副隊長は、見るからに怯えていた。リュネ達のいる部屋に通されると、突然兵士たちの拘束を振り切り額を床へと叩きつけるように頭を下げる。


「も、申し訳ございません! 自分たちの処分はいかようにもお受けいたします! なのでどうか家族だけにはご慈悲を!」

「落ち着きなさい。とりあえず、なんで突然投降したのかを教えて」

「わ、我々にも何故戦っていたのか分からないのです。突然目が覚めたような感覚になり、気が付けばロンネフェルト様の部隊と戦闘をしておりました。そして隊長は、私の様子を見て顔を真っ青にすると、突然どこかに逃げて行ってしまったのです。残された私はどうすればいいのか分からず、ともかく姫様に剣を向けることはあってはならないことだと即座に戦闘停止を命じ、部下全員に武装を解除するよう促しました」

「目が覚めたような感覚――まさかそれって! イザベラ! すぐに城に行くわよ! モズドワルドも部隊をだしてちょうだい! あなたたちへの裁定は後よ! もろもろ事後処理が終わった後になるだろうけど、悪いようにはしないから安心しなさい! こっちは事情を色々知ってるから!」

「あ、ありがとうございます!」


 副隊長が再び土下座をする中、リュネ達は慌てて部隊を整え城へと向かった。

 道中の道は戦闘の影響か、先ほどの畏怖の影響か人っ子一人おらず、馬車はノンストップで王城へと到着する。

 そして正面のゲートを抜け入り口に到着した。

 静かすぎる王城の様子に違和感を覚えながらも、イザベラに護衛されながら馬車を降りる。と、城の正面から足音が聞こえてくる。

 イザベラと兵士たちが即座にリュネを守るように移動し、出てくる相手の様子を確かめる。


「シルビア!」

「お父様!」


 駆けるように飛び出してきたのは、城へと来ていたニーナとシルビアだった。そしてその後ろからゆっくりと現れた血まみれのタケル。


「みんな無事だったのね!」

「約束だったからな。きっちり宰相の首、取ってきたぜ」


 首の入った袋を掲げる。するとモズドワルドがシルビアを抱き上げながら宣言した。


「宰相イブリスは打ち取られた! 我々の勝利だ!」


 高々と掲げられた拳。

 モズドワルドの勝利宣言を受けて、兵士たちの歓声が王城に木霊した。

 

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