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1-11 急転

 深夜、タケルはふと目を覚ました。

 即座にベッドから飛び出し、横に立てかけてある刀を取る。

 そして部屋を出てリュネ達の寝室へと向かう。

 灯りは付けずにリュネの眠るベッドへと近づくと、静かに肩を揺らした。


「おい、ロリっ子、起きろ」

「んん……なっ!? あな――」


 リュネが目を覚ますと、暗闇の中に浮かぶタケルの顔に驚き大声を出そうとする。

 それを口を掴んで押さえると、シーッとジェスチャーをした。

 リュネがそれに頷くのを確認して、ゆっくりと手を退ける。


「た、タケル。あなたまさか、胸はあるよりない方が好きだったの?」


 リュネは恥ずかしそうに布団を自分の体へと抱き寄せた。タケルはその様子を「ハンッ」と軽く笑い飛ばす。


「なに寝ぼけたこと言ってんだ。胸はあるだけある方がいいに決まってるだろ」

「それはそれでムカつくわね。ならなんでニーナじゃなくて私に夜這いに来たのよ。ハッ、まさかロイヤル処女厨!?」

「まだ寝ぼけてんのか? デコピン行っとくか? 敵さんだよ。宿を囲まれてる」

「デコピンは嫌よ! 敵!? 一大事じゃない!」

「だから起こしに来たんだろうが。さっさとニーナも起こして準備しろ」


 タケルの感覚ではまだ包囲されただけで敵は動いていない。

 だが相当なやり手なのか、気配を消すことに長けている様子の上に、敵意や殺意のようなものも一切漏らしていないため、他の部屋のハンターたちが気づくことはないだろう。

 タケルが気づけたのは、彼らが配置についた際の極僅かな自然の変化に気付けたからだ。

 鳥が飛び立つ、草が揺れる、木がざわめく、ただの風だと思ってしまえばそうとしか思えないような極僅かな変化だったが、夜にリュネの話していたそろそろ追手が来てもおかしくはないという話が、タケルに小さな気づきを与えた。

 タケルも一端部屋に戻ると、寝間着替わりの浴衣からいつもの着物へと着替え羽織りを肩から掛ける。

 そしてリュネ達の部屋に戻れば、すでにリュネは着替え終え、ニーナが丁度下着姿になっていた。先にリュネの着替えを手伝っていたのだろう。


「ひっ!?」


 ニーナの顔が瞬時に真っ赤に染まる。タケルは動揺することなく淡い水色の下着をしっかりと瞼に焼き付けながらリュネの名前を呼んだ。


「リュネさんや」

「分かってるわ!」


 ニーナの悲鳴をリュネの手がとっさに押さえ込む。

 もごもごと言っている間にタケルは一度部屋を出る。こっちだとあんな下着があるのかと思いつつ、故郷の連中を思い出す。

 シゲトの元で修行をしていた妹弟子たちは、どいつもこいつも女を捨てたような連中だった。一人だけ身だしなみにも気を使う奴がいたが、そいつも下着はふんどしとサラシだったのだから救えない。

 故郷へのお土産は下着の類がいいのかもと考えつつ少し待つと、部屋の扉が開いた。


「お待たせしました」


 恥ずかしそうなニーナの様子になんと答えたものかと悩んでいると、外で動く気配を感じた。

 即座に部屋へと入り、リュネ達に状況を説明する。


「囲まれているんですか!? に、逃げないと――」

「少し包囲網を狭めてきたな。今ならまだ全員斬り殺すのも可能だと思うが?」

「それは避けたいわ。彼らも王国の兵士。私たちの大事な家臣よ。事情も知らず命令されているに過ぎない彼らになるべく被害は出したくない」

「つってもそれじゃあ逃げきれないぞ?」


 街道を走って逃げようにも、相手は馬も持っている正規の騎士団である。女子供を連れて逃げられるようなものではない。

 どこかでぶつかるとなれば、むしろ今奇襲をした方が、リュネ達の安全は確保しやすいだろう。


「森へ逃げ込むことはできないかしら? 夜の暗闇に紛れれば、森に入れば隠れとおすこともできると思うんだけど。それにゴブリンの相手をしないといけないとなれば、彼らも撤退するかもしれないわ」

「森か。ここから走れば十五分。お前らを担いだとしても二十分。できないことはないな」

「ならそれでお願い」

「分かった。荷物は纏めてあるか?」

「ええ、大丈夫よ。もともと明日の朝出発するつもりだったからね」


 すでに準備されていた荷物は、リュック二つ分。リュネとニーナが背負えば問題ない量に収まっていた。

 タケルもすでに荷物は纏め終えており、肩に担いでいた。それをニーナのリュックへと縛り付け、一緒に背負ってもらうことにする。


「どこから逃げるの? 正面は押さえられてるんでしょ?」

「窓から逃げりゃ関係ないさ。あ、ちゃんと迷惑料は置いて行けよ」

「分かってるわよ」


 払うと約束していた二百万と、迷惑料分で十万ほどを袋へと詰めてテーブルの上に置いておく。


「ニーナ、しっかり捕まってろ」

「は、はい!」

「ふふふ、久しぶりにロイヤルな感じが出てるわね!」


 ニーナを背負い、リュネを前で担ぐ。いわゆるお姫様抱っこである。

 ガラスに映ったお姫絵様抱っこされている自分の姿に満足しつつ、リュネもタケルの胴へと上を回した。


「んじゃ行くぞ!」


 神威を活性化させ体内に激しく巡らせると、窓を開け一気に飛び出す。

 下が俄かに騒がしくなるが、気にすることなくタケルは隣の建物の屋根へと着地した。

 そのまま屋根を次々に飛び移り町の外へと向かう。警笛の音が夜の町に響き渡り、松明やランプが炊かれていく。

 道を追ってくる兵士たちの姿を確認して、タケルは進路を変更し走りにくい裏路地へと向かう。

 細かく入り組んだ裏路地は速度が出せず、屋根の上を直線で走るタケルからみるみる置いて行かれた。

 兵士たちがこちらの姿を見失ったのを確認したタケルは、建物から飛び降りて地面へと着地する。それはちょうど町の出入り口だった。


「お、おい、この騒ぎは一体」


 門の警備兵たちは突然の騒ぎに驚き動けずにいる。

 夜間の門は閉じているが、非常用の通用口がある。そこへと向かうと、タケルたちに気付いた兵士が止めに入った。


「待て! 夜間の出入りは禁止されて――」

「悪いな」


 タケルは一つ謝ると右足を振りぬく。的確に顎先にヒットした蹴りは、一瞬で兵士の意識を刈り取った。

 どさりと倒れる兵士の姿に、周りが一気に緊張感を高める。剣を抜き、警戒した様子でタケルの回りへと集まってきた。


「あんま時間がない。悪いが強引に抜けさせてもらうぜ」


 地面を蹴った二人を担いでいるとは思えない速度で包囲の間をすり抜け、通用門の前へと駆け寄るとそのまま足を突き出した。

 ドンッと激しい音と共に木製の扉の兆番が壊れ扉が倒れる。

 唖然とする兵士たちを背に、開いた扉から外へと抜けて駆けだす。


「す、すごいわね」

「こんなもんなら楽なもんだ。むしろこっからが本番だぞ」


 リュネの瞳に光が映った。希望などの抽象的なものではなく、瞳に反射した夜の空に浮かぶ灯り。

 それは外壁の上から放たれたファイアーボールだ。


「う、撃ってきたわよ!?」


「躱せばいいさ」


 ファイアーボールは山を描くように飛ぶと、タケルから少しずれた場所へと着弾した。

 とたん、ファイアーボールが激しくは爆ぜ、熱がリュネ達の頬を焼く。


「な、なんか威力強くないかしら!? 当たったら私たちもただじゃすまなそうなんだけど!?」

「ひぃ! 殺されちゃいます!」

「神威の影響だな。聞いた話だと、あれって魔法使いの魔力も増幅させるらしい。いつもの調子でぶっ放すと、二割増しぐらいの威力になるらしいぞ」

「そんなのが凄い量飛んできてるんだけど!?」


 リュネの焦りにタケルが振り返れば、空を煌々と照らす炎の玉が七個。さらに開かれた門からは、騎乗した兵士たちが駆け出してくるのが見える。


「チッ、厄介だな。ちょっと担ぐぞ」

「ふぐっ」


 リュネを肩へと担ぎ、右手を開ける。そして刀を抜いて迫るファイアーボールに向けて振りぬいた。

 放たれたカマイタチがファイアーボールを次々に破壊し空中で爆破させる。その火の粉は飛び出してきていた騎馬兵の頭上にも降り注ぎ、馬たちが驚いて嘶き声を上げていた。

 その間に速度を上げてタケルは距離を取る。


「とりあえず逃げ切れることは出来そうだな。その後はどうしたもんかね」

「もちろん別の町に逃げるのよ。東回りだと王都までは遠回りになっちゃうけど、行けないことはないわ」

「あいよ」


 落ち着かせた馬たちを使って追いすがってくる兵士たち。それを時折カマイタチでけん制しながら、タケルたちは計画通りゴブリンたちの潜む森へと逃げ込むことに成功するのだった。

 だがそれは、間違った判断だったかもしれない。

 森の中へと逃げ込んだタケルたち。その前に立ちはだかったのは、ゴブリンたちの巣での食事を終え、空になった広場で羽を休めるゲイル・イーターたち(・・)の姿だったのだから。


「た、タケル、どうすればいいかしら?」


 息を殺して木の影に隠れるリュネが、冷や汗を流す。そのすぐ後ろには、リュネの服にしがみ付いたニーナが涙目で震えていた。


「ゲイル・イーターが五羽か。町に行かれたら滅びるな」

「タケルなら勝てる?」

「勝つだけならな。けどこの数だと数匹は町に行かれちまいそうだ。もうちょい引き付ける何かが欲しいな」

「引き付ける……あるにはある――わね」


 リュネの頭に浮かんだのは、自分たちを追いかけてきているだろう兵士たちだ。

 だが、ゲイル・イーターの相手となれば、彼らは戦力として間違いなく役には立たない。ただの餌としてゲイル・イーターを引き付けるだけの役割になるだろう。

 それは、リュネの言っていた家臣の無意味な死につながる可能性がある。

 だが、彼らを利用できなければ町が滅びる可能性がある。

 追跡部隊か町の住民か。

 リュネに決断が迫られていた。


「俺はどっちでもいいぞ」

「わ、私はリュネ様の決断を指示します」

「――ありがと、ニーナ。ならタケル、追跡が追い付いてきた時点で攻撃を仕掛けて。兵士たちを囮にするわ」

「あいよ」


 リュネの決断を受けて、タケルたちは攻撃の準備にかかる。

 リュネ達を少し離れた木陰へと隠し、そこでニーナに防御用の結界魔法を張ってもらう。

 ニーナ曰く、強度はないに等しいが、戦闘の余波で飛んできた小石や小枝を防げるだけでも十分である。

 そしてタケルは一人元の場所へと戻り、木の枝に立って部隊が来るのを待つ。

 目を閉じて精神を集中させる。極限まで自身の中で神威を循環させ、体の隅々、細胞の一つ一つにまで行き渡らせた。

 そして背後から松明の灯りと共に声が聞こえる。


「いたぞ!」

「こっちだ!」

「囲め! 逃すな!」


 そんな声と共に、男たちが駆け寄ってきた。

 タケルは刀に手を掛けてゆっくりと目を開ける。

 眼前にはすでに兵士たちの声で起きだしたゲイル・イーターたちの姿。


「まずは一羽」


 飛び立つ直前、大きく羽を広げ首を伸ばしたその瞬間にタケルは飛び出し、無防備なその首を一撃の下に斬り飛ばすのだった。


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