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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
93/104

Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 part4

チャキ……


エウラリアは、レーヴァテインを構える。


「………砕け散れ」


 彼がそう呟いた瞬間、

パキパキ……ッ!パリィイイーーーーンッ!!!

ガラスが割れたような音がした。


パラ……パラ……

ガラス片のようなものが、高い天井から降りそそぐ。

処刑場に張られていた結界がエウラリアに破られたのだった。


ニヤァ…


それを見たニコライは狂気じみた笑みを浮かべて、

「外へおいで……」

―――シュン…

姿を消す。エウラリアは無言のまま、彼の誘いにのって外へ向かった。



「――――――ッ!!」



彼を迎えたのは、何かが焼けこげた匂い。

生まれ育った場所は、無残な瓦礫の山と成り果てていた――


「どう……?こういう風景って、今の時代なかなか見られない光景だよね…」


 ニコライは瓦礫の山を顎で示す。

黒魔術族がひっそりと生活していたそこは、破壊し尽され、黒いローブを身に纏った死体で埋め尽くされていた。



――「…………覚悟…ッ…しろ」


 煮えくり返るような怒りを押し込めつつ、エウラリアは言い捨てた。

その瞬間、

――――ザッ!!


「――――っと!!!」


エウラリアはニコライに切りかかる。ニコライはそれを柱の残骸に飛び移って避けたが、

「おや………」

自分の肩部分の服が裂けたのに、驚いた顔をした。「く……っ!」と、一瞬痛みに耐えるような顔になるものの、すぐに、狂気的な笑いがその上に貼りつく。


「見えなかった!!それが、死神を越えると言われるレーヴァテイン所有者の運動能力かッ!いいっ!!すごくいいよ!!!欲しいっ!!!」


ニコライは短剣を握りながら、片手をエウラリアへと向けた。

「断罪の十字をっ!この者の脳天を貫けっ!!!」


――――ザザザザァッ!

 天から光り輝く十字架の雨がエウラリアに降りそそぐ。エウラリアは、すかさず切っ先を、天に掲げた。


「十字を逆十字へと反逆させよッ!!!」


 その刹那、光の十字架の雨は黒き逆十字の雨に変わった。

ヒュンッ!!

軌道は捻じ曲げられ、ニコライへとその雨は踵を返して降りそそぐ。


ニコライは素早く両手を広げた。

彼の足元に、大きな魔法陣が浮かび上がる。


「闇を浄化し尽せっ!!」


ニタリと笑ったニコライは、光の壁を作り、その黒き雨を光の粒へと変えた。


再び、エウラリアが切りかかる。

しかし、それはニコライの短剣で遮られてしまう。それでもエウラリアは、流れるような追撃をニコライに繰り出していく。辺りには残骸の上を駆け巡り、刃をぶつ合う音が響き続けた。


――キンッ!

レーヴァテインが黒く瞬く。


「私も意外とやるみたいだね!レーヴァテイン所有者と(つば)()り合いができるなんて!!」

「………だまれ」

ギギッ!!

苦々しく睨むエウラリアと、狂気に染まりきったニコライは刃を押し合う。


―――ギリィッ!!

突然、ニコライが短剣を払って、大きく後ろに飛びのいた。


「なんかがっかりかもしれない……意外にレーヴァテインと言えども、普通の武器なんだもん。私が対等に君とやり合えちゃってるんだから……」


ニコライは腕を前に差し出す。

ニタリ……


「私ならもっとレーヴァを使いこなしてあげられるよ。邪魔で不浄な所有者は――――早々に浄化してしまおう。」


ピカッ!!


エウラリアの足元に白く巨大な魔法陣が現れた。


パアァアアアッ!バチバチィッ!!!!!

「……ッ!!」

走り出したエウラリアを、白い光が瞬時に飲みこみ、その光の中を、閃光が駆け抜ける。


ニコライは胸に手を当てて、恍惚の表情を浮かべた。


―――「さようなら……“エウラリア”くん……」


バチバチバチバチィイイイイイイッ!!!

――ゴウッ!!


一際、大きな閃光の嵐が、光の中を駆け巡って、どす黒い噴煙が広がる。


ニコライはその噴煙に向かって十字を切ると、ニヤリと表情を歪めた。


「これで……世界は私の物だ……ははっ!ははははははっ!!!

あははっ!!やったあ!!!“エウラリア”くんも大したことないな!ねぇ!エウラリアくん!あっ!もう死んでるのか!!」


歓喜に震える彼は、お腹を押さえ、

可笑しくてたまらないというように笑い続けている。


「ははははははっ!!!」


しかし、

――「…………な…っ…!が…はっ……」

突然、口から血を吐いた。

グイッ!!

「……っ!!!」

ニコライは焦って目を見開いた。いつの間にか、黒い茨が体を縛り付けている。ギラッ!と彼の足元に、漆黒の魔法陣が浮かび上がった。


茨はそこから伸びている。

ニコライは、漆黒の魔法陣に繋がれていたのだった。


「ぐ……あぁ…っ…!まさ…か……っ!」


ニコライの視線の先―――

噴煙に黒いシルエットが浮かび上がって、憤怒に震える声が聞こえた。


「キサマからの愚弄には耐えられない……!キサマがッ、その名を呼ぶな……ッ!」



エウラリアは無傷のまま、そこに立っていた。


「なっ!なぜ平気なんだ!!君も黒魔術族なら、今頃、光に食い尽くされているはずなのに!!」


信じられないという感情があふれ出た言い方で、ニコライは目の前の黒魔術師に叫んだ。彼はそれをフン…と睨んで、ラペルピンに手をやった。


「この身は“光”に守られているのだッ!!!光に食われるわけがなかろう!!」


エウラリアはレーヴァテインの切っ先を天に掲げる。

「さて―――――準備は整った。」

黒い茨に囚われたニコライの顔が青ざめる。

「ま…まさか。私と鍔迫り合いをしていたのは……闇の魔力を私の体に、少しずつ纏わりつかせ、その魔力を茨と変えるため……?」

ニヤ……

不敵に口角を吊り上げたのは、エウラリアだった。


「あぁ……そうだ。キサマを“闇で喰らい尽くす”と約束したからな………。盛大に食い散らしてやる………ッ!!


やれ、レーヴァ!!!この男を闇の懐に引きずり落とせ!!!!」



―――ヒュンッ!!ゴワァァアアアアアッ!!!!

 さらに魔法陣から茨が伸び、ニコライを茨の鳥籠に閉じ込めると、その鳥籠は黒く燃え上がった。


ゴワァアアアアアアアアアッ!!!


「いやだぁあーーーーーっ!!!!!死にたくないっ!死にたくなんかないっ!!!!!うわぁああああああーーーーーっ!!!!!」



ニコライは外へと腕を伸ばすが―――

シュン………ッ!!!



その炎はニコライに向かって集束し、ニコライ共々―――消え失せた。



「…………」


 エウラリアは、レーヴァテインを掲げていた腕を力なく下げた。


ポツッ………ポツッ……ポツッ…

―――ザアァ………


冷たい雨が降り始めた。



ザザザァ………


ガタン……


エウラリアは、その場に崩れ落ちた。


「………ッ…………」


顔を押さえて、彼は声を押し殺して泣き始める。


ザザ……




「……ッ…………ッ……



―――アアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!!!」




土砂降りに、大切なモノを奪われた男の、悲痛な叫び声が響いた―――――――




―――――――――――――


「フェリクスっ!!!!これっ!!」


 ミカエラが、悲痛な声を上げて、フェリクスに一枚の紙を手渡した。

「……あぁ………リュシー…!どうして…ッ!!どうして君がッ!!!」

彼は逮捕状に目を通して、腕の中の恋人を強く抱きしめた。

「そんな……姉さん……っ!嫌だ…目を開けてください!!姉さんッ!姉さんッ!!」

フェリクスの背後、イレールが姉の返事を求めて呼び続ける。

「リュシー……ッ!!なんでお前が死んでんだよ!!死ぬなよ!!!訳わかんねぇーーーよッ!!くそッ!くそッ!」

「いやよっ、リュシー!!あなた無しにどう生きればいいのっ!!!!?」


レーヴァを守り切った男が叫んだ頃。

地下の処刑場の高天井に、幼馴染たちの悲鳴が突き抜けていった。




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