Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 part4
チャキ……
エウラリアは、レーヴァテインを構える。
「………砕け散れ」
彼がそう呟いた瞬間、
パキパキ……ッ!パリィイイーーーーンッ!!!
ガラスが割れたような音がした。
パラ……パラ……
ガラス片のようなものが、高い天井から降りそそぐ。
処刑場に張られていた結界がエウラリアに破られたのだった。
ニヤァ…
それを見たニコライは狂気じみた笑みを浮かべて、
「外へおいで……」
―――シュン…
姿を消す。エウラリアは無言のまま、彼の誘いにのって外へ向かった。
「――――――ッ!!」
彼を迎えたのは、何かが焼けこげた匂い。
生まれ育った場所は、無残な瓦礫の山と成り果てていた――
「どう……?こういう風景って、今の時代なかなか見られない光景だよね…」
ニコライは瓦礫の山を顎で示す。
黒魔術族がひっそりと生活していたそこは、破壊し尽され、黒いローブを身に纏った死体で埋め尽くされていた。
――「…………覚悟…ッ…しろ」
煮えくり返るような怒りを押し込めつつ、エウラリアは言い捨てた。
その瞬間、
――――ザッ!!
「――――っと!!!」
エウラリアはニコライに切りかかる。ニコライはそれを柱の残骸に飛び移って避けたが、
「おや………」
自分の肩部分の服が裂けたのに、驚いた顔をした。「く……っ!」と、一瞬痛みに耐えるような顔になるものの、すぐに、狂気的な笑いがその上に貼りつく。
「見えなかった!!それが、死神を越えると言われるレーヴァテイン所有者の運動能力かッ!いいっ!!すごくいいよ!!!欲しいっ!!!」
ニコライは短剣を握りながら、片手をエウラリアへと向けた。
「断罪の十字をっ!この者の脳天を貫けっ!!!」
――――ザザザザァッ!
天から光り輝く十字架の雨がエウラリアに降りそそぐ。エウラリアは、すかさず切っ先を、天に掲げた。
「十字を逆十字へと反逆させよッ!!!」
その刹那、光の十字架の雨は黒き逆十字の雨に変わった。
ヒュンッ!!
軌道は捻じ曲げられ、ニコライへとその雨は踵を返して降りそそぐ。
ニコライは素早く両手を広げた。
彼の足元に、大きな魔法陣が浮かび上がる。
「闇を浄化し尽せっ!!」
ニタリと笑ったニコライは、光の壁を作り、その黒き雨を光の粒へと変えた。
再び、エウラリアが切りかかる。
しかし、それはニコライの短剣で遮られてしまう。それでもエウラリアは、流れるような追撃をニコライに繰り出していく。辺りには残骸の上を駆け巡り、刃をぶつ合う音が響き続けた。
――キンッ!
レーヴァテインが黒く瞬く。
「私も意外とやるみたいだね!レーヴァテイン所有者と鍔迫り合いができるなんて!!」
「………だまれ」
ギギッ!!
苦々しく睨むエウラリアと、狂気に染まりきったニコライは刃を押し合う。
―――ギリィッ!!
突然、ニコライが短剣を払って、大きく後ろに飛びのいた。
「なんかがっかりかもしれない……意外にレーヴァテインと言えども、普通の武器なんだもん。私が対等に君とやり合えちゃってるんだから……」
ニコライは腕を前に差し出す。
ニタリ……
「私ならもっとレーヴァを使いこなしてあげられるよ。邪魔で不浄な所有者は――――早々に浄化してしまおう。」
ピカッ!!
エウラリアの足元に白く巨大な魔法陣が現れた。
パアァアアアッ!バチバチィッ!!!!!
「……ッ!!」
走り出したエウラリアを、白い光が瞬時に飲みこみ、その光の中を、閃光が駆け抜ける。
ニコライは胸に手を当てて、恍惚の表情を浮かべた。
―――「さようなら……“エウラリア”くん……」
バチバチバチバチィイイイイイイッ!!!
――ゴウッ!!
一際、大きな閃光の嵐が、光の中を駆け巡って、どす黒い噴煙が広がる。
ニコライはその噴煙に向かって十字を切ると、ニヤリと表情を歪めた。
「これで……世界は私の物だ……ははっ!ははははははっ!!!
あははっ!!やったあ!!!“エウラリア”くんも大したことないな!ねぇ!エウラリアくん!あっ!もう死んでるのか!!」
歓喜に震える彼は、お腹を押さえ、
可笑しくてたまらないというように笑い続けている。
「ははははははっ!!!」
しかし、
――「…………な…っ…!が…はっ……」
突然、口から血を吐いた。
グイッ!!
「……っ!!!」
ニコライは焦って目を見開いた。いつの間にか、黒い茨が体を縛り付けている。ギラッ!と彼の足元に、漆黒の魔法陣が浮かび上がった。
茨はそこから伸びている。
ニコライは、漆黒の魔法陣に繋がれていたのだった。
「ぐ……あぁ…っ…!まさ…か……っ!」
ニコライの視線の先―――
噴煙に黒いシルエットが浮かび上がって、憤怒に震える声が聞こえた。
「キサマからの愚弄には耐えられない……!キサマがッ、その名を呼ぶな……ッ!」
エウラリアは無傷のまま、そこに立っていた。
「なっ!なぜ平気なんだ!!君も黒魔術族なら、今頃、光に食い尽くされているはずなのに!!」
信じられないという感情があふれ出た言い方で、ニコライは目の前の黒魔術師に叫んだ。彼はそれをフン…と睨んで、ラペルピンに手をやった。
「この身は“光”に守られているのだッ!!!光に食われるわけがなかろう!!」
エウラリアはレーヴァテインの切っ先を天に掲げる。
「さて―――――準備は整った。」
黒い茨に囚われたニコライの顔が青ざめる。
「ま…まさか。私と鍔迫り合いをしていたのは……闇の魔力を私の体に、少しずつ纏わりつかせ、その魔力を茨と変えるため……?」
ニヤ……
不敵に口角を吊り上げたのは、エウラリアだった。
「あぁ……そうだ。キサマを“闇で喰らい尽くす”と約束したからな………。盛大に食い散らしてやる………ッ!!
やれ、レーヴァ!!!この男を闇の懐に引きずり落とせ!!!!」
―――ヒュンッ!!ゴワァァアアアアアッ!!!!
さらに魔法陣から茨が伸び、ニコライを茨の鳥籠に閉じ込めると、その鳥籠は黒く燃え上がった。
ゴワァアアアアアアアアアッ!!!
「いやだぁあーーーーーっ!!!!!死にたくないっ!死にたくなんかないっ!!!!!うわぁああああああーーーーーっ!!!!!」
ニコライは外へと腕を伸ばすが―――
シュン………ッ!!!
その炎はニコライに向かって集束し、ニコライ共々―――消え失せた。
「…………」
エウラリアは、レーヴァテインを掲げていた腕を力なく下げた。
ポツッ………ポツッ……ポツッ…
―――ザアァ………
冷たい雨が降り始めた。
ザザザァ………
ガタン……
エウラリアは、その場に崩れ落ちた。
「………ッ…………」
顔を押さえて、彼は声を押し殺して泣き始める。
ザザ……
「……ッ…………ッ……
―――アアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!!!」
土砂降りに、大切なモノを奪われた男の、悲痛な叫び声が響いた―――――――
―――――――――――――
「フェリクスっ!!!!これっ!!」
ミカエラが、悲痛な声を上げて、フェリクスに一枚の紙を手渡した。
「……あぁ………リュシー…!どうして…ッ!!どうして君がッ!!!」
彼は逮捕状に目を通して、腕の中の恋人を強く抱きしめた。
「そんな……姉さん……っ!嫌だ…目を開けてください!!姉さんッ!姉さんッ!!」
フェリクスの背後、イレールが姉の返事を求めて呼び続ける。
「リュシー……ッ!!なんでお前が死んでんだよ!!死ぬなよ!!!訳わかんねぇーーーよッ!!くそッ!くそッ!」
「いやよっ、リュシー!!あなた無しにどう生きればいいのっ!!!!?」
レーヴァを守り切った男が叫んだ頃。
地下の処刑場の高天井に、幼馴染たちの悲鳴が突き抜けていった。




