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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
92/104

Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 part3

パタン……と、リュシーは疲弊しきった顔で、宝石店のドアを開けた。


「お帰りなさい………」

「ただいま……イレール。………。」


イレールは、しょんぼりとカウンターの椅子に座った姉の前に、紅茶の入ったカップを置いた。


「ここ二週間毎日、店番を私に任せて……どちらへ行かれているんですか?」

「ごめんなさい。そうね…任せっきりね。明日は私がするわ……」

「答えになっていません…。私はどこへ行っているのかと聞いてるんです……」

「…ただの宝飾店めぐりよ……。デザインを勉強して回ってるの……」


リュシーは黙ってしまった。


「フ……」と、寂しそうに息をついたイレールは、胸に手を当てる。そこには、梟が羽で中央のブルー・サファイアを背負うような形をした、プラチナ製のブローチが輝いていた。


「……どうですかこれ?似合ってますか?」

「…えぇ、とっても、あなたとクラースをイメージしたの。」


照れくさそうに微笑んだ彼の様子に、リュシーも元気を取り戻して微笑んだ。

そして、

「あら……?」

弟へ贈ったそのブローチに視線をやったとき、彼の胸ポケットに手紙が入っていることに気づく。


「あ……。そうでした。これは姉さん宛てです。」


彼女の視線に気づいたイレールは、その手紙を手渡した。


「すみません。この後、約束事があるので…少し魔法界に行ってきますね。」

「えぇ。行ってらっしゃい。」


手紙を手に、リュシーはその背中を見送った。イレールは純白の聖職者服に変わると、姿を消す。



彼女は気付かなかった。


―――その胸ポケットには、もう一つ、手紙が入っていたことに。



リュシーは紅茶をおいしそうに飲み干すと、手紙の封を開ける。


「―――――ッ!ニコライッ!!」


そこには、




認めたくない、恐れていた言葉が、記されていた。




――午後6時。心優しい黒魔術師は、不遇な最期を遂げる。

  そして、世界から“黒”は一人残らずいなくなるだろう。

  君が彼に言ってくれないから……残念だよ。リュシー。




現在の時刻は5時45分



―――「………………………っ!!!!!」


青ざめたリュシーは、言葉を発する事もなく、黒魔術師の谷へと向かった。






――――――――――



バチバチバチバチィッ!!!!!


――「ぎゃああああああああああああっ!!!!」

 「うわああああああああああッ!!!


 あちこちで上がる断末魔と、無数の閃光、そして、聞きなれた声。リュシーは、瞬時に気配を消した。



――「ニコライ先生ッ!!これは……ッ!どういうことですかッ!!!」


「はははははっ!!イレール…君は本当にお人好しだなぁ!ありがとう!黒魔術族が私に対抗しててねぇ……あの手この手で私を谷に入れてくれなかったんだ。やっぱり予想通り、君が一緒だとすんなり中に入れてくれた!!」


「……あ、あなた…は……行き過ぎていた黒魔術族の呪術規制を……見直す交渉がしたいと…あんなに真摯に……仰っていたじゃない……ですか………?」


「嘘だよ。そんなの。本当にばっかだなぁ!!!!」


「そん………な……」



イレールは、長方形のガラスのような空間に囚われてしまっていた。


―――「しばらく空間の隙間で大人しくしていてよ。いくら私でも、君とやりあっては、勝てる気がしない。あぁそうだ!!レーヴァテインが手に入ったら、君で試し切りと行こうか!!待ってなさい!!」


「―――――ッ!!!」

――ヒュンッ!


イレールは一瞬にして、その場から消えてしまった。



 リュシーは、ニコライに気づかれないようにしながら、消えかかっているエウラリアの気配のもとへ向かった。


彼女の周りでは――――


――「ぎゃああああああああああああああああーーーーッ!!」

  「………っ!どこ…ッ!あなただけでも…――きゃああっ!!!」

  「うわぁあんっ!おかあさんっ!!」


黒魔術族が次々と倒れて死していく。

地面には白い、大きく、複雑な魔法陣が、無数に浮き上がっていた。


――バチバチッ!!


その魔法陣が輝くたび、


「きゃああああああああああーーーーっ!」


ドサ……。


一人、また一人と……人の命が、奪われていった。


(黒魔術族の闇の魔力が、光の魔法陣に食い尽くされてる………。これじゃあ…ッ!黒魔術族は魔力が尽きて死んでしまうわッ!!!)


―――「暁の星……聖女…Santa(サンタ)-Lucia(ルチア)…か……?」

「あ…あなたは……」

閃光に体を撃たれながらも、壁伝いにこちらへ歩み寄る男性がリュシーの目に留まった。


「私が……あの頃のくだらん私が…息子にあのような命を下したばかりに……

 どうか…息子を頼む………抑えつけられていた我らにはもう…成す術がない……のだ…。息子は……地下の処刑場で…磔刑(たっけい)に処されようとしている……」


バタン……。


そう言い残すと、男性はこと切れた。


「――――ッ!!」

 リュシーは駆け寄りたくなる衝動を、なんとか堪えて、地下へと大急ぎで向かう。




―――「エウラリアァァァーーーーーーーーーっ!!」


コツッ!コツッ!!カツッ!――バタンッ!!!!


 リュシーは処刑場の扉を荒々しく開け放った。


広い、がらんとした処刑場。人の大きさ以上の十字架が立てられている。

白いローブをまとったニコライの手下が数人、そこに集まって、逮捕状を読み上げていた。



「――――――ッ!!!」


―――エウラリアは、(はりつけ)にされていた。


長い黒髪が力なく垂れ、ピクリとも動かない。



 ニコライの手下は、円状に並ぶと、両手を天に掲げた。


―――フワ……

 地面に大きな魔法陣が現れて―――

魔法陣の上、光は、

――ギラッ!!

鋭い、槍の形をとって、エウラリア目がけて切っ先を向ける―――――


その瞬く間、


―――「させるものですかッ!!!」



――――パアァァァァァァーーーーーーーーッ!!!!!!



 リュシーとエウラリアを、光が包んだ。





――フワ……

―――エウラリアは、瞼を開く


 体中の痛みが、ゆったりと、ほどけていった。

切り付けられた傷も、杭に打たれ、両腕に空いた穴も全てが、消えていく。


心も――

体も―――

自分の存在すべてが、温かい光に包まれていることに気づく。


「エウラリア……」


優しく名を呼ばれて、振り向くと――リュシーが微笑んでいる。

すぐ隣を、彼女はかすめて、通り過ぎていく。


フワ……

頬を、彼女の柔らかい髪が撫でた。



「―――――ッ!!」


エウラリアはハッと目を見開いて、過ぎ去る彼女へ腕を伸ばす―――



「やめろッ!!!!!!リュシーーーーーーーーーーーっ!!!」




―――斬………ッ


リュシーの胸を、光の槍が、突き抜けた―――




―――――――――



バタリ……


彼女は地に落ちていく。



エウラリアは、その体を抱き留める。

十字架のもと自由になった彼は、片膝をつき、リュシーの体を抱き寄せた。エウラリアは何度も何度も、治癒術(ヒーリング)を彼女にかけるが、出血はとまらない。


「………く…そ……ッ…!」


「……ラリア…こ……れ…。」


パタン……!


「リュシーッ!!」


リュシーは最期の力を振り絞って、彼に何かを差し出した。エウラリアは、落ちていくその手をしっかりと掴んで、それを受け取った。


「これ…は………」


エウラリアの声は震える。


「約束してた……でしょう?…そっと届けに来るって……。あなたのはラペルピン…なの。」

「もうしゃべるな……ッ!しゃべらなくていいッ!」

リュシーの純白のドレスは、真っ赤に染め上がっていく。

「…これはブラック・ルチル・クォーツ……。力強さと情熱の力に満ちた…ブラック・ルチルと……ホワイトのクォーツが合わさった……石…。一見すると黒い石だけど……光に透かして見ると、白もちゃんとそこに輝いている石………」


「リュシー……ッ!もう…いいのだ………!」


リュシーは、顔を歪めるエウラリアの頬に、そっと手を沿える。

彼女は本当に楽しそうに、微笑んでいた。




――「まるで………あなた…みたい…でしょう…」




頬に触れた手は、どんどんぬくもりをなくしていく―――



「な…ぜ……こんなことをしたのだ……?」

「なんでって………当たり前…じゃ………な…い…」



パタ………


頬を撫でたその手は力を失って、


―――――地に落ちた。



「………………」



――「おい……あの女…リュシー様じゃないか……」

 「まずいぞ……!こんなことが世間に知られたら……!」

 「ていうか…あの黒魔術師……どうして治癒術が使えるんだ…?

  ここには牢獄と同じ、闇の魔力を押さえる結界が張ってあるのに……」


ニコライの手下達が慌て振らめいている。



―――「この程度の結界……今のワタシには、無意味だということだ。」



不気味な声がした。


 「ひ、ひぃっ!」


男たちは後退する。



――バチバチッ!!


ゆっくりと―――エウラリアは立ち上がる。

その首元には、逆十字の、漆黒のロザリオ―――

彼を中心に、黒き闇の魔力が閃光を伴って膨れ上がっていく――――



「この一か月……

キサマらからの拷問に耐え、ワタシは自身を癒すことさえ捨てていた……。


その分に消費されるはずだった魔力を蓄積し、増大させ………

ニコライの張った忌々しいこの結界を破るほどに、魔力を強化するためだ……


結局、今日を迎え…間に合わないと諦めかけたが……


――――彼女が、それを救った。」


バッ!!

エウラリアは手のひらを広げた。


キラ……ッ

ブラック・ルチル・クォーツのラペルピンが、胸元で白く、輝く―――



――「来たれ、レーヴァッ!!!



  ワタシに力をくれたリュシーの想いをッ!

  

  ―――――――その黒き刀身に刻めッッ!!!」



――バチバチバチッ!!!―――ゴワンッ!!

彼の手のもと、ブラックホールのように、闇が渦巻き、



ギラァッ!!


―――チャ……ッ!!


エウラリアは――黒き日本刀を手にした。

その瞬間、地下の空気が冷やかに、凍り付く―――




――「死にたくなければ……去れ。」



いつの間にかエウラリアは、一人の男の喉元に、その切っ先を向けていた。

誰も彼の動きを見きれなかった。



「ぎゃあああああああああああああああああああッ!!」



男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。




しかし、

エウラリアは――


――キッ!!と、男たちが逃げて行った暗闇を睨みつけた。




――――パン…!パン……!パン………!


 やがて、拍手の音が響いてくる。

しんと静まった、開けた処刑場に、その音は無機質に響く。


パン……パン…!


続いて、機嫌のよさそうな、男の声。


「いやぁ!いいね!やっぱりリュシーに一声かけてみて良かった!ここまで彼を追い詰めてくれるんだから!!おかげで

―――とぉっても欲しくてたまらないものが……っ!目の前にある!!」



暗闇から、片眼鏡をつけ、長い白髪を後ろで束ねた男が現れて

――狂気に満ちた若草色の瞳が、エウラリアを捕らえた。



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