Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 part3
パタン……と、リュシーは疲弊しきった顔で、宝石店のドアを開けた。
「お帰りなさい………」
「ただいま……イレール。………。」
イレールは、しょんぼりとカウンターの椅子に座った姉の前に、紅茶の入ったカップを置いた。
「ここ二週間毎日、店番を私に任せて……どちらへ行かれているんですか?」
「ごめんなさい。そうね…任せっきりね。明日は私がするわ……」
「答えになっていません…。私はどこへ行っているのかと聞いてるんです……」
「…ただの宝飾店めぐりよ……。デザインを勉強して回ってるの……」
リュシーは黙ってしまった。
「フ……」と、寂しそうに息をついたイレールは、胸に手を当てる。そこには、梟が羽で中央のブルー・サファイアを背負うような形をした、プラチナ製のブローチが輝いていた。
「……どうですかこれ?似合ってますか?」
「…えぇ、とっても、あなたとクラースをイメージしたの。」
照れくさそうに微笑んだ彼の様子に、リュシーも元気を取り戻して微笑んだ。
そして、
「あら……?」
弟へ贈ったそのブローチに視線をやったとき、彼の胸ポケットに手紙が入っていることに気づく。
「あ……。そうでした。これは姉さん宛てです。」
彼女の視線に気づいたイレールは、その手紙を手渡した。
「すみません。この後、約束事があるので…少し魔法界に行ってきますね。」
「えぇ。行ってらっしゃい。」
手紙を手に、リュシーはその背中を見送った。イレールは純白の聖職者服に変わると、姿を消す。
彼女は気付かなかった。
―――その胸ポケットには、もう一つ、手紙が入っていたことに。
リュシーは紅茶をおいしそうに飲み干すと、手紙の封を開ける。
「―――――ッ!ニコライッ!!」
そこには、
認めたくない、恐れていた言葉が、記されていた。
――午後6時。心優しい黒魔術師は、不遇な最期を遂げる。
そして、世界から“黒”は一人残らずいなくなるだろう。
君が彼に言ってくれないから……残念だよ。リュシー。
現在の時刻は5時45分
―――「………………………っ!!!!!」
青ざめたリュシーは、言葉を発する事もなく、黒魔術師の谷へと向かった。
――――――――――
バチバチバチバチィッ!!!!!
――「ぎゃああああああああああああっ!!!!」
「うわああああああああああッ!!!
あちこちで上がる断末魔と、無数の閃光、そして、聞きなれた声。リュシーは、瞬時に気配を消した。
――「ニコライ先生ッ!!これは……ッ!どういうことですかッ!!!」
「はははははっ!!イレール…君は本当にお人好しだなぁ!ありがとう!黒魔術族が私に対抗しててねぇ……あの手この手で私を谷に入れてくれなかったんだ。やっぱり予想通り、君が一緒だとすんなり中に入れてくれた!!」
「……あ、あなた…は……行き過ぎていた黒魔術族の呪術規制を……見直す交渉がしたいと…あんなに真摯に……仰っていたじゃない……ですか………?」
「嘘だよ。そんなの。本当にばっかだなぁ!!!!」
「そん………な……」
イレールは、長方形のガラスのような空間に囚われてしまっていた。
―――「しばらく空間の隙間で大人しくしていてよ。いくら私でも、君とやりあっては、勝てる気がしない。あぁそうだ!!レーヴァテインが手に入ったら、君で試し切りと行こうか!!待ってなさい!!」
「―――――ッ!!!」
――ヒュンッ!
イレールは一瞬にして、その場から消えてしまった。
リュシーは、ニコライに気づかれないようにしながら、消えかかっているエウラリアの気配のもとへ向かった。
彼女の周りでは――――
――「ぎゃああああああああああああああああーーーーッ!!」
「………っ!どこ…ッ!あなただけでも…――きゃああっ!!!」
「うわぁあんっ!おかあさんっ!!」
黒魔術族が次々と倒れて死していく。
地面には白い、大きく、複雑な魔法陣が、無数に浮き上がっていた。
――バチバチッ!!
その魔法陣が輝くたび、
「きゃああああああああああーーーーっ!」
ドサ……。
一人、また一人と……人の命が、奪われていった。
(黒魔術族の闇の魔力が、光の魔法陣に食い尽くされてる………。これじゃあ…ッ!黒魔術族は魔力が尽きて死んでしまうわッ!!!)
―――「暁の星……聖女…Santa-Lucia…か……?」
「あ…あなたは……」
閃光に体を撃たれながらも、壁伝いにこちらへ歩み寄る男性がリュシーの目に留まった。
「私が……あの頃のくだらん私が…息子にあのような命を下したばかりに……
どうか…息子を頼む………抑えつけられていた我らにはもう…成す術がない……のだ…。息子は……地下の処刑場で…磔刑に処されようとしている……」
バタン……。
そう言い残すと、男性はこと切れた。
「――――ッ!!」
リュシーは駆け寄りたくなる衝動を、なんとか堪えて、地下へと大急ぎで向かう。
―――「エウラリアァァァーーーーーーーーーっ!!」
コツッ!コツッ!!カツッ!――バタンッ!!!!
リュシーは処刑場の扉を荒々しく開け放った。
広い、がらんとした処刑場。人の大きさ以上の十字架が立てられている。
白いローブをまとったニコライの手下が数人、そこに集まって、逮捕状を読み上げていた。
「――――――ッ!!!」
―――エウラリアは、磔にされていた。
長い黒髪が力なく垂れ、ピクリとも動かない。
ニコライの手下は、円状に並ぶと、両手を天に掲げた。
―――フワ……
地面に大きな魔法陣が現れて―――
魔法陣の上、光は、
――ギラッ!!
鋭い、槍の形をとって、エウラリア目がけて切っ先を向ける―――――
その瞬く間、
―――「させるものですかッ!!!」
――――パアァァァァァァーーーーーーーーッ!!!!!!
リュシーとエウラリアを、光が包んだ。
――フワ……
―――エウラリアは、瞼を開く
体中の痛みが、ゆったりと、ほどけていった。
切り付けられた傷も、杭に打たれ、両腕に空いた穴も全てが、消えていく。
心も――
体も―――
自分の存在すべてが、温かい光に包まれていることに気づく。
「エウラリア……」
優しく名を呼ばれて、振り向くと――リュシーが微笑んでいる。
すぐ隣を、彼女はかすめて、通り過ぎていく。
フワ……
頬を、彼女の柔らかい髪が撫でた。
「―――――ッ!!」
エウラリアはハッと目を見開いて、過ぎ去る彼女へ腕を伸ばす―――
「やめろッ!!!!!!リュシーーーーーーーーーーーっ!!!」
―――斬………ッ
リュシーの胸を、光の槍が、突き抜けた―――
―――――――――
バタリ……
彼女は地に落ちていく。
エウラリアは、その体を抱き留める。
十字架のもと自由になった彼は、片膝をつき、リュシーの体を抱き寄せた。エウラリアは何度も何度も、治癒術を彼女にかけるが、出血はとまらない。
「………く…そ……ッ…!」
「……ラリア…こ……れ…。」
パタン……!
「リュシーッ!!」
リュシーは最期の力を振り絞って、彼に何かを差し出した。エウラリアは、落ちていくその手をしっかりと掴んで、それを受け取った。
「これ…は………」
エウラリアの声は震える。
「約束してた……でしょう?…そっと届けに来るって……。あなたのはラペルピン…なの。」
「もうしゃべるな……ッ!しゃべらなくていいッ!」
リュシーの純白のドレスは、真っ赤に染め上がっていく。
「…これはブラック・ルチル・クォーツ……。力強さと情熱の力に満ちた…ブラック・ルチルと……ホワイトのクォーツが合わさった……石…。一見すると黒い石だけど……光に透かして見ると、白もちゃんとそこに輝いている石………」
「リュシー……ッ!もう…いいのだ………!」
リュシーは、顔を歪めるエウラリアの頬に、そっと手を沿える。
彼女は本当に楽しそうに、微笑んでいた。
――「まるで………あなた…みたい…でしょう…」
頬に触れた手は、どんどんぬくもりをなくしていく―――
「な…ぜ……こんなことをしたのだ……?」
「なんでって………当たり前…じゃ………な…い…」
パタ………
頬を撫でたその手は力を失って、
―――――地に落ちた。
「………………」
――「おい……あの女…リュシー様じゃないか……」
「まずいぞ……!こんなことが世間に知られたら……!」
「ていうか…あの黒魔術師……どうして治癒術が使えるんだ…?
ここには牢獄と同じ、闇の魔力を押さえる結界が張ってあるのに……」
ニコライの手下達が慌て振らめいている。
―――「この程度の結界……今のワタシには、無意味だということだ。」
不気味な声がした。
「ひ、ひぃっ!」
男たちは後退する。
――バチバチッ!!
ゆっくりと―――エウラリアは立ち上がる。
その首元には、逆十字の、漆黒のロザリオ―――
彼を中心に、黒き闇の魔力が閃光を伴って膨れ上がっていく――――
「この一か月……
キサマらからの拷問に耐え、ワタシは自身を癒すことさえ捨てていた……。
その分に消費されるはずだった魔力を蓄積し、増大させ………
ニコライの張った忌々しいこの結界を破るほどに、魔力を強化するためだ……
結局、今日を迎え…間に合わないと諦めかけたが……
――――彼女が、それを救った。」
バッ!!
エウラリアは手のひらを広げた。
キラ……ッ
ブラック・ルチル・クォーツのラペルピンが、胸元で白く、輝く―――
――「来たれ、レーヴァッ!!!
ワタシに力をくれたリュシーの想いをッ!
―――――――その黒き刀身に刻めッッ!!!」
――バチバチバチッ!!!―――ゴワンッ!!
彼の手のもと、ブラックホールのように、闇が渦巻き、
ギラァッ!!
―――チャ……ッ!!
エウラリアは――黒き日本刀を手にした。
その瞬間、地下の空気が冷やかに、凍り付く―――
――「死にたくなければ……去れ。」
いつの間にかエウラリアは、一人の男の喉元に、その切っ先を向けていた。
誰も彼の動きを見きれなかった。
「ぎゃあああああああああああああああああああッ!!」
男たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
しかし、
エウラリアは――
――キッ!!と、男たちが逃げて行った暗闇を睨みつけた。
――――パン…!パン……!パン………!
やがて、拍手の音が響いてくる。
しんと静まった、開けた処刑場に、その音は無機質に響く。
パン……パン…!
続いて、機嫌のよさそうな、男の声。
「いやぁ!いいね!やっぱりリュシーに一声かけてみて良かった!ここまで彼を追い詰めてくれるんだから!!おかげで
―――とぉっても欲しくてたまらないものが……っ!目の前にある!!」
暗闇から、片眼鏡をつけ、長い白髪を後ろで束ねた男が現れて
――狂気に満ちた若草色の瞳が、エウラリアを捕らえた。




