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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
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Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 part2

ガチャアン……ッ!バタンッ!


――「お兄様ぁっ!」

「動くな、アリシエラッ!」

「はははっ!それが賢明な判断だと思うな。」


エウラリアは投げ出された牢獄の向こう、苦々しくニコライを睨みつける。


――「大人しく話を聞いてくれないと、かわいい妹の首が落ちるよ?」

ガチャンッ!

ニコライの手下が、牢獄の錠を乱暴に閉める。

「……っ!」

エウラリアは立ち上がると、飛びかかるように鉄格子の外へ食って掛かった。

「脅しつけて逮捕に及ぶとは、どういう要件だろうなッ!!?アァッ!!?」

ニコライは肩をすくめる。

「血気盛んだな……。まぁ…いいか。あっ、君はもういいよ。彼も牢に入ってくれたし、話の邪魔。」


「きゃっ!!」


「アリシエラァッ!!!!」


ニコライは、黒髪の少女を解放すると、手下に拘束させる。

彼女は、獄に入れられた兄を悲痛そうに見つめながら、ドアの向こうに、連れられて行った。


バタン……


ギリギリッ!と、エウラリアはニコライを睨みつける。


ニコライは、「乱暴な君は、こうでもしないと抑えられないから…仕方なく……ねぇ?」と、鉄格子の向こうの黒魔術師に、不敵な笑みを浮かべて見せる。


「……さて、君の罪状はこうだ。」


ニコライは逮捕状を広げて、それを淡々と読み上げた。



「黒魔術族の呪術(ツァウバー)規制機関:リュミエール修道院は、以下の者を罪に 問う。


 Dérision(デリジオン)の黒魔術師 備考、(ファーストネームは無し)


 罪状は、

 『死者蘇生の呪術を完成させ、“死”という絶対真理を捻じ曲げた罪』

  である。


 現在処分を検討中。おそらく死刑と処す。


 以上、リュミエール修道院 大司教ニコライ・デリール」



「な……ッ!」


「ふふ。流石に動揺しているようだね?知ってるんだよ。君は苦心の研究の末、『死者蘇生』の魔術を完成させたんだって?すごいな!本当にすごい!歴史が動いた瞬間だ!」


「だまれニコライ風情がッ!ワタシは確かに親の命に従い、『死者蘇生の呪術』を完成させた!しかし、その呪術を使用するつもりも、口外するつもりもないッ!キサマの言うように世界の真理が崩壊するからなッ!それを防ぐため、この呪術理論は、この記憶の内にのみ残し、ワタシが死すに従い消滅させるッ!現に研究資料は一枚も作成していないッ!!」


ニコライは頭を掻いて、困った顔をする。


「そう言われてもねぇ~。いつ君の気が変わるやもしれないし。第一、黒魔術師にそんな風に誠実に訴えられても、説得力がないというか……」


エウラリアは犬歯をのぞかせて、ギリリと下唇を噛んだ。


「あぁ……でも、交換条件があるんだ。もし、この条件を飲むなら、君のさっきの訴えを配慮して、死刑は取り消してあげよう。


――はははっ!君が所有していることは、突き止めているんだよ……?


  昔から憧れてやまないんだよねぇ……

  あぁっ!やっとここまで追い詰めたんだ…!

  感謝するよリュシーにイレール……。君たちの恩恵には感謝しきれない!!

私に権力をくれたのだから……」


狂気の瞳がエウラリアをとらえる。



「……条件はこうだ。


――レーヴァテインの守護権をリュミエール修道院に譲り渡すこと。」



その瞬間、


ガシャァァァァァーーンッ!!!!!


鉄格子が勢いよく、くの字に曲がった。


――「下劣がッ!!!!!」


エウラリアは振り上げた足を降ろすと、ニコライの顔面に向かって言い捨てる。


「この低俗がッ!脅しなど無意味だッ!キサマなどにワタシは屈しないッ!!下がれッ!ワタシは潔く死を受け入れ、死者蘇生の呪術と、レーヴァともどもッ!この世界から消え失る道を選ぶッ!!!」


「……やれやれ。」

ニコライは彼を小ばかにしたように肩をすくめると、獄中の彼に、舐めるような視線を注いだ。


「今日のところはいいよ。待ってるから……

君が弱り切るまでね。

さて……君の体とその信念は、どれほどもつだろうねぇ……?」


「消えろ。ニコライ風情が………ッ!」


ニコライは踵を返すと、薄暗い地下牢を離れていく。


「はははははっ!!楽しみにしてて!そのうち君はレーヴァを手にせざるを得ない状況

 ………奈落の底に落ちてしまうはずだから………!ねぇ――優しい優しいエウラリアくん?」


ニコライは厭味ったらしく、横目で地下牢を振り返る。


「―――ッ!」


エウラリアの表情が一瞬、苦しげに歪んだ。


「……その時には…キサマを闇で喰らい尽くしてやる…………ッ!」


――殺気のこもった声。



「ははっ!その時には、光で浄化し尽してあげよう!―――じゃ……」


バンッ!

ニコライの背中は、地上へ続く階段が伸びるドアの向こうに、

―――消えていった。




――――――


彼が獄に入れられ、しばらく時が経った――



バタンッ!!!


―――――――――――ッ!!!



――コツ…コツ……


リュシーは、絶望に落ちた表情のまま、鉄格子へと歩み寄った。



「エウラ……っ…リ……ア…」



彼女は声を震わせながら、鉄格子に向かって


―――「いやあぁああああああああっ!!!」


がっくりと倒れ込んだ。



「エウラリアっ!!いやぁぁああっ!こんなこと…っ!こんなのって……っ!」



彼女は嫌々をするように首を横に振り続け、泣き崩れる。

そのブルー・サファイアの瞳の中には、


大切な大切な友人の――

変わり果てた姿があった。


ポチャン………


彼の口元から、鮮血が一筋、地に落ちた。


滴った先は、無機質で冷たい石床。

そこに、その温かい一滴は、ぬくもりを奪われて、吸い込まれる――



 顔も、衣服も、切り傷だらけだった。

白いはずのシャツが血で紅く染まっている。

きっと、拷問さえ、受けていたのだろう。

食事もろくに取っていない体はやつれ、美しい顔立ちが、青白く変わり果てていた。



――「リュ……シ………」


 彼は弱々しく言うと、壁に横たえた半身を起こす。乱れた髪から、力のない紅い瞳が覗いた。


「エウラリア……!」


呼びかけに応じてくれたことに、リュシーは安堵の声を出すも、

「……ッ…!」

その姿に、再び、瞳に涙がにじむのを感じた。



――「ごめんなさい……」



リュシーがポツリと言った。


エウラリアは鉄格子の向こうから、弱々しく、彼女を見つめる。

彼女は、ポツリ、ポツリと、言葉をしぼる。



「私…ニコライ先生を…止められなかった……!

あなたが…っ……こんな…目に…合うなんて……


――全部私のせい…!

私が世界なんて調和させるから…………っ!黒魔術族の谷を開かせたから………っ!

あなた達は……っ!レーヴァテインを守るために閉ざしていただけなのにっ!


あなたがこんな目に合うのならっ!!!!


世界なんて……!―――調和させるんじゃなかった!!!!!!」



―――エウラリアの瞳が、キッと吊り上がった。



「それは違うッ!!!謝るなッ!!!謝る必要などないッ!!!」


彼は、瀕死の体のどこにそんな力が残っているのかと疑うほど、激しく怒鳴り散らす。


―――ビクッ!

リュシーは生気に満ちた紅い瞳と目が合う。


「オマエのおかげで多くの者が幸せを手にした!!オマエは正しいことをしたのだッ!今この瞬間ッ!!対立で命を落とす者などいないのだぞッ!!!?これがどれほどの奇跡であることかッ!!!!


オマエは正しいことをしたのだッ!!!!それなのに!それなのにっ!

それなのにッ!!!――なぜ謝るッ!!!?


―――――――――くっ…はぁ……」



「エウラリア…っ!!!」


半身を起こす力さえ無くして、彼は冷たい床へと崩れ落ちた。


「……ハァ……ハァ…」


「…っ…そう…よ……!今癒すわ……っ!」


リュシーは涙のあふれる瞳をギュッと閉じながら、手のひらを彼の方へと伸ばした。

光が、彼女の手先に広がる―――


――「……だめだ。どうせ…ここへは監視の目を…ッ…かいくぐって…きたのだろう?不自然に治っていては……怪しまれる。」


それは、エウラリアに制されてしまう。


――「でもっ!」

彼女は表情を歪める。

「いや…いいのだ……。怒鳴って済まなかった……」

エウラリアはゆっくりと、首を横に振る。


「それよりも…。いつものように……しょうもない話に興じさせてくれないか?そうだ……。先月…手紙で言っていただろう?…イレールと…ジュエリーブランドを…立ち上げるために……ジュエリーデザインを学んでいると……」


リュシーは瞳を押さえつつ、優しく、コクリと頷いた。



―――――



 「それでね……。皆にそれぞれの性格をイメージした宝石を使って、一人一人にブローチをデザインしてるの……。エウラリアにも…出来上がったら、こっそり…届けに来るわ。皆に知られないように………こっそり、秘密に…ね……」

「昔を思い出すな……。オマエは…凝りもせずに…毎日秘めやかに……、ワタシのもとへと足を運んでくれたな………暇なヤツだと思っていた…」


鉄格子を挟んで、背中を預け合った二人。

でも、薄暗い地下牢は、あまりにも、冷え冷えとしていた。



「期待して待っていて……必ず期待通りの物を用意して見せるわ…」


「あぁ……期待していよう……一流の宝石商が目利きし、デザインする宝飾品だ……。常に身に着けて………宝としよう……」



エウラリアは、青白い唇の口角をゆるやかに上げると、

―――天を、仰いだ。


「いつか…オマエの店に…行ってみたい…ものだな………




人間も……魔法族も…分け隔てなく……招かれる…そこへ………


いつか………自由の………身に…なって……」




―――――――――




―――「ニコライっ!!あなたの好きにはさせないっ!!!!」


 リュシーはエウラリアと別れると、修道院へ向かった。

しかし、どこにもニコライの姿はなかった。


「ルイーズ!!ニコライはどこっ!!!?」


回廊で目に入った修道女に尋ねる。彼女は困り切った顔をしていたが、リュシーの顔を見て駆け寄ってきた。

「それが…どこにもニコライ大司教の姿が見えないのです………!鳩を何度飛ばしても帰って来てしまうし……」

「………っ!身を隠したのね……!」

「ただ…。先ほど飛ばした鳩が、リュシー様宛てに手紙をくわえて来たのです…!」

「……見せて!」

リュシーは手紙を受け取ると、すぐに封を解いた。


~~~~


 やぁ、リュシー!

 真っ白いはずの君に入れ知恵をしたのは、“エウラリア”くんだよね?

 その彼だけど、もうすぐ死ぬよ。

『死者蘇生の呪術』なんて危ないもの、ほっとけないからね。


 でも、ちゃんと交換条件を提示してるんだ。優しいだろ?

 昔から、彼が所有しているレーヴァテインが欲しくてね。レーヴァテインを差し出せば釈放すると言ってるんだけど、なかなか頷いてくれないんだ……君から一言言っといてくれないかな?


 あ、この一件は、間抜けなイレールや、君の幼馴染には話しては駄目だよ?

 彼らには、いつまでも『いい人教師』として見ていてもらいたいんだ。

 彼らにはまだ利用価値がある。もし話したならば――――




―――ビリビリビリィッ!


「リュシー様っ!?如何なされたのです!?」


「なんて……っ!ことなの………ッ!!!!」


顔を青くし、怒りを露わにしたリュシーは、ダッ!と、駆け出した。


「リュシー様っ!本当に如何なされたのです……!?」


「何でもないわっ!ルイーズは病人の看護に尽力を尽くして!そして、ニコライを見つけたら、私に鳩を飛ばしてっ!!!」


背中に修道女の声を聞きながら、リュシーは黒い十字架をギュッと握る。


 彼女は思いつく限りの場所を探し尽したが、結局その日、二コライを見つけることは、できなかった。



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