Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達 part1
続きは、明後日の昼更新予定です。
「お前も教育を終えた身。もう一人前だ。
この杖の継承者として、お前を認め……これを授けよう。」
「は……!」
壮年の男性の前に膝まずく黒髪の青年は、こうべを垂れながら、黒い薔薇を一輪受け取った。
その黒い薔薇が青年の手に触れた瞬間――
薔薇はうねる闇と変わり、一瞬にして姿を変える――
――「日本刀の形をとったか……」
壮年の男性が言う。
青年は立ち上がって、黒き刀身を持つ日本刀に変わったそれを、まじまじと見つめる。立ち上がる際、高く結い上げた黒髪が艶めいた。
「これが……世界を唯一、白紙に戻すことができるという
――――レーヴァテイン。」
壮年の男性はフフ…と不敵に笑った。どこか、青年と似た面持ちをした黒髪のその男性。首には逆十字のロザリオをかけている。
「良いな?その杖が世に出回れば、一瞬にして世界は終わる。
この父がそうしたように、息子のお前も必ず命を懸け、守り通すのだ。
さぁ……
“黒”である我らが証
―――その逆十字に、誓え。」
「……必ず!」
父親と同じ、逆十字の黒きロザリオが、彼の首元で光った。
Fragment.2 狂気で傷つくのは、心優しき者達
「では、話を変えよう……お前の名についてだ。」
青年は腰にレーヴァテインを下げると、そう言った父親に向き直る。
「他者を呪術で殺めたとき…黒魔術族は個人としての名を得ることができる。この掟は分かっているな?」
「あぁ、嫌と言うほどな。で、話は何だ?」
「フフ…お前はその例外としよう。お前は黒魔術族の中でも特に優秀だ。
これを命令したい――」
彼の父親は羊皮紙を広げて、堂々と息子に宣告した。
「黒魔術族が長より、命令書を発行する―――
『死者蘇生の呪術を確立させよ!』
未だ誰も成し遂げたことの無い…この偉業を成し遂げよ!
黒魔術族が全種族を凌駕するために!
この偉業を成し遂げたそのとき、我が息子に名を与えよう!!」
――――――――
「馬鹿な話を引き受けてしまったものだろう?オヤジのくだらん族長命令のせいで、未だ519年、ワタシには名がないのだ。生まれ変わった世界を、見て回る時間もなく、研究に明け暮れる日々……息がつまる。」
「私はあなたのこと、軽々しくエウラリアって呼んでるわけだけど……。『死者蘇生の呪術を確立しろ』だなんて、無理難題ね……ミサを聴きに行く時間もないでしょう?」
「まったくだ……せっかく自由にミサ曲を愛でられる時代になったというのに…」
「うふふ…それは重要よね!」
リュシーとエウラリアの長い髪を、春の風が優しく撫でる。木陰にたたずむ二人。その目の前を、悪魔と天使の男女が仲睦まじく、通り過ぎて行った。
「……ワタシは、白魔術族に生まれたほうが幸せだったかもしれんな。」
エウラリアがポツリと言って、首元のロザリオを見る。
そこには――自分が“黒”である証があった。ズシリと重量感のあるそれは、未来永劫、首から離れることはない。
「聖なるミサ曲を好んだがゆえ…昔はそれを責められることが多々あった。なぜ心の自由まで奪われなければならんのかと…悩んだ。」
「エウラリア……」
「今のように、名を得るためにくだらん研究をする羽目にもならなかった……
ハッ!くだらん掟だなッ!『個人の名を得るためには、呪術で人を殺めること』だと!?何の意味があるのだ?そんなこと何になる?いくら黒魔術師だからと言って、むやみやたらに殺人をするなど、低俗にもほどがあるッ!」
ギリリッ!
エウラリアは首元のロザリオを荒々しく握る。
「落ち着いて。」
抱擁するような声で、リュシーは彼に言った。
「私は、エウラリアが…黒魔術師で良かったわ。」
「………っ!」
彼は目を見開く。リュシーは口元に手をやって、「珍しい顔ね。」と、笑う。しかし、すぐに優しい目になって、風で顔にかかった横髪を押さえた。
「あなたは悲しみや恐怖の化身、“黒”魔術師として生きながらも、優しさや愛情といった“白”を認めてくれるでしょう?
あなた……私を理解してくれてた。
私はきっと、あなたの協力がなければ、
黒魔術族と白魔術族の和平を実現できなかったと思う。
もちろん、他の種族と黒魔術族が和解することもなかったわ。
今の魔法界は平和に満ちている。
皆が望んだ世界を実現できたのは、
―――“白”を認めてくれた黒魔術師がいたからなのよ。」
「………」
黙った彼は、そっと首から、黒いロザリオを外した。
フ……と口角がゆるやかに上がる。
「これを預かっておいてくれないか?」
「あら?どうしてかしら?」
「これは黒魔術師である証明となる。ワタシが黒魔術師の職務を果たし、『死者蘇生の呪術』を無事完成させたときに返してくれ。
その時に、“黒”は“白”の対であると……再認識したいのだ。」
二人の間を、やわらかい春風が通りすぎて行く――
「ふふ……分かったわ。」
リュシーはエウラリアの決意を受け止めると、それを首にかける。
彼女の首元で、純白のロザリオと、漆黒の、しかも逆十字のロザリオが、二つ凛と、輝いた。
―――――――――
修道院の一角。
バタンッ!
「待ってください!ニコライ先生っ!」
「姉さん、落ち着いてください!」
「やぁ、リュシー。機嫌が悪そうだね?」
リュシーは石床を荒々しく踏みつけて、背の高いニコライをキッと睨みつけた。隣ではイレールが彼女の怒りに焦り切っている。
「これはどういうことですか……!勝手に私達を崇拝するリュミエール修道会なんてつくって!何をしようというんですか!!?」
「何って、病人の看護に…“黒魔術族の呪術規制”…一応誰かが見張っておかないとね。あとは、世界を救った君達への賛美を表明したくてね。君達への祈りの時間も設けたいと思ってるよ。あぁ、そうだ。『ニコライ先生』はもう止めておくれ。今度『ニコライ大司教』になるんだから。」
「…っ!それではただの宗教団体じゃないですかっ!!看護はともかく!私達への祈りの時間なんていりません!崇拝なんて求めてないのですから!!」
ニコライはリュシーを自分の子どもでも見るかのように見つめ、
「リュシーは歳を経るごとに、私に冷たくなってる気がするなぁ……」
と、寂しそうな顔をする。
「ただ君に感謝を示したいだけなんだ……」
「騙されませんよ……!ニコライ先生……!」
キッ!
リュシーは厳しくニコライを睨みつける。
「はぁ……荒いなぁ。」
ニコライはやれやれと、ため息をついたが
――ほんの一瞬、片眼鏡の奥の若草色の瞳が、彼女を睨んだ。
その瞳には、彼女の首元の黒いロザリオが映っている――
ニヤリ……
「あーあ…寂しいなぁ。またちゃんと話すよ。」
何事もなかったかのように、ニコライは去って行った。
「姉さん…ニコライ先生は恩師です……。今まで人間界に移住させてもらったり、色々と面倒を見てもらったんですよ。ニコライ先生のこの行動は、確かに唐突でしたが……もっと穏便に、少しずつ、説得して止めさせませんか……?」
イレールは心を静めて、俯いてしまった姉を見た。
「………何かあってからでは遅いの。」
「……え?」
――“黒魔術族の呪術規制”…一応誰かが見張っておかないとね
リュシーの瞳が見開かれた―――
「―――――――いけないッ!」
「――っ!?姉さん!どうしたんですか!!?」
リュシーはどこかへ駆けだす。
「ごめんなさいイレール!!ちょっと出てくるわ!胸騒ぎがするの!」
彼女は首元の黒いロザリオをギュッと、握りしめる。
(どうか……!どうか……!無事で居てっ!エウラリアっ!!!)




