33Carat Gloria~グローリア part2 last
――「私と同じ気を纏った少女……人間の少女。
イレールという聖者の寵愛を受けた心清き乙女。
純潔と犠牲と再生の花、白百合の名を抱き…数奇な運命に巻き込まれて……
聖者に愛されるとは、魔法族の争いに巻き込まれるということ…
でもいいえ、こんな運命許せない……。
抗いを…!
ニコライの狂気はなんと罪深い!
―――私も黙ってはいられない………!」
どこかの花園。
風に飴色の髪をなびかせて、純白のドレスにはルビーのブローチを、その手には光り輝く杖を抱いて―――リュシーは凛と、立ち上がった。
――――――――
「それは本当ですか!?」
イレールは、ある街角で声を張り上げた。
「はい!リボンのバレッタをつけた黒髪の女の子ですよね?アンフェスバエナなんて、すごい大きなファミリア(使い魔)を連れてたから、目立ってましたよ。あたしたちあの店で買い物をしてるときに見ました!」
「あとあとっ!黒い…怖い感じのお兄さん…でもすっごい美形!の、悪魔のお兄さんに連れられてどっか行っちゃいました!」
少女たちはうっとりとイレールを見つめながら、昨日、洋服屋で見かけた黒髪の少女のことを話した。
「ありがとうございます!それでは……!」
イレールは彼女たちに頭を下げると、少女たちのもとから仲間のもとへ戻った。少女たちは、「イレール様に会っちゃった~!」、「なかなか魔法界に戻って来てくれないのよね~!」と口々に黄色い歓声を挙げながら盛り上がっている。
「……この町を通ったってことはよ?道は一つしかないよな?」
ジョルジュが、少女たちの盛り上がりを不服そうにチラチラ見ながら言った。
「あぁ。『白と黒の祭壇』へ続く整備された道は一つしかないね。」
クラウンが、死神の黒いローブを風になびかせながらそれを肯定する。
「昨日の晩からここらへん一帯を歩き続けたかいがあったわねぇ。」
ミカエラは安堵の声を上げる。
「道なき道を行ったって可能性はないの?」
「大丈夫です。この一帯は神聖な魔法生物の宝庫、道なき場所を踏み荒すことは固く禁じられています。エウラリアはあくまで穏便に祭壇まで向かうはずです。事を荒立てるようなことは極力避けると思いますよ。」
御真弓様の疑問をイレールはやんわりと否定する。
五人は町を跡にして、『精霊の樹海』に伸びる道を歩く。
もう夕暮れ時だというのに、五人は歩くのを止めなかった。因縁の黒魔術師を止めるため、友人を、ある二人にとっては愛した人を迎えに行くため。
またある死神道化にとっては―――
暗闇が森を覆っても、彼らは歩き続けた。
「さすがに……今日はもう休みましょうか。」
寂しそうに、イレールはピンク・サファイアのブローチを撫でて提案する。
「チッ……そうだね。」
クラウンが相槌を打つのと同様に、皆やるせなさそうに頷いた。
流れる寂しい沈黙―――
それを断ち切った者が、居た―――――
「ケーーーーーーーン!!」
―――ブワァッ!
五人の頬を夜風が撫でたかと思えば、
ポワッ……
むき出しの地面から、柔らかい若草色の草花が光を伴って伸びる。
彼らの足元に伸びたその草花は鮮やかにつぼみを付け、花を咲かせる。
「貴方は……」
耳に届いたキジのような声の主に、イレール達はお辞儀をした。
「ケケーーーン……」
穏やかに鳴いたその声の主も、丁寧にお辞儀を返す。
彼らはお互いに礼をしあって、互いを尊重し合ったのだった。
「……霊長シームルグ」
イレールは静かに顔を上げる。鷹のような姿をしたシームルグと目が合う。
シームルグは、何か言いたそうにじっと、イレール達を眺めた。
御真弓様が突然――真剣な顔になる。
「……百合さん達を見かけただって?」
「羽ヶ(はば)矢!シームルグが言ってることが分かんのか!?」
「…うん!あなた達には聞こえないの?クラースさんみたいにしゃべっているのに?」
御真弓様意外はジョルジュ同様、驚愕の表情を浮かべている。驚きを隠せないまま、ミカエラが彼に説明した。
「わたし達魔法族は…使い魔として魔法生物を従えたときにだけ、その魔法生物と会話をすることができるの。クラースが少し特殊なだけで、これが通常なのだわぁ。」
「そうなの……?」と、御真弓様は一瞬思案した顔をしたが、
―――シームルグに向き合う。
「日本の神々は自然とともにある……大抵、野山に生きる動物とは意思疎通ができるんだ。そのおかげかな……君の伝えたいことが手に取るように分かるよ。」
彼はシームルグと会話をし、ある場所を見つめた。
「そっか…僕のブラック・オニキスの…このイヤリングに宿った心の欠片……それと同じ心を持った少女を見かけたから、気になって話しかけてきたんだね。そして、その少女と、闇の魔力に満ちた男があそこへ今朝方…入って行ったと……。うん、気持ちは競ってしまうけど…今日はもう向かわないよ……あそこに夜立ち入ることは昼以上に危険なんだね。」
「ケケーーン……」
シームルグは、頷いて、サッと飛び去ってしまった。
「ありがとう。」
御真弓様はお礼を言うと、イレール達に言った。
「二人はあそこにある遺跡に入って行ったみたい。
明日はそこへ行こう――――――」
――――――
百合はベッドに横たわって、震える体で寝返りをうった。
しんと静まった室内。
そこに、彼女がシーツを身に引き寄せる、衣擦れの音が響く。
寝ようとギュッと目をつぶった百合だったが、
布団から半身を起こす。
「……眠れない…」
弱々しく呟いた彼女はベッドから起き上がると、
――カチャ…。
自分にあてがわれた部屋のドアノブを引いた―――
暗い廊下に、リビングへ通じるドアから光がこぼれている。
物音はしないが、エウラリアはリビングに居るらしい。
このマンションの間取りは4LDK。リビングと自分の部屋しか知らない彼女は、他の部屋に何があるのか分からない。ただ、この二日間眠れない夜を過ごしている彼女は、エウラリアが夜、リビングに籠っていることを知っていた。
そして、深夜になってやっと、彼が自室のドアを開く音を聞くのだ。
彼女はエウラリアに気づかれないよう、そっと玄関のドアを開けた。
逃げるためではなかった。寂しかっただけだ。
「ギギ………」
「違うよ……逃げないよ。ただ、誰かと一緒に居たかったの……」
百合は玄関付近に居座っているアンフェスバエナを、寂しそうに見上げた。
ドアの向こうは暗闇が広がっているが、しっかりとアンフェスバエナの姿が見て取れる。ぽっかりと、暗闇の中に、双頭の怪蛇と白い寝巻を着た少女の姿が浮かび上がる。
アンフェスバエナはドアの先を見据え、エウラリアを警戒していたが、百合の傍に身を横たわらせた。
「ありがとう……」
百合もお礼を言って、怪蛇の体に背を預けて座る。
「ギギギィ~~」
「えへへ、くすぐったいよ。」
アンフェスバエナの二つの顔が彼女のもとへ首を下げて甘えてくる。百合が撫でてやると、嬉しそうに目を閉じる。百合はしばらく笑い声を上げていたが、寂しそうな表情になって、胸の内を語り始めた。
「……夜になるとね。怖くなるの……あと五日か四日後に…私……」
彼女は黙ってしまう。
「ギギ……」
アンフェスバエナは彼女に寄り添う。
「…考えまいとしてるけど…夜になると、エウラリアさんが近くに居なくなってしまうから、悲観的になってしまうの……。変な話だよね、自分の命を狙っている人と一緒に居ると安心してしまうなんて…ほんと私ってなんて呑気なんだろ。」
百合は苦笑いする。
「でも……エウラリアさんを憎めないの…どんな人なのか知ってからはなおさら……
なんでかな?―――エウラリアさんも幸せになれる道を探してるの…
今のところ、それは私が犠牲になるっていう道しかないんだけど……
でもね…あと何日か私には残されているから、エウラリアさんを止めることができる道を見出すことができないか…考えてみようと思う。
私だって……まだ死にたくないもの。
まだまだ生きて……
家族や友だちと過ごして……イレールさんやクラウンさん達と思い出をつくって、
エウラリアさんとも…別の形で向き合ってみたい。」
じっ……
アンフェスバエナは百合を見つめて、何を考えているのか分からなかった。
何も、鳴き声さえあげてくれない。しかし、ずっと、少女の震える体を温め続けてくれた。
――「さて……オマエに何ができるだろうなァ?」
玄関のドアに背を預けたエウラリアは、首にかけた黒い逆十字のロザリオを弄ぶ。しっかりと聞こえた少女の言葉に眉をひそめ、言い捨ててそれを断ち切る。
彼は少女を連れ戻すために、ドアノブに手を駆けた。
だが、
紅い瞳に――苦痛の色が滲んだ。
キッ!と、
ドア向こうの少女に、呪うかのような眼差しを向けたが――
「………く…ッ!」
ドアノブにかけた手はぎゅっと握りしめられて、勢いよく離された。
「………チッ!
ワタシもつくづく甘いな……」
彼は、あざ笑うかのように髪をかき上げる。
そして、ゆったりとした足取りでリビングへ戻って行った。




