32Carat Kyrie~キリエ part3 last
―――(リュシー……君はどんな思いで今の私達を見つめているのだろう?
このブルー・サファイアはきっと、神聖な存在となった君の心に、
間違いなく、この迷いを伝えているだろう。
私はどうすればいい?
おどけてみせるといつも笑って、小突いてきた君……
安らぎの念を覚える、優しい瞳……
君の、心の輝きの欠片が、このサファイアには宿っている……)
「団長が……固まってるっス。」
「えぇ…あんなに感情が読めないジョーカー初めて見たわ。まぁ、いつも何を考えているのか分か りにくいけれど…」
「……不気味」
「……マッドに言われたくないと思うの。」
「…思うの。」
ブラック・スペード、レディー・アーレイ、マッド・クラブ、妖精姉妹の五人は、ひしめき合うサーカステントの一角――色鮮やかな荷物が散乱する荷物置き場で、一人木箱に腰を下ろしているクラウンを、不思議そうに盗み見ていた。
クラウンは――というと、いつもの簡素な白い仮面で顔を隠し、その背に銀糸のような長い銀髪を流して、赤いスーツを身に纏い、極彩色の鮮やかなストールを肩に、腰に巻いている。頭には極楽鳥の羽が揺れる紅いシルクハットをかぶって、見た目はいつもと変わらない。なんとも奇抜な格好。
しかし、雰囲気は―――
正反対のものだった。
いつも冗談ばかり言う不敵な口は固く閉じられ、
俯きがちに、固まってしまっていたのだった。
ただ彼は
――手のひらの、ブルー・サファイアのブローチを眺め続けていた。
「今日は休みだから別にいいけど……明日にまであの状態だったら困るわ!
ちょっと行ってくる!」
――「あっ!レディー!」
ずかずかと踏み込んでいきそうなレディーを、四人はしーっと、人差し指を突き立ててなだめる。
すると、
―――「あっ!イレールさんとこの白梟っス!」
イレールのファミリア(使い魔)である白梟のクラースが、風を切ってクラウンのもとに飛翔した。
クラウンは、そこでやっと顔を上げる。
そして、
何やら慌てた様子のクラースと向き合ったかと思えば、
―――ガタンッ!!
クラウンは荒々しく立ち上がって、一緒にどこかへ行ってしまった。
その場が、しん……と静まり返った。
「何が…起こっているの…かしら……?」
彼らには分からない、緊急の事態が起こっているような気がして、
五人は顔を見合わせるしかなかった。
―――「イレールッ!!!!!」
チリィンッ!!
荒々しく宝石店のドアをクラウンが開くと、
白い聖職者服姿の―――悲痛そうに表情を歪ませた
イレールと目が合った。
「なんて馬鹿なことをしたんだ!百合はッ!!」
クラウンは拳を握りしめて、イレールに駆け寄った。後ろではジョルジュに、ミカエラ、御真弓様が、悔しそうに視線を落としている。
「大切な人を守りたいと思うのは当然じゃないのかッ!!?どうして百合は私達のその想いに従ってくれないッ!?」
「やめてください!!クラウン!!」
イレールが叫んだ。
「百合さんは……私達が彼女にそう思うように、彼女もまた…私達を守りたかったんです!このピンク・サファイアからは…痛いほどの彼女の迷いと謝罪、そして私達への愛情が感じられるんです!!」
「そ、そのブローチは―――」
イレールが握りしめているのは、通常なら、彼女のバレッタにつけられて輝いているはずの、ピンク・サファイアのブローチだった。
「これ……さっきエウラリアのファミリア、アンフェスバエナが届けに来たの。」
ミカエラが、クラウンに一通の手紙を差し出した。
~~~
『白と黒の祭壇』に向かう。
ぜひ、後を追いかけて来てはいかがかな?
「――――ぐッ!あの場所は……ッ!」
クラウンは下唇を噛んだ。
ミカエラが悲痛そうにつぶやく。
「どうしてイレールが幸せを手にできないの……っ!
こんな運命…あんまりだわっ!
純粋に人を大切にする人がこんな目にあうなんてっ!」
ジョルジュも、御真弓様も、クラースも、彼女の言葉に目をぎゅっとつぶった。
「ミカエラ……!やめてください!」
イレールはその言葉に鋭く言い放つ。
「……私なら大丈夫です。」
彼は手に握りしめたブローチを胸につけた。
純白の肩にかけたケープに輝くそれを、彼は優しくなでる。
「どうして私は……誰かの見逃すべきでない感情に気づけないのでしょうか…
多くの黒魔術師が命を落として、
リュシーを亡くした十二年前もそうでした……
……私は、ニコライ先生の狂気に気づけなかった。
いくら父親と慕っていたとしても…気づくべきです。
近くにいたからこそ……彼の狂気を止めるべき立場にありました。
ニコライ先生の行動は、私にとっては裏切りですが、
エウラリアにとってはそうではありません……
エウラリアが憎むのは―――親しい者を亡くす原因を作った
――――この……私。
憎まれて当然です……
責められて然るべきです……
でも、私はやはり、人を愛して生きていたいと願いました。
本当に心を許した者を疑って生きるなんて……できません。
百合さんが、私を愛してくれるように、私も人を愛して生きたい。」
イレールはその場にいた全員を見回した。
「力を貸してください。
正面から……エウラリアの憤怒を受け止めようと思います。
正々堂々、過去の自分と、彼と、向き合って、エウラリアを止めます。
そして、百合さんを迎えに行きます。
前に約束してくれたんです。ずっと私の隣に居てくれると……。
彼女がここに居ないなら、私がその隣に向かえばいいだけの事。」
みな、力強く頷いた。
「よし!私も気を引き締めないとね!じゃあ――――」
クラウンが突然、その場で一回転した。
途端、彼の赤いスーツが黒く染まって――――
―――「おぉっ!懐かしいじゃねーか、クラウン!」
ジョルジュが感嘆の声を上げた。
「へへっ!そうかい?」
彼は死神らしい、漆黒のローブ姿に変わった。
胸には――ブルー・サファイアのブローチが輝く。仮面の下の銀色の瞳が、強い意志を持っていたのは、彼自身しか知らない。
「んじゃ!オレもオレもっ!」
「ふふ!わたしもよぅ!」
ジョルジュがベルベットのコートを翻し、ミカエラが純白の羽で身を包んだ、
「うわぁ~!二人とも神々しいよ!」
御真弓様が称賛する。
「ヴァンパイアらしく……!強く、気高く!」
「天使の羽を広げて!」
ジョルジュはヴァンパイアらしい黒とワインレッドを基調とした夜会服に変わって、胸に手を当てる。ミカエラは、古代ギリシャの人々を彷彿させるような純白のローブ姿に変わった。
二人とも、背にそれぞれ羽を出現させて、神秘的な雰囲気を身に纏う。
「僕はこのまま水干で行くけど、百合さんのためなら、どこだって行ってみせるよ!僕は幸せになる百合さんの姿を見届けたい!!それが命の恩人の助けになるなら、なおさらね!」
――ふわッ!
御真弓様は背に矢筒を、腕に弓を出現させて、周囲に白い彼岸花を散らした。
「皆さん……信じてくれて、ありがとうございます。」
イレールは、本当に、心から嬉しそうに微笑む。
一度、胸に輝くピンク・サファイアを撫でると、彼はカドゥケウスを宝石店の床に突き立てた。
ピカッ!!!
大きな魔法陣が出現し、閃光を伴って光った。
その光は集束し、宝石店の人々を、魔法界へと運ぶ。
―――彼らが降り立ったのは、『精霊の樹海』の一角。
「クラース……」
「うむ……!」
イレールは自分のファミリアを呼び寄せると、その足に手紙を括り付けた。
――「リュミエール修道院の場所、覚えていますよね?」
「あぁ。忘れるはずもない。皆でリュシーを天へ見送った場所なのだから…!俺なら、お前たちよりも早く、二日もあれば、そこまで行けるだろう!」
「心強いです。彼女に協力を願い出ましょう。
『白と黒の祭壇』を守りし、リュミエール修道院の長、
修道女ルイーズ・ディ・マリラック様に、この手紙を届けてください。」
「任せておけ!」
クラースは天高く飛翔して、小さくなって消える。
――「では、行きましょう!皆さん!!」
イレールがローブを翻したのに合わせて、
「あぁ!」
「うっしゃー!」
「えぇ!」
「うん!」
友人たちはそれぞれ返事をすると、彼の後に続いて、
果て無く続くかのように感じる森の道を、力強く歩き始めた。




