31Carat 黒魔術師の手を取って part3
――びゅおおおお……
冷たい風が、冬色の木々を揺らして、雰囲気をいかにも
―――“それ”らしくする。
出店で遅めの昼食を軽く済ませ、二人はお化け屋敷の入り口に立った。
廃病院を意識したそのお化け屋敷は、他のアトラクションからも距離のあるところに建っていて、歓声もあまり聞こえてこない。最も、その代わりに、悲鳴らしき声は時々聞こえてくるが。
「前から、少し興味があったんですよね。私達魔法族の世界が……どんな風に、人間側にお化け屋敷として受容されているか。」
好奇心に駆り立てられた様子のイレールは、腕を組んで不気味な建物を見上げた。
「うぅ……イレールさんが…何故か楽しそうですよぅ…」
百合はイレールの後ろに隠れて、彼のコートを掴んでいる。
イレールは震えている百合の手を取って絡めると、入り口へと歩いた。
「百合さんは普段…私達魔法族と物怖じなく接しているんですよ?やっぱり怖いんですか?
お化け屋敷。」
「……怖いですっ!」
百合は精一杯叫ぶ。
「だって……怖い顔で追いかけてきたり、血まみれでジーっと見てきたり、足掴んで来たり…こっちを襲う気満々なんですよ……!もう、種族とか関係なく怖いですっ!!」
イレールは苦笑した。
「確かに……普通に怖いですね。」
二人はドアを開けて、受付を済ませた。
壁側に立って自分たちの順番を待つ。百合はイレールの手を握ったまま深呼吸。
あまり人はいない。お化け屋敷は疎遠されるのだろうか。しかし、一組が出発すると数分間、間を空けるシステムになっているらしく、待つ時間がある。百合は怖くて気が気でないまま、順番を待っていた。
(この間がヤダよぉ………)
百合がそう心の中でぼやいていると、
―――キャアアアアアアアアーーーーっ!!
バタン!!
勢いよくドアが開いて、
若い女性が、お化け屋敷から命からがら飛び出して来た。
真っ青になって、周りの見えなくなった彼女は―――
―――「百合さんっ!」
百合に正面から突っ込んでいた―――
イレールは、百合の表情が真っ青になるのを見た―――
ドンッ!
間一髪。
イレールが百合を引き寄せて、彼女は無事だった。
連れの男性が走っていった女性のあとを、追いかけていく。
「………危ないですね。」
しかし―――
「イ……イレ……ル…さん。」
真っ赤になって、こちらを見上げる彼女と目が合った。
異様に距離が近い。
薄暗い屋内で、至近距離、百合はそっと、イレールの胸板を両手で押した。
「………あ。」
イレールは自分たちの状況を理解した。
百合は壁に背を預けて、イレールに片腕を回されている。イレールも壁に片手をついて―――いわゆる、壁ドン――になっていた。
周囲の人達は二人には目もくれず、走って行った女性の形相に恐れをなしていた。
これ幸いとばかりに、二人はゆっくり――適度に、距離を取った。
「す…すみません。」
「いいえ…!助けてくれてありがとうございます!」
お互い慌てながらも、再び手はつなぐ。そんな二人にはお構いなしに、受付嬢が二人を中に招いた。
「行きましょうか。
――場所がここでなかったら良かったんですが。……惜しいですね。」
「……えっ!?今、小さく何か言いましたよね……?」
悪戯っぽく、とんでもないことを言いだすイレールに、百合はさらに狼狽させられた。
中に入ると、冷房がキンキンに冷えた病院の廊下に出た。
イレールは身を縮こまらせる。
「さ…寒……」
「お化け屋敷って…ひんやりしてますよね。」
百合にとっては、この涼しさが有難かった。熱の冷めない頬を撫でて、ひんやりして気持ちがいい。
荒れ果てた病院をテーマにしたそのお化け屋敷は、辺りに医療器具や壁の残骸が散乱して、歩くたびに物がかすれるような乾いた音がする。直列に並ぶ病室のドアはピシャリと固く閉じられて、中は真っ暗。今にも消え入りそうな、廊下の電球を頼りに歩くしかない。
「怖いです……」
「私がついてますよ。」
腕に身を寄せてくる百合に、イレールは優しく言って、看板の矢印に従って、ドアを開けた。
部屋の表札には、『手術室』と書いてある。
百合はもちろん、いやな予感がした。
そして、
ドアが開いた、その瞬間―――
「グルルルルッ!!」
「きゃあああっ!!!」
百合はイレールの後ろに隠れた。
手術台にのせられたツギハギだらけの死体が、起き上がった。下半身を固定されたその死体は猿ぐつわをされ、呻くような声を発しながら、二人に向かって両腕を伸ばす。
―――まるで、新しい体を欲するかのように。
百合は青ざめているが、イレールは、
「……これは英国のフランケンシュタインをモチーフにしているんでしょうか…?フム…」
と、冷静に思案し始めている。
「きゃあああーーーーーーーーっ!」
死体が大口を開けた―――口内が真っ赤に染め上がっている
百合は、
「さささ、先に進ませてください!イレールさんっ!!」
「わわっ!」
イレールの腕を引っ張って、その部屋のドアを素早く――
――ピシャッ!
と、閉める。死体の姿が、ドアの向こうに消えて、百合はイレールを引っ張ったまま、廊下を駆け抜けた。
「……はぁっ…!はぁっ……!」
「全力で怖がってくれて、遊園地側はしてやったりですね。」
肩で息をする百合を、イレールは微笑ましく眺める。
「やっぱりイレールさんには効かないんですね……」
「そうですね。どうやら、そうみたいです。」
フッと一息ついて、百合は顔を上げた。
すると、彼女は何かに気づいたような顔になって、イレールのコートを引っ張った。
「……イレールさん、あの子……」
「…?おや……不思議ですね。たった一人あんなところで。」
百合の視線が注がれた先には―――小さな女の子
薄暗い廊下の角でうずくまって、泣きじゃくっている。
場所が場所なだけに、百合は、
――「ま…まさか……おば…おば……!」
口を押えた。
「……大丈夫ですよ。あの子はお化けじゃありません。
でも……
―――ただ事じゃなさそうです。」
百合に優しく言ったイレールの口調は、すぐに真剣なものになる。百合も胸の前で手を組むと、落ち着いた様子で彼の後に続いた。
―――――――――
お化け屋敷はやむなくリタイアして、二人はその子をベンチに座らせた。
活発そうなショートヘアの女の子は、泣くのを止めてしょんぼりと俯いている。
女の子は幼稚園生ぐらいか。つたない口調ながらも、イレールになぜ泣いていたのかを、一生懸命に話す。
百合はその子の隣に座って頭を撫でる。
「……そうですか。弟が生まれて……お父様もお母様も…かまってくれなくなったんですね……。」
イレールはベンチに座らず、少女の前に片膝をついて、少女の話に耳を傾けた。
「……うん。パパもママも…おねえちゃんでしょって言うの……がまんしなさいって…!ひどいよっ!あたしのパパとママを取って!もう…弟なんていらないっ!」
「そんなこと言ってはいけませんよ。」
「だって……!」
少女はムッとしてイレールを睨んだ。
「…じゃあ…これから、あなたを魔法で助けてみようと思います。」
「まほう……?」
「はい……秘密ですよ。」
イレールは口の前で人差し指を立てる。
少女は瞳を輝かせた。純粋な反応に、百合は口角を上げる。
イレールは立ち上がると、右手を握りしめた。
かすかに、指の間から空色の光が直線状にもれ始める。
彼はそっとその子の胸に手を近づけた。
光り輝く澄んだ青の石が、その子の瞳に映る―――
「これはあなたを元気にしてくれる魔法です。誰にも話してはいけませんよ……?秘密です。」
「うん!」
少女の血色のよい頬に空色の光が反射した頃には、その小さな胸に空色の石が溶け込んで、波紋を広げるように――消えた。
―――「あっ!パパとママだ!」
元気になったその子はベンチから立ち上がって、ベビーカーを押した夫婦のもとへ走って行った。夫婦はとても安心したようにその子を抱きしめて、こちらに何度も頭を下げてくる。
その少女は二人に手を振ってきた。
手を振り返そうと手を上げて、百合はちらりと
―――イレールの様子を窺った。
彼の表情はいつも以上に穏やかで、百合もその少女に視線を戻した。
少女はベビーカーを、楽しそうに、覗きこんでいる。
(私は姉弟がいないからはっきりとは、分からないけど……こんな時、イレールさんはきっと……リュシーさんのことを思い出してるのかな………)




