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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
79/104

31Carat 黒魔術師の手を取って part3


――びゅおおおお……

 冷たい風が、冬色の木々を揺らして、雰囲気をいかにも


―――“それ”らしくする。



 出店で遅めの昼食を軽く済ませ、二人はお化け屋敷の入り口に立った。


廃病院を意識したそのお化け屋敷は、他のアトラクションからも距離のあるところに建っていて、歓声もあまり聞こえてこない。最も、その代わりに、悲鳴らしき声は時々聞こえてくるが。



「前から、少し興味があったんですよね。私達魔法族の世界が……どんな風に、人間側にお化け屋敷として受容されているか。」



好奇心に駆り立てられた様子のイレールは、腕を組んで不気味な建物を見上げた。



「うぅ……イレールさんが…何故か楽しそうですよぅ…」



百合はイレールの後ろに隠れて、彼のコートを掴んでいる。

イレールは震えている百合の手を取って絡めると、入り口へと歩いた。


「百合さんは普段…私達魔法族と物怖じなく接しているんですよ?やっぱり怖いんですか?

お化け屋敷。」

「……怖いですっ!」

百合は精一杯叫ぶ。

「だって……怖い顔で追いかけてきたり、血まみれでジーっと見てきたり、足掴んで来たり…こっちを襲う気満々なんですよ……!もう、種族とか関係なく怖いですっ!!」


イレールは苦笑した。


「確かに……普通に怖いですね。」




二人はドアを開けて、受付を済ませた。

壁側に立って自分たちの順番を待つ。百合はイレールの手を握ったまま深呼吸。

あまり人はいない。お化け屋敷は疎遠されるのだろうか。しかし、一組が出発すると数分間、間を空けるシステムになっているらしく、待つ時間がある。百合は怖くて気が気でないまま、順番を待っていた。


(この間がヤダよぉ………)

百合がそう心の中でぼやいていると、




―――キャアアアアアアアアーーーーっ!!


バタン!!



勢いよくドアが開いて、

若い女性が、お化け屋敷から命からがら飛び出して来た。


真っ青になって、周りの見えなくなった彼女は―――



―――「百合さんっ!」


百合に正面から突っ込んでいた―――


 イレールは、百合の表情が真っ青になるのを見た―――


ドンッ!


間一髪。


イレールが百合を引き寄せて、彼女は無事だった。

連れの男性が走っていった女性のあとを、追いかけていく。


「………危ないですね。」


しかし―――



「イ……イレ……ル…さん。」


真っ赤になって、こちらを見上げる彼女と目が合った。

異様に距離が近い。

薄暗い屋内で、至近距離、百合はそっと、イレールの胸板を両手で押した。


「………あ。」


イレールは自分たちの状況を理解した。



 百合は壁に背を預けて、イレールに片腕を回されている。イレールも壁に片手をついて―――いわゆる、壁ドン――になっていた。



 周囲の人達は二人には目もくれず、走って行った女性の形相に恐れをなしていた。

これ幸いとばかりに、二人はゆっくり――適度に、距離を取った。



「す…すみません。」

「いいえ…!助けてくれてありがとうございます!」



お互い慌てながらも、再び手はつなぐ。そんな二人にはお構いなしに、受付嬢が二人を中に招いた。



「行きましょうか。


――場所がここでなかったら良かったんですが。……惜しいですね。」



「……えっ!?今、小さく何か言いましたよね……?」



 悪戯っぽく、とんでもないことを言いだすイレールに、百合はさらに狼狽(ろうばい)させられた。




 中に入ると、冷房がキンキンに冷えた病院の廊下に出た。

イレールは身を縮こまらせる。



「さ…寒……」

「お化け屋敷って…ひんやりしてますよね。」



百合にとっては、この涼しさが有難かった。熱の冷めない頬を撫でて、ひんやりして気持ちがいい。


 荒れ果てた病院をテーマにしたそのお化け屋敷は、辺りに医療器具や壁の残骸が散乱して、歩くたびに物がかすれるような乾いた音がする。直列に並ぶ病室のドアはピシャリと固く閉じられて、中は真っ暗。今にも消え入りそうな、廊下の電球を頼りに歩くしかない。



「怖いです……」

「私がついてますよ。」



腕に身を寄せてくる百合に、イレールは優しく言って、看板の矢印に従って、ドアを開けた。

部屋の表札には、『手術室』と書いてある。

百合はもちろん、いやな予感がした。


そして、

ドアが開いた、その瞬間―――



「グルルルルッ!!」



「きゃあああっ!!!」

百合はイレールの後ろに隠れた。


 手術台にのせられたツギハギだらけの死体が、起き上がった。下半身を固定されたその死体は猿ぐつわをされ、呻くような声を発しながら、二人に向かって両腕を伸ばす。



―――まるで、新しい体を欲するかのように。



 百合は青ざめているが、イレールは、


「……これは英国のフランケンシュタインをモチーフにしているんでしょうか…?フム…」


と、冷静に思案し始めている。



「きゃあああーーーーーーーーっ!」


死体が大口を開けた―――口内が真っ赤に染め上がっている

百合は、


「さささ、先に進ませてください!イレールさんっ!!」

「わわっ!」


イレールの腕を引っ張って、その部屋のドアを素早く――


――ピシャッ!

と、閉める。死体の姿が、ドアの向こうに消えて、百合はイレールを引っ張ったまま、廊下を駆け抜けた。




「……はぁっ…!はぁっ……!」

「全力で怖がってくれて、遊園地側はしてやったりですね。」

肩で息をする百合を、イレールは微笑ましく眺める。


「やっぱりイレールさんには効かないんですね……」

「そうですね。どうやら、そうみたいです。」


 フッと一息ついて、百合は顔を上げた。

すると、彼女は何かに気づいたような顔になって、イレールのコートを引っ張った。



「……イレールさん、あの子……」

「…?おや……不思議ですね。たった一人あんなところで。」



百合の視線が注がれた先には―――小さな女の子

 薄暗い廊下の角でうずくまって、泣きじゃくっている。



場所が場所なだけに、百合は、


――「ま…まさか……おば…おば……!」


口を押えた。


「……大丈夫ですよ。あの子はお化けじゃありません。


でも……


―――ただ事じゃなさそうです。」


百合に優しく言ったイレールの口調は、すぐに真剣なものになる。百合も胸の前で手を組むと、落ち着いた様子で彼の後に続いた。



―――――――――


 お化け屋敷はやむなくリタイアして、二人はその子をベンチに座らせた。

活発そうなショートヘアの女の子は、泣くのを止めてしょんぼりと俯いている。

女の子は幼稚園生ぐらいか。つたない口調ながらも、イレールになぜ泣いていたのかを、一生懸命に話す。


百合はその子の隣に座って頭を撫でる。



「……そうですか。弟が生まれて……お父様もお母様も…かまってくれなくなったんですね……。」



イレールはベンチに座らず、少女の前に片膝をついて、少女の話に耳を傾けた。


「……うん。パパもママも…おねえちゃんでしょって言うの……がまんしなさいって…!ひどいよっ!あたしのパパとママを取って!もう…弟なんていらないっ!」


「そんなこと言ってはいけませんよ。」

「だって……!」


少女はムッとしてイレールを睨んだ。


「…じゃあ…これから、あなたを魔法で助けてみようと思います。」

「まほう……?」

「はい……秘密ですよ。」


イレールは口の前で人差し指を立てる。

少女は瞳を輝かせた。純粋な反応に、百合は口角を上げる。


 イレールは立ち上がると、右手を握りしめた。

かすかに、指の間から空色の光が直線状にもれ始める。

彼はそっとその子の胸に手を近づけた。


光り輝く澄んだ青の石が、その子の瞳に映る―――



「これはあなたを元気にしてくれる魔法です。誰にも話してはいけませんよ……?秘密です。」


「うん!」



少女の血色のよい頬に空色の光が反射した頃には、その小さな胸に空色の石が溶け込んで、波紋を広げるように――消えた。





―――「あっ!パパとママだ!」


 元気になったその子はベンチから立ち上がって、ベビーカーを押した夫婦のもとへ走って行った。夫婦はとても安心したようにその子を抱きしめて、こちらに何度も頭を下げてくる。

その少女は二人に手を振ってきた。


手を振り返そうと手を上げて、百合はちらりと

―――イレールの様子を窺った。


彼の表情はいつも以上に穏やかで、百合もその少女に視線を戻した。

少女はベビーカーを、楽しそうに、覗きこんでいる。




(私は姉弟がいないからはっきりとは、分からないけど……こんな時、イレールさんはきっと……リュシーさんのことを思い出してるのかな………)



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