31Carat 黒魔術師の手を取って part2
約束の日曜日。
百合は鏡の前で身なりを整える。
紺色のワンピースを着て、
艶めく黒髪をピンクサファイアのバレッタで、
ハーフアップにして、とめる。
白いコートを羽織って、
ブラック・ルチルクォーツのラペルピンを、
胸ポケットへ、しまい込む。
最後に首にかけたのは、
アラベスク文様のロケット・ペンダント。
でも、それはバレないように、ワンピースの下へと隠して。
少し大人っぽい服装で、
彼女は階段を降りて、玄関へ。
母親に一言「行って来ます。」と言うと、心の奥がキリリと痛んだ。
もうこの「いってらっしゃい。」を聞くことはできない。
会う事さえ――叶わない。
――彼女はドアを開けて、
外の世界へ飛び出して行った。
―――「おはようございます、イレールさん!」
「―――っ!今日はまた一段と……ふふ、おはようございます。」
家の前に迎えに来てくれていたイレールのもとに、百合は駆け寄った。
彼は、一目上品にニヤついたが、柔らかく微笑んだ。
「さっそく向かいましょうか?実は…人間界の遊園地に行くのは初めてでして……少し緊張しています。」
「そうなんですか?じゃあ、イレールさんが楽しめるような場所を選んで遊んでいきますね!」
「フフ…そうしてくれるとありがたいです。」
百合はイレールの手を取った。
今日のイレールは黒いコートをきちんと着て、毛先のみ緩い癖のある飴色の髪を、細い赤いリボンで右耳の下で結ぶ、外行きの格好。そして首には、彼女が贈った黒いマフラーを巻いている。
寒がりの彼は息を白くしながら、嬉しそうに、
――パチン…!
指を鳴らした。
――――――――――――
気がつけば、百合の瞳には、豪奢な門が映っていた。
すでに賑わっている遊園地の受付。子どもから大人まで幅広い年代の人々が行列を作っている。
「わぁ~~~!おしゃれです!」
「ここですか?意外に落ち着いた遊園地ですね。」
二人は受付を済ませると、Victorian Fantasy Parkの門をくぐる。
そこは―――
イギリスをテーマにした遊園地で、おしゃれな英国風の建物で統一されていた。
レトロで可愛らしいメリーゴーランドや、見るからに不気味なお化け屋敷、絶叫系のジェットコースターまで、幅広いジャンルのアトラクションがある。
それがいずれも英国風にアレンジされていて、幅広い年代が遊べる遊園地。
二人は目を輝かせながら、人でごった返すパーク内をキョロキョロしていた。
「あはは……こんな時に来て遊ぶようなところじゃないですね…」
百合は少し、苦笑いする。イレールは首を振った。
「いいえ。こんな時こそ遊んで気持ちを明るくしましょう!私にとっては貴女を独り占めしつつ、護衛ができる…最高な瞬間です!」
はっきりと言い切るイレール。彼はこれ見よがしに、黒いマフラーに頬を近づけている。百合は自分の白いマフラーに赤い頬を埋めつつ、話題を変えた。
「……うっ。とりあえず、イレールさんはどれに乗りたいですか?」
「何でもいいんですか?」
「はい!乗ってみたいなって思うものに私も付き合いますよ~!」
百合は天使の微笑み。
イレールの表情も華やぐ。
「ほんとですかっ!
じゃあ―――アレがいいです!」
彼が少年のように無垢な微笑みをたたえ、
指さした先には――
――日本第3位のスリル!!!
当パークが誇る最大絶叫コースター!!!
君はドラゴンを乗りこなせるかっ!?
『グレートブリテン・ドラゴン・クライシス』
―――「……うそ。」
百合は―――腹をくくった。
――「きゃあああああーーーーーーーー!!」
「あははっ!これはすごいっ!!」
数分後。
「……地面がまだ…揺れてる……」
百合は、ぐったりと地に降り立った。
対照的に、イレールは瞳を輝かせている。
「人間は面白い物を考えますね!楽しい乗り物です!」
豪快に、竜のごとく暴れ狂うコースターを、彼は興味深げに眺めた。
すると、
――フラ……
いきなり百合が腕に抱き着いて来て、
「え…?」
イレールはドキリとした。
無言のまま、彼女は腕に抱き着いて離れない。
うつ伏せに顔を伏せて、柔らかい頬を腕に寄せてくる。
「…珍しいです…ね。貴女が甘えてくるなんて……」
珍しくドギマギした様子の彼は、百合の顔をチラリと伺った。
「――――っ!?」
―――百合の顔色は真っ青
「百合さーーーーーーーんっ!!」
イレールは慌ててベンチに彼女を引っ張って行った。
―――――――
「すみません!ああいった物は苦手でしたか!?」
「いいえ。絶叫マシンは乗れますよ~!さっきだけです。気にしないでください。
ただ……いきなりレベルの高すぎる乗り物だったので、体が慣れてなくて。もう体が絶叫マシンモード(?)に入りましたから、大丈夫ですよ~!」
すっかり気分の良くなった百合は、両手をヒラヒラさせながら、先ほどから平謝りするイレールをなだめた。人の合間を縫いながら二人は歩いている。
「……ですが…」と、イレールはなおも謝る。
百合は本当にいいんですよ~!と言って、笑った。
何故か彼女は嬉しそうに微笑んでいる。イレールがしょんぼりしていると、彼女はイレールの瞳を覗きこんで言った。
「イレールさん……私に気を遣いすぎるところがあるので、正直に自分のやりたいことを言ってくれて……嬉しかったです…これで、いいんです。とっても…嬉しいです。」
彼女はつないだ右手に、左手をそえて、両手で彼の手を包む。
今度は本当に、正真正銘、イレールに甘えて。
「…そ、それは…。そんなことは……」
「そんなことはありません。」とは言えなかった。
イレールは自分自身思う所があって、返事が遅れたが、
「……貴女との距離。近いようで……遠かったのかもしれません。一線を引いていたのは事実です……。私は貴女に、隠していた一面がありましたから……。
でももう……
貴女には全てを託して、甘えてしまうかもしれません。」
優しそうな、柔らかい光を宿した瞳で、微笑んだ。
「……はい。」
百合は心の奥が痛むのを感じながらも、柔らかく彼の言葉を包んだ。
「じゃあ、次は私に選ばせてください!次はアレに乗りませんか?」
「はい、行きましょう!百合さんっ!」
百合とイレールは、思いっ切り遊園地を楽しみ始めた。
『鏡の国のアリス』をアレンジした四方が鏡張りになった不思議な迷路。フェアリーたちの水上庭園を巡るゴンドラの旅。ヴァイキング達の船で行く荒くれ大航海。
子どものように、二人は手をつないではしゃぐ。
「わぁ~高いです!建物がミニチュアみたいに見えます~!」
百合は、ロンドンのテムズ川沿いにある大観覧車
―――ロンドン・アイを模した観覧者から、外を眺めた。
「本当ですね!あっ!お昼を済ませたら、次はあそこに行ってみませんか?」
イレールは、不気味な雰囲気の漂う怪しい建物を指さした。
「お化け屋敷……ですか?ちょっと怖いですけど…いいですよ!」
少し怯えた顔をして笑った百合。イレールの目が悪戯っぽく光った。
「言ってしまえば、私もお化けみたいなものですよ…?魔法族ですから。」
「イレールさんは……うーん。例えお化けと言われても、怖くない…かな。親しみやすいお化けです!」
「フフ…そうですか……言い切れますか?実は私…毎夜毎夜、美女の生血を求め彷徨う……血に狂ったヴァンパイアでして……」
イレールは低めの声を出してからかう。
表情も怪しげな微笑み。
「へっ!?さ、さすがに騙されないですよ!!……でも、イレールさんが嘘をつくことはあんまりないし……もしかして…」
「……冗談ですよ。本気にしないでください……」
イレールは、百合の純粋さに苦笑いした。




