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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第三章 憤怒の黒魔術師
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31Carat 黒魔術師の手を取って part1

31Carat 黒魔術師の手を取って



2月16日。月曜日。

時間帯は朝7時30分。


百合は学校へ向かう途中、イレールと落ち合った。


「今日からイレールさんが付き添ってくれるんですね。ありがとうございます……」


「はい!今日から貴女が学校に居る間のボディーガードは、私が担当させていただきますよ!」


御真弓様が学校に着いて来ていたのは自分を守るためだった――ことに気づいた百合は、表情を曇らせた。彼女とは裏腹に、イレールは気合の入った声で答えている。

今日の彼は白い聖職者姿だった。純白の丈の長いローブ。そして、背中側が長く、三又に分かれる金の刺繍が入った白いケープを羽織ったその姿は、まさに神々しい。


「行きましょうか。この姿なら普通の人間には見えないので、恥ずかしくないですよ。」

「あ……!は、はいっ!」


とても自然に手を取ってきて、百合は嬉しそうに握り返す。

彼の優しさが恋しかった。

揺れている心に優しさが滲んで、とてもあたたかい。


二人は仲睦まじく手を握ったまま、


人通りの少ない裏路地を歩いて行く――



―――――――――――



 学校に着き、教室に入るとすぐ、友達の美結が百合を迎えた。


「おっはよ~~百合!百合が連れて来た黒いワンちゃん、とってもいい子だよ!犬好きの我が家で、すんごい溺愛されてる!」

「おはよ~。そっか良かった~元気にやってるんだね。ぜひ沢山愛でてあげてね~!」


イレールは、

「それは、良かったです。本当に……。あの子がいかに苦心したか…私には手に取るようにわかりますから……」

と、人知れず呟く。



彼女の言う黒いワンちゃんとは――


あの、悪魔の少年のことだった。



 あの後目覚めた彼に、イレール達が提案したことは、

別の生き物に姿を変えて、家族として迎えられることだった。


その悪魔は薄ら微笑んだが……ためらいを見せた。


美結ともにありたいと思っていても、自分は悪魔。彼女の宗教はキリスト教。悪魔である自分は忌むべき存在。それゆえ、彼女と親しくすることは許されないと、彼は辛そうに言った。百合は悪魔に駆け寄ると、誰かと仲良くする上で、種族は関係ないと力強く励ました。そして、いつか決心がついたら、美結の前に姿を現してみてはどうかと提案した。


すると、悪魔の子は悩んでいる様子だったが、人間である百合が、魔法族たちとうまく関係を築けていることに感嘆の意をもらした。


彼はその様子に、

――憧れているような眼差しを向けた。


そして最終的に、


犬に姿を変え、美結の家族として迎えられる道を選んだのだった。





美結は、あはは!そうだった!と言って、思い出したように、鞄をゴソゴソあさくった。

彼女が手にしたのは、紙製のチケットケースと――トリュフの入った包み。

そのトリュフの包みを彼女は見つめ、


「これ渡さなきゃ!」


ニタリとしたが―――



「―――――って……あれ…?」



と、不思議そうな顔に変わった。




―――「これ、誰にあげるんだったっけ?」


ハッとした百合は、言葉の先を待つ。



「………思い出せない。何で?――ま、いっか。」


――ぽいっ

と、美結はその包みを鞄に放り投げてしまった。



(美結…楪先生のこと……忘れてしまってるの?)



 あの包みは、美結が彼のためにバレンタインチョコとして用意したものだ。今年、バレンタインデーは土曜日になってしまったので、月曜日の今日、本当なら渡すはずだったのだろう。


(楪先生……今日来るのかな……?)


そう百合が思案していると、

美結はもう一つ鞄から出したチケットケースを持った。


「あのさ百合!これ、私は試合があって行けないから使って!」


何故かニヤニヤしながら、百合にそれを手渡した。


「……え?ありがとう?これ――」


これ何なの?と百合は尋ねようとしたのだが、


―――キーーン……コーン


カーン…コーー…ン


タイミングの悪いことに、チャイムが鳴った。

 周りで騒いでいた生徒たちが急いで席に着くのに合わせて、百合も、美結も席に座った。


――「おはようございまーーーす!」


教室のドアが開いて入って来たのは、見たこともない女の先生だった。他の生徒に慌てた様子もなく、百合は少し狐につままれたような気持ちになる。


(やっぱり…来ないよね……。)


「エウラリア、姿を消しましたね。まぁ…そこまで抜けているはずもありませんか……」


百合は心の中でひとりごちて、彼女の隣に立つイレールは僅かに目を吊り上げた。

 二人がそうしていると、隣の席の美結が、百合の机にポンッと手紙をよこしてきた。

何故か彼女はニヤニヤしている。


手紙を広げた百合は――目を見開いた


少しずつ薔薇色に染まっていく頬


体を縮こまらせて、耳まで真っ赤に。


――彼女は真っ赤に染め上がった


手紙の内容は――



 さっき渡したチケット、一日『ヴィクトリアン・ファンタジー・パーク』で遊び放題できる無料券なんだけど、ラクロスの試合で行けないから使ってね!ほんとは百合を誘おうと思ってたんだけどなー( ;∀;)


 最近なんだか女度がアップした気がするゆりちゃん!

 前にも増してかわいいぞ!


 好きな人or彼氏ができたんじゃないかな~~?

と、私の女のカンが睨んでる!!


ちょうど二枚あるから、思い切って誘ってみてはいかが?(笑)

今週土日のどちらか限定だから、気を付けてね!



――(手紙じゃなくて…せめて直接言ってよ!)

 先ほどから教壇に立つ先生の視線が痛い。もう一つ、イレールも不思議そうにこちらを見つめているのを感じる。さらに、美結は、ははぁんと、得意そうなニヤけ顔を浮かべている。


ゆで上がったタコのように真っ赤になった彼女の、朝のホームルームは、そうして波乱に過ぎていった。




―――――――――――


 エウラリアが姿をくらました学校は、何もなく平和に終了して、百合はイレールと宝石店に向かっていた。百合は美結からもらったチケットを思い浮かべながら、隣を歩くイレールを見上げた。


横顔――

どきん、と胸が高鳴るのを感じる。

大好きな彼が、自分を愛していると言ってくれたあの時。

とても優しく抱擁してくれて

口づけを手の甲に、瞳にくれたあの幸せ。


好きな人に愛される幸せ―――


つないだ手を強くぎゅっと握ってみると、イレールはこちらの方に笑みを投げかけてくれた。百合も嬉しそうに微笑み返す。


彼女はイレールが前を向いたのを確認して、考えた――



(私がいなくなっても……お姉さんが戻ってきたら、イレールさんは嬉しいよね…それにみんなだって、エウラリアさんだって、リュシーさんを取り戻すことができる……。

みんな…戦わなくて済む……?


私がエウラリアさんのところに行くこと――


それは


悲しみよりも、幸せの方が…大きいのかな?)




 そして――――


百合は制服の胸ポケットからチケットケースを取り出し―――


イレールに尋ねた。



「イレールさん、今週の土日、どちらか空いてますか?」



 「……え?」

一瞬、きょとんとしたイレールだったが、

「もしかして……!何かお誘いのご提案ですかっ!!?」

表情が一気に明るくなった。感無量といった様子で、笑顔をつくっている。


「は…はい。これ、今日美結にもらったんですけど……」

イレールは、彼女が照れながら示すそれを受け取って眺めた。

「遊園地の招待券ですか!はい!私は、土日どちらでも大丈夫ですよ!」

「じゃあ…日曜日にお願いします。土曜日は久しぶりにお母さんが一日いるので、一緒に過ごしたいんです。」

「分かりました!じゃあ日曜日ですね!あぁ……楽しみです!」

無邪気に笑うイレール。やはり――心が痛む。




(もう――これで……)


百合は切なさと微笑が混じった複雑な表情で、胸を押さえた。




―――――――――


 宝石店に寄ってイレールの仕事を手伝い、家路についた彼女は、宿題をしていた。

カーテンを広げていない大きな窓。そこから夜空が見えて、百合は心が落ち着いていくのを感じた。

(私がいなくなったら…お母さんも、美結も……みんな悲しむかな……?)

――ホー…、ホ……

はるか屋根の上で、クラースが鳴いている。

聞きなれた彼の声は、耳に優しい。


―――「ずいぶんとぬるい警備だな。そうは思わぬか?


なぁ……白百合の君?」


――ガタッ!


突然、不気味な声がして、百合は一気に青ざめた。

「おっと……!お静かに願えるか?」

「――――!」


後ろから口を押えられ、胸の下に腕を回されて、百合は椅子に抑えつけられる。

抵抗しようにも、後ろに立つ彼の

――エウラリアの恐怖で、動くことができなかった。

「……んん……っ!!」

せめてもの抵抗で、彼女はエウラリアをキッと睨む。しかし、エウラリアは、何の威圧にもならんなと、鼻で笑う。




「さて、単刀直入に――本題に入ろう。」



 エウラリアは不気味に言って、百合の耳元に口を寄せた。

首にかかる息に彼女は身をこわばらせ、目をぎゅっとつぶった。



「私のもとへ来る覚悟はついたか?

今宵にでも、共に向かい始めたいところがあるのだ。


………いかがかな?」



百合は瞼を開いた。

その瞳に、切なさを、秘めて。

彼への恐怖は――そこには映っていなかった。



射抜くような紅い瞳と目が合う。



そのまま

彼女は――コクリと、頷いた。


「……ほぅ。聞き訳のいいものだな。」


エウラリアはニタリとして、彼女への拘束を解いた。

「では早速、共に――――」

百合は背を向けたまま、彼の言葉を遮った。

「もう少しだけ……待ってください。」

静かに、すがるような口調で、彼女は言う。

「なんだと……?」

彼の口調が幾分荒れる。

「お願いです……!今週の日曜日まで待ってください!イレールさんと…最後に思い出を作りたいんです……!」

「ハッ!何をいまさら。もう十分思い出はできただろう?何をいまさら思い出を欲する?」

「……私達にとっては必要なんです…!どうかお願いです……!日曜日の晩、必ずあなたのもとへ向かいます……!」

静かな口調で紡がれる百合の言葉には、強固な意志がこもっていて、目の前の黒魔術師に物怖じすることもなかった。


エウラリアは、

「……チッ!」

と、舌打ちをしたのち、

「未練を残され、不満を吐く小娘を連れるよりはまだマシか……!」

と、機嫌の悪そうに、それを了承した。


そして、

「ではこれを―――」

「………これ…は?」


エウラリアは百合に、ブラック・ルチルクォーツのラペルピンを手渡した。

彼は面白くなさそうに、自分の漆黒の髪を、手で弄ぶ。


「それに、魔法陣を展開せよと念じれば、移動用の魔法陣が展開され、オマエはワタシのもとへ運ばれる。奴らに静止されないよう、精々用心して発動させるんだな……」


「……分かりました。」



百合が頷いたのを確認して、エウラリアは足もとに魔法陣を出現させた。


「ワタシがオマエを使い、リュシーを復活させるためには、ある場所にオマエを連れねばらない。そこは無論、魔法界。魔法界を数日歩くことになるだろう。

精々、そのつもりでいろ……」


「……はい。」


百合を試すような口調で言って、エウラリアは行ってしまった。


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