28Carat 五人の聖職者 part2
百合は、緊張した様子で、
イレールと、彼の友人たちを一人一人――視界におさめた。
皆、真剣な眼差しで百合の正面に立って、彼女を見つめている。
――何か、とても重要で、重々しいことが話される――
そう感じ取って、百合は身をこわばらせた。
やがて――イレールが、口を開く。
「貴女に私達のこと……、
そして、貴女の今の状況について…お話せねばならないことがあります。」
「はい……。」
百合は胸の前で手を組んで、真剣な眼差しでそれに応えた。
「………」
イレールは微笑を浮かべると、穏やかな表情で、
彼女の前に片膝をつく。
まるで、お付きの騎士が主人に、忠誠を立てるかのような行動だった。
「まずは私達のことをお話ししましょう――――」
彼は恭しく、胸へと手を沿えた
「私達は、魔法界と人間界が調和したこの世界を成した者たち。
いわば制裁者であり、調停者。
普段は人間界で、そして、魔法界で。それぞれがすべきことをしていますが、
この調和を乱す者があれば、武器を取り、それを治めるべき使命を負っています。」
「イレールさん……?」
百合はよく理解できないというように、イレールを見つめた。
クラウンたちは手にそれぞれ武器を出現させる――百合は僅かに目を見開く――と、
安心させるように、皆、彼女に微笑んだ。
「今現在、人間は私達のような“人ならざる者たち”を、お伽噺の中の存在だと思っているだろう?」
「……はい。私もイレールさんに会うまでは…そういう認識の方が強かったです。今は、こっそり人間の生活の中に溶け込んでいるんだなって…思ってます。」
「うんうん。今現在、私達のような者は、あまり人前で正体を明かすこともないし、人を傷つけることもめったにない。
それはね…私達が魔法族たちにそう…働きかけたからさ。」
ミカエラも口を開く。
「人間との共存は、人間側にそういう認識を持たせることが、最も理想的だと判断したの。色々な事情を考慮してね。」
ジョルジュもそれに続く。
「これはイレールの姉、リュシーの呼びかけだったんだ。
―――全ての種族が調和した世界を成す
――そんな旅をしないか?
それにオレらは賛同して、長い時間をかけて五人で魔法界を旅して…。一つ一つの種族を説得して共感を得ようとしたんだ。時々――刃を向けられることもあったけどな。
でも、なんとかオレらは……理想の世界を実現させることができた。」
百合はただひたすら瞳を揺らす。
そして、頭の中を整理するように、
「この調和した世界を成した……。魔法族にそう働きかけた……。刃を向けられることもあった……?」
と、ぶつぶつ呟いていたが、はたと口を閉じた。
――揺れる瞳で、イレール達をじっと見つめる。
「イレールさん達が…この世界を作って……この世界を守っているの?」
――「はい。ですが―――」
イレールは返事をして、スッと立ち上がった。
手に彼の杖である統合と調和の杖――『カドゥケウス』を出現させる。
「守っている。そう言うと、とても聞こえはいいですが、それは同時に……
――誰かを…敵対する誰かを、傷つけるということです。」
「イレールさん達が…誰かを傷つける……?」
「……はい。先ほど貴女が見た…血生臭い光景…。血で染まった私を見たでしょう…?
クラウンの魔法でその傷を癒すことができる。そういう確信があったからこそ、私はあの悪魔を傷つけ、動きを止めました。
でも―――誰かを傷つけたことに変わりはありません。」
「だが……誤解しないでほしい……!」
クラウンが真剣な声で言う。
「私達は絶対に殺すことはしない……。傷つけてもそれを癒し尽す…!
大きな癒しの力、そして多大な魔力を有しているからこそ、それに対して立ち向かう。
弱い立場となってしまった誰かの盾となるために……!
しかし、それでも…他者を傷つけたことが許されるわけではない。
許されてはならない……!
だからこそ、その罪と向き合い、
相対することとなった者が幸せになれるような世界を、さらに模索する……
それに一生を捧ぐ
それが――制裁者であり、調停者である私達の使命……!」
イレール達は、じっと…黙って視線を逸らしてしまった百合を見つめた。
――僅かに、彼女の肩は震えていた。
沈黙に浸っていた彼女だったが、フッと微笑んで―――顔を上げた。
「………イレールさん達を良く知れて、嬉しいです。」
にっこりと笑った彼女は、イレールに歩み寄って上を見上げ、顔を覗きこんだ。
「私を信じてくれているからこそ…そういう秘密にしたいことを、教えてくれたんですよね?」
「……はい。この姿の私でも…きっと貴女は優しさで包んでくれる。そう信じているからこそ、貴女に想いを伝え、私達のもう一つの一面を明かしたのです。」
イレールは自身が身に纏う白いローブに視線を落としつつ、答える。
――「私にも……半分持たせてください。」
百合は――イレールの手を握った。
「………!」
少し驚いた様子のイレールを見つめつつ、彼女は恥ずかしそうに言った。
「その、もう一つの一面は……きっとイレールさん達を傷つけてるんですよね?
たぶん…心を削りながら、クラウンさんも、ミカさんも、陛下さんも戦ってる……
だから……こういう事しかできない自分が悔しいですけど…
私もイレールさん達を支えてあげられる…何かになりたいんです。」
じっと、オブシディアンの瞳で、彼を見上げている。
イレールは、微笑み返した。
「……貴女は本当に……
私の、Notre-Dame(私達の聖女)…麗しの、白百合の花です。」
――幸せそうに目を細めたイレールと百合を、友人たちは微笑んで見守った。
「さて、もう一つも話さなくてはならんな………」
御真弓様と一緒に、彼の肩にとまって場を見守っていたクラースが、
言いづらそうに言った。
イレール達は僅かに表情を暗くしたが、すぐに顔を引き締めた。
百合は再び自分に視線が集まったことに、不安を感じて、
「………」
握っているイレールの手をギュッと、強く握った。
彼は――自分がついているということを伝えるために、身を縮こまらせた百合の肩を後ろから抱いて、
そっとその半身を自分に寄りかからせる。
「今からお話しすることは……貴女の命に関わることです。」
「私の…私の……。命…?」
不安に瞳を潤ませた百合の肩を抱き寄せながら、イレールは辛そうに言う。
「これは貴女に何か、落ち度があったからではありません……。」
その場に居た誰もが悲痛そうに視線を逸らした――
――「貴女は……黒魔術師に…命を狙われているんです。
何か大いなる魔法を発動させるための…。……っ…贄とするために……。」
「…………」
――「百合さん!!」
「百合!」
「ゆりちゃんっ!」
クラウンたちが駆け寄る。
百合は体の力が抜けて、その場に倒れ掛かった。しっかりと抱き留めたイレールは、胸に顔を埋めさせて、悲痛そうに抱きしめ続けた。
震え始めた小さな肩。
恐怖で呼吸が乱れて、瞳からは涙がこぼれている。
「大丈夫です!!必ず私が貴女の盾となり刃となり、貴女を守ります……!!
この命を懸けてっ!!!すべてを懸けてっ!!!」
クラウンたちも口をそろえて精一杯に、訴える。
「私達もついているっ!この鎌で必ず君を生かすッ!!」
「オレらはもう…!友人が命を落とすとこなんて見たくねぇんだ!!」
「ゆりちゃんっ!安心して!!わたしたちに命を預けてっ!」
「君は僕を救ってくれたんだ……!だから今度は僕が君を助けるッ!!」
「俺も梟なりに、百合に懐いているのだ!懐いた主人を守るのが梟の役目ッ!!」
「………っ…」
百合はゆっくりだが、少しずつ―――落ち着きを取り戻して、
イレールの胸から顔を上げた。
まだ顔は青白いが、わずかに微笑みさえ見て取れる。
イレールはそっと、彼女の頭を撫でた。
「私、何かやってはいけないことをしてしまったんでしょうか?怖いっ……怖い…ですけど。
一人ではないんですね…。じゃあ…すごく…安心できます。
イレールさんも……すごく…あったかくて。」
「もう……。私の腕の中に…ずっと…居てほしいぐらいです。」
二人は再びしっかりと、身を寄せ合った。
他の者はホッと、安心して微笑みを浮かべる。
と、
クラウンが場の空気を切り替えようと、ピュウっと口笛を吹いた。
「本当にラッブラブだねぇ。見ているこっちが恥ずかしくなるよ。
すーぐ引っ付いちゃってねぇ?」
「本当ねぇ。目のやり場に困るわぁ~~」
ミカエラもおっとりと笑った。
「やっぱり…人前でも抱き着いたじゃないか……!」
御真弓様もちょっぴり怒ったように言う。
「いいじゃねぇか!もしかしたら、この二人の世界のあっつ熱ぶりに、
Dérision(愚弄)の黒魔術師といえども、呆れ果てて、どっか行っちまうかもしんねぇーぜ?!」
――「これを待っていたのだ……。白百合が満開を迎えるこの時を。
手をこまねいて待ち望んだこの盛りの時を、愚弄せずして何をしようか………?」
ジョルジュの言葉に答えたのは―――
―――とても、不気味で冷たい、嘲笑する声。
――――ッ!
イレール達はハッとして武器を構えた。
百合を抱き寄せたまま、イレールは、キッと彼を睨みつける。
――「エウラリアッ!!!」
百合は頭がついていかないまま、
皆が厳しく視線を集中させている一点へと、自分も視線を飛ばした。
――「………え?」
彼女の瞳が、驚きの色に染まる。
「楪………先生…?」
「先生……?」
小さくとも驚愕を含んだその言葉。イレールも驚いて、彼女の横顔を見つめた。
――フ……
「おめでとうございます。悩めるうら若き、白百合のような美しい君。
やっと想い人と結ばれたのですね。」
―――聖堂の入り口に立った彼は、
百合が知っているあの優しげな口調で、彼女に話しかけた。
が、
「さて……手折る頃合いを迎えた満開の白百合。
守られるしか能のない、愚かな箱庭の子猫……
さぁ、その身を聖女への葬花とし、再生の供物となるがいい………。」
「……ぇ………?」
不気味なテノールが、少女の心をえぐった。
彼は――黒魔術師エウラリアは、レーヴァテインの黒き刀身をキッとイレールと百合へと差し向けて、
ニヤリと笑う。
「ワタシの刃に紅く伏せ……」
「楪先生………これは…っ…一体…?」
漆黒のコート型のローブに身を包んではいるが、優しい担任であるはずの彼。
百合は瞳を恐怖の涙で濡らしつつ見つめ、叫んでしまいそうになる口を、必死で押さえた。
ピリピリと張りつめる空気。
――「かかって来なさい。相手になりましょう……。」
イレールは百合の、エウラリアに対する反応を気にしながらも、
カドゥケウスの末端に刃を出現させながら、キリキリとエウラリアを睨みつけた。
桜が――――散った
イレールのもとへと魔力が戻ったのだった。
桜が、はじけ散るように、一斉に周囲に舞い散る――――
「そう慌てるな。ここではやりづらい……。」
エウラリアは地につくほどに長い黒髪をかきあげて、不気味に微笑む。
舞い散る桜をその身に受けつつ、
イレール達とエウラリアはピリピリと、睨み合う。
「今日はワタシにとって大切な場所へと招待して差し上げよう……。
そのために来たのだ。
キサマにとっては――――
ハハッ!!
――――もう二度と、
足を踏み入れたくない場所…!かもしれんがなァッ………?!」
――ゴワァッ!
エウラリアがそう叫んだ刹那、
「…………ッ!」
「きゃああっ!!」
イレールと百合、そしてクラウンを――エウラリアを、どす黒い光が包んだ
その光は蛇のようにうねって、四人を呑み込む。
「………ッ!!」
ジョルジュ達には、どうすることもできないまま、
――フッ
四人は―――姿を消した。
話としては良いところ…!
なのですが……。
テスト期間に入るので、しばらくお休みさせていただきます(ノД`)・゜・。
次回更新は、二月十九日…。
お待たせさせてしまう分…テスト、及びレポート、頑張ってきます…
テストを乗り越えたら春休みです。
休みに入ったらバンバン更新していきますのでっ!!




