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イレールの宝石店  作者: 幽玄
第二章 魔法族は星のもとに集う
53/104

20 Carat Lucy……

やっと……やっと…

プレゼンが終わりました!!ここ数日そっちに追われてました……

達成感が半端ないです。やった~!!

暗闇を、ランプ一つの明かりが照らす店内


ランプを置いたカウンターの周りだけが、ぼんやりと明るい



イレールはばさりと、白い布を肩に羽織った


それは純白のローブ


袖を通して白を身に纏う―――――


髪を結ったリボンを解くと、肩に、背中に、腰に、薄茶の飴色の髪が、


さらりと艶めいて広がった――


宝石店の床に、長い髪を揺らす女性の如き横顔のシルエットが浮かぶ


ランプの薄明りの中、彼の神々しい美貌が露わになる――――

その表情はとても穏やかで、誰かを愛おしむよう―――


「この姿になるのは――――貴女と出会ったあの日以来です………」


彼はそっと目を閉じた




「私にも、自分の持つ何物よりも、大切で……愛おしい存在ができましたよ




――――リュシー姉さん。」




20Carat Lucy……





「“―――――”ったら!!聞いてるの?!」

―――コツン!


「った!!なにするんだよ――――リュシー!!!」


銀髪の少年は、顔をしかめている薄茶の髪の少女を、大人びた銀の瞳で、見上げた。



「ファラン先生に悪戯するのは程ほどにしてあげて。流石にかわいそうになってきたわ……」


はぁっとため息をついて、その少女――リュシーは振り上げていた本を下ろした。


「仕方ないだろ。ヅラが不自然に傾いてたんだ。そりゃもう、ずらして下さいと言わんばかりにね!払い落としてやりたい衝動に駆られるじゃないか!!―――っぷ!今思い出しても笑えてくるよ。背後に素早く回り、サッとヅラを払ってやった瞬間の先生の慌てっぷり、そしてどっと笑いが起こった時の、あのさいっこうの高揚感っ!!!」



「……もう。」


再びリュシーはため息をついて、気を取り直すように鞄を手にした。


「じゃあ……いつもの場所で待っておくわね。」


彼女は青空のようなブルー・サファイアの瞳を細めて、困ったように笑う。

子どもらしいあどけなさの残る顔に、顔両サイドに垂らした薄茶の髪が、さらりと揺れた。


左耳あたりでお団子をつくり、その毛先を左肩に垂らした髪型をしている。その毛先はゆるい癖がかかって、胸辺りで揺れる。制服の上から黒いローブを羽織った服装。背格好は中学生くらいなのだが、どこか大人びた感じのする華やかな女の子だ。


「いつも悪いね!!ちゃ~んと先生の名誉を傷つけた落とし前をつけてくるよ。」

銀髪の少年はニヤッと笑って、彼女に手を振りながら教室から楽しげに出て行った。

腰までのばした銀糸のような髪が流れるようになびく。


リュシーもそれに手を振って応えると、手を合わせて、うれしそうに笑った。


―――「さて、私は内緒のお友達に会いに行きましょう。きれいなきれいなお友達に!!」


彼女も勢いよく、誰もいない教室から駆け出して行った。




―――――――――――――――――――――――――――――




「うわぁああああああああああんっ!!!」


赤毛の少年が泣きながら大理石の廊下を歩いている。その後ろからは、薄茶の髪の少年と金髪の少女が心配そうに付き添って、一緒に歩いていた。皆小学校高学年くらいの背格好で、同じ制服の上から黒いローブを羽織って鞄を手に階段を下りながら、学校の校門へと向かっている。


「陛下ちゃん、だいじょうぶ~?」

金髪の少女が心配そうに問いかける。その背中には雛鳥のように繊細で小さめの、白い羽が生えていた。緑がかった輝く金髪は、毛先をきつく巻いた縦ロールで、肩にかからない程度の長さ。たれ目がちのエメラルドの瞳は子どもらしい無垢さを秘めて、お人形のようにかわいらしい。

「う、う…ミカエラぁ………えぐっ!!ミランダのばかぁああっ!!!」

赤毛の少年―――ジョルジュは返事の代わりに、自分が泣いてしまう元凶となった人物の名を叫んだ。うねるワインレッドのミディアムヘアーの前髪から、泣きはらして赤みを帯びたアメジストの瞳がのぞく。まだまだ顔つきもあどけなく、背中のヴァンパイアの蝙蝠の羽も小さくて、頼りなさげである。

「泣かないでください陛下。このまま陛下が泣き続けたら……ボクも泣いてしまいそうです……。」

結うことをせず、きれいに整えただけの髪の、ゆるく癖のある毛先が胸あたりで揺れて、幼いながらもどこか神秘的な少年が肩を落とす。

「イレールは気にすることないわよぅ……」

悲しそうに視線を落としたその少年――イレールを、ミカエラは励ます。

「あれはミランダが陛下ちゃんに意地悪したからいけないのよぅ。イレールが止めに入って、ミランダも泣いてしまったから……場がややこしくなっちゃっただけよぅ………」

「でも………」

イレールはまだ悲しそうだ。ジョルジュも未だに泣きっぱなしで、ミカエラは困り果てていた。



「―――あら、みんな今から帰るところ?」



上の階から急ぎ足で階段を駆け下りていたリュシーと、彼らは遭遇する。


「ねえさん!!」


悲しげな表情から一変して、イレールは嬉しそうに姉に駆け寄った。リュシーもにこりとそれに応えて、急いでいた足を止める。

「あらあら……陛下はまた泣いちゃったのね……。今度は何が原因なの?前回は頌歌しょうかが原因だったかしら?覚えて暗唱できるまで帰れないのに、どうしても覚えられなくて泣いちゃったのよね。」

ローブの袖で涙を拭いているジョルジュに、鞄から出した白いハンカチを差し出す。

「ぐすんっ!!……りゅじー……」

それをジョルジュは幾分落ち着いた様子で受け取って、両目を押さえる。

その様子を見届けると、ミカエラはリュシーに困ったような顔を向けた。そして、ジョルジュが泣いてしまった原因を話し始める。

「気の強いミランダって名前のサッキュバスの女の子がいるんだけれど……帰ろうとしたら、陛下ちゃんに、『オマエなんか王子に相応しくないっ!すぐ泣いて同情を得ようとして、見ててムカつく!!』って言ってきたのぅ……。陛下ちゃんは言い返せずに泣き始めちゃって。すぐにイレールが間に入って彼女に言い返したんだけど……。ミランダはイレールに好意を寄せているから、イレールに嫌われたって…彼女まで泣き始めちゃったのよぅ。イレールもオロオロしちゃって…場は騒然となったわぁ……」

ミカエラは悲しげに、少しだけ背の高いリュシーを見上げた。リュシーは両手を広げて三人を抱き込むように自分に近寄らせた。

三人は安心した表情になる。

「そうだったの……。でも、きっと大丈夫よ!今日の夜は美味しい物食べて、早く寝て、明日しっかり仲直りしましょう。ミランダって子は好きな人に嫌われたくないっていう、純粋でかわいい気持ちを持てる子みたいだし、きっと和解できるわ!!」


リュシーが明るく笑って言うその言葉に、三人は微笑みを取り戻す。

それを満足そうに見ながら、彼女はあっ…と小さく言った。



「―――ごめんねみんな!!人を待たせてるから、私はここでっ!――イレール、今日の晩御飯はあなたの好きな物でいいからね!!」


そう言うや否や、リュシーは楽しげにバタバタと階段を下りて行った。


「……お前んちの晩飯、お前が作ってんだっけ……ぐすっ…」

大分、涙がおさまったジョルジュが、下へ下へと階段を下りて小さくなっていくリュシーの背中を見送りながらイレールに尋ねた。

「今お世話になっている家庭は放任主義なので……当番制で作ろうって話だったんですけど……はは……――――」

始めは悲しげに説明していたイレールだったが、不意に苦笑いした。

「―――ねえさん…料理の腕が壊滅的だということが発覚したので、もうボクが実質料理係です。」

どこか遠い目をしている。よほどひどい料理を食したのだろう。

「そうなのぅ?知らなかったわぁ。」

「はは……そか。」


すっかりリュシーの登場で、気持ちが明るくなった三人は顔を見合わせて笑った。


「―――っていけない!!ボクたちも急がないとっ!!先に待機しているクラースに小言を言われてしまいますっ!!」


「まぁ!そうだったわぁ~~いそぎましょう~~!!」

「……おれも泣いてる場合じゃねぇ、リュシーのために用意してんだ!!」


イレールのその言葉にあとの二人もハッとして、急いで階段を駆け下りていく。



―――――――――――――――――――――――――――――


大理石造りの荘厳なアーチ状の校門。

リュシーがその壁に背を預けていると、ご機嫌な声がこちらに近づいてきた。


―――「お待たせ~~リュシーちゃーーーーんっ!!!ちゃんと今日も魔法使用原則法第1条から第300条までを書き取りしてきたよ!!!えらいだろう?!」


「そんなに堂々と言えることじゃないわよ……でも、すごいわね。あんなに長い条文を300条分書き取っても、この元気。流石、『罰則なんてほぼ毎日、教師も頭を抱える問題児、餓鬼大将の“―――――”ったぁ、私のことさ!!』って謎のフレーズが出回ってるだけあるわ……。あなた自身が言いだしたんじゃないのにね……。」


罰則をくらって居残っていた銀髪の少年の登場に、リュシーは苦笑いして肩をすくませてみせると、一緒に帰宅の道を歩き始めた。



リーン……ゴーン……

リー……ン…ゴー……ン……


町のほうから時刻を知らせる鐘の音が響いてきた。

時刻はもうすでに五時。深い森の奥に位置する荘厳な城のような学校を跡にして、緑深い道を二人は往く。森は黄昏時の橙色の光を受けて、木々も花も、小道もオレンジ色に染まっている。


二人も黒いローブをまとった姿をオレンジ色に染めながら、仲良く寄り添い合って歩いている。

不意に、銀髪の少年はリュシーに尋ねた。


「そういえばリュシーは、いつも私が居残って罰則をくらってるとき、何をしてるんだい?聞くところによると、旧校舎区域の古びた教会に入って行くのを見たっていう話があるんだけど?」


リュシーはふふっと笑って答えた。


「秘密よ。」


人差し指を口元に添えて、いかにも楽しげな様子だ。


「えぇ~~!!なんでなのさ?私に内緒にしないといけないことなのかい?」

少年は銀の瞳を不満そうにリュシーに向けた。

リュシーはそれに微笑んで見せながら、口元に添えていた手を顎に持ってきて、少し考えるようなポーズをとる。

「う~ん。私は話しても全然いいと思うんだけど、その子が秘密にしろって言うのよね~。だから、秘密。」

「えぇ~その子ってことは人に会ってるのか!私の知っている人かい?」

「いいえ。知らないと思うわ。学年がちがうもの。」

「じゃあ、なんて子だい?気になるよ~!別に毎日、密かに会ってるのが男とかでも何とも思わないよ。リュシーの何よりいいところは男女分け隔てなく優しく接するところだからね。それに、リュシーが私にゾッコンなのは知ってるのさ~~!!」

銀髪の少年はニヤニヤしながらリュシーの手を握る。夕日で顔色はうかがえないものの、リュシーは照れたように笑いながら答えた。

「ゾッコンかどうかは……否定しないわ。うー……ん、言っても絶対分からないと思うし、教えてあげるわ。他の三人には内緒よ!」


まっすぐに隣の少年の銀の瞳を、ブルー・サファイアの瞳で見つめる。


――――「“―――――”っていうの。」


その名を聞いた少年は首を傾げた。


「聞いたことないね……。やっぱり知らない子だったよ。名前からして女の子か……。」


「――――ふふっ!とってもきれいな子なのよ~~!」


リュシーはどこか彼の反応を楽しむかのように、悪戯っぽく笑った。


少年の口元がニヤリとつり上がった。

「きれいな子かい?!なら知っているはずなんだが!!ちょっと頭を久しぶりにフル回転させて学校中の美女を思い出してみようっ!!」

「ちょっとー……。」

呆れた声を出すリュシーにはお構いなしに、銀髪の少年は真剣な表情をして記憶を手繰り寄せ始めている。その様子に、まぁいいか、と思いながら、リュシーはローブの下から、手のひらサイズの小さな白い箱を取り出した。

大切そうにそれを開けると、中を嬉しそうに覗く。


「なんだいそれ?」

不思議に思って、銀髪の少年もそれを横から覗いた。



箱の中に入っていたのは―――――桜の花だった。



魔力を帯びて枯れないようにしてある桜の花弁が、三つ入っている。

「その子がくれたの。私が前に、桜が好きだって言ったこと覚えててくれてたみたいで。人間界に親に連れられて行ったときに、取って来てくれたの。……あの子がこんなことしてくれるなんてね!すごくうれしいわ~きっとこれが桜じゃなくても嬉しかったはずよ!!」


「ははっ!!リュシーの信者がまた増えたみたいだね。うん!!良きかな良きかなっ!」

幸せそうなリュシーに、少年の表情も、ますます楽しそうに明るくなる。


二人が森を抜け終えると、彼らが住んでいる町が見えて来た。

中世の街並みを思わせる赤いレンガ造りの家々や商店が身を寄せ合って建ち並び、その建物の間を縫うように、縦横に運河が走っている。まるで水の都ヴェネチアを思わせる町並み。学校が内陸側に位置し、彼らの住む町は海辺にあるらしい。辺りはすっかり暗くなって、運河沿いを街灯が灯し始め、暗い運河を優美に照らし出している。


小ボートが連なっている船着き場に向かうと、イレール、ミカエラ、ジョルジュの三人が小舟の前で二人を待ち伏せていた。


リュシーは三人の姿に驚いた声をあげる。

「どうしたの三人とも?!家に帰ったんじゃ……?」


三人はニヤニヤしているものの何も言わない。


「―――へへ~~♪」


銀髪の少年もニヤニヤしながら、リュシーの隣を離れ、三人のもとに並んだ。


「ねえさんに見せたいものがあるんです!!!」

イレールがリュシーに、悪戯っぽい目をして言った。

「わたしたちと一緒に来てなのよぅ~~~!!」

「こっちだぜっ!!!」

「さぁ、リュシー!!私達と一緒に来ておくれっ!!!」


「―――きゃあ、どこ行くのよ~~~!!」


銀髪の少年はリュシーの手を取って、再び森の奥へと連れ出した。三人も後に続く。森の中の暗く不気味な雰囲気とは裏腹に、五人は仲良く駆けていく。リュシーもニコニコして楽しそうだ。


森の迷路のような小道を右へ左へ、曲がりくねりながら走る五人の子どもたち。

元気よく駆けている彼らの邪魔にならないよう、森の木々は根を動かして避けてやっていた。よく見ればその幹には顔の形をした凹凸が浮かび上がり、走り去っていく彼らを不思議そうに見送っている。



「―――――着いた!!」


「―――あらぁ!!きれいな泉ね!!」


彼女が連れられたのは、森の中の大きな泉だった。森の中にぽっかり開けたその泉には、鏡のように空の星々が映りこんで、その場所だけ星空が上に、下に、宝石を散りばめたように広がっている。


リュシーはうっとりしながら、幻想的な泉の岸辺をゆったり歩き始めた。


「素敵ね……ありがとうみんな。これをわざわざ私に見せようとしてくれたのね。――あら?ミカと陛下はどこに行ったの?」

後ろで並んで立っていたはずのミカエラとジョルジュがいなくなっていた。


「まだお礼を言うのは早いよ。」

「ねえさん、今年も忘れてますね。今日が何の日か。」

「今日って、何か特別な日だったかしら?さっきも、今日がどういう日なのか本当に分からないのか?って、友達に呆れられたのよね。」


銀髪の少年とイレールはリュシーの様子にニヤニヤしている。リュシーは不思議そうな顔をして、うーんと頭を抱え始めた。


「始めようか。」

「そうですね。」

二人は顔を見合わせる。と、銀髪の少年が泉に向かって突然叫んだ。


―――「さぁ!!!いいぞ三人ともぉ!!!!!!」


―――「「「了解!!」」」



ぶわぁぁぁぁぁ…………!!!!


―――ひらっ、ひらっ……



夜空に紛れて、ピンクの花弁が大量に散らされて



舞い踊り始めた―――


夜桜が風に散る瞬間を見ているような光景


ひらひら地に落ちた花弁は、泉に落ちて、深い青に桜色の紅をさした――――――



「まぁ…………!!!」


リュシーは、自分の好きな桜を彷彿とさせるその光景に、目を奪われた。じっと見つめ続けて、その光景を瞳に焼き付ける。


岸辺に立つ彼女の黒いローブに、薄茶の髪に、花弁が落ちる―――


暗闇に舞う、桜色の花弁をそっと手のひらに捕まえて、ぎゅっとそれを大事そうに両手で握った。


その後ろから、銀髪の少年とイレールがそっと歩み寄った。

イレールの手には、大きなお皿。その上には大きなチョコレートケーキがのっている。


――ふわっ

――バサッ!!


羽音がして、ミカエラとジョルジュも大きな袋を肩にかけて地に降り立った。袋の口から花弁が数枚こぼれ出る。クラースもそっと降りて来て、ジョルジュの腕にとまった。


「リュシー。」


銀髪の少年が後ろから声をかける。

リュシーは微笑みながら後ろを振り返った―――――


――――誕生日おめでとう!!!


みんな声を合わせて祝いの言葉を口にした。



「ありがとう!!みんな!!!―――――」


リュシーは嬉しさを噛みしめながら、友人たちのもとに駆け寄った―――


―――――――――――――――


五人と一匹は岸辺にシートを広げて、持ち寄った料理を並べて、仲良く語らっている。夜のピクニック状態だ。


「どうぞクラース。言われたとおりに、生肉を薔薇の花弁の形に盛り付けたプレートを用意しましたよ。」

「うむ!やはりそうしてもらうと祝い事らしいな。」

二人のやり取りに銀髪の少年がふき出す。

「エサをイレールにもらってるなんてね。クラースは変なところでかわいいな。」

「鳥を飼っている気分ですよ。」

「なっ!?俺をそこらへんの小鳥と一緒にするな!!俺はガーゴイルなのだ!!」



「見て~リュシー!!お兄さんが人間界に癒しの天使として癒しを施しに行ったときに、買って来てくれたのよぅ~~!!」

「あらあら、きれいな銅版画ね!これミカのお兄さんじゃない?」

「そうなのよぅ~今人間界では兄さんを描いた絵画が流行っているらしいのよぅ。お兄さんからしたら自分のブロマイドをつくられてる気がして恥ずかしいらしいわぁ~~」

「ふふっ!そうね!!それは恥ずかしいわ!!」


ミカエラはキラキラした瞳で言った。

「将来、わたし、人間界で働きたいわぁ。人間の創りだす物を見つめ続けるような仕事をするの。」

ジョルジュがそれを聞いてミカエラに言う。

「すげぇよな、ミカエラは。将来やりたいことがしっかりあんだからよ。」

その言葉に、ミカエラは少し寂しそうな顔になった。

「でも……天使は…人間界で働くことは許されてないのよぅ………」

「ミカ………」

リュシーは元気づけるようにミカエラの頭を撫でた。

「いつかね……きっと世界は変わるわ。少しずつでもね……ミカがその夢を持ち続けている限り、それを叶える機会はいくらでもあるはずなのよ………。」

「……ありがとうなのよぅ。わたしにとってリュシーはお姉さんなのぅ!!大好きリュシー!!」

――ばふっ……!

表情は一気に明るくなり、ミカエラは隣に座っていたリュシーに抱き着いた。

「あらあら。」

リュシーも嬉しそうにしていたが、不意に瞳を閉じた。

幸せそうに、穏やかな微笑をたたえている。


そっと、彼女は歌い始めた。


―――San-ctus, San-ctus,  San-ctus,


(聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな)


Dó-mi-nus  De-us Sá---ba-oth.


(万軍の神なる主)


Pleni   Sunt  cáe-li  et  tér - ra gló-ri-a  tú - a.―――


(主の栄光は地をすべて覆う)


その場に居た全員が、リュシーの歌声にしばし聞き入った。


「感謝の賛美(サンクトゥス)だわぁ、いつ覚えたのぅ?天使でも成人してからラテン語歌唱は覚えるから、わたしもまだ知らないのよぅ?」

ミカエラが興奮した様子で尋ねた。

「ねえさん、いつの間にミサ曲なんて覚えたんですか?」

イレールを含め、他の者も驚いた顔をしている。


リュシーはお茶目に返事をした。


「内緒よ。」

人差し指を立てて、口元にそえる。


えぇ~~!!!


皆不満そうに声をあげたが、すぐに追及を止めて、おしゃべりに興じ始めた。

―――すぅ…すぅ……

リュシーの肩にはミカエラが寄りかかって、寝息をたて始めていた。リュシーは皆のおしゃべりを眺めていたが、何かに気づいたような表情になった。ミカエラを起こさないように腕を動かすと、自分のローブの下へと手を滑り込ませる。


ローブの下から再び、白い小さな箱が取り出された。


(そっか……これをくれたのは、今日が私の誕生日だからね。私が今日はどういう日かって尋ねられて答えられなかったときの、あの顔が忘れられないわ。目を真ん丸にしてびっくりして、すぐに呆れたような顔になって……いつもあんなに厳めしい顔をしているのにね……ふふっ!面白かったわ。)


うっすら口元に微笑の色を表しながら、リュシーは箱を鞄にしまった。


(明日は早めに行って、あの子から教えてもらった感謝の賛美(サンクトゥス)であの子を出迎えようかしら。そうしたら歌詞と、ズレてしまうけれど……感謝を伝えられるような気がする………)



――――――――――――――――――――――――――


夜も更けて、五人は解散してそれぞれの家路についていた――――


イレールとリュシーは、街灯の連なる細い道をゆっくりと行く。クラースは遥か上空を飛んで、見上げれば小さな白い物体が、何となく星空に確認できる。


―――「あらら……どうしたの?そんなにニコニコして。好きな子でもできたのかしら?」


イレールがこちらを見上げて笑っているのに気付く。

彼は姉の反応にしょんぼりして、顔をそらした。

「ちがいますよ。……生まれてこのかた好きな人ができた(ためし)がないの……ねえさん知ってるじゃないですか。少し気にしてるんですから……。」

リュシーは口元に手を持ってきて笑った。

「そうだったわね。イレールにはびっくりするぐらい色恋事がないのよね~。好かれることはいっぱいあるのにね。う~ん……将来どうしたものかしら……。」

真面目に弟の将来を心配し始めている。

イレールはその様子に苦笑いすると、おっとりした口調で言った。


「何となく……ねえさんがねえさんで良かったなって、思ったんです。」


リュシーは、ふっと笑った。


「ありがとう。でもその言い回し、なんだか面白いわ。私がお姉さんで良かったってことよね。ちょっと一瞬意味が分からなかったわ。」

そう言われても、と言うイレールの言葉を遮って、リュシーは続けて言った。


「私もイレールが弟で良かったわ………本当に。

こんなに優しくて賢くて、誠実で、人の幸せを願う子が弟だなんて……それに―――


口調はとても柔らかく、優しい


―――私にとって唯一の、血の繋がった家族だもの。」


同じ髪色、同じブルー・サファイアの瞳、どこか似た面立ち、それらは血の繋がりのある者同士だけが共有できるもの


リュシーは頭一つ分まだ小さい弟の頭に手を置いた。自分と同じ髪質を手のひらに感じて。一瞬恥ずかしそうにうつむいたイレールだったが、手を払うことはしなかった。


「ボクにもいつか……大好きで大切な人ができるのかな………」

イレールのその小さな呟きは自然と、年相応の口調で発せられた。


「もちろんよ。その人はきっとあなたの場合、恋人でありながら、その先の存在――――家族とも言える存在になるはずよ。あなたの誠実さは、その人とそんな関係を築くの。」


顔をあげて、イレールは姉の瞳を覗きこんだ。


「やっぱり……ねえさんがねえさんで良かった。」

「私も、イレールが弟で良かったわ。」


容姿のよく似た姉弟は、同じ雰囲気の微笑みで、優しく笑い合う。


二人の目の前には、いつの間にかドアが立ちはだかっている。

彼らの帰りを待っているわけでもない、重たげな冷たいドア。そのドアノブに、二人は仲良く手を置いた。小さなあたたかい手に冷たさが溶けこんでいく。重々しいドアは、ガチャリと気だるげな音を立てて開かれた。


明かりは既に消えている真暗な屋内。



二人は仲良く寄り添いながら、その中に消えていった―――――


―――――――――――――――――――――――――




時は流れた―――――



何処かの大聖堂に、場違いの桜の巨木が生えている。

白い大理石の床に複雑な魔法陣が描かれた、その中心。その木は生えていた。


木の手前には墓標が立つ。


――2003,3,8  Santa(サンタ)-Lucia(ルチア)  光りとともに此処に眠る



桜が舞い散り、白い床に正真正銘の桜の花弁が桜の紅をさす―――


四人は桜をぐるりと取り囲む魔法陣に描かれた、四つの円の中に立つ。



桜の木の正面に位置した円の中で、イレールは白いローブを翻す。

その手には、聖なる杖―――――――――



「リュシー…少しの間だけ……私達に、力を―――――――」



彼が杖を掲げると魔法陣が光を放った――――――




ガラスが割れるかのように、花弁が宙に四散し



――――桜の花びらは、一斉に、地に落ちた―――――――



次の話で、イレールさんの杖が何なのか、しっかり書きます。

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