小話 ⑧クリスマスプレゼント
ミカエラが若干暴走気味です。
小話 ⑧クリスマスプレゼント
イレールさんは何をもらったら、うれしいのかな?
よく考えたら…あなたの好きなものや嫌いなものをよく知らない。
寒さに弱くて、デンファレ姫がすごく苦手なのは知ってる……
宝石のことが大好きなのも知ってるけど……他には…
何に対しても……誰に対しても…
にこにこしてるから…
あなたが大好きなものが、分からないよ。
あと一週間後にはクリスマスが控えている今日この頃。
百合はイレールに何か贈り物がしたいのだが、何をあげたら喜んでくれるのか分からない。
悩んだ末、彼の幼馴染に相談してみることにしたのだった。
クラウンが居るであろうサーカステント群は、忙しそうで入りづらかったので――
彼女は同じ公園の敷地内にある美術館の受付に居た。
「すみません。ここの学芸員のミカエラ・ディオールさん、いらっしゃいますか?」
「少しお待ちください。今お呼びします。」
気の弱そうなその男性は、裏方へと消えていった。
数分後、聞き慣れたおっとり声が遠くから聞こえた。
「ゆりちゃ~~ん、どうしたのぅ~~?」
こちらに手を振りながら、ミカエラが現れる。
「西園寺くんがかわいい子が訪ねて来たって興奮して言うものだから、まさかと思ったら、やっぱり、ゆりちゃんだったわ~~」
百合はうれしそうに駆け寄って、さっそく本題に入った。
「忙しいところ、すみません……じつは―――――」
ミカエラはニヤニヤしながら聞いていたが、せっかく話すなら…と、彼女を美術館の屋上に案内した。
「うわ~~!見晴らしがいいです~~!」
「関係者以外立ち入り禁止なのよぅ。ここなら誰にも聞かれることなく、ゆっくりお話しできるでしょう~~?」
屋上からは広大な公園が一望できた。
緑の草原の上で走り回って子どもが遊んでおり、クラウンたちCirque de Magiciensの原色の迸るテントが群をなして、パラソルを広げたかのように、地面が鮮やかに染まっていた。
「イレールの喜ぶものねぇ~~なにかしらぁ~~」
ミカエラは人差し指を顎に持ってきて、考えを巡らせている。
「好きなものとか…そういうのでもいいので、何か思いつきませんか?」
期待をこめて、ミカエラの言葉を待つ。
「……うーーーん。そうねぇ……好きなものだったら、宝石は言わずもがな…読書に、料理に、ジュエリーデザインでしょう……」
百合はメモ帳を取り出して、それをメモしていく。
「アンティーク用品に…鳥類に…小動物も好きって言っていたわねぇ。特に猫とリスは好きみたいよぅ……抱きしめて一緒に寝たいって言っていたわぁ。あとは…シャンソンに、バロック音楽に、アフタヌーンティーに……」
「貴重なご意見です…。」
彼女の口からは貴重な彼の情報が次々に出てくる。百合はなるほどと思いながら、忙しくメモを取る。
ミカエラは指を折りながらイレールの好きなものをあげていたが、急にふふっと笑った。
「イレールはきっと…ゆりちゃんが自分のために用意してくれた物だったら、何でも喜んでくれるわよぅ。」
メモを忙しくとっていた、百合のペンが止まる。
「……イレールさん優しいから、確かに何でも喜んでくれそう…なんですが…」
百合は切なげな表情になって、うつむいたが、覚悟を決めたかのようにミカエラを見上げた。
――――彼女の頬は薔薇色に、瞳は潤んで特別な輝きを宿している。
(あらぁ!もしかして!!)
そんな変化に、ミカエラはハッとした。
「じつは――――――」
ミカエラの耳に顔を近づけて、恥ずかしそうに百合は胸の中の彼への気持ちを伝える。
「あと…あの時は必至だったので…赤面することはなかったんですけど…冬の海に飛び込んじゃったときと、三日前のホープ・ダイヤモンドの件では……その…身を寄せ合う瞬間があったので……今思うと…」
百合は耳まで真っ赤になって紅をさした頬を押さえて、うつむいてしまった。
それを聞いた瞬間―――
「きゃあああああああ~~~~~~~~~!素敵よぅ!」
ミカエラは百合の両手を取って、彼女をぐるんぐるん振り回し始めた。
「きゃあああああああーーーーーーーーーー!」
今度は百合が悲鳴をあげる。
「素敵よぅ~~!素敵なのよぅ~~~!」
「ミカさーーーーん!さっきまであったかい気持ちに浸っていたのに、すっ…ごく…きもちわる……うぷ……………」
薔薇色の頬は青ざめて、潤ませていた瞳から恐怖の涙がこぼれている。
「あら、ごめんなさいねぇ。」
目を回している彼女を解放して、ゆっくり下におろす。
百合は気持ち悪そうにしゃがんで突っ伏していたが、なんとか口を開いた。
「……そういう訳なので…しっかり選びたいんです………」
(クラウンと陛下ちゃんに知らせなくっちゃあ~~!)
マイペースなミカエラは頬を染めて身を揺らし、ときめいていた。
「じゃあ!がんばって考えましょう!」
ミカエラと百合は、屋上に備え付けてあるベンチに移動する。
「ゆりちゃんは何か、手作りすることで得意なことはないのぅ?」
「得意とは…言いきれないんですけど……手芸同好会に入ってます。月に一回集まって作ったものを見せ合う程度の活動内容ですけど……」
百合は鞄を開けて、きんちゃく袋からビーズ細工でできた動物や薔薇模様の刺繍を施している途中のハンカチを取り出す。
「まぁ!すごいわ、ゆりちゃん!!」
「そんなことないです……!学校には私なんかより上手な人、いっぱいいますよ!」
彼女はそう言うが、丸い小さなビーズで立体的にウサギやクマを作っていたり、ハンカチに施された薔薇模様の刺繍は、細かく繊細で、かわいらしい小さな薔薇園が出来上がりつつあった。
「そうよ!」
ミカエラが急に大声を出して、百合の手を取った。
「マフラーを編んであげるのはどうかしらぁ!」
「え?マフラーですか?!」
百合にとっては思ってもいない提案だった。
「イレールは寒がりさんだもの~。きっと喜ぶわぁ!」
「う……ん。マフラーは編んだことないな…でも確かに役に立つし…がんばりがいもあるし…いいかも。ありがとうございますミカさん!それにします!」
イレールへのプレゼントは手編みのマフラーに決まり、百合は満足そうにお礼を言った。
「あっ!大事なことを言うのを忘れていたわ!クリスマスはね、イレールの……ごにょごにょ。」
ミカエラは百合に何か耳打ちした。
「ええ~~~~!そうなんですか!それは、いっそう頑張らないと!!じゃあ早速、材料を買って作り始めます!今日はありがとうございました、それでは!!」
楽しげに走っていく彼女の後姿を見送りながら、ミカエラはニヤニヤしていた。
(誕生日を迎える好きな人にマフラーを編んであげるなんて…少女漫画みたいねぇ~~)
「さて。」
気を取り直すように、パチンっと手をたたく。
「わたしはその噂の彼にも呼ばれているのよねぇ~~行ってきましょう。」
―――くるん
彼女は指揮者のタクトを振ると、イレールの宝石店へと移動する。
―――コンコン。
「どうぞ。」
ドアをノックすると、部屋の主の声が返ってきた。
「どうも~~相談って何かしらぁ?」
「わざわざすみません。とりあえず、そこに座ってください。」
寝台に半身を起こして読書をしていたイレールだったが、本を閉じて、ミカエラに寝台の傍に置かれた椅子をすすめる。
ホープ・ダイヤモンドの一件から、まだ体調が万全ではない彼は、白いワイシャツを楽に着て、髪も結わずにゆったりと休養をとっているのだった。
「大変だったわねぇ……この際ゆっくり休むのよぅ。いつも働き過ぎなんだから。」
彼女は椅子に座りながら、大切な幼馴染みの一人を優しくいたわる。
「そうしたいところですが、まだホープ・ダイヤモンドを博物館に送り届ける仕事が残っています。明日には復帰しようと思いますよ。起き上がって歩ける程度には回復しましたから。」
だいぶ顔色もよくなり、いつものやわらかい微笑みも様になっている。
「それで……今日お呼びしたのは、百合さんへのクリスマスプレゼントを悩んでいまして…一緒に考えていただきたいと思ったからです。」
(Déjà(デジャ)-vu……だわ。)
(なんて微笑ましいのぅ、二人してお互いのプレゼントに悩んでいるなんて……!)
「……ミカエラ?」
イレールは頬を押さえてうっとりしている彼女に恐る恐る話しかける。
「うふふ……そういうことなら、いい情報をもっているのよぅ。」
百合に相談を受けたときのように、彼女は彼に何か耳打ちした。
「……なるほど。ふふ……かわいらしい。では……『あれ』にします。」
イレールも何にするか決めたらしい。
「お役に立てて良かったわぁ。」
ミカエラは満足そうに、うんうんと頷いた。
「思いのほか、すぐに決められましたね。貴女のおかげです、ミカエラ。私はこれから一眠りしようと思います。貴女にも何か用意しますからね。」
「お休みなのよぅ。楽しみにしてるわぁ~~」
ミカエラはそう言うと、彼の眠りを妨げないために、部屋を後にした―――――
――――ふりをした
ドアを閉めると気配を消し、彼が眠るのを待つ。
しばらくして―――
彼女はイレールの寝顔を覗き込んでいた。
イレールは自分の美しい薄茶の飴色の髪を白いシーツにゆったりと広げ、女性と見まがうばかりのその美貌に華をそえながら、長い睫毛のカーテンを下ろして、安寧の眠りについている。
その姿は神秘的であり綺麗であり、麗しい。
ミカエラは気配を消したまま、着ていたコートのポケットからデジカメを取り出す。
「これは天使のいたずらよぅ~わたしから、ゆりちゃんへのクリスマスプレゼント♪」
「えい~」
―――パシャ……
彼女はいたずらっぽく笑って、イレールの寝顔を写真におさめる。
「かなり悪質ないたずらをしちゃったけれど……きっと主も許してくれるわよねぇ。好きな人の写真を一枚ぐらい…こっそりあの子に持たせてあげたいもの。」
安心したように眠っているイレールに、小さくごめんなさいねと謝ると、彼女は静かにその場を後にした。




