11Carat かわいそうなHope Diamond part3
そういえば、ご存知の方もいると思いますがホープ・ダイヤモンドは実在します。興味のある方は調べてみてくれるとうれしいです。迷信も多いらしいですが、すっごいです……
イレールは、自分の発言にハッとして僅かに頬を赤らめたが、すぐに気を引き締めた顔になった。
「……ありがとう。さあ、閉店時間です……行きましょう。」
「はい………!」
百合も、彼への思いを今は大切に、胸の奥にしまいこんだ。彼の後ろに続いて歩き出す。
急いで店じまいをし、店の奥へと駆けこんでいく店主。
二人は夫人の案内で二階の住居部分の玄関から入り、店主の部屋へと急ぐ。
――「おれの宝石はどこだぁああああ!お前がぁ!かくしたのがぁああ!」
「おとうさんっ!やめてよ!きゃーーーーーーーーー!」
「明っ、加奈っ………!」
先陣を切っていた夫人は絶望の表情を浮かべて夫の部屋へと、さらに急いだ。
―――バタン!
夫人が障子を勢いよく開いた。
そこには――――部屋の隅に身を寄せ合って震えている彼女の子どもたちと
―――理性を失って“彼女”をただ狂愛するだけの、“彼女”の傀儡――――
それは出刃包丁を片手に無力な彼らを追い詰めていた。
明は顎に痛々しいギプスを付け、口が固定されて声がほとんど出せない。足を折って松葉杖なしでは歩けない妹を守ろうと妹を背に、震えながらもそれを睨みつけている。
フゥ……フゥ…フゥ…。
傀儡は荒々しい生臭い息を吐きながら、じりじりと彼らに近づいている。
血走った眼は修羅のように大きく見開かれ、殺意で周囲の空気が肌にピリピリと刺さるようだった。
「あなた………」
恐怖で歪んだ口元を手でかくし、夫人の顔が一気に血の気を失い青白くなったかと思うと、
パタン……
彼女は気を失ってしまった。
イレールは夫人を急いで壁に寄りかからせると、その部屋へと飛び込む。
「百合さんはここに居て、夫人を介抱してください!」
「はい!」
百合はその地獄のような光景に足がすくむのを我慢しながら、しっかりと頷く。
「がえせぇえええええぇぇぇえぇ!」
傀儡は操り主の姿を探して子どもたちに飛びかかる。
―――ガシッ!!
それを既のところでイレールが制止した。
包丁が逆手に持たれた右手首を、厳しい表情をして彼は片手で掴んでいる。
「やめなさい!貴方は誰に刃を向けているか!思い出しなさい!」
「はなぜぇえええええぇぇぇ!」
すさまじい形相でその手を払いのけようともがくが、イレールは後ろへ周り、容赦なく彼の両腕を後ろに抑えつけた。
握る力を無くした右手から出刃包丁が落ちた。
「がああああぁぁぁぁあ!」
傀儡はそれを拾おうとする。
―――ガチャンっ!!!
イレールはそれを遠くへ蹴り飛ばして、その機会を奪う。
「ぐがぁぁぁああああああああああ!」
それでもなお傀儡は動き、暴れ続ける。
イレールを狂気や憤怒に満ちた恐ろしい形相で睨みつけ、後ろで自分を押さえつけている彼に、今にも噛みつかんばかりに威嚇している。
落ち着いているイレールは冷たく睨み返しながら言った。
「あまり人に手をあげたくはないのですが。ご夫人を、我が子を、こんな目に合わせたとなれば、話は別です――――」
――――ビシッ
手刀で彼の首を後ろから叩く。
脳震盪を起こさせたのだ。
傀儡をつなぐ糸が切れたかのようにからりと、彼は倒れた。
―――とさっ……
イレールは彼を軽く支えて、畳の上に横にならせる。
一部始終を見ていた百合は、少しだけ安堵の表情を浮かべた。
明と加奈はその様子を呆然として見つめていたが、父親が大人しくなって安心したのか、ただただ身を寄せ合っていた。
「申し訳ありません。眠らせようかとも思いましたが、そんなに悠長にしていられなかったので……」
イレールは申し訳なさそうに言って、右手に青みの強い青紫色の石を出現させた。
彼の表情は途端に、慈愛に満ちたものになる。
「これはタンザナイト……。魂に問いかけ、真の愛や絆とは何か、思い出させてくれます。思慮深さや分別のある行動をするように人を導き、感情に振り回されない冷静さを兼ね備えた人格を形成させると言われています………」
―――タンザナイトは気を失った傀儡のもとへと、神秘的に優しく光りながら漂っていく
「貴方は“彼女”を溺愛するあまり忘れてしまいました。それ以上に大事に愛していた人々を……タンザナイトの力で思い出し、もとの穏やかな貴方にもどってください。いくらホープ・ダイヤモンドでも、貴方とご家族が長い時をかけて固く築いた絆を完全に葬り去ることはできません……現に、ご夫人も子どもたちも…貴方を心配していますよ……」
身の危険を感じながら勇敢にも石を捨てようとした夫人。
息子は父親からその石を遠ざけようとした。
それらはどちらも、彼を思ってやったこと――――――
イレールの微笑みを受けて、タンザナイトは彼の体へと溶け込んでいった。
―――――――「さて、次は………こちらです。」
“彼女”の入った小さい箱を一瞥し、再びイレールの表情が厳しくなった。
百合のもとへと急ぎ、彼女の手を取る。
「ここではこの家族を巻き込んでしまいます。宝石店へ戻りましょう。」
「……分かりました。」
心なしか、白い手袋越しの彼の手は冷たかった。
宝石店へ
イレールはカウンターの上に白いシルクを広げて、ホープ・ダイヤモンドを安置した。
百合に向き直る。
「私は今から、ルーペでこの宝石の記憶を読み取ります。そうすることで、膨張しすぎたこの宝石の人への影響力を抑えるために、最も適切に力を貸してくれる宝石を選び取るのです………」
彼はルーペを取り出したが、かすかに手が震えていた。
「……イレールさん、手が…」
百合は悲痛そうに叫んで、イレールを見上げる。
イレールは薄ら微笑んで、ルーペを握った右手を左手で押さえた。
「この宝石には…この石にその人生を狂わされた人間たちの、おどろおどろしい姿が克明に記されています……それらすべてと向き合う必要があるので…少しだけ…恐いんです。私の心は…その暗くて残酷な光景に耐えられるか……もしかしたら、私の心は壊れてしまうかもしれない………」
―――「でも、大丈夫です。」
にこやかに彼は笑っていた。
「私の隣に、ずっと貴女は居てくれるんでしょう?」
再び、二人の瞳が重なり合う。
百合は自分の瞳に涙がたまるのを感じながら、強く頷く。
「もちろんです!これからも…ずっと!」
彼は嬉しそうに微笑んで、目をつぶった。
「ありがとう………
そう言ってもらえるだけで…私は――――――――」
――――パチン
彼は指を鳴らしてホープ・ダイヤモンドもろとも消え失せた。
「え――――――――――――!?」
―――百合は体から力が抜けて、その場に膝から崩れ落ちた




