11Carat かわいそうなHope Diamond part1
今まで一話すべて書き終えたら投稿…としていたんですが、話のまとまりで分けて投稿してみます。
ホープ・ダイヤモンド~持ち主に不運な運命を招く呪いの宝石。
11Carat かわいそうなHope Diamond
~鑑定書~
○ホープ・ダイヤモンド
1:カット インド式クッション・カット
2:寸法 縦25.60ミリ 横21.78ミリ 厚み12.00ミリ
3:カラット 45.52カラット(メートル法カラットによる)
4:カラー 青
―――――――
10:その他特記事項
世にも珍しき青いダイヤ。
炭素の完全な結晶体であるダイヤにホウ素が含まれたことにより、青く輝く。
別名『フランスの青』、『王冠のブルーダイヤモンド』、『タヴェルニエ・ブルー』。
取り扱いには細心の注意、そして覚悟を。
なぜなら――――“彼女”は呪いの宝石
以上、鑑定士~イレール・ロートレーズ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――カリ……。
イレールは鑑定書を書き終えて、ゆっくりと万年筆を置いた。
ふっと息をつく。
「貴女を目覚めさせたのは、誰ですか………?」
彼の視線の先には――――青いダイヤモンド
カウンター上の、白いシルクに安置された“彼女”は、魅惑的に彼を見つめ返した。彼を誘惑し、悩殺するかのような魅惑の輝き。
その身は海のように蒼く、深海のように暗く、魅入られれば彼女の餌食。
その者へ死の抱擁を――――
イレールは己のブルーサファイアの瞳で、冷やかに見つめ続けている。
「無駄です。私には貴女への哀れみの感情しかない。貴女の恋人にはなれない。」
冷静に言ってのける。と、“彼女”を、安置していたシルクで包んで白い箱に入れた。
「今回の一件。貴女は利用されたにすぎない。………果たしてだれが?なんのために?」
不機嫌そうにつぶやいて、彼は店の奥へと消えていった。
――――――――
百合は、宝石店のカウンターに伏せっていた。
「……ぐすん。」
表情は分からないが、どうやら悲しんでいるらしい。
「…どうなさったんですか?」
イレールは彼女の隣に座って、心配そうに言った。
「………これです。」
彼女は伏せったまま、手に持った、ひしゃげた小さな箱を彼に差し出した。
「お菓子の箱ですか……?人間界のガムという面妖なお菓子の……でも、これがどうして貴女を悲しませているんですか……?」
彼は不思議そうにそれを手のひらにのせる。
「―――――聞いてください。」
彼女は顔をふせたまま、胸の内を話し始めた。
百合は学校帰りに、駄菓子屋に寄った。
「百合!これ、懐かしいよ!当たりつきガムだって!」
「わぁ~なつかしいね~!当たったらもう一個もらえるんだよね!」
二人が熱のこもった目で見つめるのは、紙製の小さい箱にボール状のガムが四個入った当たりつきのガム。
彼女は大人も子どもも楽しい気持ちになってしまうその店で、親友の美結と、お菓子をあさっているのだ。
「2,30円くらいしかしないし、たくさん買おうかな。」
子ども用の小さくてカラフルな買い物かごに、当たりつきガムを数個、一口サイズのドーナツやチョコを大事そうに入れていく。
「あっ、そこの当たりつきガムのソーダ味とって!」
「うん。はい、どう―――――」
美結がこちらに手を伸ばして来たので、ソーダ味のガムをとって彼女に手渡そうとする。
「ぞ――――あっ!」
―――グシャ……
不協和音が聞こえた。
まさかと思って足をあげる。
予想通り、紙製の箱とボール状のガムが、ぺしゃんこにひしゃげていた。
百合は、親友に振り向いた衝撃でそのガムの箱を落として、盛大に踏んづけてしまったのだった。
「うわぁ~~~っ!ごめんなさい!」
狼狽しながら、こちらに冷たい視線を送っている駄菓子屋の気難しそうなお婆さんの様子を窺う。
お婆さんの目がきりっととがった。
――――ギラッ!
「こおらぁぁぁあぁーーーーーー!」
それから、二人は延々と、最近の若者は落ち着きがないだとか、云々かんぬんお説教をうけたのだった。
「―――ということをしちゃったんです……。」
彼女は顔をあげた。
目じりは下げられて、とてもしょんぼりしている。
「………そうだったんですか。」
「自業自得なので……どうしても気にしちゃいます……」
「じゃあ、次はきっといいことがありますよ!」
イレールは彼女の頭をよしよし…と、なでる。
「嫌なことがあったら、その次に起こった小さな幸せが、少しだけ大きくなるはずです!」
百合は悲しみを忘れて、きょとんとした顔をしている。
「例えば。」
彼はカウンターの上に散らばっている百合の買ってきたお菓子の中から、当たりつきガムの箱を一つ取る。
「これが当たりだったら、うれしいですよね。」
「はい……?」
イレールはその箱の包装を軽快に解いていく。
―――シュル…シュル……
いつもの彼の微笑が箱の中を覗いて、満足そうにさらに緩んだ。
「――――ほら、当たりです。」
その箱には、『当たり』の文字。
「わぁ~~~~!やった~~~!」
百合の顔が明るく輝き、彼からその箱を受け取って、うれしそうに体を揺らした。
「どうですか?悲しんだ分だけ、その小さい幸せ、一層うれしく感じませんか?」
「はい!そういう意味だったんですね~」
悲しみの感情はどこかへ吹き飛んで、彼女は他の箱も開け始める。
「他のは当たってますかね~?」
(あっ……他のは当たりに変えてない……)
さっきの箱の文字はイレールが魔法で、はずれを当たりに変えたものだった。
他のまで変えてしまうのはさすがにお菓子屋に対して気が引けるので、黙って見守っておく。
しかし、奇蹟が起きた。
「す、すごいです……。」
「百合さん、貴女はラッキーガールだったんですね!」
なんと、五個の当たりつきガムのうち、四個が当たり。もう一つはまだ開けていない。一つはイレールが当たりに変えたものなので、三回連続で当たりが出ていることになる。
百合は緊張した面持ちで最後の一個を開封にかかる。
「じゃあ、開けます……」
「どうですかね……」
シュルル―――――
パラ。
ドキドキしながら、二人は箱の中を覗き込む。
――――そこには『はず』の文字。
「え?何これ?」
「……『はずれ』じゃないんですね……」
れ、の文字部分がない。印刷ミスのようだ。
「あっ!でも、これはこれで、ある意味珍しいので当たりですね!」
イレールがひらめいたように言った。
「ほんとですね~何だかうれしい!捨てずに取っておきます!」
二人は仲睦まじくガムを片手に朗らかな時を過ごしている。
「おめでたいものだな、二人とも。話を聞くにそれは駄菓子屋のご夫人の呪いのようにも思えるぞ。最後に当たりを出させたくないという呪いが現れたのではないか?」
クラースが窓から店内に飛び込んでくる。
「いやなこと言わないでくださいよ~」
百合は叱られた恐怖を思い出して身震いする。
「まあ、お前たちのそういう所は嫌いではない。―――客だ。」
クラースが頭を大きく傾けて、ドアを示した。
二人は慌ててカウンターに散らばった駄菓子や包装をまとめて、来客に備える。
――――チリン!
ドアが開いて、五十代くらいの女性が入ってきた。
「「いらっしゃいませ」」
二人は礼儀正しくお辞儀をして、女性を出迎える。
「ここは……。」
放心したように彼女は立ち尽くしている。
イレールが彼女を落ち着かせるために、やわらかく微笑んでカウンターへと案内する。
百合はお茶を運んでくる。
椅子に座った彼女は、いまだに動揺を隠せないまま、両手をカウンターの上にもってきた。
何かが、彼女の手の中でキラッと輝いた。
―――――イレールの目が見開かれる。
「ご夫人……これをどこで………?」
焦ったように彼女に問う。
「……わたしは、これを捨てにきた…のに……」
その女性は手の中の、それをカウンターに置いた。
百合はそれを見て、息を飲んだ―――――
呼吸をすることさえも忘れ、思考が目の前のそれに占領される。
ただただ―――手の中に収めたいという思いがあふれてくる。
「――――なんて……きれいな石………」
その石に近寄って、手で触れようとする。
黒曜石の瞳に、魅惑的なその石の輝きが反射する。
「―――――さわってはだめです!」
イレールが強く叫んで、彼女の手を掴んで制止した。
ブルーサファイアの瞳が厳しく歪められている。
彼はキッと目を吊り上げて、その石を鋭く睨みつけた。
「――――――――これは、呪いのホープ・ダイヤモンド!」




