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第七話 千九十五日

 三年のことを書く。


 千九十五日ある。全部は書けないので、等級が上がった日で区切る。


 俺は昔から、こういう区切り方しかできない。


          *


G(・)。(・)四(・)か(・)月(・)。(・)


 借金は三度目の依頼で消えた。銀貨十枚。返し終わった日、窓口のアニェスが「完了しました」とだけ言って、次の人を呼んだ。


 俺は少し待っていた。何か言われると思っていたからだ。何も言われなかった。


 この四か月で、俺は東区と南区のギルドと、宿場町のギルド二つで「教会が間違えた」の話をした。数えていないが、二十回は超えている。


 ――帳面には、こう書いてあったらしい。


 『三の月十四日。東の廃坑。射線の指示を無視して発射。アーサー、左肩甲骨に火傷。治癒に魔力の八割を消費。本人は「悪い」と言ったあと、「でも倒せた」と言った。』


 ……これは、まあ、事実だ。


 書き方に悪意があると思うが、事実は事実だ。


F(・)。(・)七(・)か(・)月(・)。(・)


 四人目を入れた。


 マルタンという男で、Eランクの弓使いだった。二つ上で、無口で、腕は悪くなかった。


 九日で抜けた。


 俺は「根性のないやつだった」と思った。今でも半分はそう思っている。あんな九日で音を上げるやつは、どのみち長くもたない。


 『七の月二日。マルタン加入。』  『七の月十一日。マルタン離脱。離脱理由の聞き取りを別紙に添付。』


 別紙。


 別紙まであったのか、とあの日、卓の前で思った。


 三年前の、九日しかいなかった男の話を、別紙にして取ってあったのか。


E(・)。(・)五(・)か(・)月(・)。(・)


 グィネヴィアが十六になった日、アーサーが杖を渡した。


 一メートルくらいの魔杖だ。こげ茶の木で、先にAランクの魔石が付いていた。金具は銀色で、彫刻が入っていた。


 俺はその場で値段を聞いた。アーサーは答えなかったので、あとで店を調べた。


 金貨二枚。俺が売った記録の、十分の一だ。


 アーサーはその半年、宿を取っていなかった。俺は同じ宿にいたのに、気づいていなかった。あいつは毎晩、俺たちと飯を食って、それから外で寝ていた。


 『十の月三日。杖の値を三度尋ねられた。』  『三度目は「これいくらしたの」ではなく、「アーサー、よく金あったな」だった。本人の前で。』


 ……これは、書きすぎじゃないか。


 俺はただ、感心しただけだ。すごいなと思ったから言った。それだけだ。


D(・)。(・)六(・)か(・)月(・)。(・)


 この頃から、アーサーがおかしくなった。


 おかしいというのは、強くなり方が変だという意味だ。


 三日眠らずに歩ける。腕を折られた翌日に振れている。あの二メートルの剣を、片手で持ち上げるようになった。


 俺はそれを、「体力おばけ」と呼んでいた。


 属性がない。クラスもない。魔力の反応もゼロ。だからあいつがやっているのは、ただの根性と鍛錬だと思っていた。地味に走り込んでるだけの男が、地味に強くなっている。それだけのことだと。


 一度、ギルドの職員が話しているのを聞いた。


「あの剣士、Dランクの動きじゃないぞ」


 俺はそれを聞いて、こう思った。


 ――そりゃそうだ。俺のパーティだからな。


C(・)。(・)七(・)か(・)月(・)。(・)


 この頃、教会絡みの依頼が、うちにだけ回ってこなくなった。


 聖堂の警備、巡礼の護衛、修道院の物資輸送。金がよくて安全な仕事が、全部消えた。


 俺はグィネヴィアに理由を聞いた。彼女は「取れなかっただけですわ」と言った。


 それ以上は言わなかった。


 二の月に、大きい護衛依頼をやった。荷馬車が六台。うちは三人しかいないので、他のパーティと合同だった。


 賊が出た。俺は撃った。


 賊は片付いた。それから、御者の一人が右腕を押さえて転がっていた。


 『二の月二十日。街道の護衛。御者一名、右腕に火傷。示談金貨一枚。』  『ジャックの取り分から銀貨三十枚を充当。残額はこちらで負担。』  『本人は「なんで俺の取り分から引くんだ」と言った。』


 言った。


 言ったが、あれは俺だけの責任じゃない。あの御者は下がっているべきだった。護衛対象が前に出てくるのが悪い。


 いま書き写していて気づいたが、俺はこの三年で「悪い」と言ったことはある。「俺のせいだ」と言ったことは、一度もない。


          *


 帳面のことを、もう少し書く。


 三年分ある。三十六か月。俺が読み上げられたのは、たぶん全部の三分の一くらいだ。


 そのなかに、「(・)腹(・)が(・)立(・)っ(・)た(・)」(・)と(・)書(・)か(・)れ(・)た(・)行(・)は(・)一(・)つ(・)も(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。(・)


 「不快だった」もない。「許せない」もない。「もう限界」もない。


 全部、日付と、場所と、起きたことと、俺が言った言葉だった。


 言葉は、一言一句そのままだった。俺の言い回しの汚さまで、そのまま写してあった。


 ……あれがいちばん怖い。


 怒りを書く人間は、怒っている。だが、怒りを書かずに三年書き続ける人間は、も(・)う(・)決(・)め(・)て(・)い(・)る(・)。


 俺がそれを理解したのは、卓の上に帳面が置かれてからだった。


B(・)。(・)


 二十九か月目にBランクの木札を受け取った。


 GからBまで二年五か月。同期のなかでは、二番目に速かった。数字は確認したから正確だ。


 その夜、祝いの席で、俺は言った。


「やっと俺の実力に等級が追いついたな」


          *


 誰も何も言わなかった。


 三秒か四秒だ。長くはない。


 それから、アーサーが「そうだな」と言って、木札をこっちに向けて掲げた。俺も掲げた。乾杯した。それで終わった。


 いい夜だったと思っている。


 ――卓の向かいで、グィネヴィアが帳面を開いたのを、俺は見ていた。


 このときが初めてだった。彼女が、俺(・)の(・)目(・)の(・)前(・)で(・)書いたのは。


 それまでは、いつも俺のいないところで書いていたのだ。街道の岩の上とか、宿の部屋とか、俺が寝たあととか。


 それを、あの夜から隠さなくなった。


 俺は「金の計算だろ」と思った。


 いま思えば、あれは合図だったのかもしれない。最後の。


          *


そ(・)し(・)て(・)、(・)七(・)か(・)月(・)後(・)。(・)


 依頼から帰った日の夜だった。


 宿の一階に降りたら、二人が座っていた。飯も酒も出ていなかった。


 卓の真ん中に、革表紙の帳面が置いてあった。


          *


 ――なんで俺がこんなものを書いているのか、そろそろ気づいた人もいるかもしれない。


 俺は反論しているのだ。


 あの帳面の、一行ずつに。


 四年かけて、誰にも読まれないところで、たった一人で。


 だから今からのところは、なるべく正確に書く。


 俺の記憶は、こういうときだけ、いつも正確だ。


          *


 これから書くのは、俺が追放された日のことだ。

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