序章 銅貨三枚
銅貨が一枚、椀のふちで跳ねて、石畳を転がっていった。
拾おうとして手を伸ばす。届かない。
――ああ、そうだった。この腕は、肘から先がない。
結局その銅貨は、通りかかった子供が拾って、自分の懐に入れて走っていった。俺は何も言わなかった。言ったところで声は届かないし、追いかける脚もない。膝から下は四年前に置いてきた。
王都の南、下水路の吐き出し口の脇が俺の場所だ。臭い。だから誰も来ない。誰も来ないということは、誰にも取られないということだ。物件選びのセンスだけは、昔から悪くない。
昼はここに椀を置いている。夜のことは言いたくない。生きるためだ。誰だってそうする。俺が特別に落ちぶれているわけじゃない。
通りの向こうで、歓声が上がった。
白い外套。紅い髪に、一房だけ金色。人垣が勝手に割れて、道ができていく。誰かが花を投げた。誰かが泣いていた。
――アーサーだ。今度は何を斬ってきたんだったか。竜だか、魔王だか、そのへんだろう。
隣を歩いているのは、桃色がかった金髪の女。杖を抱えて、少しだけ笑っている。
二人とも、俺のいるほうは見なかった。
俺は椀の底を見た。銅貨が三枚。
……環境が悪かった。それだけだ。
あいつらには運があって、俺にはなかった。パーティも悪かったし、町も悪かったし、時代も悪かった。仲間に恵まれなかった。ギルドの査定がおかしかった。あの日たまたま体調が悪かった。
俺は悪くない。
だって俺は、選ばれた人間なんだから。
属性と、上位クラス。両方を併せ持って生まれた、三万人に一人の――
……そうだ。
それを証明するものが、この世に一枚も残っていないんだった。
*
話は、八年前にさかのぼる。




