第六話 着うたフル
夏休み初日。
朝から蝉がうるさかった。
窓を開けた瞬間、熱気が部屋へ流れ込んでくる。
「……夏だな」
湊はぼんやり呟く。
カレンダー。
2006年7月22日。
学生だった頃は、夏休みって永遠に続くと思っていた。
でも実際は、一瞬で終わる。
そのことを、今の湊だけが知っていた。
◇
ピロリロリン♪
ガラケーが鳴る。
『神谷春斗』
『今日泊まりな!!!』
『モンハンするぞ!!』
『あと映画編集!!!』
朝からテンションがうるさい。
湊は少し笑う。
『分かった』
返信。
数秒後。
『あと着うた変えたから聞け』
「なんだそれ」
笑ってしまう。
昔。
着うたを設定するだけでテンションが上がっていた。
好きなサビだけ切り取って。
月額払ってダウンロードして。
みんなで聞かせ合ってた。
◇
昼過ぎ。
「おじゃましまーす!!」
春斗の声が家中に響く。
「うるさ……」
玄関を開けると。
春斗。
慧。
圭介。
七海。
菜摘。
全員いた。
「人数多っ!?」
「泊まりって言ったじゃん!」
「聞いてない人数が!」
春斗は勝手にズカズカ上がっていく。
「今日ガチで徹夜だからな!」
「どうせお前最初に寝るだろ」
「寝ねぇし!」
笑い声。
その空気だけで、胸が熱くなる。
昔。
本当にこうだった。
◇
湊の部屋。
狭い。
暑い。
でも楽しい。
「うわ懐っ!」
菜摘がMD棚を見る。
「めっちゃあるじゃん!」
「“夏用”って何!?」
「見るなって!」
「うわ絶対好きな曲詰めたやつじゃん!」
七海たちが騒ぐ。
慧はパソコン前。
「編集ソフト古……」
「時代だろ」
「Winamp入ってるし」
「消すなよ絶対」
春斗は既にPSPを起動していた。
「狩り行くぞぉぉ!!」
「編集は?」
「あとで!」
圭介もPSPを出す。
「ティガ行こうぜ」
「お前毎回死ぬじゃん」
「今日は本気出す」
男子たちが騒ぎ始める。
PSPの起動音。
カチャカチャ鳴るボタン。
懐かしい。
当時。
みんなで集まると、本当にこればかりやっていた。
◇
「藤沢くん」
後ろから澪の声。
振り返る。
部屋の隅で、澪が映画雑誌を読んでいた。
「……なに?」
「これ」
雑誌を見せてくる。
映画監督特集。
「好きだったよね」
その言葉に。
湊の胸が少し痛くなる。
好きだった。
本当に。
昔は。
「……うん」
「今も?」
湊は少し黙る。
未来では。
映画のことなんて、ほとんど考えなくなっていた。
忙しいとか。
現実とか。
色んな理由をつけて。
でも。
この時間に戻ってきてから。
また少しずつ。
好きだった気持ちが戻ってきている。
「……分かんない」
正直に答える。
澪は静かに笑った。
「でも最近、すごく楽しそうだよ」
その言葉に。
湊は少しだけ目を逸らした。
◇
夜。
部屋の電気を消す。
みんな床へ転がっていた。
扇風機。
ぬるい風。
PSPの光。
「なあ」
春斗が突然言う。
「将来さ」
「みんなどうなってんだろうな」
静かになる。
こういう話を、中学生は突然する。
「俺プロ野球選手」
「無理」
「うるせぇ!」
笑い声。
「七海は?」
「んー」
「普通に働いてそう」
「リアル」
「菜摘は絶対結婚早い」
「は!? なんで!?」
また笑う。
その中で。
春斗が湊を見る。
「湊は絶対映画関係だろ」
その言葉に。
胸が強く締め付けられる。
未来の自分は。
もう映画なんて撮っていない。
夢なんて、とっくに諦めている。
でも。
今ここで、それを言いたくなかった。
「……どうかな」
湊は小さく笑う。
その時。
春斗のガラケーが鳴った。
爆音の着うた。
「うるっさ!?」
「お前音デカすぎ!」
「カッケェだろ!」
みんな笑う。
そのくだらない時間が。
どうしようもなく愛しかった。




