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夏の向こう側  作者:
12/16

第十二話 あの日言えなかったこと

 花火が夜空を染めていた。


 赤。


 青。


 金色。


 次々と咲いては消えていく。


 神社裏。


 少し離れた場所。


 祭りの音は遠い。


 風だけが静かに吹いていた。


「……綺麗」


 澪が小さく呟く。


 湊は隣で、その横顔を見ていた。


 昔も。


 たぶん同じだった。


 この瞬間。


 何か言わなきゃって思っていた。


 でも。


 結局言えなかった。


 怖かったから。


 この関係が変わるのが。


 気まずくなるのが。


 青春って、ずっと続く気がしてたから。


「藤沢くん」


「ん?」


「なんか今日、変」


 澪が少し笑う。


「ずっと何か言いたそう」


 ドキッとする。


 図星だった。


「……いや」


「なんでもない」


 逃げるみたいに言う。


 でも。


 胸の奥はずっと苦しかった。


 未来の自分は知っている。


 この夏は終わる。


 みんなバラバラになる。


 澪とも、自然に距離ができる。


 そして。


 あの時言えなかったことを、

 ずっと後悔する。


   ◇


 ドンッ――。


 また花火が上がる。


 夜空が明るくなる。


 その瞬間。


 澪がぽつりと言った。


「このままずっと夏休みだったらいいのにね」


 湊は言葉を失う。


 昔。


 本当にそう思っていた。


 この時間が永遠に続く気がしていた。


 でも。


 終わる。


 絶対に。


「……終わるよ」


 気づけば、口から漏れていた。


 澪が少し驚いた顔で見る。


「え?」


「いや……」


 しまったと思う。


 でも。


 湊は空を見上げながら続けた。


「ずっと同じままって、

 多分ないから」


 花火。


 夏の夜。


 祭りの匂い。


「でも」


 湊は小さく笑う。


「だから覚えてたいんだと思う」


 澪は静かに湊を見る。


 その目が、少しだけ優しかった。


「……藤沢くんって、

 やっぱ変わってる」


「悪い意味?」


「ううん」


 澪は少し笑った。


「なんか、

 昔より大人」


 その言葉に。


 湊は少しだけ胸が痛くなる。


 実際。


 中身は32歳だった。


 でも。


 最近。


 その境界が曖昧になり始めている。


   ◇


 その時。


「おーーーい!!」


 遠くから春斗の声。


「花火終わるぞー!!」


「写真撮るぞ写真!!」


「また!?」


「いいから来いって!」


 みんなが手を振っている。


 笑顔。


 夏。


 青春。


 その光景を見た瞬間。


 湊の胸が強く締め付けられる。


 未来では。


 この時間を失った。


 でも。


 今だけは、ちゃんとここにいる。


   ◇


「はい並べー!」


 春斗が騒ぐ。


「夏の思い出写真な!」


「うるさ」


「早く撮れって」


 ガラケー。


 デジカメ。


 当時の画質。


 少し荒い写真。


 でも。


 だからこそ残る空気があった。


「いくぞー!」


「3、2、1!」


 シャッター。


 その瞬間。


 湊はみんなの顔を見る。


 笑ってる。


 全員。


 何も知らない顔で。


 未来のことなんて知らずに。


 夏が終わることなんて考えずに。


 それが。


 眩しかった。


   ◇


 帰り道。


 夜風。


 静かな住宅街。


 祭り帰りの人たち。


 遠くでまだ花火の音がする。


「今日はありがと」


 澪が小さく言う。


「……うん」


「楽しかった」


 その一言だけで。


 胸が熱くなる。


 当時。


 好きって、こういうことだった。


 一言で眠れなくなる。


 少し目が合うだけで嬉しい。


 そういう感情。


「じゃあまた明日」


 澪が手を振る。


 その瞬間。


 湊は衝動的に呼び止めそうになる。


 今なら。


 言えるかもしれない。


 でも。


 結局。


「……また」


 それしか言えなかった。


 澪は少し笑って、夜道を歩いていく。


 その後ろ姿を見ながら。


 湊は思う。


 あの日と同じだ。


 また。


 言えなかった。

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