その後も続きました
目覚めたのは宮廷の医務室だった。王先生がいた。目を開けても、頭がぼーっとして体に力が入らない。
「気がついたか。瑞」
「あ……せんせぃ……」
「いい、寝ていなさい。ヒ素の入った水を飲んだのだ。すぐに吐き出したと聞いたが、口腔粘膜から毒が回って急性ショックを起こしたんだよ。まだ安静に」
「はぃ」
夜、李氏様が宮廷の入り口に呼ばれたらしい。そこには、上半身裸の浩宇と、馬に荷物のように横たえられた、意識不明の私がいた。そして、王先生が呼ばれた。
「あ、仕事……連絡を」
「もう職場には伝えてあるよ。毒を入れた男は宮廷の地下牢に運ばれた」
「浩宇は」
舌がうまく回らず、カタコトしか喋れない。
「いつもどおり出廷している。それまでずっとここにいたよ」
「……」
「彼は、瑞を男と思っていたのか?」
「はぃ」
「女にあんな危険な任務をさせていたのかと怒っていた」
「……」
浩宇らしい。
「女性の皇族の護衛は、女性か宦官しかでいないと説明したんだが『それじゃない』と。私はいろいろと知らないことになっているから『その話はしないでくれ』としか言えなかった」
◇
入道雲がなりを潜め、アキアカネが舞うころ、九族の刑は淡々と執行されていった。
春香妃は祈る日が多くなった。
「文をやりとりしていたお友達も連座で処刑されてしまったの。もう文の相手はいないわ。お悔やみの言葉を受け取ってくれるご家族さえ」
「くーんくーんくーん」
シェシェは元気のないご主人を励まそうと、ぴったり体を寄せている。
100年以上に渡り政界に君臨していた名門李一族は、完全に滅んだ。
一方、浩宇は大忙しだった。
「やっべ。家に帰る暇がないくらい忙しい」
と言いつつも、十王府の門の前に非番の私を呼び出すくらいには時間があるっぽい。
「ひょっとして、九族の刑で? 浩宇は研修中だし、軍部とは関係ないよね?」
「九族の刑で人手不足。一族の財産を没収したから、その計算に回されてる。朝廷って、そろばん使える人が少なくてさ」
浩宇曰く、どちらかと言えば、そろばんは商人の道具と認識されていて、官僚の世界で数字を扱う実務は軽んじられているとのこと。取り潰された一族の全財産は国家に吸収される。莫大な金額らしい。
「そーなんだ。大変だね」
「マジ大変」
「はは。辞職するとかって考える暇なくなったじゃん。よかったよかった」
私が茶化すように言うと、浩宇は真面目な顔でこちらを見返してきた。
「それは。なくなった。暇とかじゃなくて」
「え?」
「オレは、自分が男色かもって、それは官僚できねーなって思ったわけ」
「ふーん」
「皇族の女の人の護衛って、宦官と女性しかできないんだってな」
「うん」
話、若干飛んでる。
「瑞が毒で倒れたとき、すっげーびっくりした」
女って知ったから。
「そ? 別に隠してないし、浩宇が勘違いしてただけだよ」
「オレ、マジで悩んだのに」
「……」
「でも、逆に」
「逆に?」
「想像してたあれやこれやが違ってくるわけで」
「あれやこれ?」
「いや、別に」
「?」
そして浩宇は宣言した。
「オレは瑞と堂々と会う」
「そーだね。第二皇子のいろいろなことは巷に書物まで出たし、もう秘密で補佐してたのは過去のことだもんね」
第一側室から「あれをなんとかする会」──じゃなくて、第二皇子の賢皇子への「プロジェクト」の任を解かれたわけれはないけれど、もう、浩宇と私が知り合いであっても不自然じゃない。都の人達は、農民出身官僚の浩宇のことも私のこともすっかり飽き、次のターゲット「傾国美男子」である第二皇子に興味が移っている。所詮、人気なんてこんなもの。
「オレは毎日会いたいし、足首だけじゃなく、もっと……」
「あしくび?」
浩宇は白状した。初めて自分の中に友情以上の気持ちを自覚したのは、私が酔っ払って眠りこけたときだったと。ベッドに運んで靴と靴下を脱がせた。私の左足首には自分が結んだ、お守りの赤い紐があった。理性がぶっとっび、足首にキスしてしまった。
「オレ、自制心とか自信あったのに」と浩宇がぼやく。
「ただただ心配することしかできなくて、瑞になにかあっても、オレには何も知らせなんてない。こうやって会うだけだって嬉しいけどさ」
「私も嬉しい」
「結婚しよ」
「!」
は?
「結婚したら、オレんとこに『今ここにいます』くらい連絡は公式に回ってくるじゃん」
「……」
そんな理由?
「そしたらもっと堂々と会えるじゃん。それとも、瑞、好きな人いる?」
ちょっと待った。浩宇には故郷に好きな人がいると思ってて。だったら劣情部分だけ男のふりしながらちょいちょい味わおうって不埒な下心だったんだけど。
「浩宇こそ」
「オレは瑞が好き。たとえ瑞が男でも、官僚辞めてでも自分の気持ちに嘘つきたくないって思ったし。もし瑞がわんこでもにゃんこでも金魚でも葉っぱでも好き」
葉っぱ。
「ちょっと待って。仕事、続けるよ? 護衛だから一緒に住めないよ? ご飯作ったり洗濯したり奥さんらしいことできないよ?」
「住めなくても会えるじゃん。家事は外注する。ってか、ネックってそこ? 瑞の気持ちはOKってこと?」
「好き」
「やった!」
浩宇はガッツポーズをした。まるで何かを勝ち取ったみたい。
「私と結婚しても、出世にプラスんならないよ」
「大丈夫。今、李一族がいなくなって、勢力バランスがたがたになってっから。下手に足突っ込んでなくてよかったって状態。それに、オレ、そーゆーのは後からついてくるって思ってる」
そんな甘さの欠片もないセリフをかっこいいって思う私は、相当浩宇にのぼせてる。
もともと望みは、温っかい家庭を持つことで、そのために今のうちに稼いでおくだけってスタンスだったっけ。なのにラブリー春香妃の護衛ってポジションに就いてから、ずいぶん濃密でブラックな副業にずぶずぶんなってた。死んでもおかしくない場面にちょいちょい遭遇したりして。その分、報酬も随分積み上がった。
狙っていた銀の価格暴騰が起きず、相場が安定の横ばいなのだけは、計算違いだったけれど。
◇
ぱたん
ぴと
「瑞様。ああ、なんてステキなの。その流し目に被弾したら生還できなくってよ」
「貴妃様、今日もお美しい。庭の紅葉よりも先に、私の心のほうが真っ赤に染まり、燃え尽きてしまいそうです」
「や〜ん、もうおばあちゃんよ」
いつものお約束の後、現在皇后である元第一側室は名残惜しそうに私から離れた。後宮、人払いをしてしめやかに行われる寸劇は久しぶりのこと。南の海からの侵略を防いで、3ヶ月ぶりの帰還だった。
結局「あれをなんとかする会」、、、じゃなくて「プロジェクト」の延長線で、なんとなーく動くことがときどきある。南の海から来た船を拿捕したら、生アヘンが出てきた。自国で禁止された物を央の国へ売りつけようとは、舐め腐ってくれる。国家間の問題を秘密裏に収めるため、第二皇子に白羽の矢が立った。で、同行。
第二皇子の外面の猛々しさと中身のヘタレ具合は変わらない。なぜかミラクルラッキーはド安定。最近では「どーせうまくいくんでしょ」と心の中で職務怠慢をしている。
「瑞様、子供は官僚にするの? 軍人にするの?」
私には夫、浩宇との間に息子が3人いる。一番上は17歳。
「それは本人達に任せております」
「ふふふ。楽しみね。子を持つと、私の気持ちも分かったんじゃないかしら。未だに心配よ」
「真に、とてもよく分かります」
今も私はラブリー春香妃の護衛を2日に1日熟している。現皇后様の権力によって不動。
李一族大粛清の後も、皇位継承順位は変わらなかったけれど、第一皇子の側室話はぱたりと止んだ。曰く付きになってしまったから。桃麗妃は後宮の面倒ごとから解放される未来に大喜び。側室話は繰り下がり、第二皇子のところへ来たけれど、彼は断固拒否。一夫一婦を貫いている。
縁談話は更に繰り下がると思いきや、その下の皇子達も「妻を何人も持つなんて気力も体力もムリ」とか「子作りだけのために妻に会いに行くってなんだそれ、きもっ」とか、本音をぶちまけ、後宮は変わりつつあった。
央の国は、様々な困難を乗り越えながら繁栄を極めている。
銀の安定供給により民が貧困に追い詰められて蜂起することなどなく、アヘンの流入は水際で防がれ、西欧諸国に情報を張り巡らせて最新鋭の軍備を維持している。民が、官僚が、軍が、それぞれの場所で国を支えている。
内側から崩れることのないこの強固な国なら、きっとこの先、300年だって、それ以上だって、粛々と平和に続くよね。




