海賊王にオレはなる
深海魚は逃がさないとでも言うように彼なりの愛の言葉を紡ぐ。
「オレは情が深くてさ、死ぬほど好きんなる。好きんなった女が裏切ったら殺すほど」
重っ。え、NTRの人はもうこの世にいないのね。
「央の国は瑞をオレに差し出した。オレは受け取った。そのあと、どうするかは瑞の自由」
逃げる一択。命懸けの恋愛とかあり得ないから!
だいたい「恋愛は諸行無常」って自分は心変わり宣言してるくせに、女の方が諸行無常を発動したら殺すっておかしいじゃん。
肩を怒らせ大股でのしのしと廊下を突き進み、バン!と音を立てて扉を開ける。そこは、第二皇子の居室。第二皇子、朱氏様、お爺ちゃん宦官、上官が揃っていた。私のことについて話し合っていたのかもしれない。
「失礼します。承服いたしかねます」
「瑞、落ち着くのだ」
ヘタレ第二皇子が威厳ありそうに振る舞っている。私はそれを無視した。
「今回、私は殿下の身辺警護のために同行致しました。突発的な事情により別行動を余儀なくされましたが、貴重な船の所在、乗組員の動向、そして、積荷が銀50万であった情報を入手し、お役に立てたと自負しております。それがなぜ、このような屈辱を味わわなくてはならないのでしょう。憤懣やるかたない思いです」
第二皇子は怯えたように首をすくめ、朱氏様を影てつついて助けを求めている。朱氏様は困ったように小さく首を横に振る。沈黙を破って答えたのは、上官だった。
「瑞、交渉を有利に進めることが第一優先だ。分かってくれ。銀15万! 感謝している」
こんのぉ、下っ端! 私にとっては上官だけど、軍の中でも偉い人だけど、所詮は実務部隊の中間管理職。空気を読んで浮遊するコウモリ男。私の命や尊厳よりも、自分の任務全うに重きを置く。
見かねたお爺ちゃん宦官が、追い払うように上官を下がらせた。
「我々が瑞を説得致します。特命を受けて参った身であること、今後の故郷への報償などについて、よく話して聞かせましょう」
上官が退室すると、第二皇子はあからさまに情けない顔をした。
「ごめん。瑞。なんか成り行きで」
ふざけるな。
「さっき、深海魚に『好きにしろ』って言われました。皆様と一緒に帰らせていただきます」
私の言葉に朱氏様が驚く。
「『好きにしろ』と?」
「はい。銀15万を返してくれる理由に、私は入っていませんでした」
「しかし瑞様、海賊があの立派な船を女の1人と交換するだけれも驚くことなのに、何もなくなど、にわかには信じ難い」
けっ。
「先にも報告しましたが、深海魚はあの船を持て余してるのです。それより、あんな巨大な船を盗ませるなんて猿芝居、何が目的だったのですか? 本当に皇帝の船を手土産にしたいだけだったのですか? 乗っていた船員達が皆殺しにされていたかもしれないのですよ。朱氏様」
第二皇子が「僕はやめよーよって言ったんだ」と横からちゃちゃを出す。
「深海という男に見せつける必要があったのだ。我々央の国が遥かに格上であることを」
「交渉が決裂するリスクを冒してでもですか?」
「決裂しない。信用できなくても、あれは利で動く男。東の島国に拠点を持ち、カステイラ国やパエリア国と取引し、他の西欧の国へも手を広げている。いちいち信用などしていては、そこまで手を広げることなどできない。信用というものは、築くのに年月がかかる」
私はとっくに朱氏様を真からは信用していない。有能という点は痛感していても。
意外だったのは、私にはまったく意図が読めなかった「チープな猿芝居」から、深海魚が正しく「央の国からの警告」というメッセージを受け取っていたことだった。
「まさか銀まで返してもらえるとは思わなかったが」
「15万でした。東の島国は、本当にたくさん銀が採れるのですね」
「その銀のルートの公式の番人になれるのだ。15万。考えようによっては安い買い物かもしれん」
私にとっては天文学的な数字であっても、国家予算を眺めているメンバーにとっては、政治の世界で「安い」と片付けられてしまう。
「とにかく、私は皆様と合流します。その旨を深海魚に伝えます」
私がきっぱりと告げると、第二皇子は機嫌を窺うように、おずおずと声をかけてきた。
「瑞、大丈夫? 怒ってない?」
「なにに対してでしょう」
「……。ほら。なんか、船返すって言われて、僕、反射的に返事しちゃってさ。瑞は母上のお気に入りなのに」
このマザコン。
「いたしかたないことでございます」
「あーよかった。もし戻ってくるなら、母上には内密に。僕、怒られちゃうよ」
23歳にもなって。情けない。
お爺ちゃん宦官は別の心配を口にする。
「瑞、深海は非常にそなたを気に入っているようだ。あの男には、希望を持たせつつ美しく別れなさい」
知らんし。そんな器用な別れ方。
「大丈夫でございます。深海魚と私は男女の仲などではありませんから」
「瑞、男を分かっておらん。男女の仲になる手前が1番心が盛り上がるもの」
いやー、宦官に言われても。
夜、深海魚が私の居室に現れた。私達の商船に積む銀の検品を終えてきたところだという。
「東の島国の銀は質がいい」
「そうなのですね」
「瑞は帰るの?」
いきなり本題キタ。
「はい。私は央の国の軍人です」
「オレさ、役人になっちゃうわけじゃん? ここへ異動届け出せば?」
「あはは。異動。考えもしませんでした」
「ま、男ばっかいる軍にいるなんて、自分の女だったら辞めさせるかな。オレ、独占欲強いから」
「独占欲。それでも皇帝の船からの銀の一部を返すことにしたのですね」
「30%ってのが、我ながらケチくさい。あのときはさ、全部返せって言われると思ったから」
深海魚の考えていたシナリオは、30%提示 → 全額要求される → 半額に値上げ → 合意、だった。
「50%の予定だったのですね」
「帝国の皇子が値切り交渉なんてするわけないよな。ははは」
「ですね」
「ちっくしょう。コケにしやがって。手下を裏切らせた挙句、30%なんてセコイ数字に着地。あっちは金額なんて気にしてないってことじゃん」
「……」
「オレは絶対、海の上に帝国を作る。央の国よりもでかい金を動かして、世界中から富を吸い上げて、海に暮らす誰もが……」
誰もが恐れる存在になる?
「……あの国に住みたいって思うような海にする」
「すごいプランですね」
「瑞は、オレをフったこと、後悔する」
「かもしれません。その夢が叶うなら」
「夢みたいなふわふわじゃねーし。数字の先にある目標」
「海賊王宣言ですか?」
「オレは海賊じゃなくなる。勅令が下りれば、役人。なぁ、オレらの海賊軍っが暴れてる領域ってどれくらいか知ってる?」
海賊軍って言っちゃってるし。思わず頬が緩んでしまう。
「いいえ、存じ上げません」
「央の国と同じくらいの広さ。もっとかも」
「そうなのですか?!」
「今は掃き溜めみてぇにいろんな海賊がいるけど、それをオレらが一掃する。殺すんじゃなくて、できれば、仲間にする」
深海魚が未来を語る。
「仲間。いいですね」
「そんでもって、巨大な海の帝国を作る。奪い合うんじゃなくて、商売と仕事で繋がるんだ」
「一つ、お願いしたいことがあります」
「ん?」
「アヘンを取り締まってください」
「アヘン。あれはヤバい。そーいや、アヘン取り締まるのに、第二皇子が暴れたんだってな」
そのせいで商人から対海賊用の通行証が届かず、皇帝の船が拿捕された。
「はい」
「あんなキレーな顔した兄ちゃん、ホントに三日月港を爆破したんかな? ま、あーゆー人らは、下の者がやったことでも命令出したり側にいたりすれば、やったことになるもんな。はははは」
「あはは」
笑っとこ。意外と鋭い。
「分かった。アヘンだけは排除する」
「よろしくお願いします」
◇
かさかさ
船の上、誰もいない場所で文を読む。央の国から持ってきた浩宇の文。少々男らしくない、会えない言い訳が羅列されている文。けれど、私のことを思い出す様子が美しく綴られている。めちゃくちゃ愛を感じる。にやける。
都へ帰っても、浩宇と会うことは容易じゃなかった。




