31話「現地調査」
「隊長⋯⋯これ多分。見つかってなかった奴ですよ」
「根拠を示して貰おうか、田中」
アビスの隊長は、冷徹な声で問い返した。対する田中は、冷や汗を流しながらも牛銀の顔を指差す。
「だって隊長、見てくださいよ! あの牛っぽいの、あんなに目が丸くなってるじゃないですか。あれは完全に『え、誰これ?』っていう、ガチで予定外の人間を見た時の顔っすよ!」
「…………」
隊長は沈黙した。確かに、目の前の巨漢からは、先ほどまでの「全てを見透かしたような達人の気配」が消え失せ、代わりに「近所の工事現場で不審者を見つけたおじさん」のような純粋な困惑が漏れ出している。
一方、牛銀はと言えば、ようやく現状を脳内で処理し終えていた。
「……なるほどな。お前たちも現調というわけか。確かに、この規模の改修工事だ。複数の業者に見積もりを取らせて、金額を比べたり値切ったりするのは、施主としては基本中の基本だからな」
牛銀はフンと鼻を鳴らすと、冷徹な視線をアクセイへと飛ばした。その眼光は、研ぎ澄まされた刃物の様に鋭い。
「だが、奥様……。これは『ダブルブッキング』という、業界じゃ一番やっちゃいけねえ禁じ手じゃねえのか?」
現場の空気が一変する。
「ど、ダブル……なんですって?」
アクセイが困惑に眉をひそめる。しかし、牛銀は止まらない。一歩、また一歩と彼女へ詰め寄った。
「とぼけるな! 我々『エリザベス工務店』を呼んでおきながら、裏で別の業者をぶつけるなんざ……。相見積もりを取るのは自由だがな、同じ時間に現場で鉢合わせさせるのは、職人のプライドを逆なでする行為だぁ!!」
牛銀の咆哮がホールに響き渡る。だがその時、一人のアビス隊員が、背後にいたティアの首筋に冷たい刃を突きつけた。
「おい! 動くな! こいつがどうなってもいいのか?」
場が凍りつく。しかし、当のアビス側――隊長と田中だけは、その光景を見た瞬間に深い、深すぎるため息を吐いた。
(……あーあ。やっちまったな、あいつ)
「隊長も田中も、こんな訳わかんねぇ連中なんかに構ってないで、最初からこうすればいいんだよ」
人質を取った隊員だけが、自分の置かれた「本当の恐怖」に気づいていなかった。
現場の空気が「物理的」に凍りつく
「これ……なぁに?」
刃を突きつけられたティアが、小首をかしげて真っ赤な瞳をキラリと輝かせた。
「おい! お前ら! いくらダブルブッキングされたと言っても、流石にそれはやり過ぎだろう!」
牛銀が咄嗟に、しかし現場監督としての「正論」を叩きつけた。
「いいか! 仕事の受注を争っている最中に、施主の家族を人質に取るなんてなぁ……。お前たちは、自分の会社の看板に泥を塗るつもりか! 営業停止処分になっても知らねえぞ!」
「う、うるせえ! 営業だの何だの知ったことか! こいつの命が惜しければ……ッ!?」
隊員が声を荒らげるが、その腕は恐怖でガタガタと震え始めていた。刃を当てているはずのティアの首筋から、パキパキと不気味な音が響き、周囲の床がミシミシと沈み込んでいく。
「おじさん……口が臭い」
ティアがゴミを見るような冷ややかな目で呟いた。
直後、鼓膜を震わせるほどの衝撃音が轟く。
――ドォォォォォンッ!!
次の瞬間、そこにはもう隊員の姿はなかった。
人質に取っていたはずの男は、まるで巨大なプレス機で弾き飛ばされたかのように、城の分厚い外壁を三枚まとめてブチ抜き、遥か彼方の空へと消えていった。
静まり返ったホールに、崩れた石材の乾いた音だけが虚しく響く。
牛銀は、ぽっかりと開いた三つの大穴を呆然と見つめた後、ゆっくりと隊長と田中の方へ視線を向けた。その瞳には、先ほどまでの困惑に代わり、深い「怒り」と「確信」が宿っていた。
「……お前たちの正体が、ようやくわかったぞ」
牛銀の放つ圧倒的な「現場の覇気」が、周囲の空気をピリリと引き締める。
そのプレッシャーを真正面から受けた田中は、頬を伝う冷や汗を拭いながら、おどけた調子で隊長に囁いた。
「あらら、バレちゃいましたか。どうしましょう隊長?」
「……まあ、この状況で正体を隠し通せという方が無理な話だ」
隊長は短く応じると、背負っていた重厚なシールドを構え、漆黒のブレードソードを静かに引き抜いた。田中もまた、それまでの軽薄な態度を捨て、愛刀の柄に手をかける。
もはや交渉も潜入も不要。二人は純然たる「暗殺者」としての構えをとった。
しかし、牛銀が口にした「正体」は、彼らの予想を遥か斜め上へと突き抜けるものだった。
「お前たちは、『手抜き工事専門の悪徳業者』だな!?」
「…………は?」
構えていた刀が、わずかに揺れる。田中の口から間抜けた声が漏れた。
「現に今、自分たちの身内を使ってわざと壁を壊させ、修繕費を上乗せして請求しようとした。……その手口、業界じゃ使い古された三流の詐欺、 職人の風上にも置けねえぇ!」
牛銀の咆哮が、玉座の間を激しく揺らした。
「いいか! 現場で一番大事なのは『養生』と『安全管理』だ。それを自分から壊しにかかるとは……。お前ら、二度と現場の土を踏めねえようにしてやるッ!」




