ミカエル&イオフィエルの場合
カイムのフリをした悪魔についての謎が解けないままに一行は出発することになった。出発直前にリツはエストリエに抱きしめられる。
「じゃあ、また。行ってきます」
来たときと同じように魔法陣の上に立つと天使の二人は急にそわそわと落ち着きのない様子を見せた。特にイオフィエルの方は青ざめる。
「気分が悪くなっても途中では止められないから我慢してほしい。ミカエルなら恐らく平気だろうが、イオフィエルは向こうについてからミカエルにでも手当てをしてもらうといい」
「大丈夫大丈夫、イオフィエルのことはちゃんと面倒みてあげるからさ」
ニコニコしながらミカエルが言って片手でしっかりとイオフィエルを抱き寄せた。どう面倒をみるのかが問題だとイオフィエルは内心では思ったが口には出さずにおく。同行に同意した時点ですでに覚悟は決めたつもりでいた。
「くれぐれも途中で落とすなよ?拾えないからな。行くぞ」
途端に重い魔力に包まれて、リツは近くのイオフィエルが変な声を上げたのが聞こえた。同時に視界が闇に包まれる。しばらくすると、前と同じように光が見えて光の中に放り出される感覚がした。
「おかえりなさいませ。久々の魔界はいかがでございましたか?」
変わらない様子で黒木が出迎えてくれた。ストラスの腕の中にいたルイはとっさにお腹に触れて、リツも同じことをしているのに気付いて、互いに目配せした。無事だったことに安堵する。
「イチカさまとハルさまがお待ちですよ。ただ慣れない気配に驚いてしまって隣の部屋におります…天使もご一緒でしたか。これはこれは。私はアルシエルさまの使い魔筆頭の黒木と申します。以後お見知りおきを」
黒木は優雅に二人の天使に向かって挨拶をする。イオフィエルはずるずると床に滑り落ちた。腰が抜けたようになって立っていられなかった。それに頭が痛くて耳鳴りもしている。ミカエルはイオフィエルを軽々と抱き上げると、アルシエルの案内する部屋に移動した。イオフィエルはフカフカで寝心地のよいベッドに横たえられる。本当に死ぬかもしれない、とイオフィエルはすっかり冷えた身体で思った。
「頭が…割れそうに痛いです…あと…耳鳴りが…」
「早く天使の力を注いでやった方がいい。魔法陣の魔力で消耗しただろうからな。それと…この世界では天使の神聖力も悪魔の魔力も両方まとめて魔力と呼ばれている…驚くことに区別がないんだ…市販の魔力回復薬は神聖力も魔力もがごちゃ混ぜな状態で売られているから手は出さない方が無難だ。だから交わって回復させた方が早い。理解できたなら、ま、後は好きに過ごすといい。堕天しない薬なら山程あるから心配なら飲んでおけ」
アルシエルはベッド脇の引き出しを開けて並んだ薬を見せた。ミカエルはすでに飲んでいる。アルシエルが去ろうとすると、なぜかその腕をイオフィエルが掴んだ。
「…どうしても…しなきゃ…ダメ…?」
アルシエルは振り返って眉を上げた。
「だって…あなたの中に…神聖力が…見える…」
「…それはフィランジェルの力だ。昨夜夢の領域で抱いたから残っているだけで、常にある訳じゃない。駄々をこねないで、さっさと抱かれてしまうことだ。二人は計画に参加することにしたんだろう?いや、君にとっては不本意なのかもしれないが…私がけしかけたことだからな。天使の未来のためには君に犠牲になってもらうしかない。尊い犠牲だな。別に怖いことでも悪いことでもない。フィランジェルのように…いずれは母になるだけだ。いずれはそれが犠牲ではなく…正しい営みだと思うようになる…」
存外優しい声色で諭されてイオフィエルは、フィランジェルがこの悪魔を好きになってしまった理由が少しだけ分かった気がしてしまった。イオフィエルを撫でた頭からほんの少しだけフィランジェルの力が流される。心地良いと思った。痛みがマシになる。
「ミカエル…分かっているとは思うが…いや、余計なお世話だな…」
言いかけた口を閉じてアルシエルは部屋から出ていってしまった。ミカエルは少しの間沈黙していたが、やがてイオフィエルの方を振り返り優しい手付きで頭を撫でた。
「天界ではさすがに私でもアルシエルがフィランジェルにしたようなことをする勇気が出なかったんだよ。長年神に植え付けられた認識ってやつは怖いね…それが罪深い行いだと思ってしまう…でも、私は君となら越えられる気がするんだ…」
ミカエルはそう言ってイオフィエルの目を覗き込む。
「今日のところは私の力を分けるよ。でも彼の言う通り…お互いが限界になったら抱き合ってでも神聖力を増幅させないと、命が尽きる可能性が出てしまうからね」
イオフィエルは頷いた。なんとなく目を閉じる。こんなところで死ぬのはゴメンだ。それにこの方が上官もやりやすいだろう、そう思った。そっと唇に何かが触れる。以前はそれですぐに終わりだったのに今日は違った。唇を割ってミカエルの舌が入り込んでくる。そこだけ熱くて別の生き物のようだと思った。天使は淡泊だから何も感じない、そう思っていたはずなのに、いつの間にかイオフィエルは夢中になってミカエルと口付けを続けていた。どういう訳か身体までが熱くなってくる。ミカエルはティーシャツを脱ぎ捨てて、同じく赤い顔をして呼吸を荒げているイオフィエルも裸にした。
「素肌で触れ合う方が吸収率は高いらしいよ…」
「…なんで…そんなに詳しいんですか?」
イオフィエルを抱きしめたミカエルはそのままの姿勢で耳元に囁いた。
「この手のことに詳しい悪魔と連絡を取り合って…事細かに聞いていたからね…律儀に答えてくれたよ。アルシエルは。イオフィエルなら恥ずかしくて聞けないようなこともね…天使の身体に効きやすいポイントとか…」
再びミカエルは口付けを始める。イオフィエルは来る前はキスすら恥ずかしいと思っていたことなどすっかり忘れて、しばらくの間ミカエルの口付けに没頭した。それほどまでに天使の力が足りなかった。ミカエルの手が首の後ろに触れると、そこからもミカエルの力が流れ込む。いつもどこか不真面目にも見える上官だが、この時ばかりは頼もしいとイオフィエルは思った。
***
「おかえり、リツ…ごめんね、ちょっと調子がいまいちでさ…ん?なんか魔力が変わったか?なんだこれ?」
久々にイチカに再会したリツとルイは、イチカの姿に驚いていた。ベッドから起き上がったイチカの顔色が良くないのは明らかだった。だがイチカの方がリツの魔力の変化に驚いているようだった。
「リツは…天使の力…神聖力の方が増しているからな…お腹の子どもたちの力だよ。そのうち魔力を上回るようになる…」
アルシエルが言ってイチカのおでこに触れた。ストラスはイチカを気にしつつもハルに抱きつかれてその頭を撫でていた。
「イチカ…病院に行ったか?産婦人科に、という意味だが」
「……!」
イチカは怯えた表情をしてアルシエルの言葉に首を横に振った。
「すでに身体に不調や違和感が出てるだろう?イチカもルシフェルも悪魔だから…お腹の子も成長が早いんだ。ま、むしろ行っていなくて正解かな。成長速度が人とは合わないからな。私やストラスが今後は診察するよ。だからお腹の子がどんな姿でも怯える必要はない。それに以前とは違うんだ。子どもができたからといって、怖がる必要もない」
アルシエルは軽くイチカを抱きしめて魔力を流す。どこか不安そうだったイチカがようやくホッとしたように息を吐いた。
「ソーシに…病院に行きたいって言ったら却下されて…ちょっとどうしていいか分かんなくなってたんだ…でもソーシが正しかったんだな。大きさが合わないから診せても信じてもらえないって…そういう意味だったのか…俺…そういうのうまいこと誤魔化すの下手だし…」
「要するに社長の説明不足?まったくもう…」
「自分のことで手一杯で、なんかさっきすごいこと聞き流した気がするんだけど…リツも?」
「うん、二人…いるよ」
「リツだけじゃなくて僕もだよ?僕は一人あーでも登校までにはちゃんと分裂しとかないとだね。このお腹で行ったら急に太った人みたいに見えちゃう」
そんなことを話していると遠慮がちにドアをノックする音が響いた。




