新婚旅行の場合 49
ジェイドに蔦を引き抜かれたジュディスとレイはぐったりしたまま、薄闇の空間で女神が戻るのを待っていた。辺りは怖いくらい静まり返っている。
(どうしよう…代償を支払ったストラスが正気じゃなくなってたら…)
(いつになったら戻るんだ…長くない?)
ようやく起き上がったレイが女神の消えた空間をちらりと見る。ジェイドはジュディスの頭の小さな瘤のような角に遠慮なく触れて面白そうな顔をした。その反対側には少女姿のルイが眠っている。
(ふぅん。やっぱり何も感じないね。双子だといい香りって程度で別にどうってことはないよ。でもレイはそうじゃないんだろ?)
(分かってるなら…そろそろ触るのは止めてしまっておいてよ。ジュディスもさ、片割れに触られても香りが漏れてるんだけど…分からないの?)
(自分の意思で止められるならとっくに止めてるよ…もうやめろ、ジェイド。動けないからって好き放題…)
(はいはい…)
レイは億劫そうに動いて横たわるジュディスの隣に寝転ぶと抱きしめて少し乱暴に口付けをした。ジェイドはそれを見て肩をすくめた。
(君…年々遠慮がなくなるね…)
レイは寝転んだまま、ちらりとジェイドを見上げる。
(遠慮なんかしてたら、いつ他の雄に奪われるか分からないからね。すぐに牽制しとかないとさ…あ…)
何の前触れもなく、ぬっと闇の中から片手が飛び出て、何もない底の方からストラスが這い上がってきた。
(ストラス!!大丈夫か…!?)
ストラスは大の字になってその場に横たわる。ジェイドが引きずるようにしてストラスをこちらに連れて来るとお腹の辺りに手を当てた。ジュディスとレイも起き上がってストラスに近付く。
(ストラス?私が誰か分かるか?)
ジュディスの言葉にストラスは少し口元を歪めると頷いた。
(あぁ…別に狂ってはいない…最悪な気分だけどな…)
(炎を奪われたって…こと?)
(女神って…便宜上の女神って言ったのは…あぁいう意味だったのか…?俺が一番嫌がる事をしやがった…俺の目の前で男になって…俺の身体をご丁寧に女に変えてから腹の中の炎を貪られた…くっそ…しかも何で猫科の雄になるんだよ。この身体との相性は最悪だ…)
(げっ…マジか。それは…かなりヤバい部類の罰だな。私も過去に暴れたときにされたけどさ…あの舌がね…)
ジュディスの言葉にレイはジュディスの顔を二度見する。
(聞いてないんだけど、その話)
(記憶を共有してるから知ってるかと思ったけど…そっか。奥の領域で起こったことはレイにも見えないのか。そもそもの発端は地上で男だった私が暴れて血を流し過ぎたから、罰として身体を女に変えられてレイのいる時代に放り込まれたんだ。でもそのときだけだよ?女神に抱かれたのは。ま、蔦を引っこ抜かれて散々好き放題に貪られた後はちゃんと眠らせてもくれたけどさ…)
(だけって…じゅうぶん衝撃だけどね。僕はその頃女神ってのは癒しの存在だと思い込んでたし…だからジュディスは穏やかに眠っていたんだと都合の良い解釈をしちゃってたって訳か。全然穏やかじゃないよ!それこそ蛮行だ!)
ジュディスとレイの会話を聞いていたストラスは思わず吹き出して、身体の痛みに顔をしかめた。
(くそ…あちこち痛いな…でも…まぁ…ジュディスも経験してるなら…分かってもらえて…まだマシなのかな…)
ストラスの言葉を聞きながらすでにジュディスは癒しの蔦を出してストラスに触れていた。炎を掻き出されたヒリつく痛みが和らぐ。
(少し癒すよ。そんな顔で帰ったらエストリエが何事かって思っちゃうからね。炎が減ったみたいだけど…平気?)
ジュディスの言葉にストラスは頷いた。
(あぁ…元々…こんなに炎はなかったんだよ。リツの天使の力でなだめてもらったけど、それでも奥底でまた燃えてたんだ。ルイを抱いたら突然火力が跳ね上がった状態になって…それでルイはこっちに落ちてしまったんだよ)
(それってさ…もしかしたら精霊との結婚をしたからじゃないのかな?ストラスは無意識のうちに多分、ストラスの中にある蔦でルイの炎の精霊の部分とも交わったんだよ。だからすごく燃えた…女神はそこに生じた新たな炎が欲しかったんだと思う)
不意にジェイドの近くで横たわっていたルイが身動ぎした。目を開いて不思議そうに辺りを見回す。少し寝ぼけているようにも見えた。
(ルイ…気がついた?)
ジェイドに抱き起こされたルイは辺りを見回してすぐにストラスの姿に気付いた。
(ストラス!!)
ルイは立ち上がろうとしてうまく立てずそのまま四つん這いでストラスに近付くとすぐにぎゅっと抱きついた。
(ルイ…やっと目が覚めたか…お前…思ったよりも遠くに落っこちたから、拾うのが大変だったんだよ。でも…見つかって良かった…)
(ストラス…!会いたかった!)
ルイはストラスに抱きついたまま安堵したようにつぶやいた。ストラスはルイを抱きしめる。ルイはストラスに抱きついてキスをしようとして、そこでようやく自分の身体の違和感に気付いた。
(なんでこんなにお腹が大きくなってるの!?)
ルイはぽこりと出たお腹を見下ろして恐る恐る触れる。急に体形が変わっていることにルイは戸惑っていた。
(うん…それは…女神の領域は時間の流れが違うからだと思う…進んだり逆流したり…女神の匙加減で変わるんだ…)
(えっと…あ!ケビンの言ってた金と紫のオッドアイの美人って、この人のこと!?)
ルイはレイの顔を見て目を丸くした。それから隣のジュディスを見る。
(うわぁ…美人だなぁ…で、誰なの?ストラス)
(あぁ、エテルネル王国のレイ王子とその妻だよ…そっちにいるのは、妻の双子の片割れ)
(えっ!?結婚してるの!?エテルネルって…どこ?異世界?)
(子どももいるよ。それに結婚ならルイだってしただろ。俺との子どもだってちゃんとお腹の中にいる。異世界の国だよ。多分ルイが元いた世界に少し似てるんだろうな…精霊もいるみたいだし…)
(あ…!)
ルイはお腹に手を当ててとても恥ずかしそうな顔をした。ストラスは気怠そうに起き上がると、ルイの頭を撫でる。
(良かったよ。見つけることができて…お腹の子も無事で…本当に良かった…)
ストラスはルイと口付けを交わす。ルイは少し恥ずかしそうにその口付けを受け入れた。ストラスはルイと唇を重ねたままその膨らんだお腹を優しく撫でた。
(ルイ…本当に良かった…一緒に帰ろう…)
二人を見守っていたジュディスとレイ、それにジェイドが笑う。ジュディスが言った。
(今度会うときはもう少し上の方で会おう。私とレイもあまり長くいてもね…ジェイドも戻るよ)
(あぁ、見送るついでに少し上の方に行こう。上は…常に誰かしらいるから騒がしいけどね。ここよりは安全だよ)
レイが微笑む。やがて五人は上空を目指して上り始めた。




