新婚旅行の場合 42
ストラスに気付いたフィランジェルは、やや困ったようにストラスを見つめた。
「…とっさにやってしまったとはいえ…お二人がこの状態で分裂するのはあまり良くないと、個人的には俺はそう思いますよ…」
「あぁ…分かってるさ。あのときはケビンを助けようと必死で…リツに呼ばれて無意識のうちにやってしまったんだ。反省してる…少し…肩を貸してほしい…」
「元天使にも手を出すと俺の立場が危ういんですけど…」
ストラスは姿を元に戻すと言った。
「そうじゃない…地面に寝転んで…アルシエルを受け入れたから…腰が痛いんだ…癒してもらう間もなく天界に着いてしまっていて…あられもない姿を元同僚に見られた…」
フィランジェルは横目でストラスを見た。
「あぁ…なるほど。どおりで…」
ストラスはフィランジェルの腰に手を回して癒しの魔力を流す。フィランジェルはストラスの肩に額を寄せる。
「リツは…ストラスに懐いてるな。アルシエルよりも、ストラスの方が本音で話しやすいのかもしれない…聞き上手だから…」
「まぁ…否定はしませんが。でも一番に愛しているのは彼のことですよ。五番目以内には俺が入っているかもしれませんが」
「大した自信だなと言いたいところだけど、ストラスは本当に二番目に入ってる。じゃなきゃキスなんかそう簡単にはできないよ。リツはアルシエル以外の他の男を知らないんだから」
ストラスは驚いてフィランジェルの顔を見た。
「…私はね、繰り返しの中で…他の男の記憶も一応持ってるんだ。ふだんは思い出しもしないようなとても深いところにね。リツは覚えてないよ。でもそういうのと比べても…ストラスはいい男だと個人的には思う。魔力の相性も悪くない…」
「あんまり褒めないで下さいよ…悪魔ってのはすぐ調子に乗りたくなるんですから、他の悪魔よりも順位が高いって知った時点で、俺が嬉しくない訳がないでしょう…」
ストラスは傍らの美しい天使の腰を撫でながら手を回して、際どいところに触れた。
「…こっちの身体に魔法陣はない…?いや…反応しないだけですか?」
「私が嫌だと思わない限り虫除けは発動しないよ?ストラスを好ましく思っているんだから仕方ない…」
見上げるフィランジェルにうっかり唇を重ねそうになり、そこまでする必要もないのにそれはさすがに調子に乗り過ぎだと思い直し、ストラスは明後日の方向を向いた。フィランジェルは小さく笑う。
「なるほど。こういうところが、アルシエルがストラスを隣に置く理由なんだろうな。調子に乗っても自制できる…悪魔なのにストラスも変わってるな」
「元天使なのに、悪魔を誘惑する方もどうかしてますよ。俺の自制心をそうやって試さないで下さい」
「悪かったよ、でもお陰で身体は楽になった…それに…天界に行ったお陰でアルシエルがとんでもないことを考えてるのも分かったし」
「とんでもないこと?」
「天使も悪魔も天界も魔界も…最終的には全て混ぜて一つの世界に統一する気じゃないのかな。天使と悪魔が自由に恋愛できる世界を目指しているんだよ。私たちは言うなればモデルケースなんだ。天界でも天使の繁殖計画を実行してはどうかと、まぁ好き放題提案してきた訳で…」
「……天使と悪魔が…自由に恋愛??確かに放っておくと天使は絶滅する…なんて時々言ってましたが…繁殖計画…?そもそも天使どうしって繁殖可能なんですか?」
「…さぁ。そんなことを私に聞かれても困るよ。今は行方不明の神が天使の数を統制していたんだから。でも…今日、一つ分かったことがある…」
フィランジェルは少し困惑したように言った。
「天使に月のものがないのは、刺激によって排卵するからなんだ…だから理論的には…繁殖可能なんだと思う…」
「なるほど…悪魔にもそっちの体質の者がいますよ。ケビンもそれに近い…ん?てことは、妊娠率も高いんじゃないですか?」
ストラスは慌ててフィランジェルの下腹部を見つめる。王子からもらった贈り物のお陰か、ストラスも目が良くなっていた。見えなくていいものまでその気になれば探れる。ストラスはフィランジェルの身体の中の気配を慎重に探る。そして見つけた。
「あの…受精卵がありますよ…天使はどうなのかは知りませんけど、悪魔は分裂しながら着床するまでがあっという間なんです。生き残る意思が強い生き物ですからね…」
フィランジェルは少し困ったような不安そうな顔をした。
「…リツのお腹にも一人入ってるのに、私まで?元に戻ったら多少の時間差はあるけど、ほぼ双子みたいなものじゃないか。ケビンも双子だし…」
「とりあえず後で報告しましょう。元に戻って…リツさんの負担にならないといいのですが…多分リツさんの身体で悪魔の双子は大変ですよ?」
「そうだよなぁ。まったく…私の身体で天使の繁殖が可能なのかを試すにしても、せっかち過ぎるんだよ…アルシエルは」
「相性がいいってのも厄介ですね。少なくとも俺とエストリエとじゃ…元が吸血鬼ってのもあるかもしれませんが、そんな一回ですぐ…って訳じゃなかったですからね…」
ストラスはお腹に手を当てるフィランジェルを見つめる。そして今まで長らく和平条約のみで見守っていた主がとうとう天界にも干渉する日が訪れたことを悟ったのだった。




