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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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新婚旅行の場合 38

「まさか君たちと天界でこうして顔を合わせることがあるとはね…」


 ミカエルに案内されてやってきた天界の塔の一室でサリエルは机の上にきちんと積み重なった紙の束をチラリと見やりながら二人にそう言った。今サリエルの向かいにはアルシエルとフィランジェルが座っている。


「その書類は全て目を通し終わったから判を押しておいてくれませんか?もう…手が腱鞘炎になりそうで…」


「はいはい、これね、やっとくからしばらく休憩してな。サリエルは根を詰め過ぎるんだよ。イオフィエル、仕事だよ」


「ええっ!?ミカエルさま!安請け合いしておいて早速部下に丸投げじゃないですか!悪い上司の見本です!!」


 イオフィエルは頬を膨らませながらも、サリエルの椅子に座って素直に判を押し始める。そういうところは天使らしい。その様子を見ていてフィランジェルは天界は旧式なのだなと思った。魔界はデジタル化がかなり進んでいる。


「天界もデジタル化したらいいと思うんですけど…」


 フィランジェルが言うとサリエルは苦笑した。


「なにせこう見えても天界は年寄りが多いからなかなかね…導入したくても遅々として進まずで…」


「魔界のデジタル庁から派遣するかこちらに来ていただいてもいいですが…お互いこの距離を行き来するのも負担でしょうから、例えば上空の中間地点に浮島の基地を設けて、そこで若い世代を中心に研修を行うというのはどうでしょう?デジタル庁にはベリアルがいますし…」


「ベリアルが!?堕天してからしばらく会ってないなぁ…」


 妙な方向から声が聞こえて振り返ると、ミカエルが勝手に棚を物色してお茶を淹れようとしている。フィランジェルが顔色を変えて慌てて立ち上がった。


「ミカエル上官がお茶を淹れると、まともなものが出てきた試しがないんですから、止めて下さい!私が淹れます!」


「酷いなぁ。私だってこの百年の間にお茶の一つくらいは…あれ?えぇと…」


「ですから、今持っているのはほうじ茶ですってば。来客にほうじ茶は通常は出しません!ティーカップを出したなら紅茶です。本当にもう…興味のないものにはとことん無知なんですから…」


「何だっけなぁ…中華料理屋で飲んだお茶が美味しかったんだよ…ほんのり花みたいな香りのついた…緑茶だったかなぁ…烏龍茶だったかなぁ…」 


「茶葉の種類も分からないのにフレーバーティーについて語らないで下さいよ!まったく!」


 プンプンしながら紅茶を淹れるフィランジェルを見てアルシエルは意外そうな顔をした。


「フィランジェル…君でもそんなに怒ることがあるんだな…」


「えっ…!?」


 ミカエルが驚いて目を丸くする。


「私はフィランジェルに叱られない日がないってくらいなんだけど、君はないのかい?」


「アルシエルは、私よりも料理も上手いし物知りだし何でも出来ちゃうんですよ!戦う以外に能のないミカエル上官とは根本からして違います!」


「料理といえば…ガブリエルの料理は絶品ですね。天使は皆料理が出来るのかと思っていたが…どうやら違うようですね」


 アルシエルが笑うとサリエルはミカエルを振り返って困った顔をした。


「ミカエル、慣れないことはしない方がいいですよ。ミカエルを見ても分かるように…彼は戦闘に突出した能力を発揮するあまり、他の能力は…カスですから」


「カスって!!随分君も言うようになったね…」


「どうぞ…」


 結局フィランジェルが紅茶を五人分淹れて運んでくる。四人分はテーブルに置いてもう一つは机でひたすら判を押すイオフィエルの近くに置いた。


「書類にかかるといけませんから、こちらに置きます。悪魔が淹れた天界のお茶…と言いたいところですがラベルを見たら下界のお茶でした」


 イオフィエルはようやくきちんとフィランジェルの顔を見上げた。銀色の長い髪。青い瞳。天使だと言われたら信じてしまいそうな神々しさだ。これで悪魔なのだから違った意味で恐ろしい。ニコリと笑ってフィランジェルは再び悪魔の隣に座ると紅茶を飲み始めた。


「うん…美味しいな」


 すでに飲んでいたミカエルは満足そうな顔をして口を開く。


「私はデジタル化に賛成だよ。パソコンを導入すれば買い物…じゃなかった、仕事の効率も上がると思うし」


「…本音が漏れてますね。天界は検疫が厳しいですから、仮に魔界や下界から発注した物を持ち込もうとしても、難しいのではないですか?検疫を通過しなかった品物の保管塔も溢れんばかりで古い物の処分に追われているとか…古い物と言っても鮮度は保たれている訳ですから、保管塔の中身を丸々魔界で引き取る代わりにデジタル化の研修を行う…天界は古い物も処分できてデジタル化も進めることができる…悪い話ではないと思いますが」


 フィランジェルはアルシエルの商才に感心しながら、天界に来たからにはただでは帰らない悪魔の巧みな話術に耳を傾けていた。保管塔の中身はあらゆる異世界の物品で溢れていると聞く。フィランジェルも興味はあった。そこから魔界に役立ちそうな新たな物が発見できる可能性は高い。今は失われた世界の物すら保管されているかもしれなかった。そして神が不在の天界にその保管塔の中身を精査している余裕は向こう百年はないに等しい。


「本気でデジタル化を目指すならこちらもきちんとした人材を派遣します。先ほど我々が乗ってきた浮島を拡張して研修施設はこちらで用意しましょう。いかがですかサリエル、魔界と契約をしませんか?」


 アルシエルとサリエルは見つめ合う。サリエルはため息をついた。


「今すぐ、と言いたいところですが議会を招集しないと私の一存で行うことはできません…近日中に必ず返答します」


 サリエルは紅茶を飲んで、一息つくと不意にフィランジェルの方を見た。


「フィランジェル…君は…女性の一部を魔界に置いてきたのかい?あぁ…そういうことだったのか…おめでとうと言うのがこの場合は正しいのかな。天使としては少々複雑な心境にさせられるな…」


「おめでとうでいいじゃないかサリエル。フィランジェルは母になるんだ。天使のままでは成し得ないことをフィランジェルは自ら望んで選択し成し遂げようとしている…」


 サリエルとミカエルにそう言われてフィランジェルは途端に恥ずかしくなった。アルシエルがフィランジェルの肩を抱く。


「別に…そんなすごいことでも何でもないので…」


 けれどもアルシエルはその言葉に首を振った。


「魔界でも天界でも前例のないことを今君は成し遂げようとしているんだよ。まだ始まったばかりだけれど…魔界にいる君の女性の一部の中には新しい命が宿っている…君が望んで…私もそう望んだ…でもその結果私は…君が天界に戻れる最後の手段すら君から奪ってしまった…」


 判を押すのに疲れたイオフィエルは紅茶を一口飲んでその美味しさに目を見張り、魔界の国王の言葉におや?と思った。喜んで奪い去った訳ではなく、後悔にも似た複雑な感情が揺れている。魔界の頂点に君臨するはずの恐ろしい悪魔にこのような感情があること自体、イオフィエルにとっては不思議だった。


「それは私の望みを叶えた結果だから、そんな風に言わないで。アルシエルは私の翼が燃えたときも、何とか焼失を避けようとやり直してくれたんでしょ。後になってから分かったけど…それでも何百回も時間を巻き戻してやり直しても無理で…焼失と同時に悪魔に変えるしか手立てが見つからなかった…私はずっと天界から誰かが迎えに来てくれるのを待っていたけれど、来てくれて声をかけてくれたのはアルシエルだけだった…その時からもう私はアルシエルのものになると決めていたんだ…」


 イオフィエルは天界で一時期耳にした噂とは全く違う話を今聞いていた。魔王が無理矢理天使を悪魔に変えて自分のものにした、保管塔に火をつけた天使は悪魔の回し者だった、など憶測であらゆる噂が流れていた。


「なんだよ、君たち見せつけてくれちゃって、熱いなぁ…結局はお互い納得済みでその結果を受け入れて子どもまで出来たんだからそれでいいんじゃないの?フィランジェルが元天使ってことで魔界で何か苦労してるなら困るけどさ…そんなこともないんだでしょう?」


 ミカエルは肩をすくめる。ミカエルはサリエルに言った。


「天界も自由恋愛解禁にしたらどうかなぁ?ここ百年くらい私は同じことを言ってる気がするんだけどさ。そう思って免疫をつけるのにイオフィエルを下界に同行したのに、全然その気になってくれないから…そのうち天使は滅びるんじゃないかな」


「…天使を創造していた神も…どこかへ逃亡したとなると…確かに今後いくら長寿だと言っても…いずれはその問題に直面しますね」


 アルシエルが考え込む。


「私だって気軽に下界に出張してるけど、うっかり異世界の凶暴な悪魔に喰われちゃった同僚だって何人もいるんだから、実際に天使は減少しているんだよ…ね、だから繁殖できるか試す必要はあるって言ってるんだけど、まーこれも議会は長引くだけで罪深いだのなんだのと…昔の懲罰のことを例に上げてきたりで全然だから、私みたいなのが強行突破するしかないかもしれないね、イオフィエル?」


「なんで私に話題を振るんですか!嫌ですよ!それで万が一堕天したらどうするんです!?更に天使の数が減るじゃないですか!」


 イオフィエルはゾッとしたような顔付きでミカエルを睨み返した。


「…ガブリエルが天界に戻らないのは、もしかするとその件に関係しているのかもしれないな…あくまでこれは私の推察だが…ところでこの件に関してレリエルやアルミサエルは何と言っている?」


 アルシエルに尋ねられたサリエルは首を横に振ると深いため息をついた。


「隠していても無駄だから公表するが、二人とも今現在どこにいるのか分からないんだ。保管塔が炎上するよりずっと前に…二人は行方不明になっている…異世界も含めて捜索しているが…見つけられていないのが現状で…」


「何だって!?出産に関わる天使が行方不明?だからなのですか?フィランジェルの魂のあった異世界でも出生率は右肩下がり…どの異世界もその傾向が強い…時折例外もあるにはあるが…私が回った異世界の七割近くが人口減少によりそう遠くはない未来に滅亡するとデータ上の数値はそう告げているんですよ?」


「……!!」


 その場にいた天使たちと元天使はアルシエルの言葉に衝撃を受けた。気を取り直すようにフィランジェルが口を開く。


「とりあえず、ラファエルなら見つけたけどね。リツのいる世界で転生して警察になってた…リツとはわりと仲良しだから…天界にいた頃は名前しか知らなかったのに変な感じなんだけど…」


 フィランジェルの言葉にミカエルは懐かしむ表情をした。


「ラファエル…転生しちゃってたか…。ねぇ、やっぱりここは一肌脱いで、私と君が堕天する覚悟で天使の繁殖計画を実行するしかないよ!」


「だからどうして私なんですか!!」


「うん?私と君はアダムとイヴの楽園追放に関わったからだよ。そんな私たちが天使の滅亡を食い止める…うってつけだと思うけど?それに堕天して悪魔になったフィランジェルを見てよ?悪魔と交わったって変わってない…って…ん?あーそういえば、アルシエルって…天界の都合で悪魔って言われてるけど…元を辿れば天使というか…神さま寄りだよね?」


 ミカエルの言葉にアルシエルは一瞬とても嫌そうな顔をした。フィランジェルはぽかんとして相手の顔を見上げる。


「なんだ?別に否定も肯定もしないぞ。そんな大昔の話を今更蒸し返しても誰も面白くもないだろう」


 アルシエルは紅茶を飲み干す。


「そうかな?ねぇ、フィランジェルが産むのは悪魔なのかな?天使なのかな?それともハーフ?その子の翼が何色になるのか…私はとっても興味深いけどね」


 ミカエルは微笑んだ。当然悪魔の子を産むと思って疑わなかったフィランジェルにとってそれは青天の霹靂(へきれき)にも等しい言葉だった。

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