新婚旅行の場合 24
その後は高山地帯のような風景のエリアを巡って美しい可憐な花々を見て昼食の時間帯になった。一度出て車から降りる。ネビロスは遠慮したが、いいから来いと言ってシエルはレストラン街と思われる方へと歩き始めた。姿も魔力の気配も変えているので誰も国王と国王補佐官だと気付いている様子はなかった。悪魔の女性がリードをつけたチワワほどの大きさのクモを散歩させている。ペット連れの悪魔も多く、大きなカメレオンに似たペットを肩に乗せている悪魔もいた。
「おや、今日は奥さまはご一緒ではないのですね!」
ネビロスが通りすがりのスタッフと思われる悪魔に声を掛けられている。ネビロスは頷いた。
「本日は仕事中ですので」
「おっとこれは失礼致しました。またプライベートでも来て下さいね!」
そう言ったスタッフは後ろの四人を見て優雅に一礼をすると去ってゆく。
「なんだ、ネビロス、いつの間に顔見知りになってんだ?」
シエルの言葉にネビロスは少し困ったような口調で言った。
「生き餌の時間帯にあれだけ何度も同じ場所を何度も回ると不審な動きをしていると思われて顔を覚えられてしまったんです…申し訳ございません。彼は…園内で犯罪やトラブルが起こらないように巡回しているスタッフでして」
「やれやれ…それはネビロスというよりはフルフルのせいだろう。まぁ、騒がしくて悪目立ちした訳ではなくて良かったが…災難だったな」
五人は緑の中にある瀟洒なレストランを選ぶ。他の店と比べて妙に空いている理由は入り口で気付いた。どうやら悪魔の階級によっては入店を断られるらしい。威圧するように巨大な悪魔は普段よりもラフな出で立ちから判断して入店を断ろうとしたのか、ストラスの前に立ちはだかったが、彼はなぜかリツの方を振り返るとニコニコしながら手招いた。
「俺も主も今は三分の二を置いてきているので少し足りないんでした…リツさん、お願いします。こちらに手を当ててもらえれば終わります」
「え?生体認証か何か?」
「まぁ…そのようなものですね。これで魔力量を検知できるので階級が分かります。ここは異世界の料理も取り入れているので面白いかなと思ったんですけどね。うかつでした」
リツはおそるおそる差し出されたパネルに右手を当てた。画面が一気に発光して、バチッと異音が鳴りショートしてしまった。一瞬館内の照明までがチカチカと明滅した。店員の悪魔は呆気に取られたような表情でリツを見下ろして固まる。リツも慌てた。どう見ても壊れている。白煙が一筋立ち上ったのを見てシエルが言った。
「…デジタル庁に魔力認証の数値の幅を上げるように言わないといけないな…妊婦だと振り切れる場合があるのか…すでに二人いるせいか…まったく…今日は仕事をしないつもりだったのだが…」
シエルはぶつぶつ言いながらどこかにスマホを取り出して連絡し始める。
「あぁ…大臣、妻の魔力の数値が計測システムの検知可能な範囲内に収まらなかった…今のままだとこの先プライベートで出かける度に計測システムを破壊し続ける羽目になる…動植物園の異世界料理店には今すぐ新しい物を届けるように。上限を三倍まで解放してアップグレードしてほしい」
シエルは通話を終えるとニコリと笑って固まったままの店員の悪魔に告げた。
「店の備品を破壊してしまって申し訳ない…すぐに新しい物が届くので、その間はとりあえず…このタブレットで代用していてもらえないだろうか」
シエルは胸ポケットから薄いタブレットを取り出すとアプリを起動させて手渡した。
「ご、五名さま…ご来店です!」
「いらっしゃいませ!」
そういえば中の一人に見覚えがあると店員の悪魔は思った。つい最近、妊婦と共に来ていた悪魔だ。顔の傷跡と殺し屋のような鋭い目付きで記憶に残っていた。異世界料理のおでんを注文して美しく芸術的に盛られた一皿を見て、こうじゃないんだよねと妊婦が残念そうに言っていたと、付き合っている接客担当の悪魔から聞いた。
「でもさ?いくら上級の悪魔の使い魔やってたって、そう簡単に異世界になんか行けないじゃない。ものすごい審査とお金がかかるし、出掛ける前に長期間の研修まで必要なのに、どうしてあの使い魔がおでんを知ってるっていうの?私だってホンモノなんか見たことないよ」
「ハッタリだよハッタリ、何でもかんでも文句言わなきゃ気の済まない客だっているだろ」
彼女はまだ学生で王都にある使い魔の名門校に通っていた。受講しない日は社会勉強も兼ねてここでアルバイトをしている。卒業したら王宮で働くのが夢だと言っていたが、それは狭き門だ。彼は五度失敗し諦めてしまった。だが。
(あの若造…デジタル庁の大臣と話してなかったか…?しかも、彼女の魔力量…なんなんだよ、計測システムを振り切ってブッ壊すなんて見たこともねぇわ!!しかも、あんな華奢な見た目で!?いやいや、何かの間違いなんじゃないのか?)
けれども彼は渡されたタブレットを恐る恐る裏返す。裏側に王宮の印と備品ナンバー、それに所有者の名前が美しい金色の文字で刻印されている。彼は名前を二度見三度見して、手が震え出した。
(ヤバい…これ、完全なるプライベートのお忍びデートだろ。陛下はつい最近行方不明だった女性を見つけて結婚に踏み切ったって記事を読んだけど…じゃあ、あの計測システムを振り切ったのが…陛下の見つけた元天使…!?もっとじっくりと見ておくんだった!なんか小動物みたいに目がくりくりして可愛かった気がしたけど…!それに妊婦だって言ってなかったか?)
いつも無表情で入り口に立って、魔力の少ない悪魔の来店を威圧している悪魔が、青くなったり急に呆けたりと今まで見たこともない表情をしているのを見て、斜め向かいのレストランの店員は不審そうな顔付きになった。
(おい!接客スタンスがなってないぞ?お前、今の表情を鏡で見てみろ。デレデレしてみっともない!)
表向きはライバル店の店員に指摘されて彼はハッとして居住まいを正す。
(いや…すまん。とんでもないのが来店してるってたった今気付いちゃってさ…)
(なんだ?さっきの客って芸能人か何か?)
(いや…もっとヤバい。昼の休憩に入ったら、いつものとこで)
(もったいぶるなよ)
二人は心の中で会話をしていたが、客の姿が見えたので、そこで話は終わりになった。
「魔力量を計測します」
彼は再び普段の業務に戻ってそう言った。
***
一方で席に座った五人はネビロスのオススメを聞きながら、写真付きのメニューを見て笑っていた。文字は読めないが、ストラスが翻訳アプリで対応してくれているので画面越しに見ると料理名が分かる。それに違和感なく受け入れてしまっていたが言葉に関しては悪魔になったときに自然と話せるようになっていたようだった。アルファベットの筆記体が進化したような繋がった文字の形がリツやルイには把握が困難だった。独立した文字の一つ一つは覚えられそうでも繋がった途端に判別不可能になる。
「…これ、たこ焼き…!?芸術センスが溢れすぎてて…進化系たこ焼き!?」
ルイはもはや笑いが止まらなくなっている。個室で店員もいないので良かったが、端から見れば失礼な客だ。
「僕はこの異世界の綿雲スフレのオムライスが食べてみたいかなぁ…リツはどうする?この、おでんなんかも芸術的だよね。味は同じだった?」
「個人的には…コンビニで買ったおでんの方が親しみが湧きますね…やはり大根もこちらで栽培すべきかと。魔界の品種は食感がなめらか過ぎてカブに近いというか、日本の大根とは舌触りが違いますね」
「そうか。まぁ確かに大根は旨いな。大根は幅広く使えるし、王宮の畑で栽培してもいいかもしれないな」
「それならやっぱり俺は枝豆ですかね。ビールと枝豆。酒のつまみに枝豆がないとさみしくって。俺は決まりましたよ。大人気異世界カレーにします。カレーなら、ま、外れてもそこまで大幅に外れないというのが、異世界を巡って俺が出した結論ですね。異世界を訪問した誰かしらが真っ先にアドバイスして広めている感じがします。結局みんなカレー好きなんですよ」
「私はネビロスがお勧めした刺し身の盛り合わせにしようか。味噌汁の再現度合いが少々不安だが。新鮮な魚介踊る定食…ネーミングセンスはどうかと思うが…」
「あ…あの、定食を選ぶ方は…豆腐は…絶対にデザートとして食して下さい。間違って醤油をかけると…そうですね…杏仁豆腐に醤油をかけてしまったような気分になりますので…」
「なるほど。危ないのはむしろそっちか」
「私は…吟遊詩人のまどろみ…見た目は…おかゆみたいだけど…シエル…この食材って何?」
リツの言葉にシエルはメニューを覗き込む。使用する食材が書いてあるのは助かるとリツは思ったが、それが魔界特有の物だと結局リツには何なのか分からないので、本当に役立つかは正直なところ微妙だった。粘り芋と翻訳されて、とろろみたいなものだろうかと首をひねる。
「どれどれ?あぁ…リツの知っている物で表現するならタピオカとココナッツミルクに砂糖…マンゴーのような果物かな。メインになっているが味は完全にデザートだ。メインは…そうだなぁ…これはどうだ?ネビロス、フルフルは食べたか?」
指差したメニューを見てネビロスは苦笑する。悪魔の見る夢バーグ。名前からでは推測不可能だ。
「ハンバーグに見えるそれは、中にものすごい匂いのあるクセの強いチーズが入っていて…フルフルはここでは言い表せないような下品な単語を並べ立てて飲み込むのにも苦労していました…ハンバーグでしたら見た目は似ていますが、こちらの上にチーズのかかった空飛ぶ焼きハンバーグの方が美味しいかと…」
「じゃあ…それにします。あと、そのデザート風の吟遊詩人のまどろみも…」
ようやく全員が選び終えて注文に移る。入ってきた女性はルイがメニューを見ながら笑いを噛み殺していることに不審そうな表情をしたが、オーダーを繰り返すと部屋から出て行った。店員の姿が消えるとルイは笑いながら言った。
「この店のメニュー表で僕、一日は楽しめちゃうかも…だってほら!」
リツはルイの差し出したメニューに糸を引く納豆のような写真を見つけた。ルイはクスクスと笑う。
「悪魔も絶叫ネバネバ地獄料理だって!」
「翻訳されてるにしても…ふざけたネーミングだね…」




