新婚旅行の場合 20
ルイの心配は半ば的中し半ば外れていた。ケビンはいつの間にか死んだように眠ってしまっていた。気付けばケビンはダンタリオンの腕の中にいた。ほどよく筋肉のついた腕に抱かれたケビンの身体はいつの間にか元の姿に戻っていた。慌てて起き上がろうとして、身体に力が入らないことに気付く。指先を動かすのすら今は億劫だった。
「目覚めたね…ケビンは途中で気絶してしまったんだよ?」
「えっ…!?」
まさかこの自分が気絶させられてしまうとは思ってもみなかった。大失態だとケビンは青くなる。
「身体も…戻って…」
「あぁ、それなら問題はないよ。月が満ちるのは今宵のみではない…ん?君のいた世界は違うのか?」
「あの…月が満ちるのって…どのくらいの間なんですか?」
ケビンは不意に嫌な予感がした。ダンタリオンは低く笑う。
「そうだな。二週間はこのまま満ちている…だからこれから毎晩ケビンを抱くよ?おや、そんなに驚いてどうしたんだ?」
ダンタリオンはケビンに口付けをすると、魔力を流す。身体に流れた魔力のお陰で気だるさは消えたが、ダンタリオンはわずかに白み始めた空を見て微笑んだ。どこか紫を帯びた不思議な色合いの空だ。魔界は空の色も違うと思いながらケビンがそれを見ているとダンタリオンは起き上がってケビンを見下ろした。
「水分を摂った方がいい…汗もかいただろう?」
ケビンは受け取った水を飲んで一息ついた。
「私は欲張りだからね…女も男も…両方の君が欲しい。その姿の君もとても魅力的だよ…?」
「…!!」
ケビンは少し残っていた眠気が吹き飛ぶのを意識した。すでにダンタリオンはケビンの身体に触れて次の準備に勤しんでいる。最初から様々な怪しげな色の瓶がテーブルに並んでいるのも見えてはいた。
「…大丈夫だよ…恐らく君の知らない媚薬もここには色々とあるからね…せっかくだから楽しもうじゃないか」
ダンタリオンは丁寧にその媚薬の効果を説明しながらケビンの身体に塗り、別の媚薬は口移しに飲ませたりした。種類が多すぎて四種類目の淡いピンク色の瓶を開けたところで、すでにケビンは記憶しきれなくなっていた。頭のどこかは冴えていて変に感覚は研ぎ澄まされているのに、身体は緊張することなくむしろ緩み始めている。
「そこそこ…効いてきたかな?君は悪魔とは違って…一見すると簡単に受け入れてくれそうなのに、意外と芯は強くて雰囲気に流されないから、そこを崩す楽しみもある…」
ダンタリオンは美しいガラス細工の施された瓶の蓋を開けると自らそれを飲み干した。ケビンはぼんやりとそれを見ていたが、次第に目の前の悪魔が欲しくて仕方なくなっている自分に気付き、驚きつつも抗えなくなっていた。思わず口に手を当てて漏れ出る吐息を誤魔化す。媚薬の効果なのか身体がやけに熱い。
「自分が今どんな姿をしているか、分かっているのかな?まったく…私が最後に飲んだのは私の衝動を抑制する薬だよ…そうでないと私はめちゃくちゃに君を壊してしまう…それでも…少し危ないな」
「…そう…簡単には…壊れないと思うけど…」
「…果たしてそうかな?」
その数分後にケビンはうかつな自分の発言を後悔する羽目に陥っていた。抑制していてもダンタリオンは底無しの体力でケビンを求め続け、ルイに魔力を吸い取られてゲッソリした時よりも、とんでもない目に遭わされていた。悪魔は皆愛情が深いのかと思う。いやこれは愛情のその先にある欲望の深さなのだとケビンは思った。彼の手によって悪魔に変えられた訳ではないのに、ケビンはダンタリオンに魂を絡め取られた感覚に陥る。ケビンは声が枯れるまで叫び続け、彼の手によってかつてないほどの醜態も晒し、恥ずかしい言葉を並べて彼に乞い願った。
「もう…無理…!!許して…!」
息も絶え絶えにケビンは言ったが聞き入れてはもらえなかった。
「昨日言っただろう。そのお願いは聞けないよ。無理じゃないだろう…」
「頭…おかしくなる…っ!」
「ならないよ。君は狂わない。これが正常だ。これでも…私は抑えている…いつか抑制しない私の相手もできるくらいになってもらわないと…」
ケビンはその後のダンタリオンの言葉がもう聞こえなくなっていた。ダンタリオンの腕の中で数え切れないほど達したケビンは再び気絶してしまった。
***
朝のテラスでアルシエルはリツと食事をしていた。ストラスとエストリエとルイもいる。隣の席にはやはりベルフェゴール大佐とカイムがいて、ベルフェゴール大佐はカイムをからかっていた。そこにダンタリオンが現れたが、リツは昨日とは別人のように色気を出しているダンタリオンに驚き、その彼に抱きかかえられて現れたケビンの姿にも驚いた。ケビンは目を閉じていたが、人の気配に気付いたのか薄っすらと目を開けて、リツと目が合うと顔を覆った。
「おはようございます。国王陛下」
「おや…さすがのケビンも足腰が立たなくなったか…おはよう、ダンタリオン。少しは寝かせてやったのか?」
「あれを寝たうちにカウントするなら…二度ほど前後不覚の眠りに落としたかな…」
ダンタリオンは大きなソファーのある席にケビンを抱いたまま座った。
「…こんなとこに来るなんて…聞いてないよ…」
ケビンは恥ずかしそうに顔を覆ったまま小声で言った。
「手折った花を見せびらかしたくなるのは悪魔にならありがちなことだろう。少しは何か胃に優しい物を入れないとな…あまりに美しいから少々無理強いをしてしまった…」
ダンタリオンの前に提供されたのは中身の見えない容器だった。黒いストローをダンタリオンはケビンの口に近付ける。
「君の口に合うといいのだが…」
ケビンは一口それを飲むとわずかに顔をしかめた。
「…誰の血だ…?」
「口に合わないか?」
「そんなことは…ない…けど…提供者は…どうなったんだ?まさか…殺してないよな?」
「君は…まったく、そんなことをいちいち気にする必要もないだろうに。巨大な体躯の女悪魔に提供してもらったから安心していい。献血で抜く量の半分にも満たない」
「そう…なんだ…」
ストラスの隣からひっそりと二人の様子を見ていたルイはストラスに耳打ちをした。
「何だかんだで…あの二人…相性は良かったってことなの?」
「あぁ…そうだな。ケビンはしばらく夜は眠らせてもらえないだろうな」
ストラスが小声で返しているとベルフェゴール大佐が近くの席から声をかけた。
「朝から見せつけてくれますねぇ、今度味見させてくれませんか?」
「おやおや、大佐には大勢いらっしゃるではありませんか。久々に手に入れた伴侶ですから、おいそれと味見させる訳にはいきませんよ」
ダンタリオンは笑顔で返したが、ベルフェゴール大佐は取れたての血を飲むケビンに向かってフッと笑って言った。
「彼は君を拘束するよ?気に入られたなら尚更だ。その束縛の強さに耐えられなくなったなら、私の名前を呼ぶといい。助けてあげよう。俺はそこまで縛り付けたりもしない。自由だってあげるよ?」
ケビンは微妙な表情を浮かべていたが、首を横に振った。意外と束縛されるのも悪くない。
「有難いお言葉ですけど…遠慮しておきます…」
「だそうですよ?」
ダンタリオンは勝ち誇ったように微笑みを浮かべるとケビンの頭を撫でた。




